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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
3章 セピア・革命編
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第1話 私はだれ?

鈴蘭の過去編突入です。登場キャラクターががらっと変わります。




俺は次の本を読もうとして手を止めた。

三巻が突然、"鈴蘭の過去"についてだと書かれているのだ。



今までは春から順番に大きな出来事を書いていたけれど、急に過去へ飛んだ。四巻は12月の聖礼祭が内容みたいだから、この巻だけ異色だ。



「過去って、記憶喪失前? 後?」



とにかく読んでみよう。何か手がかりにはなるはず。




※※※※※※※※※




【第一話 記憶喪失の少女】




少女は目を覚ました。



眩しい。

最初に思ったのはそれだけだった。



しばらく呆けた後で思ったのは、痛い。



身体中痛い。

痛みを自覚すると、それが強くなってくる。



「……ぁい……」



痛いと言おうとしたが、声が出ない。そういえば喉がカラカラだ。お腹も空いている。力が出ない。



少しずつ、時間をかけて起き上がろうとする。地面に手をついて土の感触に驚いた。

ここは屋外だったのか。どおりで太陽の陽が眩しかったのか。



ぐるりと見回すと、そこは森の中。

痛みに自分は全身を見ると、傷だらけだった。どうしてこんなに傷だらけなのか……



近くに置かれた物が三つ。

一つ目は剣。

二つ目は鈴。

三つ目は、スズランの花。



「ぃ……こぇ」



統一感のない三つだけれど、自分の所有物な気がしていた。







『誇り高き騎士になれ』






突然浮かんだ言葉。誰の言葉かわからないけれど、少女はその言葉だけは思い出した。

……考えてみると、自分がここにいる理由が思い出せない。ここに来る前は何をしていただろう。



「……ぁれ。ゎたぃ、わあし……わたしは、だれ?」



名前が思い出せなかった。



けれどそれはどうでもいい。それよりもお腹が空いた。喉が乾いた。もうダメだ死にそうだ。



自分の正体よりも、現在危機に瀕している身体のほうが問題なのだ。

少女は起こした身体をまた横にした。



「だれか……たすけて」



誰でもいい。

何でもする。

だから、助けて。

死にたくない。





「……!? 大丈夫か!」




少女の耳に、自分のものではない声が聞こえた。澄んだ声に焦りが混じっている。



ああ、助かった。



少女は安堵して、そのまま意識を失った。




_________




ふわふわ意識が浮上して、目を開く。

知らない天井だ……なんて感想は持たなかった。寝起きで天井なんて気にしない。

思ったことといえば、もう一度寝たいということくらい。



「……、起きたか」



隣から人の声が聞こえた。聞き覚えがある。たしか森の中で聞いた声だ。

ちらりとそちらを向くと、薄紫の髪に真っ赤な瞳の少年がいた。目付きが鋭くて、少し怖い。



「水、飲めるか」



少年が渡した水に、少女はぎこちない動きで起き上がり、飲み干した。体中に水分が行き渡ってゆく。

次に少年は切った果物を少女に与えた。身体が傷だらけで動かしにくい少女の代わりに、口まで運んで。



「……お前は森で倒れてたんだ。……どうしてこんなところにいたんだ」



どうして? それはこちらが訊きたい。

少女は小さく首を振った。



「……わからないのか」



彼もあまり喋らない方なのか、会話は終わってしまった。少女が口を開いていない時点で会話と言えるのかは疑問ではあるけれど。



「……。お前、名前は覚えているのか?」



「……」



少女はまた黙って首を横に振る。

覚えていないのだ。



と、自分の持ち物にスズランの花があったことを思い出した。どうしてもただの花だと思えない、まるで自分のようだと思ってしまう花。

少女は咄嗟に答えていた。



「私のことは、鈴蘭と呼んで」



初めて喋った少女に、少年は少し目を丸くした。けれどすぐに柔らかい微笑を浮かべる。それは大人びていて、大きく重いものを背負う人の表情だった。



「よろしく、鈴蘭。俺の名はアルフレッド」



こうして、少女は鈴蘭になった。

鈴蘭と、アルフレッドの出会いである。




_________




それから数日、鈴蘭はアルフレッドに世話をされた。

他の人は鈴蘭の部屋に入らず、外で食事の用意などをしてくれている。それは、記憶喪失の鈴蘭がいきなり大人数と会ってパニックを起こさないようにとの配慮だった。



そうしてアルフレッドと見えない沢山の人に助けられ、鈴蘭の体調と怪我は治っていった。



半月経った頃、鈴蘭はアルフレッドの養父と会うことになった。



「はじめまして、鈴蘭。私の名はミヤケ=セピア。アルフレッドの義父だ」



「はじめまして。助けてくださって、ありがとうございます」



鈴蘭は小さな身体を折ってぺこりとお辞儀する。真っ白で短い自分の髪が揺れるのが、目の端で見えた。



「ふふ、礼儀正しい子だ。……アルから事情は聞いているよ。記憶喪失なんだってね」



「はい。……私が誰なのか、今までどこにいたのか、全くわからなくて」



鈴蘭だって子供。不安なのだ。

こわい。何者なのか。不安で、不安で仕方がない……



声が震えているのに気づいたミヤケは、鈴蘭の背丈に合わせて屈んだ。そして大きな手を頭に乗せてポンポンと撫でる。

何故かそれだけで安心できて、鈴蘭はやっとミヤケと目を合わることができた。



アルフレッドと同じ真っ赤な瞳。血縁関係のない義父と言っていたけれど、どうして一緒なのだろうと思ったが、それは気にしないことにした。

ミヤケの外見の第一印象は、なんとなく怖い、だった。アルとは別の怖さで、策略家っぽそうだと鈴蘭は思ったのだ。



けれど鈴蘭が安心するまで撫でてくれる手は温かく、鈴蘭を見つめる瞳は優しい。アルフレッドの父親はこんなに安心出来る人なのだ。そう思うと、なんだか寂しくなってくる。自分には、そんな居場所がないから。



「そうだ鈴蘭。行く宛がないなら、ここにずっと居ていいよ。ここが君の居場所だ」



「……え」



心を読まれたのかと思った。ここを居場所にしていいと言われて、嬉しかった。けれどためらいの気持ちもある。

だってお互い見ず知らず。何かあちらには作戦があるのでは……と勘ぐってしまうのは、記憶喪失でも鈴蘭の心に根付いた警戒心ゆえだった。



「まぁそう簡単に決められないかもね。……今すぐに決めろとは言わないさ。ゆっくり考えてくれ。でも今日からここが君の居場所だということは忘れないで」



ミヤケの笑顔は本当に安心する。

鈴蘭はありがとう、ともう一度言った。




________




それから一ヶ月、鈴蘭はセピア一家と暮らした。



長男のアルフレッド。基本無口で、以前は鈴蘭の前で多少喋ってくれたが、必要最小限しか口をきかない少年だった。けれど鈴蘭をよく気にしてくれる。



アルフレッドの妹は二人。双子のナシロとコシロだ。

ナシロは引っ込み思案でオドオドした姉だが、鈴蘭の姉のように世話を焼いてくれた。

コシロは高飛車で自信満々な妹。けれどコシロも妹みたいな鈴蘭ができたことを喜んで、何かとかまってくれた。



執事のクローリア。アルフレッドの剣の師匠でもあり、色々と達観しているし物知りだ。鈴蘭は彼と話をすることが好きだった。



そしてミヤケ。セピア一家の父親で、全員から慕われていた。アルフレッドもナシロもコシロも、全員ミヤケと血の繋がらない子供だったが、本当の父親のように愛情を注いでいた。

……そしてそれは、鈴蘭に対しても。








「鈴蘭、今日は私とクローリアで育てた野菜が食卓に出るよ。是非楽しみにしていてくれ……!」



「お父……様の……野菜、ですか…! 私も……腕に、よりをかけて……」



「ナシロとろい! わたくしとナシロが料理する予定よ。お父様が育てたものだから、鈴蘭も残さず食べなさいよ。それにあんた成長期なんだからねっ」



ミヤケの発言に、ナシロとコシロがそれぞれ口を挟む。二人は真逆の性格だけれど、優しい所は一緒だ。



こんな風に、鈴蘭はすっかりセピア一家に馴染んだ。そんな中で特に仲良くしていたのは……









「よぉ鈴蘭。ここにはそろそろ馴染んだかぁ?」



「うん、皆私に良くしてくれるから。もちろん、リカ兄さんにも感謝してる」



「ははっ、可愛い妹だな」



リカ。彼はセピア一家の使用人。

鈴蘭がアルフレッドとミヤケの次に出会った人物だった。アルフレッドは必要最小限にしか鈴蘭に会わないし、ミヤケも仕事で忙しくしている。初めの頃はまだナシロとコシロとクローリアには会っていない。

一人退屈に過ごしているときに出会ったのが、リカだったのだ。



以来リカは鈴蘭の前に顔を出して、記憶喪失の鈴蘭に、多くの知識を与えた。鈴蘭はありとあらゆることを尋ねたけれど、リカはそれを面倒がることもなく、一つ一つ答えた。時には外へ連れ出してくれたりもしたのだ。意外と秀才なリカは勉強や作法も教えた。



鈴蘭はアルフレッドの次に長い時間共にいるリカのことを、兄のように慕った。ちなみにアルフレッドとはまともな会話をしないため、兄のようには思えていない。



「そういやナシロとコシロにすげー気に入られたみたいだな。やたらお前に構ってんじゃん」



「ナシロ姉さんとコシロ姉さんと呼んでほしいって言われたんだ。ふふ、なんか嬉しい。……あ、でも、リカ兄さんも大切だよっ」



今にも飛び跳ねそうなくらい喜んだり、フォローした慌ただしい鈴蘭の頭を、リカはくしゃくしゃと撫でた。



「鈴蘭がオレを慕ってくれてんのはわかってるよ。それよりアルが嫉妬するぞ。無口だが、鈴蘭のことは可愛がってるし。まぁアルが最初に拾ったからなぁ」



「アルのことも大切。クローリアおじさんも、ミヤケ……お父様、も」



この前ミヤケに『可愛い私の娘。お父さんって呼んでいいんだよ〜』と言われたため、鈴蘭はとても喜んだ。けれどまだ気恥ずかしさがある。



「おーおー、もう立派にセピア一家の一員だな」



鈴蘭は、幸せだった。




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