第7話 心に刻んでほしくて
〈ライトside〉
俺が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。ナッチメイルの。
俺はエリアルから話を聞いて、それから、
「!! 先輩たちは!?」
急いで身を起こして周りを見ると、誰一人部屋にはいない。まだ騒動は収まっていないのかもしれない。
外へ出ようと用意していると、部屋の外が騒がしい事に気づいた。
「早く行こう」
………
……
…
ナッチメイル城の一人に何事か尋ね、案内された部屋には先輩が立っていた。そして先輩の前にあるベッドには――
「アレア隊長……」
ナッチメイルの最新技術を使い、沢山の管で繋がれたアレア隊長が眠っていた。身体は何度も引き裂かれた跡があり、おそらく手術後だろうに痛々しい姿だった。
「傷口は縫ったけど、出血が酷かったんだって。見つかるのが遅れてたら確実に手遅れだった。
……とはいえ、今日が峠らしいから、助かったと確実に言えるわけじゃないけど」
先輩は俺に背を向けたまま告げる。淡々とした口調でも、その背中が悔しさと悲しさをありありと表していた。
アレア隊長は、俺達が敵に遭遇した時にロベリアの相手をすると自ら行ってくれた。その結果、こんなことになるなんて……
「っそうだ、今どうなっているんですか!?
レグルス女王や、皆は!」
「ライトが連れ去られた後、俺はクローリアに逃げられた。それでナッチメイル兵からの情報で海岸の崖にあった建物へ向かったんだけど、その途中でアレアが倒れているのを発見したんだ。
そこに鈴蘭が合流して、俺はアレアを運んで鈴蘭は建物に向かった。もうじき帰ってくるはずだよ」
俺が寝ている間に、そんなことになっていたのか……。俺は何も出来ず、アレア隊長はこんなになって……
「フローラの方にも敵が来たみたいで、ヒスイが撃退したらしいよ。……でも、こんなにガタガタになるなんてね」
乾いた笑いをする先輩。
俺は歯を食いしばって、壁を殴ってしまうのだった。
_________
〈鈴蘭side〉
「久しぶりダネ。おや、機嫌が悪そうダケド、どうかしたのカナ?」
毒々しい紫の髪。黄色と赤色の目。
この女に会うのは去年のジャスピアンの暴動以来だ。それでもやっぱりえも言えぬ気味の悪さを感じる。
さっきアレア隊長が血まみれで倒れているのが発見された。相手をしていたのはこの、ロベリアだったというのも聞いた。
……命を弄ぶなんて、許されることではない。
「ロベリア。レグルス女王を返せ」
「いいヨ? もう目的は達成したようなもんダシ。
でも、もっと遊ぼうヨ。鈴蘭、ボクと遊ぼウ?」
ロベリアの懐から、ナイフが取り出される。
以前戦った時も、かなり危ない戦いだった。油断していたら命はない。
「私はロベリアを相手する。貴方達はレグルス女王救出へ向かってください」
私はナッチメイル兵にそれだけ言い残し、ロベリアに斬りかかった。
「はっ!」
しかし容易く避けられ、フェイントでナイフが顔の真横を掠める。彼女は速さも力も桁が外れている。見てからの判断では間に合わない。……動き速すぎるだろ。
一瞬の間に、ロベリアの所持物が見えた。ナイフ、拳銃、弾薬……良くもあれだけ仕込んでいるものだと感心するばかりだ。
距離を取ればそれだけこちらが不利になる。こちらの攻撃圏内に入れつつ、どうにか相手の武器を封じなくては。
「鈴蘭! 鈴蘭! ボクが憎イ? 腹立たしイ?」
「当たり前だ。アレア隊長をあんな無残に痛めつけ、ジャスピアン暴動と西の塔奪還では死者もだした」
私も人のことは言えないが……それでも、もうそんなことをしないと誓ったんだ。だから活人剣術で、人を生かすと。
「アハッ。そっかぁ、やっぱり身近な人を傷つけられたら怒るヨネ。……そうすれば、鈴蘭はボクのことが忘れられないネ」
刹那、私の懐に入られる。
刃の銀色の輝きに、しまったと思う間もなく咄嗟に剣で防御し、間合いを取った。
つうっと首筋から血が流れるのを感じ、改めて身体を緊張させた。いよいよこのままでは危ない。
とはいえ策を講じるにも隙きがない。
「忘れないで鈴蘭!! ボクを見ていてヨ!」
「っ!?」
狂ったように笑いながら、ロベリアが連続して斬りかかってくる。何かに取り憑かれたよう……という表現が似合うほどに。
建物に吹き抜ける風が、今は薄ら寒く感じた。ここはあまり使われていないのか、所々錆びている光景も、現実味をなくしたおどろおどろしさを醸し出しているようだ。
「忘れないでって、逆にこんな強烈な人間忘れられないぞ」
受け身をとり、すぐに間合いを詰めてロベリアの懐に手を入れた。そしてナイフを抜き取り、剣でロベリアを跳ね飛ばしてからナイフを投げる。
そしてロベリアがナイフに気を取られているうちに、手のナイフを圧し斬り馬乗りし――
「終わりだ」
ロベリアの顔の真横に、剣を突き立てた。
「……、馬鹿だナァ。なんで殺さないノ」
「聞きたい事が沢山ある。それに、生死なんて私が決めるものじゃない」
「この前も、あまいって言ったヨネ。君はまだ迷ってル。今日はボクに勝ったけど、ボクの油断があってだからネ。次はどうなるかわからないヨ」
手首を捕まれ、剣を突き立てられて馬乗りになられている。そんな状況でもロベリアは楽しそうに笑っていた。
「……なぜ笑う」
「鈴蘭がボクを見てくれてるから、カナ。この前気づいたんだけど、鈴蘭と戦ってルときが、一番生きてるって感じるンダ」
「趣味悪いな」
「よく言われる……ヨッ!!」
突然、ロベリアの肩から何かが噴射された。何とかそれを避けたが、拘束が緩んだ隙にロベリアを逃してしまった。
「またネ、鈴蘭」
………また詰めがあまった。
それから、ナッチメイル兵がレグルス女王を救出し、この騒動は幕を閉じた。
_________
〈ライトside〉
事の顛末……というか、今回の騒動の終着点はただひたすらに混乱だった。
メイオール卿は兵を指揮してレグルス女王救出に成功した。けれどそれは貧民街の人たちを抑圧したということで、彼らとの溝は深まったらしい。
そして俺達の陣営もガタガタだった。
アレア隊長は何とか一命を取り留めたけれど、意識は戻らなかった。長期の治療が必要ということで一足先にジェミニカへ帰り、アレア隊長と仲が良かったショール先輩は隊長のことが気になってか、調子が良くない。
ヒスイは姫を城内に侵入した敵を無事撃退したらしいけど、何か考え込んでいるようだった。フローラ姫はそんなヒスイを見て思い悩んでいるみたいだし。
俺もエリアルの言葉が頭から離れない。セカイのリーダーは別の目的も持っている。……見つけてくれとずっと書いていたあれは、一体どういうことなのだろう。
それに、ヨモギがアンドロイドというものだというのも大きな事実だ。
けれど何より大きな変化があったのは、ジェミニカとナッチメイルの関係。
ナッチメイル側は、フローラ姫が来たからレグルス女王がジェミニカの犯罪組織に巻き込まれたと言い。
ジェミニカ側は、ナッチメイル訪問中にナッチメイルの王宮と貧民街の確執にフローラ姫が巻き込まれたと言う。
同盟国同士の足並みが崩れかけていた。
騒動から数日後。俺達がナッチメイルから帰る数日前。姫とレグルス女王の話し合いの場が最後に設けられた。
………
……
…
最初の謁見の時、レグルス女王は幼児のようだった。今回もそうなってしまうのでは、と思いつつも今回のことで少し大人になったのではと期待もあった。
けれど現実はそこまで都合良くはない。
「貴様らジェミニカのせいで私は危険な目に遭った!! やはり低俗な国の者は厄介事しか持って来ぬようだな!! こんな国と同盟など、ナッチメイルの価値が下がるわ!」
姫が部屋に入るやいなやレグルス女王は怒鳴ってきた。彼女の周りにいる女王派閥の貴族の視線も冷たい。今回のことは国家間の問題だからか、やはり自国有利になるように動こうとしているようだ。
でも、俺達も巻き込まれたことに違いない。一方的に責められるのはこちらだって不本意だ。
フローラ姫も自国を侮辱されたことに異議があるようで、凛とした態度で口を開く。
「ジェミニカの問題をナッチメイルに持ち込んでしまったこと、心から謝罪します。申し訳ありませんでした。
………ですが、今回の事は、どちらにも非があります。それにジェミニカを貶める発言は看過できません。撤回して頂けますか」
「どちらにも非だと? ふざけるな!!
私は誘拐されたのだぞ!? ナッチメイルのどこが悪いと言うのだ! 貧民街なんて、今まで力で抑えてきた! それが崩れたのはジェミニカのせいだろう!」
はぁ!? なんだよその暴論は。
そっちがその問題を放置してきたから簡単に崩れるんだ。
俺はよくわからないけど、正直ジェミニカは何もしていないだろって思ってしまう。ジェミニカの犯罪組織ってだけで、国家の責任にされるのはちょっと変じゃないのか?
「同盟は破棄だ!!」
レグルス女王はそう言い放った。
ナッチメイルとジェミニカの繋がりを強めるための訪問が、こんなことになるなんて思わなかった。
こんな幼稚な女王の国、こっちも嫌だと思った瞬間。フローラ姫が一際大きく声をあげる。
「いい加減にしてください……!」
「!!??」
レグルス女王が怯んだように黙り、周りで女王の感情だけで決めたことを持て囃していた貴族も水を打ったように静まった。
「今私達がすべきは罪の擦り付け合いでしょうか。どちらかの国が謝罪して終わることでしょうか。
いいえ、これはそんな簡単な問題ではありません。今何をすることが最善か。それを話し合いナッチメイルとジェミニカが動くことが大切でしょう」
そして姫はしっかりとレグルス女王を見据えて言った。
「貴女一人の勝手な感情で、国民を振り回さないで!
私達は、いつだって国民のための未来を切り拓いていかなくてはならないのですから。今のレグルス女王は、何も見えていません。全てを決める前に、まずは周りをご覧になって下さい!!」
するとレグルス女王ははっとしたように目を見開き、それから瞳を屈辱の色に染め上げた。ぶるぶると震える姿は、心配になるほどだ。
けれどそんな女王とは逆で、貴族側は少し冷静になったらしい。バツが悪そうな顔をして黙り込む。
「……フローラ……貴様も、あの海賊と……同じことを……!!
うるさい! 私はちゃんと見てる!
……お前らも言ってやるといい! 全てジェミニカが悪いのだと、ナッチメイルの非は一つもありはしないと!!」
狼狽したレグルス女王に、貴族は何も言えずにいた。本当は分かっているのだろう。問題が沢山あって、土台がぐらついたそこに積まれていった結果こうして崩れ落ちたのだと。
レグルス女王が泣きそうになった頃、側にいたメイオール卿がやっと前に歩み出て口を開いた。
「レグルス様、落ち着いて下さい。ナッチメイルを誇ってくださったこと、嬉しく思いますよ。
……ですが、もしもナッチメイルを侮辱されたら貴女も深いでしょう? それをジェミニカにしたのです。まずは言葉の撤回をしましょう」
優しい言葉と、そっと添えられた手に女王は気が緩んだように涙をこぼした。
「……ひぅっ、……メイオール……。
……フローラ、ジェミニカへの無礼謝罪し、撤回します」
「ありがとうございます。……私もはしたなく声を荒げてしまい、申し訳ありませんでした」
少し、姫と女王の間の空気が和らぐ。
そしてメイオール卿がまた口を開いた。
「貴族の方々もご覧になっただろう。ジェミニカの姫は意思を持った方。ネイコがどうなるかわからない今、お互いの問題をカバーし合っていく方がメリットも大きいのではないだろうかな」
メイオール卿の言葉に、貴族はざわめく。
確かにフローラ姫は信頼できる。
レグルス女王にとってもメリット。
同盟破棄の方が失策では。
メイオール卿の言葉なら。
……様々な声が飛び交う度にレグルス女王も冷静な表情を見せ始めた。
「静まれ。……皆の意見は理解した。
今回の事は、互いの問題故のことじゃった。今後このようなことを防ぐためにも、私たちは現実的に考えねばならない。……同盟破棄は最善策とは言えぬ。
フローラ、今後も同盟国として協力してほしい」
レグルス女王の急な掌返しに呆れる。ちゃんと女王として大人の対応になってくれた、といえば言い方はいいけど……なんだか癪だ。
そんな彼女に姫は微笑んだ。
「ええ。これからも、共に協力していきましょう。……きっと、私たちに見えていないものが……あるはずですから」
切なげに、寂しげに微笑んだ姫は……美しかった。




