第2話 設定の延長線
【はじめに】
人生に偶然の重なりなんてそうそうない。全ての出来事に意味があり、理由がある。
小説で見られるようなご都合主義は、物語を綴る上で必要なものだ。それが技法として有効活用されることで、美しく纏まった作品となるものも多くある。
小説はそれでいい。それがいい。けれど、現実ではあまりないことだとは思わないだろうか。
記憶喪失の主人公が都合の良いタイミングで記憶が戻る。
助けて、と叫んだ時にヒーローが近くにいる。
近所に引っ越してきた異性が好みだった。
探偵の行く先々で事件が起る。
物語だからこそ面白く、あり得ると思ってしまう。けれどこれらは現実であり得るだろうか。無いとは言わないが、稀だろう。
私は思った。
「現実でも物語を紡げるのだろうか」
まるで物語のように、主人公が様々な困難にぶつかるようにして、大きな結末へ導く。
ご都合主義の小説のように次から次へ問題を与え、主人公に問題を紡がせる。加えて、主人公自身にも壮絶な過去を背負わせるのだ。
《私》が《作者》として。
《他人》という《主人公》を使って。
《現実》という名の舞台で《物語》を創る。
ああ、なんとも面白そうではないか。
見ての通り、私は小説家だ。
私は本当にあったことしか書かない、ノンフィクション作家である。これからも、私は実際起こったことを本にする。
けれどその事象さえ創るのは初めての試みで、きっと最初で最後だと思う。
この企画を考えだした時、私はとある少女を見つけた。
その子は逸材であった。
あまりにも私の主人公として完璧だった。
生まれ持った能力、周りの環境、元々有する彼女の正義。彼女以上に私を満たしてくれる人はいないと直感で感じた。
だから、私はその子を主人公にしたのだ。都合の良い設定を盛り込ませ、時が来たときに物語を動かそう。
この世界の物語を、私が創ろう。
皆様にお願いがあります。
どうか私を探して下さい。
私を見つけてほしいのです。
読者様の中には黒幕探しが好きな人もいることでしょう。
物語の主人公を事件へ誘導する作者たる《私》を見つけてみてください。私はこの本の中に登場しますから。
……ちなみに、《私》は一人ではありません。
最後に宣伝を入れておきましょうか。
私たちは【忘却の白】以外の本も書いています。ペンネームは《セカイ》。見つけたら是非読んでみて下さいね。
さぁ、もうすぐ始まります。私たちを……私を、見つけて。
待ってます。
作者:セカイ
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【一話 主人公】
「(なぜ、こんなことに)」
彼女は自分の両手両足が縛られているという状況に、只々呆れる。
「お、旅の兄ちゃん、起きたか!! はっはっはー! 兄ちゃんは運がなかったなぁ! 俺らみたいな悪ぅい山賊に捕まるなんてさぁ」
豪快な笑い声の男が彼女に話しかけた。暗い部屋の中。周りには、ナイフを携えランタンを持っている目つきの悪い中年男が数人いる。
そして彼らは自らを山賊と呼んだ。
「(なるほど、どうやら野宿している間に捕まったようだ。……最近は内戦中の国もあるらしいし、この国も山賊が増えている。物騒な世の中だな)」
「……おい、なんとか言えねぇのか? あぁん?」
しみじみと世界情勢に思いを馳せていると、山賊たちが苛立ったように怒鳴ってきた。耳がキンキンするので止めてくれと思いながら、彼女は面倒くさそうに山賊の話し相手をする。
「で、私をどうするつもりだ?」
「随分落ち着いてんなぁ。嫌いじゃねえぜ?? ま、お前は売られる運命なんだけどな。その黒髪も、紅色の目も珍しいじゃん」
「黒髪を褒めてくれてありがたいが、見ての通りここの一部だけ白だ。それでもいいのか?」
「確かに白い髪は珍しくもないが、【白き英雄】を連想させるってんで白の髪の美丈夫は一部マニアで高額取引されてるんだぜ? ますます価値あり、だな。……それに、女みたいに綺麗な兄ちゃんならそれだけで高値で売れるだろうよ。そういう趣味の奴はゴロゴロいる。ま、大人しく待っとけや」
それだけ言い残すと彼らは部屋を出て行った。
しかし、
「(訂正させてほしい。私は男じゃなくて、19歳のれっきとした女性だ)」
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こうなった経緯を思い返してみよう。
「この山を越えたら町に着くと思うが…今日中は無理か。たしかここは山賊が多く出るところらしいし、気をつけて行かないと」
彼女は宝石の国ジェミニカ、その王都クレアノトへ向かっていた。
先日剣の修行を終えたばかりで、あとは一ヶ月後の王宮審査を受ける予定である。そこで合格すれば、彼女の騎士になるという夢へ大きく前進する。
その王宮審査の会場が王都なのだ。
突然だが、彼女には12歳以前の記憶がない。それは自分を縛る足枷が無くて気楽な時もあれば、身分証明が難しいなど、面倒なこともある。
特に、メンタル面では始めの頃は不安定だったものだ。
そんな彼女が唯一持っていた記憶があった。
『誇り高き騎士になれ』
彼女はこの言葉を頼りに生きている。彼女の存在証明でもある。
「私は絶対に騎士になる。誇り高き、騎士に」
そっと腰にある剣を握った。この剣は記憶喪失の状態で目覚めた時からの相棒。見る人が見れば一瞬で解るほど立派な名剣だ。
彼女はじっとその剣を見つめる。
「でも、私は……一体どれだけの命を……」
毎日手入れを欠かさない美しい剣。しかし、その美しさの裏にある赤く染まった姿を想像できる人はいるだろうか。
その時、ふと目の端にあるものが見えた。
「…スズランだ」
その花はひっそりと咲いていた。決して目立ったものではなく、だからといって地味なものでもない。素朴な可愛らしさは、その場にあるだけで辺りを柔らかな空気にしていた。
スズラン。彼女の一番好きな花だ。
そして彼女の名前でもある。
風に吹かれて、チリンと髪飾りの小さな鈴が鳴った。
彼女の名前は【鈴蘭】である。
それから暫く歩いたところに雨風をしのげる岩場の陰をみつけた。
「ふう、今日はここまででいいかな。ここらへん、家とかないからな。野宿はやむを得ない」
多少ごつごつしていて痛いことは目を瞑ろう。
疲れや緊張も相まって、すうっと夢の世界へと入っていった。
………
……
…
「……。……う……ん?」
目を覚ました鈴蘭は戸惑う。
「(……あれ、手足が動かない)」
すぐに意識は覚醒し、状況を把握できた。
手足は縄紐で縛られていた。そしてここはさっきまで寝ていた岩場ではなく、どこかの小屋の一室のような場所だ。近くに小さなランタンがあって仄かに部屋が照らされている。部屋には掃除用具ぐらいしか置いていない。窓はあるが、どうやら木の板で塞いでいるみたいだ。
ちなみに、腰の剣はなくなっていた。
「(なぜ、こんなことに)」
こうして冒頭へ繋がる。
_________
「はぁ。まさか山賊に監禁されるなんて。……注意不足だった」
気を付けていたつもりだったが、修行が終わって気が抜けていたようだ。自分にガッカリする。
一度眠ると眠りが深くて起きれない性分なのだ。睡眠が好きな鈴蘭にとって、布団は一番の敵であろう。
「ともかく、ここから脱出しなければ」
そう呟きながら手を縛っていた紐を解く。素人が結んだ程度なら、紐抜けは鈴蘭にとって造作もない。
言葉の割にのんびりした様子で、埃を払ったり伸びをしたりして、脱出方法を考える。部屋をぐるりと見回してみたが、扉以外に出れそうな所も、武器になりそうなものもなかった。あるのは掃除道具ばかり……
「ふむ、時には待つのも良いかもな」
_________
鈍く鍵が開く音がした。その後食事を持った一人の山賊が扉を開き……
「うっ……!」
鈴蘭は手に持っていた箒の柄で山賊の鳩尾を突いた。そのまま間髪入れずに攻撃する。山賊は不意打ちだったせいか、呆気なく倒れてしまった。苦しげにもがく姿を、何の感情も込めずに見下す鈴蘭は誰の目から見ても恐ろしいものであったに違いない。
「ふむ、次にお前たちが来たときに纏めて倒して脱出しようという安易な作戦だったのだが……まさか食事を持ってくるとは思わなかったな。昨今の山賊は優しいのか?」
勿体なかったな、と散らばった食べ物を寂しそうに見つめる。場に合わない的はずれな発言が、鈴蘭の人間らしくなさを際立たせていた。
「おまえ……何者、なん、だ」
まだ苦しいのか、途切れ途切れになりながら怯えたように問う。
「……ふっ、こっちが悪者みたいだ」
強ち間違いでもないか。
少し苦笑すると、その質問には答えないまま部屋を出る。鈴蘭の頭にあったのは、残りの山賊を倒して剣を取り戻すことだけだった。
_________
残りの山賊を片付け、剣を取り戻し次第すぐに山を下りた。翌日の夕方になっていたようで、空は真っ赤に染まっている。
鈴蘭は山を下りてすぐの村で宿を取り、その村の領主が置く役所へ山賊について報告した。
けれど、これだけ山賊が活発な動きをしているということは役所も手を打てずにいるのだと察することは容易であった。そこに報告したところで何か変わるわけでもないだろう。
ここ数年、各地で起きている山賊の大量発生はジェミニカの大きな問題の一つだ。
その夜、血相を変えた宿の従業員の青年が鈴蘭に話しかけた。
「旅のお方! その身なり……剣士でいらっしゃいますね!」
「ああ。どうかしたか」
「実は先程、村の子供が山賊に攫わて……お願いします!! どうかお力を貸してはくれませんか!!」
今日は山賊に余程縁があるらしい。そんな縁なら切ってしまいたいと切に願うが、悠長にしている暇はなかった。山賊のことなどあまり興味はないが、子供が攫われたと聞いたからには見過ごせない。
「わかった。力を貸そう。貴方はここで待っていてくれ」
鈴蘭は剣を片手に再び山を登った。役所が頼りにならないのはわかる。きっと今、子供たちを助けることが出来る実力者はこの町にいない。
見捨てられるわけがなかった。
_________
そして先程の小屋の近くまで舞い戻って来たもののーー
「(はっきりした人数もわからない。子供を保護したとして、庇いながら脱出出来るかもわからない。……ここで一人で行くのはリスクが高い)」
ここまで来て気づいてしまうが、中々手遅れだ。鈴蘭は自分の迂闊さを再び反省して、大きな溜息をつく。
「はぁ。計画性なく飛び出すんじゃなかったな。せめて一人だけでも協力してくれる人がいればいいが……」
そう呟いた瞬間。
大きく風が吹き、木々を揺らした。
チリン、と。
髪飾りの鈴の音と風の音しか聞こえない。
……いや、違う。
「誰だ」
近くに僅かな人の気配を感じる。順当に考えれば山賊なのだが、この高度な気配の消し方はあんな連中のものではない。山賊にも強者は居るだろうが、基本不良崩れが集まって妙に厄介になっただけの集団なのだから。山賊ではない可能性がおおいにある。
いつもは心地よく感じる虫の声も森の香りも、今は相手を察知する上で邪魔なもの以外のなにものでもなかった。
鈴蘭は剣を抜いて構える。彼女から放たれる殺気は見るものを恐れさせ、死を錯覚させるほどの恐ろしさがあった。もしも殺気で人を殺せるのならば、彼女の周りには生存者はいなかっただろう。
それほどまでの鋭い空気の中、硬直状態が続き……
「……あー、脅かしてすみませんねぇ。剣を下ろしてもらえます?」
突然、気の抜けた声だけが聴こえた。男の声だ。
「まずは姿を現せ。話はそれからだ」
「いいよ」
声が聞こえた瞬間、目の前に青年が現れた。その人物に、鈴蘭は不覚にも目を奪われる。
「はじめまして、お嬢さん? ほーら、姿を現したんだから剣を下ろしてよ」
「……ああ」
目を奪われるほど妖しく美しい人。それが彼に対する第一印象だった。
暗闇の中月明かりに照らされる青年は、整った容姿で高貴さを感じさせる美しさがあった。柔らかな瑠璃色の髪の間からのぞく瞳は空を持ってきたかのようなスカイブルーの光をたたえている。黒色の上着を緩く羽織っているせいか、青年自身は細身であるにも関わらず威圧感があり、うっすらと笑う姿は恐ろしくも奇妙で神秘的にも見えた。
「ねぇ君、今から山賊のとこ乗り込むんでしょ」
「そうだ。村の子供が攫われたらしい」
「……。それ、誰に聞いたの?」
その声はさっきよりも真面目で、鈴蘭にとってはどうでもいい質問が彼にとっては重要なのだとわかる雰囲気だった。
「宿の従業員だが」
「……ふぅん。何かの手違い、かな。……まぁいいや。俺も山賊退治しないといけないんだ。よかったら協力しない?」
にんまり口を歪ませて、真面目な空気を消してしまった。
今出会ったばかりではあるが、鈴蘭の中で彼は胡散臭さマックスだ。
この人は何者だろう。
本当に山賊退治しようとしている人だろうか。
山賊の仲間ではなかろうな。
そんなことを考えていると……
「大丈ー夫。山賊の仲間じゃないよ」
鈴蘭の疑問を察したらしく、にこにこしながら言った。明るい雰囲気に流されそうになるが、怪しいものは怪しい。
「(というか、喋り方が胡散臭い)」
「ふふ、疑わないでよー。子供たちが危ないんでしょ?」
「危ないからこそ慎重になるんだがな」
確かに優先するべきは子供の救出だ。ここで立ち止まっているのが得策とは言えない。が、怪しいこの男を信じても良いべきか判断しかねた。
「君は子供を助けたい。俺はこの地区の山賊を捕縛したい。利害は一致したわけだし、一旦協力しようよ」
利害の一致、か。
もしも裏切られたとしても、鈴蘭は誰にも負ける気は全くなかった。
「わかった。その提案受けよう。だが、貴方のことを信用したのではないことを理解してくれ」
「ははは、了解。ありがと」
こうして、よくわからない青年と山賊の基地へ乗り込むこととなったのだった。
※※※※※※※※※
俺は数ページ読んだところで、思わず本を閉じた。
この主人公の鈴蘭が、どうしても俺の友人の鈴蘭としか思えない。この男だって、俺の先輩に特徴が激似だし。これは……
「【はじめに】で書かれてたことって、つまりこれがノンフィクションってこと? 俺の知る鈴蘭のことを書いているってことなのか?」
よくわからないのは、まだ数ページしか読んでいないせいだろうか。しかも、展開が割りとトントン進む……。
とにかく、鈴蘭が自分で自分のことを本に書いてるとは性格的に考えにくいし……とりあえず、俺の知る鈴蘭が勝手に主人公にされてると考えて良さそうだ。
まだ何もわからないのに、何とも言えない気持ち悪さを肌で感じながら、再び本を開いた。