第8話 シーカー
〈コシロside〉
わたくしは、ナシロと朝食の用意をしながら思いふけっていた。
わたくしの名前はコシロ。ナシロの双子の妹で、セピアの情報役を担う者。……って、あら。わたくしは誰に自己紹介しているのかしら。
「コシロ……、どうか、したの?」
「何でもないわ。年末年始の弛みが抜けてないのかもしれないわ」
「ふふっ、……そうなんだ。……お父様が……年越し……料理作って、くれて……楽しかった、ものね」
ナシロは思い出したように笑う。
料理上手なお父様だけど、あの日は何かとバタバタしていて大失敗してしまったのだ。見た目はアレだったけれど、味は……流石お父様、素晴らしかったわ。
「もう1月も中盤。早いものよ」
「年末は……現人神様が……久しぶりに、村に……帰ってきてくれたけど……また、行ってしまわれた……わね」
現人神様大好きな姉は、どこか寂しそう。
現人神様は時折姿を消すことがある。ここ数年間は村に戻ってくる時間の方が少ない。
今回も、すべきことがあるとか言って、お父様にリコリスとかいう組織と協力するように指示を出したあとに村を出た。
「現人神様にも何かお考えがあるのでしょうけど
わたくしは何でも屋リコリスは苦手だわ。特にロベリアってリーダーは底知れなくて」
それに、リカもここを出たあとにリコリスに入ったとか聞いたときは本当に驚いたわ。
……。リカといえば、鈴蘭のことだけど……
「リカのこと……考えてる? ……リカといえば、……鈴蘭ね」
「さすが双子ね。考えてること同じだわ」
鈴蘭が出ていった後も、わたくしたちは鈴蘭を見守っていた。白き英雄になって、宵闇とかいう裏部隊に入れられた時は鈴蘭の姉として酷く腹が立ったけれど、怒る資格なんてわたくしには無いのよね。
その後の動向も知っているけど、今が一番幸せそうで何よりだわ。
……ただ、アルはかなり荒れていたけど。
「鈴蘭が絡むとアルは荒れるわよね。次の作戦大丈夫かしら」
「うーん……、任務……には、支障は……ないと思う。……でも、前の、ショールが……相手の時……みたいに……相手を、ボコボコに、する……かも」
「俺はいつでも冷静だ」
二人で喋っていると、後ろから声をかけられた。丁度話をしていたアルですわ。
アルはすいっとわたくしたちからお皿を取って配膳の手伝いを始めてくれた。朝から服装に一つの乱れもなく、背も伸びて、すっかり男前になった彼を見れば鈴蘭も驚くでしょうね。
「コシロ、今日はリコリスが来るんだよな」
「ええ、次の作戦の確認に。ナッチメイルまで行くことになるから、長旅になりそうよ」
「ん」
……無口なところは変わらないけど。
やがてお父様とクローリアが来て、朝食の時間になった。今も鈴蘭が残したにょろりのぬいぐるみが、部屋の棚でわたくしたちの団欒を見守っている。
………
……
…
「相変わらずこの村は先進的だよネ。すごいナァ」
お昼前、何でも屋リコリスが屋敷にやって来た。ロベリア、ヨモギ、シモン、そしてリカ。
今回も手を組むように現人神様から指示されている。
ロベリアという女はどうも好きになれないし、ヨモギは表情なさ過ぎてわからないし、シモンは癇癪を起した子供みたいで面倒だし、リカは気まずい。けれど、現人神様の指示なら仕方がないわ。
「遠くから来ていただいたこと、感謝するよ。次の作戦の確認とのことだけど、軽くまとめても?」
「むしろ宜しく頼むヨ」
お父様の言葉に、ロベリアは楽しそうに返事をする。わたくしたちの家なのに、我が物顔でくつろいでいる。本当に気に食わないわ。
「まず、フローラ姫のナッチメイル訪問が1月下旬から2月上旬。リコリスとセピアはそこを狙い、ジェミニカとナッチメイルの同盟に亀裂を生む。
……これが作戦の目標でいいかな」
「んーイイヨ。そっちは全て現人神サンの指示ナノカナ?
こっちさぁ、ネイコがジェミニカに戦争を仕掛けた時にネイコを有利にすることが最終目的だから、今回の作戦も布石でしかナインダヨネー。そのこと覚えてオイテ」
ふざけた態度でロベリアはずっと笑っている。今の発言にわたくしたちセピアの空気がピリッとした。
こちらは現人神様の指示は何であろうと遂行する気でいるわ。けれどリコリスは目的があるから今回は絶対成功しなければならないという意気込みではないのだと暗に言っている。
けれどお父様は至って冷静。
「リコリスの考えは存じているよ。
ジャスピアンに手を出しているのも、ネイコに引き入れてジェミニカへの戦争の理由にするため……そうだろう?」
「さっすがミヤケさんダネ。基本ソウダヨ。
ボクの主人は――"ネイコの王リリー"だからネ。
……でも、リリーよりも【セカイサマ】が指示を出せばそれに従うケド」
わたくしがロベリアを底知れないと思う理由のひとつがこれよ。何でも屋リコリスは、ジャスピアンに絡むただの何でも屋じゃない。ネイコの王リリーの所有する組織だ。
なのにロベリアは主人より"セカイサマ"とかいう謎の人物に従っているの。
……まぁ、わたくしたちが現人神様を信仰するのと似ていると言われてしまえば終わりなのだけど。
「そういうわけで、またセピアのアルとクローリア爺さんを借りていくヨ」
「わかった。ただし、ナッチメイルでの全権はアルに任せることにしている。もしもアルがリコリスとの協力を切ろうと判断すれば、それがセピアの総意になることは言っておくよ」
「ふぅん、そろそろ世代交代でもするノ?」
お父様に失礼よっ。
わたくしは我慢できなくなって思わず一歩踏み出そうになったけれど、それをナシロが止めた。仕方なく思いとどまったけれど、お父様がどれだけカラアの長として働いているか知らないくせに勝手を言われるのは嫌なのよ。
「世代交代、ね。……今はまだその時ではないけれど、後世を育てるのも長として親として当たり前だろう?」
「フハハハハッ! ごめんネ。ボクそんな上司も親もいなかったから分かんないヤ。
まぁいいヨ。代わりにボクには愛しい相方がいたからネ。………彼女が生きていたならボクを導いてくれたのカモ」
ロベリアは最後、そっと呟いて席を立った。わたくしもなんだか神経がすり減るから、帰ってもらえると嬉しいわ。
「お邪魔したネ。お茶美味しかったヨ」
ロベリアの後ろをリコリスの三人が続く。わたくしは久しぶりに会ったリカに聞きたいことがあった。一番後ろを歩くリカを呼び止める。
「ねぇリカ。貴方は何を考えているのかしら。セピアを出てリコリスに入るなんて。わたくしたちもだけど、リコリスは今鈴蘭の敵なのよ? どうして鈴蘭に剣を向けるようなことをするのかしら」
わたくしたちは現人神様が何を考えているのか理解出来なくても、あの方に従うまで。
けれど何にも縛られないリカがわざわざ命の恩人たる鈴蘭と対立する場所にいる理由がわからない。
するとリカは昔のような、歯を見せた粗野な笑顔を向けてきた。
「鈴蘭が大切だからだ。オレみたいに何も出来ない人間でも、たった一つ探してるもんがあんだよ」
それだね言い残してその場を去ってしまった。わかったことは、リカはやっぱり鈴蘭を大切に思っているということ。……まぁ、それだけ分かれば十分だわ。
ガタンッ
「っ!!」
リカが出ていった後、わたくしの背後で何かがぶつかる硬い音がした。驚いて振り返ると、アルが拳を壁に突きつけたようだった。
「失礼しました。手が滑りました」
アルはすぐさま姿勢を正してお父様にお辞儀すると、足早に部屋を出ていった。
すれ違う時に見えた目は、怒りに染まっていた。
まったく、またですわ。
今のはきっと、リカが鈴蘭のために動いているのが腹だたしかったんでしょう。
アルの様子を見たお父様が、少しお困りになった顔でクローリアに話しかける。
「……。クローリア、アルはきっと大丈夫と思うけど……今回は鈴蘭と会うことになるだろうから、気をつけていてくれるかい?」
「了解しました、旦那様」
もうすぐナッチメイルへ行くことになる。この後のことはわからないわ。現人神様がなにを目指しているのかも。
わたくしは……ナシロのように現人神様に会うことも出来ない。戦力になってアルの力になることも、クローリアのように万能でもあれない。
でも、わたくしはわたくしで情報を集めて出来る限りのことをしなくてはならないわ。




