第9話 ライトの過去
何人か亡くなります。ご了承ください。
【第七話 過激派と穏健派】
ジャスパとは、ジェミニカ西部にある反王族派の住む街だ。すぐ隣はネイコという現在内戦中の国がある。
そんなジャスパは過激派と穏健派に別れて暮らしていた。
過激派は、高齢者に多い。ジャスパが出来たきっかけは約30年前に王が起こした事件だ。その頃の被害者たる年配層は、今も王族を恨んでいる。
対して穏健派は、若者に多い。当時の事件を知らないというのも大きいが、話し合いで解決すると考えている。
「と、まぁ。ジャスパとはいえ敵陣ってわけでもないんだよ。今回は領主さんから穏健派側の宿屋を借りたから、ゆっくり休んでね」
ショールが全体にそう言うと、各々部屋に戻っていった。
ノバラたち三番隊が西の塔を奪還したことで、今回の作戦目的は達成された。だがすぐ帰城するのではなく、ジャスパのパトロールという名目で、過激派の動きを抑止するためにしばらく滞在することになった。
さすがにこうも連続して問題を起こされてはたまったものではない。
「……。兵士たちも戻ったことだし、会議を始めようか」
一室に残ったのは、一番隊隊長アレアと補佐鈴蘭。二番隊隊長ショールと補佐結城。三番隊隊長ノバラと補佐ライト。
全員作戦成功したというのに、顔色が優れなかった。
「一番隊の報告では、シモンが情報をリークしてて、しかもリコリスに戻ってしまったと」
鈴蘭は唇を噛み締めて俯いた。
自分はもうフローラの剣だ。だというのに、リカがシモンを迎えに来たとき、それを見逃してしまった。
「私の落ち度だ。……申し訳ない」
「まぁ、鈴蘭らしくないミスだと思うけど、今どうこう言っても何もならないから。……二番隊も被害が大きかったよ。数人死傷者が出た」
ショールも結城も顔には出さないけれど、悔しく悲しく思っているのに違いはない。ロベリアがいたぶって殺害する手口を好むということで、怪我人は多かったが、死者は少なく済んだ。とはいえゼロではない。
「俺はあの時戦えなかった……。それが俺の役目とはいえ、悪いと思ってる」
結城は戦闘要員ではない。けれど戦場での無力さに声を震わせていた。
西の塔奪還作戦は成功した。けれどシモンや何でも屋リコリスの影響は小さくなかったのだ。
_________
数日後。
やっと色々と落ち着いて、それぞれの自由時間ができた。ライトはいつも通りショールの助手として雑務を行おうとしていたが、今日はそれをショールが止めた。
「今日は折角自由時間がもらえたんだよ。仕事の手伝いはありがたいけど、気にせず外にでも行ったら?」
「いえ、先輩も色々忙しそうなので。俺は別に大丈夫です」
笑ってそう答えるが、ショールは複雑そうな表情をした。それから大きく溜息を吐くと、ライトの手にある書類を全部取り上げる。
「俺が良いって言ったら良いの。それより……家族のお墓参りでもしておいで」
優しい声に、ライトは目を見開いた。
「先輩……知ってたんですか」
「特別役になった時、ライトと結城の過去を洗ってみたんだよ。怪しい人を重役に就けれないし。……まだ結城は確認中だけど、ライトは案外すぐにわかった。無断で調べて悪いね」
ショールの態度は悪びれた様子はないが、同情している様子はあった。
「いえ……。いつか知られるとは思っていたので。……では、お言葉に甘えて、家族に顔を出しに行きます」
「ん、きっと家族も喜ぶよ」
ライトは穏健派の村の方へと向かった。
_________
穏健派の村の奥にある、大きな屋敷。もう誰も立ち入っていないのか、蔦に覆われ、時間を止めたかのように佇んでいた。
「まだそんなに年経ってないのに、こんな風になるんたな」
独り呟きながら、裏手へ回った。
………
……
…
裏の庭には三つのお墓がひっそり佇んでいた。
ライトはひとつひとつの前で手を合わせて祈りを捧げる。
「父さん、母さん、姉さん。しばらく顔を見せてなくてごめん。俺は元気にしてたよ。優しい人たちに囲まれて、幸せに過ごしてる」
この屋敷は、ライトが生まれ育った屋敷だ。父親はジャスパの穏健派の代表で、朗らかで明るい、誰からも慕われる人だった。
まだ貴族社会だった頃のことだ。
何でも屋リコリスという組織がジャスパに現れた。
『ボクたちが、力を貸してアゲル』
過激派はその誘いにすぐ飛びついたが、ライトの父親を始めとする穏健派はそれを拒否した。武力による訴えは悲しみしか生まない、話し合いで解決しよう、と。
けれどその事がきっかけで、過激派と穏健派の溝が大きく開いてしまった。
『父さん、大丈夫なの……?』
『大丈夫さ。争いは悲しみしか生まない。その悲しみはずっと続いていく。お父さんたちは、ジャスパの悲しみを絶たなければいけないんだ。……ライトは恨みの連鎖に負けたらだめだぞ』
『うんっ! 俺も悲しいのイヤだから、皆が誰かを恨まない世界がいい!』
『ライトは優しい子だ。そして強い子だ。……お姉ちゃんとお母さんを、しっかり守るんだぞ』
『うん! 父さんは街のために頑張ってるから、俺は応援する!』
『ありがとう。……そうだ、リコリスはこの街にいたら駄目なんだ……』
ライトの父親は決意していた。家族を、村を、街を、恨みの連鎖から救おうとした。
けれど事件は起きた。
『と、父……さん』
ある日。
ライトの目の前にあったのは、無残に殺害された父親だった。何度も殴られたようなアザが身体にあった。
『どうして……』
後からわかったことは、対立していた過激派の連中に集団で暴力を振るわれたということだった。何度殴られても、父親は平和のために立ち続けた。恨みの連鎖を断ち切るために戦った。
『父さん……!』
ライトは誓った。父親に任された、姉と母を守ろうと。
ジャスパは危険だと判断した穏健派は、ライト一家を別の街へ逃した。屋敷の物は全て置いていったせいで、貧しい暮らしだったけれど、三人で助け合って暮らした。
けれどやっぱりお金が足りない。
そこでライトは二人を守るために、単身で見知らぬ荒廃した王都へ出稼ぎに出ることにしたのだ。
当時貴族社会により、一般国民は総じて貧しい暮らしを送っていた。王都さえも荒廃して、その日暮しもいいところだ。けれど王都はやはり比較的稼げる。
父親と約束したのだ。二人を守ると。
こうして小さい子供だったライトは、一人王都の果物屋に住み込みで働き始めた。
それからしばらくして、全体的に真っ白な少年とも少女とも分からぬ子供と出会った。
『大会までの数日、住み込みで働かせてくれ』
スランと名乗る子供は、数日だけだが、ライトと同じ果物屋で働くこととなった。
スランは無表情で、言葉もあまり発さなかった。紅色の綺麗な瞳はいつも伏せられていて、誰も信じようとしない空気。喋らなくても一見美少年なので、集客効果はあったけれど。
そんなスランに話しかけて、少しずつ言葉を交わすようになり、いつしかスランを尊敬するようになっていた。
『俺もスランみたいに強くなりたいな。家族を守りたいんだ』
『……強さなんか、所詮人を傷つけるものだ。……それでも少年君は強さを求めるのか』
『うん。守るための強さがほしいから』
『守るため、か』
『というかスラン。そろそろ俺の名前覚えてくれない!?』
『…………。……ランプ?』
『ライトです!』
そして大会はスランが優勝した。その日は果物屋の優しい店主とお祝いしようと、二人でスランの帰りを待っていたが、スランは帰ってこなかった。そして二度と、二人だけの前に姿を現すことはなかった。
ライトは白き英雄として活躍するスランを、遠くから眺めるだけしかできなかったのだ。
そうして毎度仕送りしていたライトだが、革命景気で儲けたため、家族の様子見を兼ねて給料片手に母親の元へ帰った。
『(これだけ稼いだから、母さんも姉さんも喜ぶだろうなぁ)』
会えることを楽しみにして、にこにこ笑顔で家の扉を開く。
『ただいまー! ………………え』
給料袋がライトの手を離れて床に落ちる。中から努力の結晶たる硬貨がボロボロとこぼれた。
ライトの目の前にいたのは、窶れて痩せこけて動かなくなった母と姉だった。
『ど、とうして……』
仕送りはちゃんとしていた。むしろライトの給料のほとんど全額、仕送りしていた。手紙も書いて、二人の様子を聞いていた。元気だと言っていた。
なのに、どうして。
『……革命が?』
大会の優勝者がスランになってから、革命成功までの数ヶ月、ジェミニカは混乱を極めていた。誰が次の権力者か、国民は誰を支持するか。
その混乱の中で、飢饉と疫病がこの街を襲ったのだった。
暮らすお金があっても、薬を買うほどのお金はなかった。
こうして母と姉は混乱の世の貧しさに命を果ててしまったのだ。
そしてライトは、二人を父親の眠るこの地に連れて行った。せめてあの世では一緒にいられるように、と。
「あれからずっとお世話になってた果物屋は今年辞めたんだ。それで、やっと総合兵隊になったんだ。店主も喜んでくれたよ。……今度こそ、大切な人を守れるように、強くなるから」
憧れる鈴蘭のように。昔尊敬したスランのように。
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ライトはお墓の掃除を終えて、宿屋に戻ろうとした。けれど、屋敷を少しでも綺麗にしておくべきかと思い直し、屋敷へ足を踏み入れた。
実を言うと、お墓の手入れはしていたけれど屋敷は父を亡くしてから手を付けていなかったのだ。真っ白な埃の積もった床に、ライトの足跡だけが残る。
「ゴホッ、やっぱ空気悪いな」
ギシギシ危ない音を立てる床。ゆっくり前に進んで、父親の部屋に来た。理由はないが、なんとなく、一番にその部屋に行こうと思ったのだ。
ギィと扉を開く。
部屋は当時のままだった。懐かしさに涙が出そうになる。
文机に近づいてみると、とあるノートが目についた。きっと以前のライトなら気付かなかっただろうが、ここ最近聞いた単語だったからだ。
「なんだこれ。……《カラア民族とジャスパの研究について》?」
父がこんな研究していたなんて初めて知った。それに、この二つになんの関係があるのだろう。
ライトは表紙を捲る。
『カラア民族とジャスパの研究について
私はジャスパの起源たる、約30年前の事件の詳細を調べることにした。これを元に、ジャスパが平和な道へ進めると信じて。
娘と息子に、まだジャスパの事件について教えていない。大きくなった時、教えてやりたいと思っている。』
なぜか汗が吹き出た。
ここには何か重大なことが書かれている。結局父に教えてもらうことはなかった、約30年前の事件。
「父さんは、何を調べてたんだ」
次のページを捲る。
『ジャスパを知るならば、まずカラア民族について知らなくてはならない。
彼らは昔はジェミニカで普通に暮らしていたのだ。多数の人と異なるところといえば、能力の突出という点にある。知力、体力、容姿……カラア族はそれらが優れている人が多い。
けれどそれには代償のようなものがある。それは、重大な欠点があることだ。あまり知られていないが、短命であったり、薬草などの薬すら毒になるという特殊な虚弱体質だったするのだ。
そのため、カラア族は両親が揃うことは少なく、孤児も多い。そこで民族全員が家族、という風潮が生まれた。』
それは知らなかった。
けれどそう考えると、カラアが一族を重視している姿と合致する。ライトはざっと目を通すために、パラパラ捲ってみた。内容はしっかり把握出来ていなかったが、その中に《カラアの現人神》というワードが多数見られた。
「カラアの現人神……?」
そのページをよく見ようと思い、手を止めた瞬間――
「何してるの?」




