第3話 避けても避けられぬ
〈ヒスイside〉
母を守れるのは、僕だけだった。
僕たちは、二人ぼっちだった。
手を伸ばしても届かないものがあった。
そして、僕が力不足だったから、母を苦労させたまま失った。
だから、今大切な人を守りたい。
力不足で失わせたりしない。
手を伸ばし続けたい。
「最終日だけど、二人とも大丈夫?
最近げっそりしてるけど……」
僕の大切な人が、心配そうに顔を覗き込む。
さらさらとこぼれるシルバーピンクの髪に、思わず視線を離せない。離せない……
「……一点から目を離せない時ってありますよね。疲れて眠いときとか」
「分かる。私も同じだ」
ぽーっとしながら呟くと、鈴蘭が同意してくれた。
鈴蘭はあの日以来、尊敬されたのか対抗心を燃やされたのか、騎士から勝負を挑まれるようになったらしく……。毎日騎士と戦っていれば、そりゃあ疲れるよね。
僕はと言うと、体力面は大丈夫なのだけど、どちらかといえば精神面だ。
「でも今日で最後と思うと楽かな」
グリエル卿と会うのも最後だ。
「本当にありがとうね。こんなに苦労するとは思わなかったわ。この頑張りは絶対に良い方向へ行くはずよ」
姫のその言葉があれば、僕はどれだけでも頑張れる気がした。
………
……
…
『醜い碧の瞳だな』
心臓がどきりと跳ねた。
やっぱり、この人にとって僕は醜いのだと……思い知らされた気がして。
でもあれ以来彼は何も言ってこなかった。
会話らしい会話といえば、ただの事務連絡くらい。まぁ僕もその方がいいけど。
「ヒスイ、キミはこの陣形をどう思う?」
「そうですね……。攻撃力は上がるでしょうが、防御が少し不安かと。今度の仕事は対山賊戦ですよね。なら、相手のフィールドである以上防御を強めるとよいのではないでしょうか」
グリエル卿に相談された僕は、思ったままに答えた。
そう、ここ数日事務の会話が多いのだけど――それにしても、こういった相談をしてくるので結局他の騎士に比べて圧倒的に会話が多い。
緊張するし、今も絶賛震えてるくらいだから嫌なんだけど……
あの朗らかな騎士からは『グリエルに気に入られたみたいだねっ』なんて言われたけど、果たしてそんなはずあると思う? 絶対ないよ。
「ほう、ヒスイの意見参考にさせてもらう。
参謀としては様々な意見はありがたいからな」
「光栄です」
表情変わらないし、口調もぶっきらぼう。なにより、切れ長の目が僕と同じ碧というのが居心地が悪くてない。
「ヒスイは極北の方に住んでいたと聞くが、どのような暮らしだったんだ? 参考に聞きたい」
そろそろ離れたいんだけど。
「凶暴な野生動物がいる場所でした。食料も少ないですし、そうした凶暴な動物を狩って暮らしてました」
「……。そうか。苦労も多かったろう」
一瞬だけ、重力が重たく感じた。
けれどそれもすぐ消えて、何の感情もなく笑顔を浮かべれるくらいになる。
「僕には苦労なんてありませんでしたよ。本当に大変だったのは母ですから」
あぁよかった。この人に無関心になれていて。
思わず感情的にならなくて良かった。
お前のせいだろうと掴みかからずに済んだ。
僕は本当に、この男を他人としか思えないんだろう。
………
……
…
「明日からはもう一人の側近である鈴蘭が皆さんを担当する予定です。今日までお世話になりました」
その日の暮れ。
初めはどうなることかと思ったけど、結構気のいい人ばかりで安心した。やっぱりアレア隊長が率いていたジェミニカの最高武力だ。
「ヒスイ! 今からスラン騎士隊で食事会行こうって話になってるんだ。ヒスイもぜひ来てくれ」
挨拶を終えて帰ろうとしていた僕を、件の騎士が呼び止めた。
憧れのスラン騎士隊の人たちと、食事会……!
いやしかし、その中にはグリエル卿が……。
天秤がぐらぐら動く。
「わりと皆ヒスイのこと気に入ったんだよ。今日で終わりっての、惜しんでるやつ多いんだ。な? 来てくれよ」
天秤がパコーンと傾いた。
………
……
…
「今日までありがとう! ヒスイにかんぱーい!」
スラン騎士隊行きつけの、品の良い飲み屋へ連れて行かれた。
それからはてんやわんや普通の飲み会。意外なことに、グリエル卿もいる。現在の彼は、寡黙で冷静沈着な男だ。昔僕を投げ捨て、怒鳴った人と同一人物には見えない。
端の方で仲間と静かに酒を嗜んでいるのをチラチラ見てしまう。
『……醜い碧の瞳だな』
「っ……」
また言葉が頭を掠めて、酷く苛立つ。
あんな男に振り回されるな。冷静であれ。
目を閉じて自分に言いきかせる。
だって、他人なんだ。気にしないだろう?
そうしていると、近くに人が来る気配を感じた。何の気無しに、その方を振り返ると――うわぁ。
「隣いいかな」
「あ、グリエルさん。どうぞ」
本当は、どうぞしたくない。
気まずさを笑顔で隠しながら、お酌しますよと声をかけた。すると彼は、その返事をせずにまっすぐこちらを向いて口を開く。
「ヒスイは私を避けているのか」
「なんのことでしょう」
「キミの評判を調べた。誰に聞いても優秀かつ温和。誰にでも笑顔を絶やさない。
……だが、私を見る瞳はあまりに敵意がありすぎる」
そう、だったか。
自分ではグリエル卿を敵意を込めて見ていたなんて、自覚してなかった。
「それは失礼しました」
「別にいい。私はキミに嫌われて当然だから」
……え?
「私は私が心底嫌いなんだ。自分の全てが憎い。自分の瞳の色だって。
……こんな私と同じ瞳を受け継いで、キミは可哀想だ」
咄嗟に周りに人がいないかを確認した。幸い、僕らの周りに人はいない。
「受け継ぐとか、何言ってるのかわかりません。冗談もやめてくださ――」
「ヒスイ。私のところに養子入りしないか」
僕と同じ色の瞳が、真剣な光を帯びていた。
なるほど、これは憎くて、醜い。




