第5話 ライト「王宮に戻ったら大変なことになってた」
<ライトside>
久しぶりに帰ってきた王宮は何とも言えない状態になっていた。ここひと月ほどの出来事を結城に聞いて、小さく息をつく。
「まだ公になってないとは言え……ヒスイのお家事情がそんなことになってたなんて」
「しかもヒスイが不調らしく、フローラ姫は何か変なことを考えてるっぽいぜ」
「変なこと?」
尋ね返すが、結城はひらひらと手を振って説明拒否の意を示す。
「俺、この件に関わる気はさらさらないし。聞きたいならショールさんに聞きに行けばいい。
それより俺はライトが持ち帰った報告書の内容が知りたいんだが。しばらく預かってていいか」
ああ、そうだった。
でもこれを他の人に渡していいものか悩む。結城なら既にある程度知ってるとは思うけど、タイガ第一王子の出生の秘密については広めるべきでない気がした。カイト王子やフローラ姫が知っているのか知らないけど、兄弟が実は腹違いなんて突きつけるのは残酷ではないか。
「……ったく。わかりやすいな。俺は他人に言いふらしたりしない。
鈴蘭を守って、世界の秘密を暴くんだろ。俺はお前の手助け役だ。安心しろ」
「どうして、そこまで熱心に協力してくれるんだ?」
言ってみれば、結城には全く関係ない。俺に巻き込まれただけだ。今なら離脱することも可能だろうに。
「お前は、今が歴史の転換点だってことに気づいてるか?
白の革命。カラア民族掃討作戦。ネイコのクーデター。カラア民族迫害事件からの王失脚。
大きな出来事ってのは、たとえ中心から離れようとしたところで意味をなさないくらいに周りを巻き込む。誰かの不幸なんて考えずにな。
それなら自ら向かっていく方がいい。受け身で巻き込まれるのを待つなんて俺には合わない」
結城は俺が手にしていた報告書を抜き取って、くるりと背を向けていった。
………
……
…
結城と別れた後、俺は先輩を探して尋ね歩いていた。いつもは探していたらあっちから脅かしに来るけれど、今回は中々会えない。まあ、今までが特殊だっただけだろう。
そこでアレア隊長のお見舞いも兼ねて訪ねることにした。
そして部屋の前に来た時、中からアレア隊長とホタルさんの声が微かに聞こえて、ノックしようとしていた手を止めた。
「……ごめん…」
なんとなく入れそうにない空気を扉越しに察知して出直そうと背を向ける。
けれど次の瞬間、小さいにも関わらずホタルさんの声が耳に入ってきた。
そしてあまりに衝撃的な言葉に、愕然とする。
「もう、アレアの身体は戻らない」
モドラナイ
どういうことだろう。結城からは、順調に回復して以前のように戻れると聞いた。
それは嘘だったのか?
「わかっていました。むしろ今日まで諦めず手を尽くしてくれたこと感謝します」
「いや、もちろんこれからも手は尽くす。諦めたわけじゃないよ。ただ……」
「ホタル様。大丈夫です。ありがとうございます。
俺からの頼みは一つだけです。ショール様に余計な心配をかけたくないので、このことは黙っていてほしいということです。貴方がたの関係を知っていて嘘をつかせたのは申し訳なく思っています……」
そこでアレア隊長は声を少し大きくした。
「君も頼むね、ライト君」
やっぱりバレていた。
観念してゆっくりと部屋に入る。
「すみません。盗み聞きするつもりはなく……」
「別にいいよ。聞いたと思うけど、俺の身体は以前のようには戻らない。だけど絶望的なわけではないんだ。リハビリを続ければ日常生活を送れるくらいには回復するらしいしね。多少なら剣だって振るえる」
するとホタルさんが神妙な表情で口を挟んだ。
「剣を振るえるくらいに回復するためには、根気強い訓練が必要だからね。きっとアレアならできるけど、無理はしないように。君は根が頑固で血の気が多いから」
「さすが、俺のことをよく知ってますね。大丈夫です。今回は素直に療養します」
そう笑って答えた。
だけど俺はまだ呑み込めずにいた。
ジェミニカ随一の剣の腕前を持つアレア隊長。スラン騎士隊の隊長。先輩の親友。
彼がもう以前のように剣を持つことが出来なくなった。ロベリアとの戦いで。俺の力不足で。
「すみませんっ。俺が…あの時、もっと強ければ……!」
悔しくて、やるせなくて、俺は唇を噛んで拳を握りしめた。
少しは強くなっていると思った。なのに俺は隊長や先輩に守られているしか出来なかった。
「ライト君」
ゆっくり話しかけたのは、ホタルさんだ。
「悔しいかな」
「はい」
「君は、周りと比べて劣等感を抱くことが多いのではないかな?」
傍から見てもやっぱりわかるんだな。
いつも思ってる。誰より無力。少し強くなった。そんな程度で鈴蘭たちに近づけるわけがない。セカイの秘密に近づいた。でも結城の助言がないと、どう動けばいいのかわからない。特別役に抜擢された。でも、先輩のような臨機応変ができない。
「俺はどれも中途半端で、足を引っ張るしかできない」
「そうだろうね。君の長所たる求心力も、まだそこまでの力は発揮していない。フローラ姫の方がその点優れている」
優しい諭す声が、心を抉る言葉を放つ。
事実だし、相手はジェミニカ一の医者だ。何も言えない。
「君は、凡人だね。少し人より社交性があるだけの、普通の人」
その通りだ。セカイの本を見つけなければ、俺は今も何も考えずに生きていただけ。
結城が言っていたように、受け身で歴史に巻き込まれるのを待っていただけ。
「私もね、無力な凡人なんだ。同じだね」
暗い方へ、暗い方へ思考が向かっていた時、ホタルさんは明るい調子で言った。
ホタルさんが無力? 凡人?
……励ましだとしても、馬鹿にされたような気がしてならない。
「守りたいものを何一つ守れなかったことがあったんだ。だから、ライト君の気持ち、わかるよ」
彼は俺の目の前まで来て、しっかりと目を見てきた。
鈴蘭が本の中でベタ褒めしていた、透明感のある湖色。
「私は器用じゃない。だから、とんでもない過ちを犯した。人間として最悪なことを。
でも、あの時をやり直してもきっと同じことをするだろうなとも思う。
だから、過去のことを考えてもあまり意味はないんだよ。今からどうしたいかが一番大事」
「ホタルさんは、今からどうしたいですか」
自分のことを棚に上げて尋ねるのはずるいな。でも、この不思議な人の答えを聞いてみたかった。
ホタルさんはこてん、と首を傾げて考えるそぶりを見せてから、前から決めていたような言葉を笑顔で言った。
「 」
その言葉は、俺が想像していなかった言葉だった。
どうしてそこまでの覚悟を出来るのだろう。




