第2話 違和感とメッセージ
【第一話 メッセージ】
「今日から12月! 聖礼祭の時期ね!」
鈴蘭とヒスイが執務室に入ると、フローラは元気よく言い放った。今日も薄桃色の瞳がキラリと輝いている。
「おはようございます。
聖礼祭って、どんなものですか? 僕はあまりそういった行事に参加してこなかったもので……」
ヒスイはきょとんとして返した。随分と楽しみにしているのだろう、ということは感じ取れたが果たしてそれが何なのかはわからない。
するとフローラは満足げに頷く。
「あら、ヒスイは初めてなのね。聖礼祭はジェミニカの神へ感謝をする日。昔ながらの伝統的な行事よ。ジェミニカ国民はこの日を大切にしているの!」
すると鈴蘭がいつもと変わりない様子で付け加えた。
「聖礼祭は《白の革命》が終わった日でもありますよね。……あの年は荒れていたので、私も聖礼祭は初めてです」
記憶喪失からの、カラアの村で育ち、荒れた王都で聖礼祭を迎え、国外追放されていた鈴蘭にとっては初めての聖礼祭。
急に自ら入れてきた情報に、二人は各々何かしら感じつつ微笑みかけた。
「僕と同じだね。一緒に聖礼祭楽しもう」
「鈴蘭もヒスイも、私に任せておきなさい! うんと楽しい聖礼祭にするわ!」
鈴蘭は嬉しそうに、無垢な笑みを向けた。
「ありがとう」
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その日の午後。
鈴蘭はカイト第二王子に呼ばれて執務室に来ていた。部屋にはノバラもいたため、雰囲気は比較的穏やかな……方だ。
「聖礼祭の話だが。毎年王族の誰かが代表として、感謝と祈りを神に捧げる儀式をする……ってことは知ってるな?」
「いえ、知りませんでした」
「……ちっ、使えねぇ」
誰のせいだと思ってる。と言い返しかけたが、それを収めてくれたのはノバラだった。
「そんな意地悪、可哀想ですよカイト様。知らないものは、仕方がないでしょう。
……鈴蘭、聖礼祭当日25日の夜は、毎年、儀式をしてる。今年はフローラ姫を代表にしようって流れに、なってる」
鈴蘭は分かりやすい解説に、何度か頷いた。ノバラのおかげでカイトも大人しいし、今後も話し合いの場に是非参加してほしいと切実に思う。
けれどノバラは理解していた。本当はカイトが、鈴蘭は聖礼祭を知らないだろうと察していたことを。そしてさっきの質問にだって、儀式について解説を混ぜるという不器用な優しさを込めていたことを。
「儀式については理解いたしました。それで今回呼ばれたのは、その件で何か問題があるから、でしょうか」
「あぁ。今はショールに調査を任せてるところだが、どうも嫌な噂が流れていてな」
西の街ジャスパへ行ってから今日まで大きな事件は起こらず、平和に過ごせていた。ここに来ての嫌な噂、というのは警戒が必要だ。
「聖礼祭当日、儀式を襲撃しようとしている連中がいるらしい」
「もしや、ジャスピアンが……?」
つい今しがた、フローラが儀式代表を務めると聞いたばかりだ。それなのにそこを襲われるなんて絶対に許せない。
以前のジャスピアンの襲撃でフローラが怪我を負ったことを思い出し、何としても阻止せねばと固く決意する。
「――いや、英雄党だ。
この日は白の革命が終わった日だから、そこを狙っているんだろうよ」
英雄党。
久しぶりの言葉に、春先の出来事を思い出した。
英雄党とは、白き英雄を奉りあげている集団。
白き英雄の復活を望み結成されたと言われているが、実際は白き英雄を人として愛しており神格化を否定している集団だ。
今年の春には、フローラを誘拐するという事件も起こしている。
フローラを傷つけたことは許せないけれど、白き英雄を想っての行動だとわかった今では、鈴蘭からは何とも言い難い。
「聖礼祭では、メイオール公爵とパール辺境伯も来賓として来る。なんとしても事前にこのことは処理しておきたい」
「二人が来るんですか?」
「ジェミニカはナッチメイルと同盟を結んだからな。パール辺境伯に関しては、来年の武闘大会のスポンサーになってもらうからだ」
それを聞いて、喜びで自然と口許がほころぶ。
偶然ではあるけれど、三人で揃って会えるのはうれしい。それなら尚の事阻止せねばならない。
「ショールと情報を共有して事に当たれ。以上」
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自由時間、鈴蘭はショールから共有された情報を元に城下をパトロールしていた。コツコツと石畳を歩きながら、街を眺める。
空気は冷たく寒いが、12月になったからか皆浮足立っているようすだ。
「(平和な12月って、こんなに綺麗なんだな)」
いい思い出のない王都だったけれど、最近は中々楽しいと思えるようになっている。田舎とは違い、四季折々で街の装飾が変わる。人がせかせか働いて、その中にドラマが生まれる。
そんな王都が、嫌いではなくなっていた。
……カラアの村は、村と言うには王都以上に近代的で街と言うには小さいうえに、色々土俵が違うので例外にする。
そんなことを考えながら歩いていると、ショーウィンドウに飾られた髪飾りに目が留まった。赤と黒のリボンの中央に、小さなルビーが嵌っている可愛らしい髪飾りだ。
もちろん、自分へではなく……
「ルイに似合いそう」
ホタルの助手として、幼いながらも懸命に働く女の子。ふわふわの彼女によく似合いそうだと思ったのだ。
今はパトロールの最中だと自分を諌めつつも、店に入ってリボンを購入してしまう鈴蘭とあった。
「ルイ、気に入ってくれると……嬉しいな」
自分が穏やかな笑みを浮かべていることに、気づきながら。
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その頃ショールはスラン騎士隊の屯所へ来ていた。
「アレアー。遊びに来たよー……。うぅわ」
ショールが飄々とした様子で屯所の扉を開けると、アレアと……ホタルがいた。
嫌悪感をあらわにして、顔を顰める。
「……帰るわ。アレア、話はまた後でするよ」
「ショール、ちょっと待って」
背を向けてさっさと帰ろうとしたショール呼び止めたのは、ホタルだ。人の顔を見て逃げるなんて失礼な態度だが、ホタルもショールもそこは気にはしていない。
むしろショールはホタルの制止を無視して帰ろうと思っていたが、心配そうに見守るアレアに気づいて足を止めた。
ショールはアレアに心配をかけたくないのだ。
「……なに? 聖礼祭の日は仕事あるし、一緒に回らないよ」
「あぁ、ごめんけど聖礼祭は鈴蘭を誘おうと思ってるんだ。親睦を兼ねて、ショールと回ることも考えはしたけどね……」
「なんでこっちが謝られるのかなぁ! むしろどうぞご勝手に!
……それで、何で呼び止めたのさ」
苛ついたように怒鳴る姿は、いつものショールらしくない。その場に三人以外の人はいなかったことは幸いだ。ホタルは相変わらずの対応に、ある意味ほっとして続けた。
「街で変な噂を聞いてね。英雄党が聖礼祭の儀式を襲撃しようとしてるって」
「あー、あれね」
大きく息ついてから、話を聞くために二人の方へ戻る。仕事が絡むとなれば個人の好き嫌いで動くのは悪手であると思ってのことだ。決してホタルのためではない。
「今回の襲撃については特に心配はしてないんだけど、英雄党そのものの目的が気になって。……ショールは英雄党の情報を持っていたりしないかな」
「部外者に漏らすわけないでしょ。……何、ホタルは英雄党を追ってるわけ?」
ホタルは曖昧に微笑んで肩を竦めた。
美しく輝くホタルの瞳に、無性に腹が立つ。
「あは、曖昧にされたら余計に言えないなー。
……あんた、何考えてんの?」
「あんた、なんて冷たい言い方だね。
別に情報を悪いように使おうとは思ってないよ」
「思ってたら今すぐ牢屋行きだよね」
冷たい返事に、ホタルは困った様子で笑うしかない。けれどその笑みも、ショールの気を逆なでした。
申し訳無さから怒れないホタルと、そんな上辺だけの態度が気に食わないショール。このすれ違いが二人の溝を少しずつ深くしていた。
「……うーん。英雄党についての話は、今回は諦めるよ。……でもショールも気づいてるでしょう、英雄党の違和感。何かあれば教えてほしい」
「気が向けばね」
ホタルはまた笑ってから、屯所を出ていった。
対してショールはムスッとしながら乱暴に椅子に座る。アレアはホタルを静かに見送ってから、ショールの隣へ戻ってきた。
「ショール様……もう少しホタル様と仲良くされてはいかがですか」
「無理」
一刀両断するショールに、これ以上のホタルの話題は避けるべきと判断し、疑問に思っていたところを質問してみる。
「ところで英雄党の違和感とはなんですか?」
「あぁ、ホタルが言ってたアレ?
英雄党ってさ、一般的に白き英雄の復活を願って組織されたって言われてるでしょ? 王族にも白き英雄の居場所公開を要求してたし。
……でも実際、彼らの目的は少し違う」
アレアも英雄党の騒動に対応したことがある。その時に感じたものは、確かに白き英雄が再び現れることを願っている、復活を求めている……とは少し違う気がしていた。
「そういえば、白き英雄を神にしない……とか言っていたような気がしますね」
「そう、それ。
あやふやだから、ただの人間が神話化する。けれど明らかにすれば白き英雄は人間になる。……そういう論理なんだよ」
それをふまえて考えてよ?
とショールは片目を閉じて言う。
「英雄党は一度この春にフローラを誘拐することに成功している。その程度には実力がある組織なんだよねぇ。
……なのにどこか詰めが甘い。春の誘拐も情報漏洩を俺が拾って救出できたし、今回もこの早い段階から噂が出てきてる」
――詰めの甘さは……その行動自体は重要視していないのかもね。例えば、誰かへのメッセージとか。
__________
それから数日後。
正式にフローラが儀式を行うことが発表された。人気を博しているフローラが選ばれたということは、国民にとってもめでたいことだった。
けれどそれに伴って英雄党の噂は大きくなり、徐々に不安が広がっていくのだった。
………
……
…
「うー、なんだか今から緊張してきちゃったわ。儀式を行う役目なんて初めてだもの」
フローラは明るく笑いながら鈴蘭たちに話しかけた。そこに緊張はあれど、不安げな空気はない。
「大丈夫です。姫様なら素晴しい聖礼祭にすることができます」
「姫は安心して当日まで英気を養ってください」
鈴蘭とヒスイは激励しつつも、聖礼祭の万全を期すたに英雄党を何とかせねばと決意し直すのだった。
「……ふふ。二人とも、分かりやすいんだから。私は英雄党を怖がってなんかいないわよ。彼らは国民には手を出さないでしょうし」
自分のことよりも国民の心配をするフローラは側近としては誇らしくもあり心配でもある。鈴蘭とヒスイにとって主へ危害が加わる可能性があるものはなにより怖いのだから。
「それでも私たちは気にしますよ。もう少しで解決してみせます」
「ありがとう。…………まぁ、英雄党の言ってることも理解できるのだけどね」
フローラは少し複雑な笑みで呟いた。
鈴蘭は何とも言えずに視線を逸し、ヒスイは曖昧に頷く。
「(鈴蘭を神にするのは……あまりに酷だもの。
それに今回の噂は、私へのメッセージなのかもしれないわ)」




