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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
2章 西の塔奪還編
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第10話 幸せの在り処




「何してるの?」



「っ!」



すぐ後ろから聞こえた子供の声に、驚いて本を勢い良く閉じてしまった。



「え、え……? ルイ?」



「お久しぶりなのー!」



後ろには、ホタルの助手のルイがいた。二人は以前、王宮に滞在していた時に顔を合わせたことがあった。



「ライトさん、この屋敷は立入禁止なの。物の持ち出しもだめ。早くここからでるのー」



「わ、わかったよ」



ライトは勢いに押されてノートを机に戻した。そしてルイと一緒に屋敷を出るのだった。




_________




「屋敷に侵入した不審者はライトさんだったのー」



屋敷から少し歩いた場所に、ホタルの診療所があった。ライトはルイに成り行きで連れて行かれてしまったのだ。

中にいたのは、ホタルと……鈴蘭。



「えっ、鈴蘭!?」



「あー……、私はちゃんとパトロールしていたんだ。ただ、二人に会ったらお茶を勧めてくれたから、少し立ち寄っただけで……」



バツが悪そうに言葉を濁す。実際その通りだったし、鈴蘭が真面目なのはライトも知っていたから特に疑わなかった。



「ライト君もお茶いかがですか。折角来てくれたことですし」



ふわっと微笑みながら、お茶の用意のためにホタルは席を立った。

白衣に眼鏡という、いつもとは少し違う格好だ。それもまた知的で麗しい。



「あ、ありがとうございます。……ホタルさんはここで診療所を開いているんですか?」



「はい。ここは穏健派の村だけど、過激派の村とも近いので、どちらの治療も行いやすいんです。……それと、あの屋敷の監視も任されているので」



ホタルは窓から見えるライトの屋敷に目をやった。確かに、ここからならライトが入っていったのも見えただろう。



「監視ですか?」



「今の穏健派の代表に、無断侵入する人がいないか監視してほしいって頼まれているんです。私たちも基本立入禁止なんですけど」



それでルイが来たのだな、とライトは納得した。けれど元は自分の屋敷なのに立入禁止とは少し不思議な感じだ。それにあのノートの内容も気になる。



「そういえば、ホタルさんは穏健派も過激派も治療しているんですね」



ライトは屋敷のことをはぐらかすように言った。別に自分の過去や家族について知られても構わないが、なんとなく言いふらすのは躊躇われたのだ。

ホタルはライトが話題を逸らそうとしていることを察して、それに乗る。



「医者ですから。苦しむ人には手を差し伸べたいと思っています。……いつか、誰も恨み合わない世になればいいですよね。平和な世界に」



穏健派と過激派。

ジャスパと王族。

カラア民族とジェミニカ。

そして、鈴蘭とシモン。



この世界には負の連鎖が続いている。恨みは恨みを、悲しみは悲しみを生み続ける。



「俺も、心からそう思います……!」



ライトの強い返事に、ホタルは笑みを浮かべた。ずっと聞いていたルイと鈴蘭もだ。



「ライト君は強いね。…………よかった」



「え?」



ホタルが最後に何か言った気がしたが、その声は誰にも届かぬほど小さいものだった。聞き返しても微笑むだけのホタルに、気のせいかと思い直し淹れてもらったレモンティーに口をつけるのだった。




_________




ライトが先に診療所を出た後、鈴蘭もパトロールに戻ろうと席を立った。



「二人とも、お茶ありがとう」



「喜んでもらえてよかったです。……それより、大丈夫ですか?」



ホタルは心配そうに鈴蘭を覗き込む。

ホタルとルイが鈴蘭を見つけた時、顔を真っ青にしていたからだ。何か具合が悪いのではと思い、休憩を兼ねてお茶に誘ったというわけだ。



「もう大丈夫です。のんびりしている暇もありませんし」



鈴蘭の心をずっと蝕んでいるのは、シモンのことだ。シモンの復讐心を見てから、ずっと過去に意識が行っていた。こうしてホタルたちと会話していても、自分の手が真っ赤に見えるのだ。



「……大丈夫に見えませんね。ショールに伝えますから、休息をとったほうがいいです」



「いや、その必要は――」

「決定なのー!! ショールさんに言いに行ってくるのー!」



そう言って、鈴蘭が制止する前にルイは診療所を飛び出して行ってしまった。唖然とする鈴蘭をよそに、ホタルは席を立って何か用意を始める。



「ホタルさん、何をしているんですか?」



「んー。三人でピクニックをと思いまして。負傷者は大体治療しましたから、落ち着いていますし。……でも近場の草原でいいですか?」



「どこでもいいですよ。……じゃなくて、そんな申し訳ないので気にしないでください」



気にし過ぎだ。

そう思う鈴蘭たが、そうこうしている間も視界が真っ赤なのだ。自分も、壁も床も、全部血で真っ赤。



そんな精神状態が健全であるわけがない。二人の判断は適切だった。



「医者としても、このまま放置できません。ちゃんと聞き分けてくれますね」



頬を両手で包まれ、目と目を合わされる。そうして真っ直ぐ言われてしまったら、なんだか断れない。

鈴蘭は綺麗な顔が近いことに少し顔を火照らせつつ、小さく頷いた。




_________





「綺麗なのー!」



三人で来た場所は、歩いて十五分くらいの近さの草原。シロツメクサが生えていて、少し先を見渡すとヒマワリ畑だ。



立っている場所には青々したクローバーが。視線の先には黄色が一面に広がっている。

それは言葉にするにはあまりにも眩しく、清々しい景色だった。



「ほんと……きれいだ」



ぽかんと心を奪われている鈴蘭を、ホタルは眩しそうに目を細めて見つめた。



「薬師ぃー! 鈴ねぇー! ヒマワリ畑行ってくる!」



「迷わないようにね」



ルイの背丈よりも高いヒマワリ畑に入れば、そこは天然の迷宮だ。慣れている場所だから大丈夫だろうと思いつつ、ホタルはルイに声をかけた。

わかってる! と答えてルイは躊躇わず入っていった。



「鈴蘭も入りますか?」



「私は……この景色をしばらく見ていたいと思います」



鈴蘭は目を離さずに答えた。



大量のクローバー。目の前に広がる花。



「私は……この景色を……知ってる……?」



鈴蘭の独り言に、ホタルは聴こえていないふりをしてヒマワリを見つめた。そして思い出したように、その場にしゃがむ。



「ホタルさん?」



ゴソゴソとクローバーを触りだしたホタルに、不思議そうに鈴蘭が声をかける。ホタルは待っていてくださいね、と答え、しばらくクローバーを掻き分けた。



そしてしばらくして顔を上げる。

満面の笑みで。



「鈴蘭、見つけましたよ!」



「へっ、はい」



眩しい笑顔を向けられて、一瞬呆けてしまった。何を見つけたというのか、鈴蘭がホタルの手元を覗くとそこには四葉のクローバーがあった。



「ちょっと動かないで下さいね」



クローバーを鈴蘭の頭の方へ持ってきた。そして鈴蘭の髪に飾ると、幸せそうに笑う。



「『うん、似合ってる。貴女には幸せになってほしいから』」



「っっ!!!」



頭の中でいつかの夢と重なった。もういつの夢かわからないけれど、懐かしくて、悲しくて、嬉しくて。――でもあまりにも他人事のようだったあの夢。



「ホタルさん……私……」



声が詰まった。

ホタルが目尻を下げて、鈴蘭に手を伸ばし涙を拭う。どうやら気づかない間に涙を流していたようだ。



「私、やっぱりホタルさんのことを……知っているんですか……? ホタルさんは、私の何なんですか」



「鈴蘭、たくさん辛いことを経験したでしょう。悲しいことも。人を信じられなくなった時もあったかもしれません。……でも、貴女は幸せになります。私は貴女の幸せを願っています。隣にいるのが、私じゃなくても」



ふっと切なそうに、寂しそうに微笑む。

鈴蘭は余計に混乱した。けれどきっとホタルはこれ以上何も言わない。そんな確信めいたものを感じて、口を閉ざした。



そしてゆっくりまた口を開く。



「私は、幸せになる資格はありません」



「資格なんていりませんよ。もう少し自分を愛してあげてください」



「でもっ……私は……」



恨まれることは気にしなかった。自分の罪を自覚していたから、復讐されてもいいと、いつ殺されてもいいと思った。

なのに、今は、罪を受け止めているはずなのに、押しつぶされそうなのだ。



「私は……死にたくないって、思ってしまった……! 私に相応しい死が誰かの復讐を成し遂げる時だと思っていたのに、私はまだ、死にたくないっ!」



どの口が言うのだ。

どれだけの人を斬ってきたと思っている。



そうもう一人の自分が言う。それでも、人の温かさ知ったら失いたくないと思ったのだ。



「鈴蘭、……鈴蘭。大丈夫」



ふっと、身体が温かさに包まれる。

優しい両腕に、鈴蘭は思わずしがみついた。



「ごめんなさい……」



「大丈夫です。大丈夫。全て心配いりませんから。鈴蘭はその願いを大切にしていていいんです。」






――全部、私がなんとかします。貴女が主人公の物語を、悲劇になんてさせません。






その声は、鈴蘭の耳に入る前に風が連れ去っていった。




_________





「二人とも、戻ったのー! ……って、あれ」



ルイがヒマワリ三本手に戻ると、木に背をあずけて眠るホタルと鈴蘭の姿だった。

木漏れ日とそよぐ風が穏やかな時間の流れを包み込んでいる。



ルイはそんな二人に静かに近づいて、ヒマワリ片手に二人の側に寝転ぶのだった。






村の人がその草原を通ると、木の側で昼寝をする三人を見つけた。

穏やかな顔をした黒髪の女性。

ヒマワリを三本持った少女。

そんな二人を受け止める青年。



そこには"幸せ"があったと村人は語る。




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