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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
1章 王都騒動編
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第3話 月が似合う




こうして山賊の基地に乗り込むことに成功した。今のところ山賊の姿はない。というか、そもそもどこが本拠地なのか全く把握していなかった鈴蘭は、隣の胡散臭い青年に案内させるしかなかった。つまり、鈴蘭にとってここは見知らぬ場所だ。



「……」



ちらりと隣を盗み見る。足音もさせず、気配も消していて、かなり場数を踏んだ実力者だと見て取れた。



「貴方、名前は何ていうの?」



情報収集の一つとして、まずそんな質問をしてみる。すると彼は少し嬉しそうに目を細めた。



「どうしたんです? 俺に興味持ったとか?」



「何かと不便かもしれないから訊いただけだ」



「確かにね。でも断るよ。ちょーっと事情があってね?」



相変わらずの貼り付けたような笑顔でそんなことを言う。

名前を言えない理由でもあるのか、と警戒心を強める結果となってしまった。



「そんな顔しないでー。事情があるんだよ。……俺的には、君が男装してる理由の方が興味あるなぁ」



はぐらかしてるようにしか見えないが、その疑問ももっともだとも思う。

今までも……最近ならば山賊も鈴蘭を男だと思うのは、鋭利な雰囲気だけでなく、男のような服装にも理由があるだろう。



「……よく私が女だとわかりましたね」



「当たり前でしょ。というか、男だと思う方がおかしくない?」



にぃ、と笑う。

何度も間違えられてきた身としては、すっかり男に見えるものだと思っていた。

すぐにわかってくれたのは随分久しぶりで、特別嬉しいわけではないにしても、嬉しくないわけでもなかった。なんと反応すれば良いか分からず、鈴蘭は口を閉じる。



「ねぇ、君。名前は?」



名乗らなかった青年は、鈴蘭に名前を尋ねた。なんだか不公平な気がして、答えない理由は無くても言いたくないなと思ってしまう。



「そっちは教えなかったのに、私には訊くんですか」



「事情があるんだってー。君は言っても問題ないでしょ」



……名前だけでこれ以上の問答をするのは面倒だ。



「鈴蘭です」



投げやりな様子で答える鈴蘭だったが、青年はそれを気に留める風でもなく笑顔を貼り付けたままだった。まるで、世間一般の普通の会話を真似ているようで。



「良い名前だね」



「ありがとうございます」



社交辞令としか思えない言葉に対して、普通の返答をする。

そんなことよりも、鈴蘭はいつの間にか自分が敬語になっていることに気づき、無意識の変化に自分のことながら不気味さを感じるのだった。




_________





二人は一つの大部屋の前まで来た。



「ここですか」



「そうみたい……うわ、けっこーいる」



そっと中を覗くと、そこには予想以上の人数の山賊が集まっていた。わいわいと酒を片手に騒ぎ立てている。

子供はこの部屋にはいないか……と中を見回していると



「あっはっは! にしても今回は大人数だな! そこの部屋いっぱいのガキが集まった!」



「そうだなぁ! 子供はよく売れるし!」



部屋の中から丁度良いタイミングで、丁度知りたかった情報が流れてきた。鈴蘭と青年は、少しの呆れと、手遅れではなかった安心を混ぜた様子で顔を見合わせた。



さて、山賊が指したのはこの部屋の奥にある扉。どうやらあの中に子供たちは居るらしい。鈴蘭は次の行動を考える。



「(まずは交渉。まぁ、100%実力行使になるだろうが。……だが、そもそもこの男の力量がわからない)」



「……俺の力がわらないって顔してるね。俺は人並みだよ」



また鈴蘭の思っていることを察したようで、青年は笑った。

やっぱり胡散臭いな……とじろりと睨むが、山賊を倒しに来たくらいだ。おそらく足手まといにはならないだろうと踏む。



「では私が山賊を全員相手します。貴方は子供を保護して下さい」



「……え、一人で大丈夫?」



「ええ。気にせず私を盾にして下さい」



鈴蘭の発言は飄々とした青年でも一瞬驚かせた。だが、鈴蘭の中で一番効率的な方法だと考えての真面目な言葉だ。

真っ直ぐな紅い瞳を見た青年は、元通りにんまり笑う。



「そこまで言うなら、任せちゃおうかな」




_________





「やぁやぁ、諸君! 楽しんでいるねぇ!」



青年は自分の部屋だと言わんばかりの堂々とした態度で部屋へ入る。そのまま空いている席に座って、テーブルの上の豆料理をひょいと口に放り込んだ。



「え、誰だこいつ」



「誰かの知り合いじゃねぇの?」



「もしかして…本部のボス!?」



いきなり現れた青年に、荒くれ者の山賊でも困惑する。堂々としすぎて味方とさえ思う人までいる。

影からひっそり見ていた鈴蘭も、困っている山賊にちょっぴり同情した。



そうこうしている間に、青年は山賊と距離を取って優雅にお辞儀した。



「こんばんは。わたくしは子供の保護に参った者です。外道な行いをする頭空っぽな山賊様、子供たちを返していただけますかねぇ?」



丁寧なようで、かなり神経を逆撫でするセリフを吐く。こうなると、山賊たちが苛立ったように武器を持つことも当たり前だ。



「ちっ、役人かよ!! お前ら! コイツを仕留めろ!!」



「あーらら。交渉決裂。……じゃあよろしく、鈴蘭!」



名前を呼ぶ声に合わせて、鈴蘭は青年の後ろから飛び出した。

青年に武器を振り下ろそうとしていた山賊を抜剣で撥ね除け、再び剣を鞘に収めて命に別状がない程度に気絶させる。その間数秒。



「わーお、あっぱれ」



「……。あれ、わざと煽ったでしょう」



「人は怒ると注意力散漫になるからね」



結果として、山賊は青年の後ろまで来ていた鈴蘭の存在に気付かなかった。青年の作戦も馬鹿にしたものじゃない。



鈴蘭はひとつ息をついて手近にあった刃の潰れた模造剣を手にし、怯んでいる山賊に斬り込んだ。反撃の余地を与えぬ高度な技術は、彼女がいかに優れた剣士かを示している。…優れているどころではない。数十人もの山賊をたった一人で、しかも誰一人殺さずに倒すなど、人間離れした所業だった。



柔軟かつ、大胆に。

相手の剣筋を的確に先読みし、斬り払う。



「くそっ! 化け物が!!」



残りわずかの山賊の一人が悪態をつく。

鈴蘭は模造剣を握り直す一瞬、紅の瞳に悲しげな影を落した。



「化け物、な」



だが、それも本当に一瞬のことだ。

次の瞬間には意識のある山賊はいなくなっていた。




………

……




「全員気絶させた。もう出てきていい」



扉の隙間から覗いていた子供が、青年の手を握りながらひょこっと出てくる。鈴蘭が山賊の相手をしている間に、青年が子供たちを保護することに成功していたのだ。



青年とその子供の後ろから、何人か姿を現す。皆怪我はないようだ。

一番年上らしき青年の手を握っていた少女が、手を離して後ろの子供たちを守るように手を広げる。



「……おかあさん、いってた。ひとをころすひと、ワルモノだって」



少女の行動は実に勇気あるものだが、広げた手は恐怖で震えていた。恐怖を感じながらも、自分より弱い子を守り悪を糾弾する姿が、鈴蘭には眩しく思えた。



なるほど、今自分は山賊殺しとして子供たちにワルモノと思われているのか……と鈴蘭が理解するのと同時に。



「皆、山賊たちは寝てるだけだよ。お姉さんは君たちを救ったヒーローさ」



思わず声の方を向くと、例の青年が嘘臭さのない笑顔を子供たちに見せていた。初めて見る普通の笑みに驚きはしたが、それ以上に"ヒーロー"という言葉に驚く。



「あ……いや、私は……」



「鈴蘭、ありがとう。君のおかげで子供たちは無事だ。もっと胸を張っていいんじゃない?」



鈴蘭が思わずたじろいでいる間に、子供たちがわらわらと駆け寄って来ていた。さっきの少女は鈴蘭の目の前で立ち止まると、小さな体をくの字に折って頭を下げた。



「あんなこといって、ごめんなさい。……たすけてくれて、ありがとう……!!」



少女に倣って、他の子もありがとうと口にする。ようやく安心したのか、泣いている子や座り込んでいる子もいたけれど、皆が鈴蘭に感謝してるのは確かだった。



鈴蘭は助けることができた尊い命に、顔を綻ばせ……



「ああ……無事でよかった」



優しい声音には年相応の女性らしさと柔らかさがあり、それに子供たちは安心を深くしたのだった。





_________






二人が子供たちを引き連れて山を降りている時、突然複数人の声が闇夜に響き渡った。



「――さん! ――ルさん!! ……どこですか!」



集団が近づいているのか、声が段々とはっきりしてくる。怯える子供たちを守るように、鈴蘭は剣に手を添え殺気を放ちながら警戒を強めた。



けれど、それを青年が片手を上げて制した。



「ごめんねぇ。仲間が俺を探しに来たみたい」



「(……仲間?)」



面倒そうにする青年を横目に、鈴蘭は怪訝そうな顔になった。

鈴蘭の記憶では、山賊討伐に一人で来て、人手が足りないから鈴蘭と協力を――



「山賊討伐……仲間……まさか――!」



「あ!! 見つけましたよ!」



鈴蘭が一つの辿り着いたと同時に、横道から身なりの立派な女性が出てきた。彼女は青年を見つけると、周りに目もくれず彼に近づいた。



「ショールさん! 何処へ行っていたのですか!? 今から山賊討伐へ行くんですよ!? 貴方はいつもいつも……」



彼女はショールと呼ばれた青年の日常の素行の悪さを説教しだした。そんな彼女姿を見て、可能性は確信へ変わった。そして呆気にとられてしまう。



夜の闇の中でも光るように映える、明るいオレンジ色の髪。短めに切りそろえられていて、快活なイメージを持たせた。怒りに染まった髪とお揃いの色の瞳は、力強い光を宿している。

一見ボーイッシュに見えるが、長い睫毛や健康的な唇、そして身体つきを見ても綺麗な女性にしかみえない。間違っても、鈴蘭のように男性と間違われることはないだろう。



外見情報はともかく。鈴蘭が呆気にとられた理由は、服装だ。



軽量化を重視して、部分的に装備された甲冑。それらと一体化した、可愛らしさのある濃い水色のワンピース風の服。

そして一際目立った装飾は、この国……ジェミニカの紋章。



「ジェミニカ近衛騎士……」



鈴蘭の呟きに、彼女はやっと周りの存在に気づいた。そして子供たちの姿を見て、口を引き攣らせる。



「ショールさん…もしや、既に山賊を……」



「やっちゃった。……でも俺じゃなくて、鈴蘭が」



ねっ?と青年から飛ばされたウインクを思わず手で払いながら、鈴蘭は表情を硬くした。



よくよく考えてみれば、一般人が山賊討伐をするはずもない。するとすれば、国直々から命令された騎士や兵であって……



「つまりこれは、騎士の山賊討伐だったということですか」



「そういうことだね。作戦開始前の休憩時間に、偶々強そうな君を見つけちゃって。君となら、作戦実行より素早く仕事を終わらせれそうだったから、つい。……ごめんねぇ」



青年は謝罪しているものの、顔は晴れやかだ。申し訳なく思っている様子は微塵もない。……微塵もない。



鈴蘭は頭が痛くなった。まさか騎士の仕事を横取りしてしまったとは。



「ショールさん……また貴方は勝手なことを! カルセ団長に言いつけますよ!?」



「えー、カルセ怖くないし」



「じゃあアレア隊長に言いつけます。だいたい今回の討伐作戦だって、私たちが入念な準備をして……」



オレンジ色の女騎士も青年の行動は予想外だったようで、怒り心頭の様子だ。



「ごめんよ、カーナ。小言は後で聞く。……カーナ、騎士を集めて。山賊は小屋に縛ってあるから、第一班に向かわせて。第二班は子供たちを村へ返するように。俺は第三班と残りの山賊がいないか見回りに行く」



「りょ、了解!」



急にテキパキ指示をする青年に、女騎士…カーナは呆れと驚きを伴いながらも、ビシッと敬礼した。



女騎士が"さん"付けで呼び、騎士へ指示するこの青年。どうやらかなり立場が上のようで、それにも鈴蘭は驚いてしまった。

そしてカーナは、そんな鈴蘭の方を向いて。



「私は、近衛騎士カーナ・カーネリアン。この度はご協力感謝する」



「いえ、そ……「だが!」」



鈴蘭の謙虚な返事が、かなり食い気味に被さられた。



「だが、我々は誇り高き騎士! 以後一般人の手を借りることなど、まずない。今回は特例中の特例だ。それを理解していただきたい」



それは、一般人の助けを借りることを恥じた台詞なのか。それとも、一般人は巻き込まない主義だと伝えたいのか。

鈴蘭にはよく分からなかったが、どちらの意味もあるような気がした。とにかく感想は一貫して、真面目だなぁと……



「……よし、カルセさんっぽく言えた!」



ぼそっと小声でカーナが何か言ったが、鈴蘭は聞かなかったことにした。



「わかりました。子供たちのこと、よろしくお願いします」



「ええ……じゃなくて。うむ、任せるといい」



そして彼女は子供たちを連れて消えていった。

この青年は行かないのかと隣を見ると、彼は鈴蘭の方を向いている。



「今回は本当にごめん。でも助かったよ、ありがとう」



刹那、風が吹いた。青年の背景に月が出て……まだまん丸では無いものの、もうすぐ満月。風の香りも、虫の声も、月の光に吸い込まれるように消えた。……ような感覚だった。



青年はにぃっと笑みを浮かべた。



「俺はジェミニカ第一王子タイガ」



「………」



鈴蘭のあまり表情が変わらないなりに戸惑った反応を見ると、彼は満足げに笑みを深くした。



「……の、側近だよ。名前はショール。ふふ、一瞬驚いたでしょ」



「まぁ」



「でもねぇ。王子の側近だけど、俺は騎士じゃないんだ。ただの側近。いつも自己紹介の時困るんだよね。『近衛騎士』とかサクッと言えたら格好いいのにー。いつも途中で、『王子なんですか!?』って勘違いされちゃう」



「……はぁ」



彼の態度は少し慣れてきた。飄々としているというか、なんというか。



「……ともかく。俺もそろそろ行くね。君とはまた会える気がするよ」



にっこりと笑みを貼り付けて彼は背を向けた。あんなに妖しく見えた月が、普通の月に戻ったような気がする。

……なんとなく、月が似合う人だと思った。



鈴蘭が歩いていく彼を見送っていると、突然くるりと振り返り。



「ああ、言い忘れてた。……今回の討伐作戦については、近隣の村に連絡済みだったんだ。いかにも旅人な君は知らなかったかもしれないけど、宿屋の従業員なら知っていたはずだ」



その言葉にはっとする。

子供が拐われたとして、丁度その日に騎士が討伐に来ると知っていたら、騎士に任せるのが当然で、鈴蘭に相談なんてしないはずだ。



「連絡ミスもあり得るけど……ちょっと気をつけてみてよ」



そしてショールは先へ歩いて行った。



「……。タイガの側近、か」



ジェミニカは変わった。白き革命から。

ちょっとした脱力感を覚えつつ、鈴蘭は山をおりる。



「私は厄介事に巻き込まれやすいタイプのようだ」



今も、昔も。









そして戻った宿屋にあの従業員は居らず、宿主に聞いても『そんな従業員はいない』と言われるのだった。





※※※※※※※※※





一話読み終えた。



確信した。これは、《鈴蘭》の物語。



「なんで……」



この一話は、今年の3月の出来事だ。俺も鈴蘭に教えてもらっただけだが、知る限りでは寸分違わずに書かれてる。



まるで全部見ていたかのような文章に、途中で何度投げ捨てそうになったことか!

だって気持ち悪いだろ。情景だけじゃない。鈴蘭の感情も、独白も描かれてるんだ。俺が勝手にこんな本を書かれてたら耐えきれない。



ここで登場した【ショール】も確実に俺の先輩……ショール先輩だ。



この本は鈴蘭の近辺の出来事が書かれてる。そしてノンフィクション。



「気持ち悪い……」



ノンフィクション。つまり、この春から……この4冊の本では全部鈴蘭の出来事を綴ってるというのか。



まだ……わからない。



だから俺はページを捲る。




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