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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
3章 セピア・革命編
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第8話 安心安全な孤独を一緒に




【第七話 絶望のパール】




「我は昨日敗れてしまった。スランは今日じゃったな。応援しているぞ」



「商売の邪魔だ、帰れ」



「冷たいのぉ……。……いらっしゃい、いらっしゃい。甘くて美味い果物が売っていますよ!」



「商売の手伝いしても駄目だ! 帰れ!」



あれから連日、メイオールは鈴蘭のところへ通いつめていた。追い払っても追い払っても来るメイオールに、鈴蘭はもう面倒くさくなっている。けれどここで折れると、セピアでの決心が軽かったみたいで嫌だ。鈴蘭は年相応に戸惑っていた。



さて、現在大会は中盤に差し掛かったところだ。鈴蘭の活躍は国を駆け巡り、モルガを倒す可能性があると噂され、期待されていた。本人である鈴蘭は優勝しか見ていないから、モルガなんて知ったことではないけれど。



「今日の相手は……シンジュか」



「誰だ?」



「本当にスランは他人に興味がないな。ほれ、これだ」



と、鈴蘭にチラシを渡した。それは武道大会の状況を伝えるために毎日配られているものだ。



「……、シンジュも一般人なのか。何かワケアリっぽそうだな」



「仲良くなれそうではあるぞ。味方に付けておくのを勧めるが」



メイオールの言葉に閉口する。彼がただの変人ではないことは鈴蘭も理解していた。調べてみればナッチメイルは少し前まで滅亡の危機に瀕していたらしい。



「(それを立て直したのがこの男だというのだから驚きだな。……シンジュのことは頭の片隅に置いておくか)」




_________





競技場に鈴蘭が現れると、会場が盛り上がった。それは以前のようにお姉様方ばかりではなく、老若男女様々な声援だ。



「いつの間にこんなに有名になったんだ……?」



もちろん、最初の試合からだ。



目の前のシンジュという女性に目を向けた。

そして眉間に皺を寄せる。彼女には、あまりに光が無かったのだ。全てに絶望して全てに失望した表情。

……まるでそれは、鈴蘭がセピアで裏切られた直後のような。



「(もしもリカがミヤケに怒ってくれなければ、私もこんな風になっていたかもしれないな)」



リカのおかげで鈴蘭は壊れずに済んだ。一歩手前で留まれた。



そう思うと、相手が他人のように思えなくなる。メイオールに言われていたせいもあるだろうが、彼女のことが気になってきていた。



「試合開始!」



開始の掛け声。

いつもなら武器を破壊して終わらせるけれど、今日は少しなら刃を交わしてもいいと思った。戦いは悲しみしか生まない。けれど剣を交わすことは心を交わすことと似ていると鈴蘭は思っていた。



シンジュの攻撃を受け止める。



「……どうして貴女はそんなに絶望している?」



一言、鈴蘭は尋ねた。するとシンジュは驚いたように瞠目したあと、憎しみを込めた瞳を向けてきた。



「私は無力で、誰も助けれないし誰も殺せないからっ!!」



パンッと鈴蘭の剣を振り払って距離を取る。鈴蘭は今の言葉を正確に理解はできなかった。けれど彼女には彼女なりの何かがあるのだとだけ理解した。 



今度は鈴蘭から攻撃を仕掛ける。その気になれば試合を終わらせることは可能だが、あえて軽い攻撃にした。



「殺せないのなら無力でいいじゃないか。……力を手に入れて人を傷つけるなら、力なんていらないだろ」



「いいえ、誰かの死は誰かの救いよ。……領民を苦しめ、父と母を苦しめた叔父を私は許せないっ……!」



彼女の剣の腕前は大したことはない。怒りに任せて攻撃しているだけだが、意志のない騎士には圧倒されるものだっただろうなと鈴蘭は感じた。



「優勝を目指しているのか?」



「そうよ。私は無力だからっ、あいつの追放と死を願うの!」



復讐、だろうか。

やっと彼女の気持ちが少し理解できた。だからこそ、鈴蘭は試合を終わらせるために剣を振り下ろした。

角度、強さ、狙い目、武器破壊はかなり難しいことだが、鈴蘭には簡単なものだ。



バキンと武器が破壊の音を立てる。



シンジュは絶望に染まった涙を溢れさせ……



試合は終了した。




__________




「シンジュ」



鈴蘭は試合の後、彼女の元を訪ねた。

本来の鈴蘭は心優しい子だ。けっして人を信用しない、冷たい子ではない。最近は他人に関わらない鈴蘭だが、この時は頭より身体が先に動いていた。



「……スラン。……あなたが、私が絶望していると言ったとき、驚いたの。気づいてくれたことに、驚いて、腹が立った」



鈴蘭にも似たような絶望が見えた。けれど少し違った。それがシンジュにとっての怒りだった。

一瞬自分と同じような人が現れたのかと思ったけれど、鈴蘭は完全に全てに絶望していたわけではなかったから。



「私の願いを聞いたくせに……、私に優勝をくれないのね」



「当たり前だ。私は優勝しなければならない。貴女に渡す義理はない」



だが、と鈴蘭は続ける。



「私は貴女のために貴女を敗った」



「……え?」



鈴蘭はセピアに裏切られて悔しかった。悲しかった。辛かった。嘘だと思いたかった。

もしかしたら嘘かもしれないとも、今でも思っている。けれどその確認は自分がしなければいけない。誰かの手に任せてはいけないと思っている。……まだ、しばらく向き合えそうにないけれど。



「貴女は叔父の追放を願おうとした。……でも、それは自分で決着をつけないといけないと思うぞ。そうしないと、貴女は前に進めない」



セピアでの罪の償いも、誰かに任せてはいけない。自分が払わなければならない代償だ。



「自分のことは自分がしないと。

……あと、付け足しておくことは、殺しはやっぱり駄目だ。私が言うのだから間違いない」



鈴蘭が真面目な顔で付け足すので、シンジュは少し小馬鹿にしたように笑った。まだ絶望の闇は消えないが、少しだけ薄れている。



「スラン、あなたからは死の気配を感じたわ。きっと美しくない世界を見てきたんでしょうね。……それでもそんな綺麗事を言うのね」



「これは綺麗事だろうか。……私は他人を信じ他人を頼る真似はするな。死に逃げるな。という、残酷なことを言っているのだぞ」



笑っていたシンジュは、笑いながら涙を流し始めた。ほろほろと。



「ふふふ、残酷……ほんと残酷ね。いいわ、私も無力なりに叔父をあの地位から引きずり下ろしてみせるわよ」



鈴蘭に手を差し出す。



「私の本当の名前は、パール。一緒に一人で歩みましょう」



「一緒に一人で……。ふっ、そうだな」



孤高の辺境伯パール。

気難しく無慈悲だが、能力で辺境伯にまで上り詰めた実力者。領民に重い負担をかけて、地位が揺らがぬように親戚を排除してきた前辺境伯とは違い、領民を想う辺境伯。



彼女の物語は、一人の真っ白な少女との出会いから始まった。




_________




「で、なんでこうなる……」



鈴蘭は店の前に常駐する二人にため息をつく。



「ふふ、良いではないか。友人が増えて我は嬉しいぞ」



「そうね。よろしく、メイオール。無力な私の安心安全な孤独の復讐に手を貸してよね」



「あぁ、よいぞ。パールも未来への投資ということにしよう」



メイオールだけでなく、パールまで鈴蘭に付きまとうようになった。それでも以前のような絶望に打ちひしがれた様子はない。



「(まぁ、それだけはよかったかな)」



思わず関わってしまったけれど、もうこれ以上は人と関わるものかと改めて決意した。……優しい鈴蘭には、難しことだろうけれども。




_________





それから数日。準決勝も難無く突破し、決勝の日がやって来た。



街は貧困にも関わらず出店が沢山路上に出てきて、人々は競技場に詰めかけた。貴族の世の終わりを願う大多数は鈴蘭の勝利を願っていた。



「スラン、優勝して!」



「スラン! スラン!」



誰も鈴蘭がセピアの悪魔だとは想像もしていない。ただ自分たちの苦しみを救ってくれる救世主が現れた、そんな認識だ。



「のお、パール。スランは可哀想な娘だと思わないかい?」



メイオールはそんな街を眺めながらパールに話しかける。パールもまた彼の方を見ず、街を眺めつつ返した。



「国民の期待を一身に背負う存在だから? それとも、スランがそれに気づいていなないから?」



「どちらもだよ。スランは必ず優勝する。……真っ直ぐで心優しいあの子は、自分本位で優勝したことに気づいた時、それを罪だと思うだろうよ」



可哀想だ、ずっと罪を背負い続ける運命なのだ。



「可哀想な"鈴蘭"。不自然なほどに、可哀想だ」



パールにはメイオールの言葉はわからなかった。この時鈴蘭の本名も知らなければ、セピアの悪魔についても知らなかったからだ。



しばらく後に鈴蘭から聞かされるが、まだ、知らない。



「ふふ、まだ知らぬか。……良い良い。だが期待しておるのだよ、パールには」



「どういう意味?」



尋ねながらちらりとメイオールを見る。けれど彼はその視線から逃れるように身を翻し、競技場に歩き出した。

そしてパールに聴こえない声で呟く。



「既にスランに執着するお主が、これからどんな動きをするのか楽しみなのだよ」



決勝戦が始まる。

鈴蘭が英雄となる、そして後に新たな恨みの連鎖を生む戦いが。



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