第1話 ナッチメイルへ行く前に
〈ライトside〉
俺は決めていたんだ。ナッチメイル訪問までに、何とかセピアへの糸口を見つけようって。なのに……
「結城、どうしよう。もう残り一週間なんだけど」
「俺もこんなに難航するとは思わなかった。だがライト、お前もナッチメイルに行くことになったのは不幸中の幸いだな」
「それは本当に。でもなんでこうなったんだろう……」
それは遡ること半月前、年明けすぐのことだ。
…
……
………
ノバラさんにネイコについて聞いたものの、それがセカイへの手がかりになるわけでもなく、次はどの手を打てばいいのか悩んでいた。
結城は結城で気になることがあるだの、不確実なことは言えないだのであんまりあてにならない。
ホタルさんに話を聞きに行こうと思ったけど、聖礼祭の翌日にはジャスパに帰ってしまっていて会えずじまい。
そうこうしているうちに、年末が来て王宮でも田舎に帰省するとかで人が減った。……俺は仕事があって帰れなかったけど。
そして年始め。フローラ姫がナッチメイルを訪問することが正式に発表された。
その護衛として、鈴蘭とヒスイはもちろん。ショール先輩と……なんと、アレア隊長までつくことになったのだ。武力の象徴たるスラン騎士隊の隊長が他国に言っても良いのかと議論がなかったわけではないけれど、フローラの身を案じるタイガ王子とカイト王子のゴリ押しで強行決定した。
「ライトー、あけましておめでと」
突然頭上から声が。
こういうときは十中八九先輩だ。
「おめでとうございます、先輩」
廊下の脇の木を見上げながら言うと、そこには誰もいなかった。
あれ? と思いつつ木に近づくと、今度は後ろに人の気配がした。背後を取られたことに慌てて距離を取る。
「っ!」
「おぉ、気配に聡くなったね。成長が垣間見れて先輩は嬉しいよ」
そこにはニマニマしたショール先輩がいた。瑠璃色の髪に、空色の瞳。相も変わらず無駄に美丈夫。優秀な人なのに、性格というか第一印象が残念で変人扱いの先輩だ。
年明けからなんでこんなに驚かされるんだろう……
「俺も稽古してますからね。とはいえ鈴蘭たちには及びませんけど」
「ははっ、そうだろうね。俺も王都に帰ってきてタイガの次に、鈴蘭に挨拶に行ったんだけどね。相変わらず俺が驚かす前にバレちゃったよ」
心底嬉しそうに話している様子から、先輩は本当に鈴蘭を気に入ってるんだなって分かる。鈴蘭が色んな人に人気だ、俺も頑張らないと!!
にしてもショール先輩も、年末は帰省してたんだな。
「でもライトも強くなってきたなら安心だね。今度のナッチメイル訪問の護衛も大丈夫そうだ」
そうですね、と返そうとして疑問符が頭に浮かんだ。
何か話の流れがおかしい。
「えっと、護衛がどうしたんですか?」
「んー? だから、ライトもナッチメイルに行くことになったんたよ。ノバラの推薦で」
「えええっ!!?」
………
……
…
黒い本ではナッチメイル訪問で何かが起きる見たいなことが書かれていた。だからナッチメイルに行けることは本当にありがたい。
ノバラさんが気を利かせて、俺が鈴蘭たちについて行けるようにカイト様に掛け合ってくれたらしい。掛け合ってくれたことは嬉しいけど、連絡し忘れてたのはちょっと吃驚するから勘弁してほしい。
「あれからナッチメイル訪問に向けて仕事が舞い込む舞い込む……」
「ったく、それで調査進まねぇなんて要領わるいな」
「そういう結城はどうなんだよ。気になることがあるとか言って最近いなかったけど」
ふらっといなくなって、ふらっと帰ってくる。総合兵隊情報部副長だからってそんな身勝手でいいんだろうか。
そんな考えが顔に出ていたのか、結城からキッと睨まれた。
「お前と違って俺は仕事は全てこなしてる。……まぁ、確かに黒い本に関しては難航してるけど」
「結城が難航するなんて余程だな……。些細なことでいいから何か分かったら教えてくれ」
すると結城がじっと俺の顔を見つめ始めた。な、何か付いてるのか?
「俺も報告はするけどさ、ナッチメイル訪問が終わった後で良いから、お前の父親が調べて書いてたあの本取ってこいよ」
一瞬何のことかわからなかった。
けれどすぐに思い出した。俺が西の塔奪還でジャスパに行った時、屋敷にあったあの本のことだ。あれには30年前の事件についても、カラアについても、ジャスパについても書いてありそうだ。
「そうだな! 調べてみるよ。
……そういやさ、結城は30年前の事件って何か知ってる?」
父さんの本の話題で思い出したけど、30年前の事件。結城なら何か知ってそうだから。
けど結城は少し肩を竦めた。
「カラア民族はそもそもジェミニカで普通に暮らしていた。それが当時の王のせいで差別対象になった。……そんくらいだけだな。詳しくは王族が隠蔽してるから手を付けにくいんだよ」
「うわぁ、王族の隠蔽とか……っぽくて怖いな」
何となくのイメージだけど、王宮って何かと事実隠蔽が多そう。華やかな暮らしの裏に隠れる真実――みたいな。
フローラ姫みたいな純粋な人を見るとそう思えないけど、カイト様とかタイガ様は色々してそうだし。
すると結城がおもむろに口を開いた。
「そういや隠蔽といえば……白き英雄が優勝して手に入れた土地があったろ?」
「あー、現人神からの指示でカラア村の近くの土地を貰ってこいってやつな。今はセピア所有の土地になってるんだろ、それがどうした?」
結城が難しい顔をしている。
厄介なことが絡んでいるんだろうなと想像できてこちらまで身が硬くなった。……いや、何があっても逃げずに立ち向かおうって決めてるから、大丈夫。
「その土地の今何に活用されてるのか調べたんだが……不自然に調べがつかないようになってたんだ」
「不自然……?」
「そ。まず書類上で捜したけど、想像通りセピア側のは隠蔽されてる。で、国へ申告の方を見たけどこっちも情報が何一つ無い……セピアが情報を渡さなかったのか? いや、流石に国が全く土地活用を把握していないはないだろ。となると国が隠蔽してる? なぜ?」
説明が途中から一人言に変わってしまった。ブツブツと結城は推理を垂れ流しにしてるけど……
「つまり書類上ではわからなかったんだな」
「ん? あぁそうそう。それで総合兵隊の一人にその土地に行かせたんだよ。それでもわからなかった」
「はぁっ、ちょっと待て! 総合兵隊の兵士を勝手に使ったのか!?」
ちょっと、隊長に怒られるぞ。
それに最近隊長、結城の勝手を止めれないって思ったのか、結城のコントロールを全部俺に押し付けてくるし。
「心配いらねぇよ。
そいつ…………何にも覚えてなかったし」
「………え?」
「ぽけーっとした状態で王都に帰ってきたんだよ。
俺の指示も、その土地に到着したかも、どうやって帰ってきたのかも……覚えてなかった」
覚えてなかったって……そんなこと、あるのか?
「人の記憶は元々あやふやなもんだ。人が過去を美化するのも、逆に過去を卑下するのも、記憶を自分で変えてるから。もしかすると外部から操るのも簡単なのかもしれないな」
「そんなの……許されない。
他者の記憶に手を出すなんて、その人への冒涜だ。苦しみも悲しみも、喜びも嬉しさも、味わった全てが必要なことで無駄なことなんて一つもない。
酸いも甘いも噛み分けて、常に次へ歩んでいく……!
それが人生ってもんだろ!?」
父さんが突然他界したことも、母さんと姉さんの苦しみを知らずに手遅れになったことも、苦しかった。辛かった!
でも、そこで絶望して立ち止まっていれば俺は何処にも行けない。何にもなれない。
だからその苦しみをずっと背負ったまま、前を向く糧にしていくんだって、俺は思う。
「……ライトの言うことは正しいと俺は思う。
だかな……誰もがそうであれるわけじゃないんだ」
「じゃあ記憶を操作できる方法があってもいいって言いたいのか?」
「そうしないと生きていけない人の気持ちも分かるってだけ」
この話はおしまいとばかりに片手を振られらた。
結城の過去は詮索しないことにしたけど、こういう時気になる。……ま、俺も自分のことを話したいとはあんま思わないし心情は理解出来る。
「ってことで、俺は詰み。
お前のナッチメイルでの活躍と、ジャスパにある調査結果の本を期待してるから」
「ん、わかった。セカイの正体突き止めて、野望を阻止して、鈴蘭を救おう」
意気込んで言いながら笑うと、結城もつられたように軽く笑った。




