第4話 剣が使えなくなった
<鈴蘭side>
私が近衛騎士団に特別訪問してから一週間。
初日の全員斬りが余程衝撃的に決まったのか、騎士たちが私へ連日勝負を仕掛けてくるようになった。積極的なのは良いことだ。姫様の懸念も晴れることだろう。だがしかし、あまりの熱心さにはほとほと困らされていた。
「……さて、今日はここまでにします。皆さんお疲れさまでした」
私がその日の稽古を終わらせると、どっと周りに人が集まってくる。
「では今日は俺と練習試合をしてくれ!」
「いや待て! 今日は私との予定だろう!」
という具合だ。
こんな調子が一週間も続いたために、私の心身は酷く疲弊した。
白き英雄だから大丈夫ではないかと言われるだろうか?
いやいや、私だって人だからな。人並みに疲れるとも。
だが今日は最終日。こんな苦労も終わる。来週からのスラン騎士隊ならまだ苦労しないだろう。そんな少しの安堵と共に近衛騎士団詰め所へ向かい、そして私のテンションは急降下した。厳密に言えば、詰め所でカーナさんに話しかけられて、だ。
「ああ、おはよう。私よりも後に来るだなんて良いご身分のようねぇ、鈴蘭。ちょっとチヤホヤされてるからって調子に乗らないことね」
今日は機嫌がよくないようだ。カーナさんは情緒が不安定なのではないかと時々思う。
情緒不安定は語弊があるか。なんというか……キャラが定まらない感じ。
「そうですね。もう少し早く来るべきでした。すみません。ですが……」
周りには、カーナさんしかいない。
もう少し早く――とはいえまだ夜明けすぐの時刻。集合には早い。
カーナさんは顔色が驚くほど悪かった。
「カーナさんは随分早く来たんですね。というより、もしかして寝てないんですか? 何かありましたか?」
すると少し決まりが悪そうな表情をしてからポツリと言葉を漏らした。
「昨晩、兄の話題がでたから……家を出てきたの」
またカーナさんの兄についてか……。カラア民族掃討作戦で戦死した兄。
カーナさんについて知るならば、彼の話題は避けては通れそうにない。
「家族の方が?」
「ええ。私は兄を尊敬していて……。
そう。尊敬してた。尊敬している。
なのに酷くイライラするのよ。兄のことを考えると。腹が立って仕方がない。
あまり当時のことも思い出せないし、どこを尊敬しているのかもわからない。思い出そうとするほど、頭に靄がかかったように妨げられる」
そこまで吐き出して彼女は我に返ったように目を見開いた。
「って、悪かったわ。こんなことまで言うつもりじゃなかったの」
それは別に構いはしない。ただ少し引っかかる言葉だとは思う。
思い出せないのに、尊敬している?
尊敬しているのに、話題に上がるだけで腹が立つ?
そんなことあるのだろうか。少しだけ私の記憶喪失に似ているように思えた。
………
……
…
その後は特に問題もなくいつも通りに進み、その日を終えた。そしてさっさと帰ろうとしたときに、一人の騎士の男に呼び止められた。ずいぶんと固い表情をしている。周りは皆が彼と同じように固い表情で遠巻きにこちらを見ていた。
「鈴蘭、今からあんたの送別会を行う。絶対に来いよ」
私は期間限定の指導役なだけで、“送別”ではないと思うのだけれど。
今日まで何かと苦労させられた。少し意地悪心が疼く。
「いえ、私は皆さんに好かれていないのは自覚しています。律儀にしていただかなくて結構です」
「っ。い、や……。今日くらいは休戦だ。一応世話になったのに何の返しをしないのも悪い。俺たちの顔を立てるつもりで来い」
……ふはは。少し意地悪が過ぎたな。
こういうのを確か“つんでれ”とか言ったな。近衛騎士はそろいもそろって素直でないな。でも、嫌われるよりか遥かに良い。
「お気遣い感謝します。私も皆さんにゆっくり話を聞いてみたいと思っていたので」
この時、ヒスイも私と同じ状況になっているとは思ってもいなかった。というより、たいして問題視していなかったのだ。
まさかヒスイがグリエル卿とひと悶着があり、それがこの後の問題の火種となるなんて夢にも思っていなかった。
………
……
…
翌日、私はカイト第二王子に呼び出しを受けた。事情はあらかじめ早朝に聞いている。
「グリエル卿から正式な申請があった。ヒスイをグリエル家の養子に迎え入れたいとのことだ。フローラもお前もこんな事態になるまでどうしてほっといたんだ。ヒスイがグリエルの息子なんて聞いてないぞ」
「予想外だったんです。グリエル卿はヒスイを嫌っているものだと思っていたので手元に引き戻そうとすると思いませんでした。……いえ、このくらいは予測すべきだったかもしれません。申し訳ありません」
「謝罪は必要ない。フローラも同罪だしな。ただ問題なのは、グリエル卿が現在最も有力な王族派閥貴族の一人だということだ。あまり隠し子の存在が広まると、グリエル家だけでなくこちらも少なからず影響を受ける。そうそうのは本当に早く知らせてほしかった」
心底疲れた表情だ。この暴君王子がここまで言うということは、グリエル卿は最優先事項をヒスイの養子入りにしているのだろう。
「カイト王子はグリエル卿に、悪評を立たせたくないからヒスイの件は諦めるように言ったのですか」
「そうだ。だがそれを聞き入れなかった。
幸いなのは、ヒスイ本人が拒否していることだな。ヒスイは親族がいない。権利はヒスイにあるから」
こんなになるなら、グリエル卿は幼少期のヒスイにあんな目に遭わせなければよかったのだ。まったくもって、人は不可解だな。
「そこで、ヒスイから提案があった」
提案?
「後日、ヒスイとグリエル卿とで試合を行う。それで決めることとなった。
まだ養子の件は公表していない。表向きはたんなる御前試合ということだ」
へえ、なるほど。方や武力に秀でたジェミニカでも最強武力のスラン騎士隊の騎士。もう一人は実力主義の代表とも言える立場の姫側近。
一見勝敗がわからない試合だ。
だが、ヒスイの力を知る私としては決まっているに等しいなと心の中で思った。
「とはいえ、大きな問題がなければいいが」
………
……
…
ところが大きな問題が起こってしまった。
「ヒスイ……今、なんて言った……?」
カイト王子の話を聞いた後、ヒスイに会った私はとんでもないカミングアウトをされてしまった。
「剣を振るえなくなった……って言ったんだよ」
ヒスイらしからぬ、吐き捨てるような言い方。
嘲笑。自分への、嘲りだ。
そんなまさか、と思った。ヒスイは唯一私に追いつけるほど――リコリスのロベリアもだけれど――の力かある人だ。
もしも私を越える人がいるとするなら、ロベリアかヒスイだと思っている。
そんな彼が、弱々しく剣を振れないと言うのだった。
「もう、何がなんだかわからなくなってきたんだ。僕はどうすればいい?」
答えを求めていないような、ただ独り言の言葉に何も返せない。
こうしたトラブルが起こった影響で特別マネジメントは中止となったのだった。久々の休暇だけれど、気が休まらないったらない。
「疲れてるんだろう。今日はゆっくりしたらいいさ」
「試合は刻一刻と迫ってるのに?」
「剣が振れるようになれば、練習しなくてもヒスイが勝つ。確実に。なら、今は剣を持てるようにリラックスする方がいい」
ヒスイは、そうだね、と返すがまた上の空。
流石に心配になるな。私に出来ることなんてないからなんともかんとも、だが。
「ヒスイはやっぱり恨んでいるのか。グリエル卿を」
「恨んではいないよ。僕はあの人をどうとも思ってない。無関心な、ただの他人だ」
何とも思っていない、という言葉は以前も聞いた。
その時は何とも思わなかったが、今は――
「嘘だろう? それ」
「え?」
「無関心ならそんな顔をするはずがない。どうとも思ってないなら、苦悩しない。私ごときがヒスイの気持ちを推し量るなんて、無理だとは思う。だが、そろそろ覚悟を決めたほうがいい」
何をしたいのか。
何が得策か。
「一時の感情に振り回されず、決めろ」
流されているだけの人生なんて、まっぴらだろう?
こくん、とヒスイは息を飲んだ。




