第3話 目的不明
【第二話 聖礼祭の平穏のために】
"英雄党が聖礼祭の儀式を襲撃するらしい"
噂は王都中に広がっていた。にも関わらず居場所は掴めない。人数も何も、手がかりがないのだ。
「……これはもう、英雄党が故意に噂を流したと考えるのが自然っぽいね」
ショールが鈴蘭とヒスイに言う。
鈴蘭からの提案で、ヒスイにも協力してもらうことになったのだ。以前までの鈴蘭ならあり得なかったことだけれど、これも成長と信頼の賜物である。
「襲撃が目的ではなく、噂が流れることが目的?」
「ヒスイ鋭いね。俺もそう思うけど、どうしてそんなことをしているんだろうね……?
……でもそこの推理は後回しだ。他国のメイオール公爵が来る以上、あまり事を荒立てたくないというのがカイトの要望だよ。そろそろ終わらせるとしよう」
そして地図を取り出した。
そこに店の一つにバツ印がつけられている。聖礼祭に向けて特に賑わっている大通り付近だ。
「やっと本拠地を突き止めたんだよ〜。今夜、鈴蘭とヒスイにはここに突撃して捕縛してもらいたい。いいかな?」
「「了解」」
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その日の昼間。
パール辺境伯が王宮に到着した。
「鈴蘭ー!! 久しぶりぃ。会いたかったわ!」
「さっきまでとは別人の様だな」
馬車から降りて城へ入る時は、ツンと澄ましていかにも気難し屋の辺境伯という態度だったのに、公の話合いを終えてフローラたちと談話室に入った途端コレだ。
「フローラちゃんもヒスイ君も、もう私が鈴蘭のことになるとこうなるって知ってるもの〜!」
スリスリと頬を擦り寄せる。全く遠慮がないが、鈴蘭も仕方がないなと笑うだけで嫌がる様子はない。
「もうすぐメイオールも着くのかしら? 聖礼祭の前日にでもお茶しましょ。フローラちゃんもどう?」
「お誘いはすごく嬉しいけど、私は儀式の練習したいから遠慮するわ。三人で楽しんで」
儀式には簡単な踊りがある。フローラは連日踊りや、本番の動きの確認を重ねていた。必ず成功させてみせるというフローラの強い意思の現れだ。
「フローラちゃんのそういう真面目なところ、私好きよ。またの機会にでもお茶しましょ」
「ありがとう、パール」
フローラは薄桃色の瞳を嬉しそうに細めた。
その様子に鈴蘭は安心しつつ、抱きついたままのパールを自然に椅子に誘導しながら話を続ける。
「当日の儀式は19時でしたよね」
「ええ。……20時にはもう解散しているでしょうから、儀式の後は自由にしてもいいわよ」
フローラに悟ったように微笑まれて、鈴蘭はドキッとして固まる。自分の考えをすべて見透かされているように思えたからだ。
「ふふ、聖礼祭誘われたんでしょう?」
「な、なんで知って……」
「あら、当たったの? もー、鈴蘭はそういうことになるとほんと分かりやすいわよね」
フローラはにまにまして鈴蘭をつつく。
フローラの言うとおりである。
つい昨日鈴蘭はホタルと会ったのだ。全くの偶然だったのだが、その流れで聖礼祭一緒に過ごさないかと誘われたのだった。鈴蘭にとってもその誘いはとても嬉しいことだ。しかし午前は儀式の準備。午後は警備と忙しい。もしも空くとしても夜になってしまうだろう。
そう伝えても、全然構わないと返されては断ることなんて出来ないし、気持ち的にも是非一緒に聖礼祭を回りたい。
鈴蘭の珍しい態度を、フローラは微笑ましく思ったが、パールは驚愕しながら食いついた。
「ええっ、鈴蘭誘われたの!? 誰よ、誰!!?
……もしかしてこの前山賊に捕まってた薬師とか?」
「……なんで、わかった」
また簡単に当てられて、自分がそんなに分かりやすいのだろうかと心配を通り越して不安にさえなる。今まではこんなに感情も考えも読まれることはなかったというのに。
「わかるわよぉ。いかにも仲良しですオーラ出してたじゃないの。にしてもあの人かぁ。まぁ顔は綺麗だったけど……子持ちだったじゃない」
「あの子はホタルさんの助手だから」
鈴蘭は慌てて返事したが、自分も最初に二人に会った時は親子かと一瞬思ったと思い返した。二人は兄妹でもないのだが、今では特に気にならない。ただ二人といると心地よいということだけが大切だった。
「(き、気まずい……)」
キャッキャッとガールズトークが始まる中、ヒスイだけが蚊帳の外であった……
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夜。
鈴蘭とヒスイは店の表と裏に待機していた。時刻になったら突撃だ。人数がわからない以上二人でなんて危険だが、それは普通の人の場合。
鈴蘭と、彼女に及ばずとも劣らないヒスイならば大人数よりもむしろ適任という判断だ。
「(3、2、1、突入)」
鈴蘭が表口から入ると、一見閑静な骨董屋だが、微かに騒がしい声が奥から聞こえた。そのまま奥の扉を開くと、そこはバーの様な場所だった。
一斉に鈴蘭へ視線が集まる。
「誰だ? この人」
「! 彼女はフローラ姫の側近ですよ!」
「バレましたか!」
英雄党のメンバーが慌てだした。
山賊やジャスピアンと戦った鈴蘭には、何となく品が良い人たちだなぁと感じる。
「英雄党だな。大人しく投降しろ」
「くっ……!」
鈴蘭の威圧に、英雄党が大人しくなる。とはいえ戦意喪失したほどではないようだ。
すると、気が動転したのかどうしたのか、メンバーの一人が呟いた。
「もしかしてもう一つの拠点もやられたのか……?」
もう一つ拠点があるなんて情報は来ていない。もしこの機会を逃せば、もう一つのほうはどこかに逃げてしまうかもしれない。
鈴蘭はすうっと紅の瞳を細めて冷たく笑みを作った。
「もう一つ、拠点があるのか?」
「あ」
慌てて口を押さえるが、もう遅い。その人は顔を真っ青にしながら鈴蘭の紅目に震える。
それから何も喋らなくなってしまったが、仲間のために黙っているのか、恐怖で喋れないのか鈴蘭には判断し難かしい。時間を取られるのも惜しいので、別の切り込み方をすることにした。
「……。ふむ、ではこうしよう。あなた達がもう一つの拠点を言ってくれたら、私はあなた達を見逃そう」
「それは……本当か?」
「勿論。実は今日は私ともう一人しかここに来ていないんだ。だから見逃すことは可能だ」
鈴蘭の黒い笑みに、英雄党は震えながら顔を見合わせ、口を開いた。
「…………王都北側にある丘の空き家だ」
鈴蘭は頷いてから、バーに背を向けた。
英雄党は、本当に見逃してもらえるのだと安心したが……
「ヒスイ、あとは任せた」
「任された!」
ヒスイが登場し、英雄党たちを光の速さで捕縛し始めた。
さっきまで安心しきっていた英雄党は焦って叫んだ。
「お、おい!! 話が違うじゃないか! 騙したのか!!」
鈴蘭はチラリと視線を流しながら笑う。その表情は、英雄ではなくどちらかといえば悪魔のようで。
「騙しただなんて人聞きの悪い。私は言ったぞ。『あなた達がもう一つの拠点を言ってくれたら、"私は"あなた達を見逃そう』とね」
だから"私は"見逃しているだろう?
そう言い残し、その場を去る。もう一つの拠点とやらも制圧せねばならない。
こうして、一夜にして襲撃しようとしていた英雄党は二人に捕まったのだった。
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英雄党は捕まり、無事王都に平穏が戻ってきた。
そして聖礼祭三日前にメイオールが無事到着し、準備は順調に進んだ。
本日、聖礼祭前日。
朝から晩まで慌ただしく用意を済ませ、鈴蘭はメイオールとパールとで夜のお茶会をしているところだった。
「いやはや。もう少し時間が取れるものだと思っておったが、皆存外忙しいものよ」
艷やかな黒髪を耳に掛け、微笑む。
メイオールの公爵としての気品は変わらず、美しさへの情熱もまた健在である。
「そうだな。王都がこんなに華々しくなるとは思わなかった。明日はもっと大掛かりになるだろうから、何かと人が必要みたいだぞ」
「それに、儀式はフローラちゃんが行うものね。鈴蘭も色々仕事があるんでしょ? 今時間は大丈夫なの?」
パールの言うとおり、鈴蘭は仕事が山盛りだ。聖礼祭当日の夜を空けようと思えば、尚更すべきことはある。
けれど久しぶりに三人で会えたのだ。その機会を捨てようとは全く思わない。
「私には、この時間が大切だからな。それに要領は良い方だと自負している。姫様のため、時間を得るため、仕事くらいいくらでもこなそう」
「きゅん。格好いいわっ。この前も英雄党を捕またみたいだし、本当に鈴蘭は王子様みたいよ!」
「パールや、我も王子様に並ぶ役職なのじゃが?」
「えぇー。こんな策士な王子様、嫌よ」
初めの出会いはたしかに複雑だった。
けれど今では冗談を言い合い、笑い、戯れることができる。こうなるまでは、まだ利用し合う節が無くもなかったけれど……こんな普通の友人になれたのも、またフローラが無邪気に手を差し伸べてくれたおかげだと鈴蘭は心で感謝した。
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その頃フローラは、明日の儀式に向けて確認を重ねていた。
「ジェミニカの神よ。この一年の恵みに感謝を。そして……」
フローラはそこで祈りの言葉を止める。
今年は本当に色々なことがあった。まず最大の出来事として挙げるなら、鈴蘭との再会だろう。
ジェミニカの救世主白き英雄、そしてフローラの初めての友達。
兄たちによって追放されたと聞いたのは随分後になってからだったが、フローラもその頃には政治や王族としての役割を認識していた。だから悔しくて辛くても、理解せざるを得なかった。
……タイガ第一王子も、カイト第二王子も、フローラには甘い。
「(でも……お兄様たちは、そもそも私を表に出すつもりはなかったのかもしれないわね。鈴蘭に会うまでの私は、思いっきり箱入り娘だったわけだし)」
けれどフローラは変わった。
鈴蘭と――白き英雄と出会い、国民の現状を直視することになり、今まで無知なまま過ごしてきた自分を呪った。
鈴蘭はいつもフローラを姫様と呼んだ。……フローラはいつしか姫という役割を自覚して名実共に姫になろうと誓っていた。姫様と呼ばれるに相応しくなれるように。
「(鈴蘭の存在が、私を強くした。白き英雄の存在が、私に現実を見せた。だから姫としてジェミニカを導こうと思えたのよ)」
結果タイガに認められ、外務大臣にまで上り詰め、今の評価がある。とてもありがたいことだ。
「(でも……来年はどうなっているか、わからないわ)」
来年は7年に1度の武道大会がある。
白き英雄が現れた武道大会だ。そして今年鈴蘭が王都へ帰ってきた。
「何もないわけが、ない」
場所確認と踊りを何度も繰り返したせいで痛めた足をマッサージしながら、今後を憂いて唸る。
すると練習室の部屋が控えめにノックされた。
「ヒスイです。お夜食をお持ちしました」
「入っていいわよ。ありがとう」
そういえば、パールとの話し合いの時に前日は練習をすると言っていたことを思い出した。
律儀に覚えて夜食まで持ってくるヒスイに、温かい気持ちが広がる。
「調子は如何ですか?」
「ふふっ、もうバッチリ。心配してくれてありがとうね」
しかしヒスイは表情を曇らせてフローラの前に跪いた。いきなりどうしたのかと目を瞬かせる。
「えっと、どうしたの?」
「足が腫れていらっしゃるので……」
言われてやっと思い出した。いつもは足が隠れるドレスを着ているが、今は踊りやすいように短めの服を着ていたのだ。これでは足が腫れているとバレてしまう。
「氷水をお持ちしますね」
フローラが何か言う前にヒスイは光の速さで出て行き、氷水の用意をした。
「失礼します」
ヒスイは割れ物を扱うような丁寧な手つきでフローラの足をとり、氷水で冷やしたタオルを当てた。
冷たさにビクッと震えるが、顔は熱くなっていくのを感じていた。ヒスイの優しさが伝わって何とも気恥ずかしい気分になったから。
「あ、ありがとう……」
「いえ、突然のご無礼お許しください。ですが、こんな腫れるまで無理をなさらないで下さい。心配します」
ヒスイにとって、フローラは大切な主である。けれどそれだけではない。自分の出自を明かしても変わらずに側に置いてくれ、ジェミニカの未来を真っ直ぐ見つめて、時と場合に合わせて自分のすべきことを選び取れる。……生き方が美しい、尊敬している人だ。
「(無理はしないでほしい。……でも。こうやって、本番のために一生懸命になる貴女だから……主として慕っているのですが)」
フローラにとって、ヒスイはもういなくてはならないもう一人の側近だった。初めは鈴蘭だけの贔屓を紛らわせるために側に置いたが、そこにヒスイを選んだのだって人柄を認めてのことだ。
けれどヒスイの、フローラや鈴蘭に真っ直ぐ向き合う強さを見て、自分が目指すものと似たものを感じた。
「(強くて真っ直ぐで、私の目指す形。……そして気を休めることができる、大切な側近)」
鈴蘭とフローラだけの世界では、もうない。
ちゃんとそこに絆はある。
前に進んでいることを、感じていた。
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聖礼祭当日の朝。
物語は新たなステージへ移行する。
「聖礼祭か……今日も頑張ろう。……あれ?」
ヒスイは自分のポストに真っ黒な手紙が入っているのに気づいた。異様な雰囲気のある手紙に、鼓動が速まる。
ゆっくり封筒を開けて、中を読んでみると――
「………。……真実?」
物語は新たなステージへ。
それは、"読者"が加わることで始まる……疑心暗鬼ゲームのスタート。
ヒスイの元へ届いた手紙の内容は、1章20話にあります。




