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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
2章 西の塔奪還編
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第5話 鈴蘭の謎全て




「私は……歩み寄りたくなんてない」



鈴蘭の発した言葉を聞いて、ヒスイは悲しげに目を伏せた。仕方がない、そう思ってもやはりやりきれなさを感じているような表情だった。



鈴蘭はそれを見て、力を抜いて困ったように微笑んだ。



「――と、言うことなんてできない。ヒスイの覚悟を見せられたんだ。私も、歩み寄らなくてはならないし、歩み寄りたい」



フローラは鈴蘭の意地悪に気づいていたのか、ほっとしたように息を吐いた。逆にヒスイは驚いたように息を呑む。



「本当……?」



「あぁ。私は怖かっただけだ。ヒスイのことはとっくの昔に認めてる。……私の話を聞けば後戻りできないだろう。それでも聞くか?」



「覚悟は出来てるって言っているじゃないか」



優しくヒスイは笑う。



鈴蘭は安心して話を始めた。けれどフローラの手前、記憶喪失からセピアにいた頃の話は出来なかった。

本当なら言いたかった。鈴蘭が記憶喪失してセピアに拾われたことまで知っているのは今のところパールとメイオールのみ。

フローラにも言いたかったが、彼女の立場を考えて、それを告げることはできない。



決してフローラがセピアの頃の鈴蘭を知って軽蔑すると思ったのではない。



「(むしろ姫様はそんな私も受け入れて下さる。私の友人である、フローラという人間として)」



だからこそ、言えない。フローラは姫だ。ジェミニカの姫が騎士団を殲滅させた罪を……罪を抱えた鈴蘭を許してはいけない。フローラが板挟みになることを懸念して、言えなかった。







結局、大会へ出て白き英雄になったこと。宵闇に入り過ちを犯したことだけをヒスイに告げた。



ヒスイは口を挟むことなく静かに耳を傾け、聞き終えた後も穏やかに微笑んでいた。



「ありがとう、鈴蘭」



「驚かないのか……?」



「半分予想してはいたから、かな。……でも、これで鈴蘭だけが苦しむのをただ見ているだけじゃなくなって、よかった」



僕はいつでも鈴蘭の味方だから。

ヒスイの言葉が、昔のフローラの言葉と重なった。



「(……全く、主従揃ってお人好しだ)」



鈴蘭は内心苦笑したが、そう言ってくれたフローラに心を許したように、ヒスイにも信頼を寄せられると感じたのだった。





_________






それから、フローラはパールに呼ばれて再び屋敷へ戻った。何やら重要な話があるとのことで、鈴蘭たちも護衛のために同席しようとしたが、パールに断られてしまった。よほど重大なことらしい。



ヒスイと二人になった鈴蘭は意を決してヒスイに向き合う。



「ヒスイ。私はさっき、姫様の前だったから全てを言わなかった。この話はパールとメイオールしか言っていないことだ。……聞いてくれるか?」



「……。鈴蘭が姫に言わないってことは、それほどの大きなことなんだね。話をしてほしい。そうじゃなければ、僕は鈴蘭の力になることも側にいることもできないと思うから」



ヒスイの覚悟に改めて驚き、そしてありがたく思った。何か起きたときに近くに事情を知る人がいてくれることほど心強いものはない。



「私は――」






ある日、目を覚ますとそこは森の中だった。ここはどこか、自分は誰かわからない。

いわゆる記憶喪失であった。



そこをアルフレッドに拾われ、セピアの一員になった。何も知らない鈴蘭に良くしてくれて、家族だと思っていた。だから家族を傷つける騎士を敵とみなして戦った。



そして、裏切られた。



セピアのリーダーであり、父親になってくれた……ミヤケという男に、大切な人を人質に取られたのだ。






「ミヤケから、その人質を解放してほしければ武道大会で優勝し、"ある願い"を言うように言われたんだ」



「"ある願い"?」



ヒスイは鈴蘭の話全てに驚いていたが、曖昧にされた願いの内容が気になった。鈴蘭は首を縦に振って、思い出すように目を閉じた。



「そう。……『カラア族の村の近くの土地を要求してくるように』、そうミヤケから言われた」



「土地? どうして」



「わからない。私は優勝して、土地を要求した。タイガもそれに応じて、土地を受け取った後全ての権利をミヤケへ渡した。人質の解放を確認して私はセピアとの関係の一切を断った。……その後のことは何も知らない」



ヒスイは鈴蘭の過去を聞いて、頭を回転させまくる。



記憶喪失で目を覚まし、拾われた先で剣を人に向けさせられ、裏切られ、大会で優勝したと思えば英雄の重荷を背負わされ、宵闇という裏組織でまた傷ついて、王都追放。



悲しすぎる。過酷すぎる。どうして鈴蘭だけこんな運命に立ち向かわなくてはならないのだろう。

もっと平穏な日々を送れたのではないのか。



「鈴蘭、その大切な人質は無事だったの?」



せめてその人が幸せなら、人質のために戦った鈴蘭も救われるだろうと思い尋ねる。すると鈴蘭は、困惑の色を見せた。



「ぁあ、無事に解放してはくれたんだ。……ただ」



「ただ?」



鈴蘭もよくわからない、というように眉に皺を寄せている。



「解放されたんだ。……リカはセピアから解放されたのに」



その言葉でヒスイははっとする。



リカ、その男の名は少し前に聞いたばかりだ。ジャスパの襲撃の翌日に内通者の兵士が殺された事件があった。その犯人として出ていた男。



「リカって、なんでも屋リコリスに所属しているという?」



「そうだ。私も先日の話で知ったばかりで、なぜセピアからリコリスへ移ったのかわからないんだ」






鈴蘭は全て話し終えて、少し楽になったような気がした。まだ不安や疑問があるが、幾分か穏やかになった顔をヒスイに見せる。



「全て聞いてくれてありがとう、ヒスイ」



支えると、隣に立ちたいのだと言ってくれる、そして実際に近しいだけの力を持って背中にいてくれる存在が、これほど頼もしいとは思わなかった。





_________






夕方。

長旅後の会議、そして過去の告白大会。南の街へきてから色々あった。

鈴蘭は夕食をとりながら、チラリとフローラの方を見る。



「……」



フローラは熟考するように、黙々と食事を口に運んでいる。パールとの話し合いの後からずっとこの様子だ。パールに事情を訊いても、個人的な話だからと鈴蘭に打ち明けてはくれなかった。



二人に何があったのだろうと、思っていると……



「パール様、失礼致しますっ」



突然パールの屋敷のメイドが部屋へ入ってくる。その様子は焦っているようで、あまり冷静ではない。



「姫君の御前です、落ち着きなさい。それで、どうかしたの」



「はい、先程山賊が樹海の入り口付近の村に現れたとの報告が入りました。しかもその場にいた旅人二名が連れ去られたと」



鈴蘭はガタンと音を鳴らして立ち上がった。

ホタルとルイが、今朝から樹海入り口へ向かっていたのだ。旅人二名というのはホタルたちのことではないか。



鈴蘭と同じ考えに至ったフローラとヒスイは、簡潔にパールに事情を伝え、すぐに助けに向かうこととなった。





_________






その頃、ホタルとルイ。



「薬師ぃ。そろそろ縄が痛いのー」



ルイは泣きそうな顔でホタルを見る。二人はやはり、山賊に捕まっていた。

ホタルは微笑み返し、ルイを安心させる。



「ごめん。でももう少しの辛抱だよ。絶対にここから脱出するから。……それに、鈴蘭たちもきっと来てくれる」



「そう、だよね。私は大丈夫なの」



泣くことなく、ルイは気丈に振る舞った。ホタルは小さい子供に無理をさせていることに心を痛めつつ、脱出を固く決心する。

改めてぐるりと周りを見渡した。



「(山賊に拘束されて一時間。部屋に物はなし。山賊は気づいてなかったけど目撃した村人がいた。伝達の時間を考えてあと三十分で鈴蘭たちは着くはず)」



ホタルは自分の懐にあるものを確認した。



「(医療器具、薬草。両手は使えないけど、口は塞がれていない。山賊の見回りがもうすぐ来る。鈴蘭たちの負担になりたくないな。……さて、ここからどうするか)」



ホタルの心にはもちろん、ルイを早く安心させたいという気持ちもある。けれど大半を占めていたのは、鈴蘭に負担をかけたくないということだった。

ホタルは鈴蘭を普通の女の子として扱いたかったから。


そうやって思案している時、丁度山賊の見回りが来た。



「大人しくしてんじゃねぇか。無駄な抵抗はせず、そうしておけよ」



「そうですね。私は男ながら非力ですし、この子は子供。貴方たちに敵うはずがありませんから」



「はははは。わかってるじゃないか」



ホタルは注意深く山賊を観察する。

彼は比較的鷹揚で手を挙げないタイプと判断した。身なりを見るに、ボスではないだろうが下っ端でもなさそうだ。



「ところで私たちはどうして捕まったのですか?」



「山賊は定期的に人を襲って金品を強奪、捕らえた人間は売る。そうやって生きてんだよ」



「なるほど、それは苦労されますね。……それでは交渉しませんか?」



「あ?」



ホタルは美しく微笑む。高貴さが滲む薬師に、山賊は息を呑んだ。ただの薬師はこんなものだっただろうか、と。



「今日の貴方がたの収穫は私たち二人。これは比較して見ても良い方とは言い難い。……ここで上層部である貴方が監視に来るということは、今人員不足なのでは?」



「そこまで見破られるか」



「正直に言って、このままではこの山賊は終わりですよ」



すると相手も図星を突かれたからか、少し焦りと苛立ちを込めて睨みつける。



「そんなことはお前らに言われるまでもねぇ! 命がほしけりゃ黙ってろ!」



「私が助けてあげます」



ホタルは穏やかな笑みを浮かべたままそう言った。山賊はその余裕ぶりに呆気にとられる。



「私とこの子をここから出して下されば、他の人間を集めてきて差し上げましょう。数は、捕らえた私たち二人の……五倍。ええ、十人連れてきます」



二人外に出せば十人連れてくる、という発言に、山賊も驚く。山賊十数人でホタルたち二人を捕まえたのに、二人で十人なんて無理だ。



外に出たいがためのハッタリに、山賊は笑った。一瞬本当にできるかもしれないと思ったのは、ホタルの雰囲気のせいだ。



「ふははは、無理だろ。人さらいの難しさを舐めたらだめだぜ?」



「ええ、誘拐のプロがそういうなら難しいでしょう。ですが、私ならできます。

……聞いたことありませんか? ジャスパに住む薬師の話を。五年前に突然現れ、一日で警戒心の強いジャスパの人々に受け入れられたという、黄金色の髪と青の瞳を持つ薬師の噂」



すると山賊は目を見開く。ジャスパは別の山賊の拠点からも近い。山賊は他の地域の山賊とも連絡を頻繁に取り合う。だからこそ、その正体不明の薬師の話も知っていた。



「まさか、あんたがそうだっていうのかよ」



「ええ。何なら懐の持ち物を見て薬師か確かめてくれていいですよ。……私たちにとって人の心を掴むことなど容易い。三十分いただければ、十人、何の警戒心も持たせることなくここまで連れてきましょう」



「……。だが、どうしてそこまでする? 山賊の俺がいうのはなんだが、そりゃ可哀想だろ」



あっけらかんとしたホタルの言い様に、本職の山賊まで連れてこられるであろう十人に同情する。それほどホタルには逆らえない絶対的な空気を感じたのだった。



「可哀想、ですか。ふふ、こう見えて私はあまり優しくないんですよ」



ホタルの妖しく細められた瞳に、山賊は秘かに背筋を震わせるのだった。





_________






鈴蘭たちが樹海にたどり着き様子を伺っていると、木々の暗闇の合間から松明の光が見えてきた。山賊が来たのかと警戒するが、そうではなさそうだ。



近づいてくるにつれて、その人が誰だかわかってきた。



「ホタルさん、ルイ!」



鈴蘭は安心したように二人の名前を呼んだ。二人も鈴蘭たちに気づくと、安心したように笑った。



「よかった、来てくれたんですね」



「もちろんです。怪我はありませんか? というか、どうやって出てきたんですか」



「怪我はないのー! でね、薬師は人心掌握のプロだから、山賊もつい騙されたのー」



ルイがぴょんぴょんと飛び跳ねて、ホタルのことを鈴蘭に報告してくれる。ホタルはそれを宥めて苦笑した。



「人心掌握なんて大層なものじゃないですよ。非道ぶる人ほど、本当に非道な人の雰囲気に逆らえないんです」



「薬師のハッタリに気づいてた山賊も、いつの間にか感情を薬師に握られているのー! 落として上げる! さすが薬師ー」



鈴蘭にはよく話が掴めなかったが、ホタルの機転で脱出したことだけはわかった。人質がいない方が助かるので、二人が自力で脱出したことは本当によかった。



「パール、どうする。ついでに山賊を捕まえるか?」



鈴蘭がパールに尋ねると、楽しそうに笑いだした。



「ついでって、山賊討伐なんて鈴蘭にとっては簡単なのね。ふふ、お願いするわ。相棒ヒスイ君とね」



鈴蘭は軽く頷くと、ヒスイに目で合図を送る。ヒスイも視線を返して意思疎通をした。

それからホタルたちの方を見る。



「ありがとうございます。二人が自力脱出してくれたおかげでこちらも助かりました。少し驚きましたけど」



鈴蘭が正直にそんなことを言う。

すると彼は鈴蘭の乱れた髪を少し撫で付けて、耳の後ろに掛けてあげた。



「鈴蘭は私にとってはただの女の子ですから、負担になりたくなかったんです。……気をつけて行ってらっしゃい」



ただの女の子。

綺麗な湖色に心臓が跳ねる。優しい手を感じて温かい気持ちが広がった。



「(……変な感じだ。ん、きっと驚いたからだ。ただの女の子なんてあまり言われないから。それにホタルさんは――)」



鈴蘭はすぐさま落ち着いて、いつも通りの様子でホタルに笑いかけた。



「ありがとうございます。ホタルさんの人を平等に心配するところ、いつも男前だと思っていますよ」



では、行ってきます。



鈴蘭の心は心配してくれる人がいる。

ずっと支えてくれた人がいる。

離れても慕ってくれていた人がいる。

知りたいと壁を破って背中を任せられる人がいる。



「ヒスイ、行こうか」



凛とした鈴蘭の紅色の瞳には、昔のような仄暗さはない。周りの人たちのためにも、鈴蘭は前を見続けるのだ。







それから、たった二人だけで一つの山賊を制圧したという伝説が生まれるのだった。




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