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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
5章 ナッチメイル編
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第5話 違えても想ってる




〈鈴蘭side〉



救援に行くと決めれば早く三人と合流したい。そうこうしている間に危険が迫っているのだから。


なのに――


「お久しぶりです。先生」


どうして、私は


「アル……」


足を止めてしまうのだろうか。




_________




〈ライトside〉



「くっ……!」


先輩は二人を相手に苦戦を強いられていた。当たり前だ。先輩は強いけど、正直に言って戦闘向きの人ではない。


何より、俺を庇いつつ戦っているから……


「先輩危ないっ!」


俺はクローリアの剣を弾き飛ばす。それでもビリビリと手が痺れた。

これくらいしか、俺はできない。どこまでも足手まといな人間だ……!


「うぅん、なんか可哀想ッスね。私たちのほうが強いッスよ」


「気を抜いていけませんよ」


このクローリアはカルセ団長と互角に戦った人。強すぎる。先輩も苦しそうな汗を浮かべていた。


……何か、打開策はないか!


「……?」


ふと違和感を感じた。

俺達は今海岸にいる。詳しく説明すると、今立っている場所は浜辺で、隣の急な坂道を登れば海に面した崖があるような場所だ。ちなみに、その崖の上に小さな建物がある。


とにかく、今立っている浜辺には押しては返す波が来る。何故かヨモギはその波を避けるように戦っているのだ。


……もしかして、ヨモギは海水が苦手?


「先輩! 海の中に入りましょう!」


「わかった!」


一か八か。海の中は足場が悪くて戦いにくいけど、戦力を減らせるのではと考えて叫んだ。

先輩は質問も無しに、信じて海へと走り出す。


「バレたッスか……」


ヨモギは無表情かつ悔しそうな声で呟いて立ち止まっていた。やっぱり海が苦手のようだ。よかった、一人敵を引き離せた。


「終わりだっ!」


先輩は追ってくるクローリアが近づく前に拳銃を構え、そしてヨモギに標準を合わせて引き金を引く。



大きな銃声。煙の匂いが潮の香りと交じる。



先輩の銃弾は、的確に相手の心臓部に穴を開けた。

……クローリアも俺も、そして先輩も、動きを止めて玉が貫通したヨモギを見ていた。


ただ、驚いて見つめていた。


「うそ……だろ……」


思わず声が漏れる。

だって、目の前の光景が信じられなかったから。


「うーわ、最悪ッス。重要パーツが木っ端微塵ッスよ」



――ヨモギは生きていた。



けれどその異様な光景を言葉に出来ない。


穴の空いた部分から、金属やら紐みたいなものが火花を散らして飛び出ていたのだ。


「やっぱり、君は人間じゃないんだね」


先輩がヨモギに向かって言う。

どういうことだ? 人間じゃないって……


「あー、この前撃たれた時にバレたッスかね。

そうッスよ。私は"アンドロイド"……って言ってもわからないッスよね。でもショールさん、さすがッス」


アンドロイド?

それは……オーパーツのようなものだろうか……?


「その怪力も、海水を避ける理由も、血を流さないのも、今君が生きているのも……アンドロイドだからというわけだね」


「あれ、驚かないんッスね。

……とにかく、私的にピンチッスから、クローリアさんあとよろしくッス」


そしてヨモギは走ってどこかへ逃げていった。追うべきかとも思ったけれど、まだクローリアがいる。


「あんたは知ってたわけ?」


「答えなくてもいい質問ですね。私のすべきことはあなた方の相手ですから」


クローリアが剣を構える。俺はまだ頭が混乱していたけど、戦わなくてはいけない。

俺と先輩も武器を構えたその時……


「ちょーっと待ちぃ!」


独特の喋り方、よく響く声。

振り返って海の上を見ると、そこには大きな船が近づいてきていた。

……それにしてもあの距離から声が聞こえるなんて!


「エリアル参上ってな!!」




_________





〈鈴蘭side〉




「先生、一緒に帰りましょう」


「帰るって何処へ……?」


「セピアです」


帰る。帰る……

『帰る』と聞いたら姫様をまず思い浮かべた。ヒスイを、ショールを、ライト、結城を。

私にとって、帰る場所はもう……セピアじゃない。


「アル。私の帰る場所はもうセピアじゃない。私はもう"セピアの悪魔"じゃない」

「そうですよ。貴女はずっと、セピアの悪魔なんかしゃないんです」


私の言葉に被せるようにアルが言う。アルの言葉の意味がわからなくて、私は口をつぐんだ。


「貴女はセピアの悪魔なんかではありません。

ずっと……家族です」


「っ……!」


「俺達は家族だ。大切で、愛しているんです」


家族……

愛……


「セピアは今は組織の名前になってますが、元々一家の名前でしょう。ミヤケ、クローリア、ナシロ、コシロ、不服ながらリカ、アルフレッド、そして鈴蘭。

ずっとセピア一家です」


「……して……」


身体が震える。落ち着けと思いながら自分で自分を抱きしめるけど、震えが止まらない。

気持ちはもう、あの頃の私に戻っていた。


「どうして、あの時それを言ってくれなかったの……?」


ミヤケとナシロの声を聞いて、部屋に入ったあの日。

現人神の命令で家族として接していたと言ったあの日。


「あの時求めていたのはたった一言!

『鈴蘭は家族だ』って! それだけが欲しかったのに!!」


ミヤケが言った言葉が、本物なら……どれほど嬉しかったことか。


『そういえば満足か』と聞かれた時……どれほど絶望したか。


「でも何より……。

あの日の言葉で、あの一度の拒絶で、私は一年半の愛情を疑ってセピアを出た自分が……

私は私が、一番憎かった……!!」


「先生……」


アルを見れば、今でも私を慕っているって分かる。この一瞬で分かるくらいに、アルは私を想ってくれている。


……リカも、お父様も、セピアの皆が私を想ってくれていると、信じれたはずなのに。私は疑って捨てた。私がセピアに裏切られたんじゃない。


「私が、みんなを……家族の愛を裏切った」


だから、もう戻れない。

私は皆に向ける顔がないし、もし嘘だったとしてセピアが私やリカにしたことは事実なんだから。


「もう私たちの路は違う。

ごめん、アル。でも、ありがとう」


私は剣を構えた。


「アル、そこを退いて」


「退きません」




アルは無口だけど、私を先生と慕ってくれた。静かだけど意外と熱血で、いつも見守ってくれて。過去に苦しみながらも未来の長として前を向く姿に私も力を貰った。


あぁ、思い出すほど……私は幸福だった。

あの家族の一員になれて、私は幸せだった。


ナシロ姉さんはオドオドしてるけど家事が得意で、いつも美味しい料理を振る舞ってくれた。


コシロ姉さんは気が強くて当たりも強かったけど、誰よりも心優しかった。


クローリアおじさんは礼儀正しくて堅苦しかったけど、一緒に家庭菜園をして楽しかった。


リカ兄さんは一番話をした人。口が悪いけど、勉強も礼儀作法を教えてくれた。


お父様は、私を本当に可愛がってくれた。出張帰りはいつもお土産を沢山買って帰ってくれて、休みの日は一緒に鬼ごっことか、料理とかして。悪戯をすると怒ってくれて、村人の仕事を手伝うと褒めてコッソリお菓子をくれた。




「私は……幸せだった。

だからこそ、もう失わないようにしたいの」


何も知らずに全て受け止めてくれた姫様。

全て知っても全て受け止めてくれたヒスイ。

過去に興味を持たず"鈴蘭"を見てくれるショール。

こんな私を尊敬して慕ってくれるライト。

一人の友人として普通に接してくれる結城。


私は家族を疑って路を違えてしまった。だから、選んだこの場所は守りたい。


「もしここを通してくれないなら、力づくでも通る」


「……そうですか。でも俺も生半可な覚悟じゃない。貴女が何と言おうと、俺達には鈴蘭が必要だ。力づくでも連れ帰ります」


淡々とアル……アルフレッドは言い放った。

私は剣を鞘から抜いて彼に向ける――




_________





〈アルフレッドside〉




先生の思いが心臓を貫いた。

あの日、あの時、どうして俺は先生にこの言葉を言わなかったんだろう。


そして、先生が自分を責めていることも、今日まで気付かなかった。


「でも何より……。

あの日の言葉で、あの一度の拒絶で、私は一年半の愛情を疑ってセピアを出た自分が……

私は私が、一番憎かった……!!」


俺達はやっぱり幸せだった。皆お互いを愛していたのに。どうして。こんな風に……


「もう私たちの路は違う。

ごめん、アル。でも、ありがとう」


――路を違えたんだろう。


「もしここを通してくれないなら、力づくでも通る」


彼女の目が、今大切にしている人を見ているって分かってしまった。


いつも、ずっと貴女と居たいって思っていた。だから苦しんでいた貴女に寄り添えたリカが羨ましかった。そしてあの時、現人神様と……それに従う自分が憎かった。


先生がいる世界が、輝いていたのに。


セピアの屋敷の先生の部屋は、今も昔のまま置いてあるのに。


今だって、セピアは鈴蘭を想っているのに。


「……そうですか。でも俺も生半可な覚悟じゃない。貴女が何と言おうと、俺達には鈴蘭が必要だ。力づくでも連れ帰ります」


今のまま王宮にいれば、いつか激動に飲み込まれる。現人神様はそれを望んでいるけど、俺は嫌だ。お父様も俺の思いを理解して放置しているのは、同じ気持ちだから。




俺も低姿勢で、抜剣の構えを取った。




「はあっ!」


間合いに入った先生に向かって剣を抜く。普通の人ならこれで首を撥ねて終わりだ。

けれどさすがは先生。剣を滑らせ軌道を変えて避けられた。


「ふっ!」


先生の姿が消えたと思ったら、背後を取られていた。振り返りながら、またその後ろを取られると予測して攻撃を繰り出す。


甲高い音を立て、剣がぶつかり合う。


「まさか読まれるとは思わなかったな」


「貴女の生徒ですから」


力の拮抗が崩れ弾き飛ばし合う前、先生の表情が悲しみに歪んだのが見えた。


俺の知らない剣術を使い、俺の知らない人のために戦っている。




それからしばらくぶつかり合いが続いて、お互いに体力を消耗してきた。速さも技術も力の流し方も癖も……知り合うからこそ決定打がない。


「アルフレッド、こんなに強くなっているとは」


「せめてアルと呼んでください。

先生は殺人剣術ではなくなったのですね」


殺人剣術で悲しんでいた先生を思えば、それは喜ばしいことだ。でもこの剣術でも少し迷いが見える。それが先生の剣を曇らせていた。


「はっ!」


またぶつかり合い……、なっ!?


「油断したなっ」


先生は振り下ろした剣の軌道を不規則に変え、俺の剣を受け止めずに避けた。そして力の移動で出来た少しの隙に、先生の切っ先が俺の目の前に迫る。


「終わりだ、アル」


ピタリと。

顔の数センチ離れたところで、剣が止まった。


「殺さないんですか」


「思ってもないことを言わないでくれ」


やっぱり……俺は先生には勝てないんだな。


「俺、力づくっていいました。そんなあまさでは、足元を掬われますよ」


「その時はまた力で抑える。私にはその力があるからな」


先生が傲慢になった。誰に似たんだろう。

……ああ、先生の主のあの姫か。


「私はもう行く。……アルは私には勝てないよ」


「残酷なことを言いますね」


「先生とは夢と現実を見せるものだからな」


それなら生徒は先生の想像を超えるものだ。

次会うときはきっと……


「勝ってみせます」


すると先生は優しく笑った。気が抜けたような、綻ぶような、柔らかい笑顔。


「アルは昔から戦闘の時口数多くなるけど、悪くないと思っているよ。普段もそれくらいでいいんじゃないか」


「……難しい提案です」


俺の返答が想像通りだったのか、また笑って先へ進んでいってしまう。


……これでもう、先生を引き止める機会を永遠に失った。そんな感覚がした。


すると少し先で先生は立ち止まり、少しだけ振り返った。


「最後に一つ。

私は幸せだったし、今も幸せだ。

だからアルの幸せを願ってるし、アルの罪はずっと一緒に背負い続ける覚悟はあるからな」





『アルがこの罪を重いと言うなら、私が一緒に背負うよ』





「………先生は……残酷な人だな」


そして誰より、優しい人だ。






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