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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
2章 西の塔奪還編
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第6話 悪意の先




【第五話 シモン】




「アハハハっ、愉しいナ。ほらほら、ボクをもっと興奮させてヨ」



真夜中の森に、狂った笑い声が響く。

笑う彼女の剣は血に濡れていて、毒々しい赤が恐ろしさをより掻き立てた。



「おいっ、誰か領主様に報告をっ! 西の塔に、リコリスのロベリアが現れたと報せてこいっ」



騎士の一人がそう指示して、ロベリアに向き直る



……が、その頃には四肢が存在していなかった。



「……ぇ?」



後からくる痛みと、失う血の感覚に、声にならぬ声を上げながら悶える。



「ぅぁああっ」



「さてさて〜、フィナーレだヨ。一人は報告役として見逃してあげるけど、残りはボクと遊ぼうネ」



色違いの両目が三日月のように細められた。

狩る者と狩られる者。変わらない立ち位置が、その場を深い絶望の闇へと落としていった。





_________






「体調に気をつけてね。手紙はこまめに送ること。無理無茶無謀はダメよ。剣の手入れ忘れないでね。折角出来た友達を大切にするのよ。手紙送ってね」



パールの屋敷を出るとき、鈴蘭は号泣するパールの相手に忙しかった。メイド曰く、普段はもっと冷徹で気難しい人だと言うが、鈴蘭はよくわからない。



「パール、手紙のこと二回も言ったよ」



「それくらい重要なのっ。私の心をこんなに捕らえるなんて、鈴蘭くらいよ。ちなみにメイオールは比較的どうでもいいわ」



「メイオールが泣くぞ」



「泣いとけばいいのよ。私の優先順位は、鈴蘭、領地、メイオール、自分って決めてるから」



なんと、鈴蘭とメイオールはパール自信より上位らしい。鈴蘭はおかしな優先順位に固まってしまったが、パールはさも当たり前だと言わんばかりの態度だった。



「もっとここにいてほしいけど、そうもいかないのよね……」



パールの残念そうな声に、鈴蘭は回想する。







鈴蘭たちが山賊を討伐した後、十数日は大会の話し合いのためにパール邸に滞在していた。

鈴蘭は暇な時にはヒスイと稽古をしたり、ホタルとルイと街を散策したりして心穏やかな日々を過ごした。



けれど昨日になって、王宮から緊急の伝令が入ったのだ。



『西の塔がジャスピアンに占拠された。すぐに帰城するように』



西の塔とは、西の街ジャスパを監視する塔のことだ。常時、周辺の貴族騎士が配置されていて、ジャスパで動きが入れば情報が入ってくるという仕組みだった。

けれど先日、ジャスピアンに占拠されて、騎士たちは無残な姿で見つかったそうだ。騎士の惨劇を見るに、リコリスも絡んでいると見て間違いない。



「ジャスピアンの連続した過激行動を見かねたタイガ王子が、スラン騎士隊を呼び戻したそうね」



「らしいな。しかもカイト王子も異例の新入りを機動隊に入れたとショールから連絡が入った。……私たちが不在の間に何が起こったんだか」



こういうわけで、鈴蘭たちは戻ることになったのだ。ちなみにホタルたちは、ジャスパで騒動が起きたなら怪我人も出ているだろう、といって早朝にジャスパへ戻って行った。

ジャスパでも過激派と穏健派がいて、その中でも対立が起きているらしいのだ。



「姫様とヒスイが待ってる。……もう行くよ」



「……わかったわ。私は遠くからだけど、いつでも鈴蘭の幸せを願ってるわ」



言葉に微笑んで、パールに背を向ける。鈴蘭が馬車に乗り込む時にパールの見えた顔は、優しくて寂しそうな表情をしていた。






「……行っちゃったな。私は……私とメイオールは、鈴蘭の幸せをずっと願ってるからね」





_________






城へ戻った鈴蘭たちは、すぐさま西の塔奪還作戦の内容を聞いていた。



スラン騎士隊の団長である【アレア】をはじめ、スラン騎士隊員の一部、近衛騎士の一部、機動隊と総合兵隊の有志、そして各王子の側近一名ずつを作戦部隊に組み込むこととなった。





鈴蘭とヒスイと話し合った結果、鈴蘭が奪還作戦へ行くことになり、同じく作戦に参加するショールに顔合わせの場に連れてこられた。





「鈴蘭、このゴッツい男がスラン騎士隊の隊長【アレア】。俺の親友だよ」



ショールに紹介されて、彼の方を見る。

背は比較的高い方の鈴蘭でも、見上げるほど高く、ショールが言った通りゴッツい。甲冑のせいか、厳しい顔つきのせいか、岩のような印象を受けた。きっと厳格な方なのだろうと想像する。



「ショール様からご紹介に預かりました、アレアです。貴女が鈴蘭ですね。よく話に聞いております」



恐ろしい見た目とは裏腹に、声も態度も柔らかかった。鈴蘭は少し肩の力を抜いて挨拶をする。



「今回はよろしくお願いします。私は鈴蘭。私もアレア隊長のことは度々耳にしておりました」



「そうかい。君は話通り真面目で冷静な方とお見受けする。……にしても」



アレアが身をかがめて、鈴蘭の目を覗き込んだ。紅色の瞳にアレアが映る。



「――涼花?」



「え?」



アレアがぽつりと零した名前に鈴蘭が首を傾げると、アレアはハッとしたように戻った。



「女性をジロジロ見てしまいすみません。……今は亡き妹に似ていたので、驚いて。申し訳ない」



悲しみにアレアの顔が翳る。アレアの印象が、爽やかな好青年の印象になって好ましい人物と思い始めていた鈴蘭は、特に気にした様子もなく首を横に振った。



「気にしていません」

「ちょっと待った。鈴蘭が気にしてなくても、俺は気にする。アレア、鈴蘭が涼花に似てるなんて言わないでくれる? 鈴蘭は鈴蘭だ」



口を挟んだのはショールだ。言葉から感じる苛立ちに驚いて振り返ると、いつも笑みを浮かべている口元が歪な笑みをつくっていた。



「ショール……?」



「申し訳ございません、ショール様。以後この話は控えます」



「それでいい」



ショールは鈴蘭の手を握り、さっと身を翻した。ショールの様子のおかしさに、鈴蘭は抵抗せずに引っ張られたままになったが、驚きと疑問で頭がいっぱいであった。



「どうかし――」

「次紹介したいのは、カイトの側近の【ノバラ】だよ。変な人だけど悪いやつじゃないから、きっと鈴蘭は仲良くなれるよ」



鈴蘭に何も言わせまいと、ショールは早口で遮る。踏み込まれたくない部分なのだと察して、鈴蘭はこれ以上の詮索をやめた。



それでも、"涼花"という名前がずっと心に残り続けた。





_________





「私、ノバラ。会えて嬉しい」



ノバラという女性は、とても美しく人形のような女性だった。細い腕は、戦えるのかと疑問に思うほどで、人形として置かれていても疑問に思わないだろう。



「やぁやぁ"動く人形ノバラ"。カイトとの仲はどーう?」



「熱々」



鈴蘭はやっと思い出した。

カイトの側近ノバラは、親に売られた元踊り子だ。

見たものを全てコピーする能力を持っていて、天才的なその力をかわれてカイトの側近になり、最短記録で騎士になった。そして今はカイトの婚約者というシンデレラストーリーを持っていたと思い出す。



これはライトに教えてもらった話で、以前ショールたちと王都観光へ行ったときに見た焼け焦げた劇場を舞台にした恋物語のモデルはノバラだ。



「ショールは真面目だが不真面目だから、わからないことがあったら私に訊いても良い。側近同士、よろしく」



「はい、よろしくお願いします」



優しい人で安堵する。

なぜか前のように、他人がどうだろうと関係ない……とは、思わなくなっていた。





_________






「おーい、鈴蘭!」



次に鈴蘭に声をかけたのは、久しぶりに会うライトだった。相変わらず鈴蘭への好意を隠さず、嬉しそうに近づく。



「ライトもここにいるってことは、作戦に参加するんだな」



「ああ。結城もいるぞ」



ライトはショールのことも気に入っているため、ショールにもキラキラした笑みを向けた。



「先輩っ。最近忙しくされていましたが、もう大丈夫なんですか?」



「まぁね。忙しかったのは、カイトが突然機動隊に新人を入隊させた処理だったから。しかもその子、この作戦にも参加するからね」



肩を竦めたショールに、ライトは軽く頷きながら答える。



「【シモン】のことですね。さっきまで一緒にいたんですよ」



鈴蘭はシモンという新しい隊員のことを詳しく知らない。カイトが急に入隊させたことはショールから聞いていたが、本来なら春の王宮審査で合格した人だけが入れるもの。



「シモンは王宮審査を受けていないんだよな。どうしてカイト王子は急に?」



「入隊前に、王宮審査に似た試験は受けたみたいだよ。で、シモンがカイトの友人らしくてね。……しかも、カーナの弟なんだよ」



ショールは渋い顔をして、覚えてる?と尋ねた。



鈴蘭は、カーナの弟の話などしただろうかと思い返して、やっと引っかかった。あれは、まだ騎士からの嫌がらせを受けていた時のこと。ショールがカーナの家について話してくれたのだった。







『カーナについては不明な点も多い。もう一つ気になることは、カーナの弟についてだ。革命の後、急にどこの子か知らない少年を養子に迎え入れた。それ以前の経歴がわからない。……だから、カーナの環境は特殊だ。警戒しておいてね』







経歴不明のカーナの養子、シモン。

カイトの友人。

慌ただしいタイミングでの入隊。



「……おかしいな」



「鈴蘭もそう思うよね。俺も、裏があるように思えてならない」



だからライトと結城に監視を任せたんだ。

とショールが付け足した。ライトは前より大人びた微笑を浮かべる。



「タイガ様から特別役として命じられたんだ。シモンは悪いやつじゃなさそうなんだけど、たまに危ういところはあるかも」



ライトがそう言った直後、結城の声が聞こえた。



「久しぶりだな」



相変わらずぶっきらぼうな言い方だが、もう慣れた。それよりも、鈴蘭は結城の隣にいる青年に視線を向ける。

細い目が一見優しげに見えるが、どうにも薄気味悪さを感じさせる何かがある男。



第一印象で決めつけるのは良くないと思いつつも、鈴蘭は居心地の悪さを感じた。



「結城、彼は?」



「あぁ、話は聞いてるだろ。新しく入ったシモンだ」



するとシモンは恭しく頭を下げた。



「はじめまして、鈴蘭お嬢さん。おれはシモン・カーネリアン。シモンって呼んで下さい」



彼が顔を上げた時、視線が混じり合った。



「っ……!」



ゾッとした。

何故かわからない。鈴蘭は多少のことなら怯むことはない。けれど彼の視線はどうしても背を凍らす何かがあったのだ。



何か、なんてあやふやなものじゃない。

確かな殺意だ。



「ずっと貴女の噂は聞いていました。先日も南の街の山賊を壊滅させたとか……。その腕前を見習いたく思います」



シモンの殺意はすぐに収まった。けれど閉じているかのような細目が、感情を読み取らせまいとしているようで不気味だ。



「……。シモン、お前は何者だ?」



「えぇ、今名乗ったじゃないですか。お嬢さんは変な人ですね」



お嬢さん、と親しげに呼ぶことにライトは反応したが、鈴蘭は呼び方なんてどうでもよかった。

シモンは油断できない。そう確信したのだ。



どうしてカイトはこんな人を入隊させたのか、どうしてこの作戦へ加えたのか。

鈴蘭は先を案じて顔を顰めるのだった。





_________





ピピピ



この国の街並み……というよりも、この時代に不似合いな電子音が響く。

彼女は着信ににやりと口を歪ませて、電子機器のボタンを押した。



「はーい、こちらロベリア。調子はドウカナ。………。へぇ、やっぱりショールが厄介みたいダネ。

別にイイヨ、とりあえず次の奪還戦の情報リーク頼むヨ。

………。…ああ、ボクはキミの能力をかっているンダ。ヨロシク、シモン」




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