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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
4章 聖礼祭編
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第5話 この気持ちは宝物




【第四話 聖礼祭デート】




シャンシャンと鈴の音が頭に鳴り響く。

城から蝋燭のイルミネーションに彩られた街、はらはらと舞う雪。

そして何より、国民の笑顔。


「今日の聖礼祭の儀式、きっと忘れないわ」


時刻は21時。フローラは布団の上で丸くなりながら笑った。

あれから儀式は順調に進み、踊りも今までで一番美しく舞えた。


儀式の後はタイガやカイト、メイオールの言葉を経て終了となった。何かと忙しかった上に英雄党の噂もあったが、無事に済んでよかったと思っている。

メイオールからは、来年の年明けにでもとナッチメイルへ招待され、フローラも手応えを感じた。


「もっと頑張ろう! 私にはヒスイも鈴蘭も付いてるもの。……でも今日は、もう……眠いわ…」


まだ、儀式の鈴の音が頭に残っている。

幸せな気持ちを抱きながら、深い眠りについた。




_________





思いの外儀式の後片付けが長引き、鈴蘭は慌てて私服に着替え城の廊下を走っていた。20時には儀式は終わっていたが、片付けや諸々用事があってここまで時間が延びたのだ。


「(遅くなったが……自由時間を貰えてよかった)」


フローラに、『私は今日はもう休むから、鈴蘭とヒスイは自由時間でいいわよ』と気を遣ってもらったおかげで早めに切り上げることができた。ショールや結城は重役ということもあり、まだ仕事があるらしい。


「(ヒスイはヒスイで、行く場所があるとか言って出てったし……)」


連絡手段が無いために、ホタルがどうしているか全くわかっていなかった。ちなみに普段の連絡手段は、手紙か伝書鳩だ。


「(もう帰ってるかもしれない。……一時間も城の前で待ってたり……しないよな)」


雪が降る中それは良くない。医者でもあるから、流石にそんなことしないだろうと思いつつも、帰られていたら少し寂しいなと、無駄に長い廊下を走る。


すると、曲がり角でライトとぶつかりかけた。


「うわっ、すまないライト。大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫。よかった鈴蘭、探してたんだ」


ライトは緊張したように身体を固くして、頬を赤くしていた。

鈴蘭を聖礼祭の街歩きに誘うんだ、スマートに誘うんだ! と心で唱えているとはつゆ知らず、鈴蘭はこてんと首を傾げる。


「身体を固くしてどうした? 顔も赤いが……。風邪か? 寒いからあったかくして寝るといい。今日はお疲れ様」


「ん、うん。お疲れ様」


「悪いがホタルさんと待ち合わせしてるんだ。急ぎの用でなければ明日でも大丈夫だろうか?」


鈴蘭に悪気はない。ただ、一時間も人を待たせているという焦りがあっただけだ。


けれどライトにはショッキングな発言。赤かった顔を青くしながら、カタコト口を開く。


「あ、ソウナンダ。たいした用事じゃないから、ダイジョウブ。楽しんで、ね……」


「ありがとう!」


鈴蘭はぱっと花が咲いたような笑みを見せ、颯爽と走り去っていった。その後ろ姿は軽やかで、浮足立っていることがライトでも察することができた。


ぽけーっと立ちつくすライトの肩に、後ろからぽんと手が乗った。


「どんまい」


結城だ。

振り向かなくても面白がられているとわかって、情けなさに悲しさが上乗せされた。


「俺……。鈴蘭を聖礼祭の散歩に誘えなかったっ」


「見てたから知ってる、めそめそすんなよ。

……うわぁ泣くなよ……いつにも増して雰囲気がうざいぞ」


「泣いてないから! 引かないで!

……なぁ、さっきの鈴蘭見た? 俺は鈴蘭の私服、初めて見たけど……めっちゃ可愛かった」


「俺は一回見たことあるけど、あんな可愛くなかったぜ。つまり、今回は張り切ったんじゃね?」


結城の推理にライトはそっと自分の顔を覆った。こんなところで名推理するなよと心で言いながら。


「どんまい」


「二回も言われたっ! ……ま、そうだな。いつまでも落ち込んでられない。そうだ、パトロールがてら聖礼祭の街を見に行かないか?」


「わざわざ人混みに行くお前の気が知れねぇな。一人で行ってこい」


「今日の気温より冷たいな! いいよ、独りで夜歩きしてやる!」


結城には仕事が残っている、ということをすっかり忘れていたライトは、部屋に戻って外出の用意をするのだった。




_________





鈴蘭が城の前に着いて辺りを見回すと、ぱらぱらと人がいるだけでホタルの姿は見えなかった。儀式の時はたくさんいた人たちも、それぞれの聖礼祭を過ごすために帰ったようだ。


少し落胆して、袋を持つ手から力が抜けた。


「(まぁそうだよな。随分待たせたし……)」


と、少し離れた場所にあるベンチが目に入った。

蜂蜜色の髪に、ふわふわの帽子。横顔しか見えないけれど、鼻が赤くなっていて首元が寒そうだった。


鈴蘭のことを、鈴蘭として見てくれる優しい人。


ずっと待っていてくれたのだと、嬉しくて心臓が口から出そうなくらいに飛び跳ねた。

心臓は出なかったけれど、代わりに熱が出てきたように頬が赤くなり、瞳が潤う。


不意に、ホタルが鈴蘭の方を向いて目が合った。


咄嗟に、どうしよう! とらしくなく戸惑ったけれど、心底幸せそうに笑って歩み寄ってくるホタルに、また心臓が早鐘を打ち始めた。


「(私は……ホタルさんを……)」


頭を掠めた言葉は、気付かないふりをする。

代わりに、心の大切なものを入れる宝箱に大事に大事に仕舞うことにした。


「こんばんはホタルさん」


幸せそうに笑うホタルに、鈴蘭も幸せそうに微笑み、一歩を踏み出した。



………

……




「遅れてすみませんでした。寒かったでしょう。外で待っていなくてもよかったんですよ……」


「心配をかけましたね。でも、鈴蘭が城から出てきたときに、すぐに見つけれるようにしたかったんです」


またそういう事を言う。

鈴蘭は何度目かわからないナニカに心を乱されて、視線を下に下げた。


こうもホタルを意識するようになったのは何時だろう。合うたび合うたびに何かしら思うところはあったけれど、決定的になったのは、クローバーとひまわりの草原での一幕だろう。


幸せになることと、生きることへの不安を全て受け止めてくれた時に変わったのか。

それともやっぱり、何か大きな切っ掛けなんかではなく積み重ねたものが理由だろうか。


ぐるぐると考える鈴蘭を見て、ホタルはクスッと笑い口を彼女の耳元に寄せた。


「今日の姿、可愛いですね」


「!!?!?」


突然甘い声で囁かれて、意識が現実に戻った。

ズササッと音がしそうな勢いで後ずさって、耳を抑えながらホタルから距離を取る。


「そ、そ、そういえば、ルイちゃんはどこでしょうか?」


「ルイは近くの店にいます。流石に子供を寒空の下に長時間は酷だと思いまして。でも、私も一緒に鈴ねぇを待つのーってしばらく駄々をこねてましたよ」


駄々をこねるルイの姿が簡単に想像できた。

嬉しさと申し訳無さと、ホタルのルイの真似の意外さから自然と笑みがこぼれる。

ホタルは鈴蘭に近づいて湖色の目を細めた。


「さ、ルイを迎えに行きましょうか」


「はい。……あ、ちょっと失礼します」


歩き出そうとするホタルを止めて、鈴蘭は手に持っていた袋から取り出したマフラーをホタルの首に巻きつけた。


「ずっと悩んで……安直かもしれませんが……気持ちがこもると噂の手作りにしました。今は寒いので、着けていてください。迷惑なら捨ててもいいので」


恥ずかしさから、つと視線を逸して呟く。プレゼントは手作りよ! との言葉はパールからのアドバイスだ。

セピア時代に家事万能型参謀のナシロに、料理手芸家事掃除、全て習っていたことがここで活かされた。


「……っ。……捨てたり、しませんよ。あぁ、すごく嬉しいです」


上から感極まった声が聞こえた直後、身体を温かさが包んだ。抱きしめられたと理解するのに、随分と時間がかかった。


「あ、の……」


「ごめんなさい。少しだけですから」


抱きしめられているのに、縋られているようにも感じて、なんとなく鈴蘭もホタルの背中に手を回した。


「実は私もプレゼントを用意しているんです。受け取ってもらえますか?」


「はい、何でしょう」


「帰ってから開けて下さい」


ゆっくり名残惜しそうに離れながら、ホタルは小さな紙袋を鈴蘭に渡した。中身が気になるが、それよりもホタルからプレゼントを貰えたことが嬉しい。


また気恥ずかしい空気になりかけた時、二人の後ろからガタンと音がした。


「えーっと……あはは。失礼しましたなの」


物陰にこっそり隠れて二人を見守っていたルイが、そこにいた。




_________





「二人の世界を壊すほど私は野暮じゃないの! ……壊しちゃったけど」


ルイが申し訳無さそうにもじもじししているのを微笑ましく見守りながら、鈴蘭とホタルは街を歩く。

店の中心は夜でも昼のように賑やかだ。

と、鈴蘭は周りの人がこちらを見ていることに気づいた。


「(ホタルさんだろうな。綺麗だし、目を奪われるのもわかる。でもルイかもしれないな。老若男女関係なく好かれるし)」


実際は、三人ともである。


いつもの鈴蘭は、側近の制服に剣を携えた勇ましい格好をしている。男性用の服に、凛々しい雰囲気から怖がられるか、女性ファンにひっそりと見られているのだった。


けれど今日の鈴蘭は一味違う。

髪は緩く横で括り、女の子らしい。服装は黒いレギンスと短パン。白いセーターにカーディガンというカジュアルではあるものの、もともと美人の鈴蘭が着れば目を引くのもわかるというものだった。


普段の鈴蘭を知る人が見れば、奇跡の女の子らしさとしか言えない。





そんな鈴蘭は前を歩くルイを見て、プレゼントで買ったリボンをいつ渡そうか悩んでいた。これはルイに似合う、ルイに渡したい、と即心を奪われた一品だ。


「…………。おや、私の知り合いがいました。鈴蘭、しばらくルイのこと頼んでもいいですか?」


突然、ホタルがそんなことを言い出した。

鈴蘭がはっとして彼の顔を見ると、全て察してるような笑みを向けられる。

その心遣いに感謝し、ルイと二人になった時にゆっくり切り出した。


「ルイ、渡したいものがあるんだ」


「えっ?」


ルイは夢にも思っていなかったようで、飛び上がらんばかりに驚いた。


思い返せばルイもルイで知らないことが多い。ルイの家族のことや、ホタルとどう知り合ったのかなど。

ホタルからは何かもらったようだが、他人からプレゼントをもらうことに慣れていないのかもしれないと想像する。


「ルイに似合うと思ったんだ。……ん、やっぱり似合ってるよ」


リボンを髪に合わせてから、ルイの手に渡した。


ルイは一言も喋らず、まじまじとそれを見つめる。まるで初めてのものを見る幼子のように。


「薬師以外、初めてなの……」


やっぱりそうなのか、と思う前に、全て驚きに攫われた。

ルイが静かに泣き始めたのだ。


「どうかしたの!? 大丈夫!?」


「え? あ、私、泣いてる……の?」


ルイも戸惑ったように、涙を拭う。けれど拭えど拭えど涙は溢れてくるのだった。


「……私、嬉しい? うん、嬉しいんだ。ありがとうなの。宝箱に……一番の宝箱に、するの!!」


ルイは嬉し涙を流したまま、鈴蘭に笑った。

鈴蘭も、ルイの笑顔につられる。


今度は二人をそっと見守っていたホタルも、憂いの瞳で微笑んで……


三人にとって、最高の聖礼祭となった。




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