第2話 気宇壮大
〈ライトside〉
海と空の国、ナッチメイル。
漁業が盛んで、最近では科学技術に力を入れている先進的な国。目下の課題は海賊と貧民街のことだが……最近ではこの二つが結託して、海賊の技術の貧民街の人数を組み合わせた暴動がちょくちょく起きているという。
それでもなお、ナッチメイルが治安が維持されている理由は、能力があり人望もある公爵――メイオール卿の存在にある。女王がトップに君臨してはいるけれど、それはお飾りに過ぎない。
……ってのが、結城から教わったナッチメイルについて。話には聞いていたけれどナッチメイルに行ったことがなかった俺は、そこの光景に圧倒されていた。
「なんだこれ……すごいな」
艶やか、優美、雅、上品。
そんな言葉が似合う木造建築が立て並び、朱を主としながら色付けされている。町ゆく人はメイオール卿のようなキモノと呼ばれる布を巻いていて、これがまた奇妙かつ斬新で美しい。
建物は全体的に低くて、空が広く感じるけれど、見上げれば驚かされるのがナッチメイルの城。
でこぼこと色々なものが積み重なったような設計で、空まで届きそうなくらいに高い。これも朱色を基調としていて鮮やか。
ジェミニカとは全然違う文化に驚かされてばかりだ。
「海に面して、空へ続きそうな城……まさに海と空の国だね」
俺の感嘆の声に、先輩が返してくれる。
今回の訪問のメンバーは…
フローラ姫。側近の鈴蘭、ヒスイ。
護衛が俺、ショール先輩、アレア隊長。計六人。
やがて、馬車が城に到着した。
………
……
…
「長旅ご苦労様でした。歓迎しますよ、姫」
出迎えてくれたのはメイオール卿。俺は喋ったことはなくて、一方的に噂とか黒い本で知っているだけだけど……やっぱり迫力というか、オーラが人と違う。
鈴蘭もオーラがすごいけど、どちらかといえばメイオール卿はフローラ姫のような雰囲気がある。治世者の何かがあるのかも。
「姫もお疲れのことでしょう。しばらく部屋でごゆるりとお過ごし下さい。案内いたしましょう」
「ありがとうございます」
黒い本で見る限り、メイオール卿はいつも「〜のう」とか言い方だけど、流石に公共の場だからか普通だ。こうして見るとナルシストには見えない。……なんで鈴蘭の周りには美形が多いんだ。俺の勝ち目が……。
「そうだ姫。後で鈴蘭を借りてもよろしいですか? 少し話がありまして」
「あら、私がいては駄目なのかしら?」
「意地悪を仰らずに。少しばかり相談事があるだけですよ」
フローラ姫とメイオール卿の会話が、何とも言えない緊張感を出している。険悪なのではなく、程よく国のトップとしての威厳が現れているというか。
二人は鈴蘭を通じた友人だから、多分公での姫と公爵という立場で喋っているのだろう。
なんとなく、フローラ姫がチェスが得意なことを思い出していた。
_________
〈鈴蘭side〉
私は姫様が部屋に入ったのを確認してから、メイオールに会いに行った。姫様はヒスイに任せたし、護衛はショールたち三人がいてくれている。少しくらいなら大丈夫だろう。
「鈴蘭、待っていたぞ」
部屋に入ると、人払いしてあるのか他に誰もいない部屋に一人メイオールが座っていた。いくら自分の国の城とはいえ警戒心が薄いのではないかと心配になるな。
「久しぶりだな……ってほどでもないか。聖礼祭ぶりだ」
「そうじゃのぉ。年末はゆっくりできたか?」
メイオールに勧められるままに椅子に座り、ほっと息をついた。自分でも気づかないうちに緊張していたようだ。なんだ、私らしくもない。
「ゆっくりは出来なかったな。帰省した人の分まで警備に駆り出されていたから」
「ははは、そうかい。では今くらいはくつろいでくれ」
そしてそっと出されたのは抹茶と呼ばれる飲み物だ。これは畳で飲むものと聞いていたから、椅子に座りながらというのは何だか不思議なものだ。
……ん。味は割と好き。
「ありがとう。それで、相談事とはなんだ? 改まるなんて珍しいじゃないか」
するとメイオールは目を伏せながら憂い微笑みを作った。
「我もそろそろ身を固めようと思っているのだよ」
……身を、固める。
つまり――
「ほう、とうとうパールに?」
「ははっ、やはり鈴蘭にはバレていたか」
当たり前だ。これでも二人の友人として、盟友として、近くで見てきたつもりだ。こんな私でも慕ってくれた人だからな。これでも大切にしている。
「今は我もパールもすべきことがある。全てのカタが付いたとき、申し込もうと思っておるよ。……鈴蘭も側で祝福してくれるかい?」
「もちろんだ。私も嬉しいぞ」
二人がお互いをどう思っているのか私も知っている。きっと上手く行くはずだから、それを側で祝福できるというのは私も幸福だ。
するとメイオールはどこか決意を新たにしたような目で笑った。
「……側で祝福する。約束じゃぞ?」
「ああ。約束だ」
「ん。それでは約束のために………ま…ね…ば……」
ぼそっと呟いた言葉は聞こえなかった。メイオールがこんなわざと聞こえるか聞こえないかで呟くのは珍しい。いつもなら何も言わずに胸に留めるからだ。
口に出すときは、それを自分に言い聞かせる時。
聞き返すのは野暮だと思い、抹茶をもう一口飲むのだった。……うむ、苦味が実に美味しい。
………
……
…
「もう一つ、鈴蘭に言いたいことがあるんじゃが」
少しの雑談を挟んだあと、ゆっくりと切り出した。さて、様子からして単純な話ではなさそうだ。
「なんだ」
「今、ナッチメイルは大きな問題を抱えている。後で女王様とフローラ姫の謁見の時、詳しく話そうと思っておるが……」
今日はメイオールの珍しい姿ばかり見ている気がする。躊躇い、なんてあまりに似合わない。私と始めて会った時もあれだけ図々しかったのにな。
私は少し笑って安心させながら返した。
「私に気遣っているのだろうか。なら心配はない。私はそこまで弱くないだろう、遠慮せずに言ってくれ」
するとメイオールも少し表情を柔らかくした。
そうだ、その方がいつも自画自賛している綺麗な顔だ。
「最近は鈴蘭にもパールにも敵わないなぁ。
……そこで話す内容を、セピアにいた鈴蘭として、聞いてほしいんじゃよ」
「セピア……」
想像していなかった方向からの切り込みに、不覚にも動揺してしまうのだった。
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〈ライトside〉
今頃鈴蘭はメイオール卿と楽しく喋ってるのかなぁ。
俺はショール先輩に言われて、ナッチメイル城下町を偵察しているところだった。姫の謁見まで時間がある。だから少しでも土地勘をつけておいてほしいとのことだった。
……でも、先輩はアレア隊長と話があるから俺を外にやったんじゃないかなって思ってる。ヒスイは姫の護衛があるから必然的に俺は一人になってるわけだ。
「うぅん、にしても道が変わりにくいな」
ナッチメイルの道は区画整理が徹底されていて、道が直角だ。ジェミニカなんてぐにゃぐにゃ道が多い。
でも直角だからこそ、どこも同じ道に見えて判別が難しい。城へは空を見上げて城の方へ向かえば辿り着くけど、普通に生活するなら不便そうだ。
そんなことを考えて地図とにらめっこしながら歩いていたせいで、軽く前の人とぶつかってしまった。
「あ、すみません!」
「はっはっ、気にせんでええよ!」
帰ってきた声は快活な女性のものだった。ぱっと前を向いて目が合ったグラマラスな女性に、俺は驚いて言葉を失った。
真っ青な海色の髪を二つ結びにしているのはまだ普通だ。俺が驚いたのは、彼女の左手がフックになっていて、露出部の方が圧倒的に多い着物風の服……という、奇抜な格好をしていたことだ。
「おおっ? なんや、君。アタシに見惚れとるん?」
「い、いえ。すみません。その手と服装に驚いて」
咄嗟に思っていたことを口にすると、彼女はキョトンとした後で盛大に笑いだした。周りの人がぎょっとしてこちらを振り返るほど。
「はっはっはーーっ! 正直すぎやん。おもろいなぁ。
あんた、名前は? ナッチメイルの人ちゃうやんな」
「ライトです」
「よろしくライト。アタシは【エリアル】。
せや、この手は外れるんやで〜。……ほれ」
スポッと躊躇いなく左手のフックを手から抜いた。
「ひぃっ」
思わず小さく悲鳴が喉から出たけど、血とかは出てない。
……なんだこれ?
「義手ってヤツなんよ。島の方でしてもらってん」
「島?」
「おおっと、そろそろ時間やわ。じゃあライト、またなあー」
海色の髪を靡かせ、彼女は去っていった。
……嵐みたいな人だったなぁ。




