第5話 カーネリアン家の長子
人が亡くなります。
ご了承下さい。これはフィクションです。
【第五話 通じぬ愛と決別】
その騎士貴族は深くため息をついた。顔には絶望が浮かんでいる。
「"カラア民族掃討作戦"の騎士団に組み込まれるなんて……」
「ソプラノ、大丈夫か? 顔色悪いぜ」
ソプラノというその男は、代々王族に仕えていた家を捨てて貴族を支持する騎士となった男である。
元の名はソプラノ・カーネリアン。
「だってこのご時世貴族側につく方が賢いだろ。もっと楽な生活できると思ってたのに、よりによってこんな自殺しに行くみたいな作戦に組み込まれるなんて……!」
「ソプラノ、気持ちはわかるが主人に聞かれたら即刻首切られるぞ。物理的に」
「わかってるっての! だがここ数ヶ月頻繁に騎士団を送っているが、あの村から帰ってきた騎士団が一つでもあったか!? 一人でもいたか!?」
ソプラノは発狂したように叫んだ。友人は慌てて彼の口を抑える。
周りを見回して誰もいないことを確信してからその手を外した。
「たしかに、突然カラアが強くなったってのはマジみたいだけどな。視察に言ったやつが騎士団全滅されたの見たって聞いた。……で、遺品から見つかった手帳にカラアの武装集団、セピアについての記述があったらしいけど、聞くか?」
「教えてくれ。カラアはただでさえ不明なことばかりだ。少しでも情報がほしい。」
ソプラノの友人は頷いて小声で話だした。
「カラアには"セピアの悪魔"ってやつが居るらしい。白いおかっぱの紅の瞳を持つ……どうも子供みたいだけど、その子が騎士団の半数を壊滅させたとか。手帳の持ち主はなんとか逃げてそれを記したけど、そのページの次は血でべっとりだったところを見ると、やられたんだろうな」
ソプラノはますます顔を青くした。
「カラア民族なんて人間じゃない低俗な奴らだろう!? クソッ! カラアなんて死んで当然だろうが!! 貴族連中もどうしてこんな自殺行為を続けるんだ!!」
「貴族も怒りの捌け口にしようとしていた奴らに返り討ちにあって、焦ってるんだろうな。……あー、俺も行きたくねぇよ」
――特にセピアの悪魔には会いたくない。
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鈴蘭がカラアの村に来て1年と半年が経とうとしていた。そしてセピアの戦力となって3ヶ月程。
初めは頻度が少なかった騎士団の襲撃も、段々と頻度を増して連日戦いが起こっていた。
「……」
「鈴蘭! 鈴蘭!!」
リカの呼ぶ声に、ぼんやりしていた鈴蘭は我に返った。返り血で白い髪が赤くなっている。
ぼんやりしていたのは決して例の暴走ではない。ただ、自分の行為に絶望していただけだ。
「どうした、リカ」
「騎士団は殲滅した。帰るぞ」
「あぁ」
これは正しいのだろうか。
いや、家族と居場所を守るためにそうしなければならないのだ。
最初に無抵抗な自分たちに爆弾を投げて村の四分の一を焼いたのはあちらだ。
その時、キラリと事切れた騎士の首元のロケットペンダントが見えた。写真が入っている。
近くに寄って見てみると、そこには家族の写真が入っていた。
「この人にも、大切な人がいたんだ……」
わかっていた。
自分が家族のために戦うように、騎士にも大切なもののために戦う人がいると。
「私は……私の正義は……」
何が正しいのか。
自分の正義は……
_________
夜。
ソプラノは掃討作戦出発の日、こっそり隊から抜け出して王都の近くの森に潜んでいた。
「自殺作戦なんか参加できるかっての!! 古臭い家から出れたのに、こんなことなら別の貴族のところに行けばよかった」
ソプラノは忠義だけで王族に付き続けるカーネリアン家が嫌いだった。そしてそれを当たり前に生真面目に受け入れる妹のカーナも反吐が出る。
……すると、後ろから足音が聞こえた。
「誰だっ!」
「……兄さん、本当にこんなところにいたんだ」
ソプラノがその声に驚いている間に、相手はソプラノにぶつかってきた。
「な……カーナ……っ!?」
ぶつかられた腹部に鋭い痛みが走る。次に熱さが。
ナイフで腹部を刺されたと気づいた時には、そのナイフで横に引き裂かれていた。
「がはっ……、ぐ……、カーナ……どうして……」
月明かりに照らされた彼女は、濁った瞳でソプラノを見つめる。表情も感情も捨て去った様子は、恐ろしかった。
「兄さん……いや、ソプラノ。カーネリアン家の恥晒し。許せない。それでも騎士として働いていれば許せたのに、みっともなく逃げて……」
「何言って…………お前…、本当にカーナか……?」
「跡継ぎのあんたが家を捨てたせいで、私が受けた苦しみも苦労も知らないでしょう。……私を助けてくれるのは、セカイ、だけ……」
「カーナ、目を醒ませ!! セカイって……」
「さよなら。ソプラノはカラア民族掃討作戦でセピアの悪魔に殺されて死んだ。……そうなるのよ」
ソプラノは出血で冷たくなっていくのを感じていた。
ぼやける視界の中、カーナがぼんやりした様子で呟いているのが見えた。そしてその隣にいる人間……
「ソプラノさん、ごめんね。洗脳ってこんなに効くとは思わなかったから」
カーナではない声を最後に、ソプラノは冷たくなった。
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鈴蘭は屋敷の中庭でぼんやり月を見ていた。
昨日も斬った。今日も斬る。明日も……
これは正しいの?
正義って何?
……求めた正義は、ここに――
「鈴蘭……」
「(全部家族のため。大丈夫。私は大切な人を守りたいから。お父様もいつも褒めてくれる。……でも私は……私の正義は……私の守る力と壊す力は同じ……?)」
「鈴蘭」
「……どうした、リカ」
鈴蘭はずっと呼び続けるリカに返事した。リカは鈴蘭よりも苦しそうな表情をしていた。鈴蘭はへらりと笑って首を傾げる。
「リカ、怪我した? 苦しそう」
「苦しいのはお前だろ……」
「私は苦しくない。リカとアルとクローリアと私が戦闘。ナシロ姉さんが作戦立案。コシロ姉さんが情報収集。お父様が指示を出す。皆それぞれの役割をしている。……私は私の役目を果たすだけ」
いつしか、リカやクローリアを兄ともおじさんとも言わなくなっていた。それは戦闘の時に合図しやすいようにだ。たった3,4ヶ月が1年以上の習慣を崩した。口調も初めはぎこちなかったのに、すっかり変わってしまった。
「でも異常だ。鈴蘭ばかりが戦場に出されているように見える」
リカやクローリアは適度に休みを与えられ、村の有志兵士で戦っているけれど、鈴蘭は休暇などほとんどなかった。
「私が一番強いからだろう。今戦力が大幅に削られるのは良くない。だから――」
「それでお前が壊れたらお終いだろ! 目ぇ醒ませ! 言ったろ、オレはお前の味方だって。無理するな! 辛いなら辛いって……言えよ……!」
鈴蘭の肩を掴んでしっかりと目を合わせた。リカは気遣いなんてできなさそうに見えて、本当は人をよく見ている人だ。
「私に構わないで。私はリカにそこまでしてもらえることしてない」
「したよ。セピアの奴らは悪い人たちじゃねぇけど、現人神の指示ならなんでもする。オレはそのせいで……人格が壊れたことがあるんだ」
「えっ」
初耳だった。人格が壊れるとはどういうことだろう。
「オレは元々引っ込み思案で淑やかな男だったんだぜ?」
「うそだ」
「即答すんなよ。……それからセピアが怖かったけど、鈴蘭がオレに笑ってくれるだけでオレは安心できたんだ。それに鈴蘭は良い子だったからな。……だからアルの気持ちもよくわかったのかも……」
誰にとっても、鈴蘭の存在自体が安心できた。
鈴蘭に接していくうちに、鈴蘭の人柄に惹かれた。
セピアの全員が、鈴蘭を大切にして、鈴蘭のおかげで少し歪なセピアが潤滑な関係を続けることができた。
「鈴蘭、兄さんに頼れよ」
「っ……。わた、し……」
家族のために戦えと言ったり、無理しないでと言ったり。……どうすべきかわからなくなる。
「……でも、うん。私、お父様に話をしてみる」
「あぁ。何かあれば助けを呼べよ」
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鈴蘭はミヤケの執務室の前で鈴蘭は緊張して立っていた。
「(お父様、今ナシロ姉さんと話中か……。これが終わったら、ちゃんと言わないと)」
決意した時、執務室から話し声が聴こえた。
「鈴蘭はよく働いてくれているみたいだね。……鈴蘭を拾った日、現人神様が鈴蘭をほだして縛りつけろって言ったのは、これを見越していたのかもしれない」
「最初……鈴蘭を、……家族として、扱えと…言ったのは……驚きました、けど……」
話し声に鈴蘭は固まった。
今何と言った……?
ほだして縛りつける?
家族として扱え?
現人神の指示……?
「鈴蘭……は、私たちのためにと……動いて、くれます……。記憶喪失の……鈴蘭、には…私たち、しか……いない、ので」
「(うそだ……)」
「皆のおかげで鈴蘭は私たちに執着させることができた。現人神様と皆の努力の結果、鈴蘭を戦力にできたんだ。ありがとう」
「(うそだ、うそ、……私を戦力にするために、家族にした? 現人神の指示?)」
家族を助けるために、身体も精神もボロボロになった。全ては家族のために剣を持った。
記憶喪失で目覚めてすぐに良くしてくれた家族のために。
信じて、愛して、守りたいと思ったのに。
そんなの――
「……騙してたの……?」
1章12話にカーナの兄について書いてあります。




