第6話 悲劇の一家
「失礼します」
鈴蘭は二人が執務室にいるにも関わらず、部屋に入った。さっきの言葉は本当なのか確認する必要があるからだ。
「どうしたんだい、鈴蘭?」
ミヤケはいつも通りに微笑んでいる。
大好きだった優しい笑顔が、今は恐ろしい。どうしてさっきあんなことを言ったくせに笑えるのだ。
「今の会話、失礼ながら聞こえてしまいました。……私を家族だと言ったのは現人神の指示だったというのは本当ですか」
ミヤケはわざとらしく目を丸くして驚いたようにした。
「盗み聞きはいけないね」
「はぐらかさないで下さい……! 嘘ですよね。今まで優しくしてくれたのも、娘だと言ってくれたのも、全部現人神の指示だったからなんじゃないですよね!!」
必死だった。
ナシロの言葉は正解だ。記憶喪失の鈴蘭にとって、セピア一家が全てだった。だから家族と信じた人たちに、利用するために優しくしていただけだ、なんて言われたくなかった。嘘だと言ってほしかった。
「鈴蘭、落ち着いて。……私たちは本当に鈴蘭を家族だと思っているよ。記憶喪失で身寄りの無い鈴蘭を拾ったのは好意からだし、一緒に過ごして鈴蘭は確かにセピア一家の一員になっていた。決して現人神様の命令だからなんかではない。家族の愛は本物だよ」
ミヤケは優しく微笑んだまま言った。鈴蘭はほっと力を抜く。
そう、その言葉が聞きたかった。家族の愛は本物だと。命令だから家族として扱っていたなんかではなく、セピア一家の一員だと――
「……と、言えば鈴蘭は満足するかな?」
「え……」
ミヤケは笑みを浮かべたまま。
今の言葉は空耳ではないかと思った。
「お父様……?」
「鈴蘭も知っていただろう? カラア民族は現人神様の言葉に必ず従う。
……保護したのは偶然だったけれど、鈴蘭を家族として扱い、執着させて戦力にする。これは鈴蘭が来たときから現人神様が指示したことだったよ」
鈴蘭の中で何かが壊れた。
ガシャンと、大きな音をたてて崩れた。
「カラアは前から騎士に狙われていたから、早急に戦力が必要だったからね。……そんなことも想像しなかったかな? どうして見ず知らずの君を何の見返りもなく助けると思ったのかな? なぜ他人を家族と思うと思う?」
「……っ」
最初は警戒していたはずだ。どうして助けるのだと疑ったはずだ。いつ、信用してしまった……?
「愚かな子だね。君が剣を所持していたときから、君がそれなりの剣士だとわかっていた。……そろそろ騎士もこの村を襲わなくなるだろう。鈴蘭には感謝しているよ」
「ひどい……」
「ありがとう鈴蘭、騙されてくれて。お礼ならいくらでもしよう! 何がいい? 君が好きなぬいぐるみかい? お金や宝石でもいい。新しい服にしようか」
「うるさい」
「武器を揃えてもいいね、また騎士が来ないとも限らない」
「うるさい」
「ああそれとも……愛情がほしい?」
限界だ。
もう、心が保たない。
鈴蘭は剣を抜いてミヤケに向けようとしたが、横から攻撃の気配を感じ、咄嗟に横へと剣を向けた。
「さすがは鈴蘭殿」
そこには鈴蘭に剣を向けるクローリアがいた。いつの間にか扉は開かれており、扉付近にはコシロと……暴れるリカとそれを取り押さえるアルフレッドがいる。
「ミヤケてめぇ!! 鈴蘭にそんなことを言うなんて許せねぇ!」
リカは最初から聞いていたのか、憤慨して暴れていた。けれど能力で言えばアルフレッドの方が上。身動きがとれないようだ。
「リカは煩いね。人格が破綻した時点で始末しておくべきだったかな。……クローリア、リカを牢に閉じ込めておいて」
「やめてくれっ」
鈴蘭は自分のために怒ってくれたリカに感激していた。もう誰も味方がいないかと思ったけれど、リカは味方なのだ。
もう、ギリギリのところまで来ていた鈴蘭を、細い命綱で繋ぎ止めてくれた。
そんな彼を死なせるわけにはいかない。
「お父様……いや、ミヤケ。リカを殺さないで。なんでもするから」
ずっと味方でいてくれるリカだけは助けたい。もしもリカがあの時ミヤケに怒らなければ、鈴蘭は壊れていた。
「ふむ……、なんでもか。……じゃあ今度王都で行われる武道大会で鈴蘭が優勝したら、リカは解放しよう」
ミヤケの要求はこうだ。
7年に1度行われる、王族主催の武道大会。優勝すれば願いが一つ叶う。だからそこで優勝し、カラアの村の近くの土地を貰ってくるように。
「土地がほしいのか……」
「そう。鈴蘭は強いからできるよね」
「リカを解放してもらえるなら、優勝くらいしてやる」
ミヤケは満足そうに頷いた。話は以上だと鈴蘭は踵を返す。その時にナシロの顔を見たけれど、前髪に隠れて表情は何もみえなかった。
扉から出るとき、コシロの顔を見た。けれどコシロはツンとすました態度で、まるで鈴蘭のことなど他人のような様子だ。
最後にアルフレッドを見た。最初で最後の生徒。彼はいつも無表情で無口。それはこの状況でも変わらなかった。
何も言わず、目も合わさず。
誰も、鈴蘭を見てくれない。それは利用できなくなったからだろうか。鈴蘭は乾いた笑いをこぼした。
「ああ。……ここには私の正義はなかっただけなんだな」
最後、ぽつりと言い残してその場を去った。翌朝にはここを出よう。そしてリカを助けるために必ず優勝しよう。
そう、心に誓って。
_________
翌日、鈴蘭はカラアの村を出た。
最近は鈴蘭のおかげで騎士の襲撃も少なくなっていた。掃討作戦は無謀だと貴族が理解してきたのだ。
「でも、よかったんですか……?」
朝食の場でコシロがミヤケに尋ねる。戦力が減っても……という意味ではないことは、誰もが理解していた。
鈴蘭とリカがいない食卓。
空いた席が物寂しい。
「……。鈴蘭を絶望させてセピアとの縁を切らせ、そして例の要求を突きつける。……それが現人神様のお言葉だよ。私たちはそれに従わなくては」
「でも……」
コシロはぽろぽろと涙をこぼす。昨日は鈴蘭の前で必死に隠した悲しみ。鈴蘭が大好きなのに、あの時声をかけることも、抱きしめることもしてあげれなかった。
「すみません。ごちそうさまでした」
コシロは食事を残して部屋へ駆けていった。いつもツンとしている彼女らしからぬ様子に、双子の姉であるナシロは心配そうに目尻を下げた。
「私も、コシロと……同じ、気持ちです。……私たちは……最初、家族として扱うよう、命じられたのは、事実です。……でも、……いつの間にか、本当の家族に、……なってた。鈴蘭は、私の……もう一人の妹」
失礼します、とナシロもコシロを追って部屋を出る。残されたのは、ミヤケ、クローリア、アルフレッドだ。
「寂しくなったね。……アルは誰より辛いだろう」
「……」
アルフレッドは何も答えずに席を立った。そして無言で一礼し、部屋を出る。
「……ふぅ。クローリア、全ての食器を片付けてくれるかい」
「了解いたしました」
クローリアは食事に手を付けられていない三枚の皿と、二つの空白の席に置かれた皿を回収する。
……二人分の皿は、クローリアが思わず出してしまったものだった。
ミヤケは部屋を出ようとするクローリアを呼び止める。
「ねぇクローリア。……君は今、どんな気持ち?」
「旦那様、それは野暮というものですよ」
「……失礼した。そのとおりだ」
クローリアは一礼して部屋を出る。たった一人残ったミヤケは、鈴蘭がコシロから貰ったにょろりのぬいぐるみを見つけた。コシロから貰い、アルフレッドと同じ趣味を見つけたことが嬉しかったのか、鈴蘭が食事部屋に飾ったものだ。
「鈴蘭はここにいた」
一年半、鈴蘭はここにいた。
血の繋がりは誰ともないセピア一家だけれど、リカも含めて、家族だった。
「鈴蘭、ごめんね。……私たちは、家族だよ」
もっと早く鈴蘭にそう告げていれば、鈴蘭はボロボロにならなかった。けれど現人神の存在がある限り、彼らが家族として平穏に暮らせる未来はない。
愛情は確かに存在したのに、通じ合わず、偽り、疑った。お互いの気持ちは空を切り、彷徨い、通じることはなかった。
「せめて……君の幸せを願おう。鈴蘭、どうか」
幸せに生きて。
1章16話にアルフレッドの鈴蘭への執着ぶりが書かれています。




