第3話 寂しさを埋めて
描写はあまりありませんが、内容は残酷です。
【第三話 カラアの掟】
それから鈴蘭は部屋に引きこもった。誰にも会おうとせず、食事もまともに摂らない。
「鈴蘭……、わ、私は……鈴蘭のこと、怖く、ない。……だから、出てきて」
ナシロの願いも。
「鈴蘭、いつまでそうしてる気? いい加減にしなさい。……夕食、皆待ってるわよ」
コシロの叱責も。
「鈴蘭殿、先日の剣術は素晴らしいものでしたよ。怯えなくとも大丈夫です」
クローリアの賞賛も。
「皆もう傷治ったから、思いつめんなよ」
リカの励ましも。
鈴蘭にとってはますます自分を追い込む結果になった。
何となく自分を理解できてきたのだ。どうやら剣を持つと理性を失って何もかもを破壊してしまうようだと。
それで大切な家族を傷つけた。
それなのに鈴蘭を許して励ます優しさに、涙を流し続けた。涙は枯れるというが、いつまで経っても枯れない涙を流し続ける。
「……鈴蘭。いるね」
ミヤケの声が扉越しに聴こえて、鈴蘭はビクリと身体を震わせた。四人は毎日鈴蘭に声をかけに来たが、ミヤケとアルフレッドはあの日から来なかったからだ。
嫌われたのでは。怖がられたのでは。
そんな不安が鈴蘭を支配する。
「返事はいいよ。聞いていてくれたらいい。……大切な話だ」
ミヤケは至極落ち着いた声色で語りかける。鈴蘭はそろりそろりと扉の近くまで近づいて話を聞こうとした。
その気配を感じたのか、ミヤケはゆっくり話し始める。
「…………私はね、本当はカラア民族の長なんかじゃないんだ」
「えっ……」
急なカミングアウトに驚いた。カラア民族の長がミヤケ=セピアで、だからセピア一家がカラア民族の中心として様々な仕事を中心的にしているのだと思っていたからだ。
「カラア民族の長っていうのは、血筋で決まるんだ。長の子が次の長。……けれど本来長になるはずだった人が、カラアの村を捨てて他国の騎士と駆け落ちした。私はその方の離れた親戚でね、代役として選ばれた」
ミヤケの淡々とした声に、鈴蘭は両手を握りしめた。淡々としているのに、どうしてか"代役"という言葉が寂しそうに聴こえたからだ。
今、どんな顔をしているのだろう。ほんの少し、扉を開けてしまいたい衝動に駆られる。
けれど、開ければまた傷つけるかもしれない。
「私はただの代理。村人たちは早急に次の長に相応しい人を探し出した。私は全く期待されていなかったのだよ。
……どれだけ仕事ができても、どれだけ信頼を得ても、私は本当の長にはなれない」
「(どうして……。お父様は優秀で、誰からも信頼されている人なのに。血筋だけで判断されるなんて)」
駆け落ちした本来の長は無責任だと思ってしまう。
「鈴蘭はカラア民族の掟を知っているかい?」
鈴蘭はアルフレッドの言葉を思い出した。
カラア民族は現人神を信仰している。現人神の言葉は絶対だ、と。
「私が代理になってしばらくしてから、我らの現人神様がお告げを出した。……7歳の子供を集めて森に置いていけ。生き残った一人が次の長の血筋となる」
「っ!」
なんということだろう。
その現人神はそんな非道な行いを命じたと言うのだ。カラア民族が現人神の言葉に従うと知っていながら。
そんなの……おかしいではないか。
「その現人神様は今もあの図書塔にいるんですか……?」
鈴蘭は恐ろしさを感じつつ、尋ねる。
「いいや、現人神様にも寿命がある。先代現人神様はそのお告げを最後に病で伏した。今の現人神様は別の方だよ」
ほっと息を吐いたが、それはそれで不思議だ。神とはそんなにクルクル変わっていいのか。
「鈴蘭、私がこの話をした意味、わかるかな」
「…………いいえ」
「鈴蘭は私たちの家族。そして私の娘で、私は鈴蘭の父親だ。……だから、知ってほしかったんだよ。私は仮初の長だ、なんて不名誉だろう? でもこの話をしたというのは、私なりの信頼の証のつもり」
嫌な話題は、誰もが避ける。
なのに話してくれたことに、単純だろうが鈴蘭は胸を打たれた。家族と心から認めてくれたみたいだから。
「お父様……!」
鈴蘭は扉を開けて飛びついた。ミヤケはそれをふんわりと抱きとめる。
「どうして信頼なんてするですか……! 私は家族を傷つけたのに!!」
「そうやって鈴蘭は悲しんでいるだろう。そんな優しい子を信頼しないわけないだろう。それに、鈴蘭は毎日聞いていたはずだよ。皆が鈴蘭を大切に思い心配する言葉を」
知っていた。だから怖かったのだ。
やっぱり自分には家族しかいない。記憶がなくても、セピアに拾われて良かったと感じていたた。
鈴蘭は大切な家族を改めて想い、泣き続けた。
………
……
…
「そうだ鈴蘭。アルから話があるらしいよ」
落ち着いたころ、ミヤケは視線を廊下の先に流しつつ、そんなことを言った。視線の先にはアルフレッドがいる。
「大丈夫。鈴蘭もちゃんと向き合いなさいね」
「……はい、お父様」
鈴蘭はアルフレッドの方へ歩み寄る。
「アル……怪我は大丈夫……?」
「ん。……鈴蘭は怪我してないか?」
「うん」
するとアルフレッドは鈴蘭の手を取って歩き出した。どこに向かうのかと驚いたけれど、大人しくついていくことにする。
アルフレッドは前を向いたまま、尋ねる。
「鈴蘭、俺の話聞いてくれるか?」
「うん、聞く」
ミヤケから聞いた話だと、アルフレッドは現人神のお告げで森で次期長をめぐる生き残りの試練を受けたのだ。
アルフレッドの境遇を思うと、また胸が苦しくなる。
………
……
…
そして人気のない場所まで来た。屋敷の使われていない部屋の前。二つほど椅子があり、鈴蘭たちはそこに腰を下ろした。
「お父様は代理の長でしかないって話は聞いたな」
「うん。正式な長の決め方を現人神様のお告げで決めたとか……」
「そうだ。村の子供40人ほどが森の奥深くに放置された。食べ物も水も自給自足。最後の一人になるまで帰れない。生きるか死ぬかのサバイバルだ」
アルフレッドは遠い過去を見ているように、視線を遠くに向けていた。
「最初は皆助け合って生き残ろうとしていた。けれど数日も経つと、子供だから耐えきれなくなるわけだ。……病気や感染症、空腹のあまり毒の植物を食べる、不注意で崖から落ちる、森の動物に襲われる……仲間が少しずつ、でも確実に減っていった」
咄嗟に聴きたくないと思ってしまった。
どうしてそんな残酷なことができる。
最低だ。狂ってる。
絶対に許されない――
「そうするとさ、皆怖くなるんだ。次は自分かもしれないって。ここから確実に生き残る方法は最後の一人になること。……早くこの地獄から抜け出すために、皆は裏切り合いを始めた」
「っ……」
食事係の子供が食事に毒を混ぜたことから始まって、味方はいなくなり、己しか信じれない状況になった。
「俺は運良くそこまで生き残っていたけど、裏切り騙し合う生活が始まったあたりから、恐ろしくなって集団から抜けたんだ。一人での行動は動物に狙われやすくて危なかったが、それよりも人の方が怖かった」
ある子供は共闘を約束しておいて、崖に突き落としたり。
ある子供はナイフを振り回して錯乱したり。
ある子供は手料理を振る舞うと言って毒を盛ったり。
「……それを、俺は眺めてた。関われば俺も巻き込まれるならな。でも不思議なことに絶対に誰かに見つかってしまうんだ。
だから死んだフリをして、もう狙われないようにした」
死んだことにしてしまえば狙われることはない。隙を見てこの森から逃げ出せばいい。
アルフレッドは裏切り合う集団から逃げ、生き残るために仮の死を選んだ。
「そんな臆病な俺とは違って、集団のリーダーとして君臨する子供が一人いた。……そいつは賢くて、子供の恐怖を利用して自分の意のままに動かしていたんだ。
俺は仮の死を選んだおかけでしばらく平穏に過ごせた。でも残り数人って頃になって、俺が生きていることをそいつに気づかれた」
それから、アルフレッドとそのリーダーはお互い騙し合い、とうとう二人だけになっていた。
もう二人だけ。頭脳戦なんて意味をなさなくなった。
「それで……二人はどうしたの……」
「あっちは頭が良すぎたんだ。考えすぎて、自滅した。それだけ」
冷静に焦ってしまった彼と、冷静に冷静だったアルフレッド。全てはその一瞬の、判断が決め手だった。
「でも自滅したあいつを、最後もしかしたら助かったかもしれないあいつを……俺は見殺しにした。俺は自分のために他の子供を無視して隠れて、最後は見殺しにした…………。なのに俺はお父様に庇護してもらって、こんなに平和にくらして。……最低な人間だ」
『次期長なんて、アルはすごいね』
『すごくない。……鈴蘭は何も知らないくせに』
アルフレッドの言葉が思い出される。何も知らずに、何を背負っているのか理解せずにいた。
「カラアにとって現人神様は全て。それは俺にとっても……。それでも偶に恐ろしい。あんなおぞましい行いも、現人神様の指示で俺の元の親も全ての村人が平気で行えるんだからな」
「(だから皆にはこの苦しみを言えなかったんだ……。家族でも、セピアはカラア民族だから。だから近くて遠い私だった……)」
「俺は今でもあいつのほうが長に相応しかったと思うんだ。俺よりあいつが生き残れば――」
鈴蘭はゆっくり手を伸ばしてアルフレッドを引き寄せる。そして小さなその腕で抱きしめた。
アルフレッドは驚いたけれど、抵抗はせずに従っていた。
「そんなこと言わないで。私はアルと会えて幸せだよ。……生きてくれてありがとう」
アルフレッドの身体が少し震える。
やっと現れた拠り所だ。優しくて温かいのに恐ろしいセピア一家ではなく、落ち着ける場所だ。
「私はどうしたって皆みたいに現人神様を全てだって思えないんだ。だから、皆が現人神様に言われてアルの敵になっても私は味方でいるからね」
「鈴蘭……」
「アルがこの罪を重いと言うなら、私が一緒に背負うよ」
鈴蘭にとってアルフレッドは命の恩人で家族。この恩は簡単には返せないくらいのもので、少しでも力になれるなら喜んで側にいようと思った。
「鈴蘭……。ありがとう」
鈴蘭の身体を押して離れる。そしてまだ悩ましさは残しているものの、幾分かすっきりした笑顔を鈴蘭に見せた。
「アル……笑ってくれたね」
「変か?」
「素敵だよ」
アルフレッドは予感していた。
今、自分の心が変化した。これから鈴蘭は自分の唯一無二の存在として残り続けるのだと。
そして、この真っ直ぐな心に触れていたい。守りたい。見上げていたい……
「鈴蘭、俺の先生になってくれないか……?」
「えっ!? どうしたの急に」
「この前の剣技、覚えてないかもしれないけど、鈴蘭はすごく強かった。少しでも見習いたいから」
と言われても、鈴蘭の心中は複雑だ。理性を失って無差別に襲うなんて……そんなの人間から外れている。記憶を失う前の自分は一体何者なのだろう――
「アル、そう言ってくれるのはありがたいけど、私は自分のことすらわからない。いつまたあんな風になるかわからないし……」
「一緒にコントロールする方法を探そう。きっとあるはずだ」
「でも……」
気づいたら大切な人を斬っている。怖いだろう。
そうなるくらいなら、ずっと剣を持たなければいい。
「頼みます、先生。俺は鈴蘭のそういう優しさと真摯さを尊敬している。……それに鈴蘭もコントロールできたほうがいいとだろう」
たしかに、ずっと怯えて過ごすよりもコントロールの方法を知っておくほうが安全だ。鈴蘭は渋々頷く。
「じゃあアル……よろしくね」
「よろしくお願いします、先生」
――先生って呼び方は俺だけの特権。俺だけの先生。これで常に側にいられる。俺のたった一人の拠り所……




