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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
2章 西の塔奪還編
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第4話 ヒスイの過去




【第四話 鈴蘭を溺愛する者、信頼を得たい者】




薄水色の髪を左で高く括り、チェーンのヘアーアクセサリーが付いている。

ドレスは丈がわざと短めにされていて、動きやすさを重視されているようだが、貴族の女性が常識的に考えてそんなファッションをすることはまずない。

色白で深窓のお嬢様の雰囲気がファッションで覆されているアンバランスさが逆に魅力的に見える。そして大人の女性の魅力が溢れる躯体である。



気丈で草原を駆け回る少女のようでいて、妖しい優美な魔女のよう。



それがパールという女性だった。



「こんにちは。私がこの土地の領主、パールです」



穏やかな様子にヒスイは安心した。

気難しい人と聞いていたけれど、それほどでも――



「すぅずーらぁーーん!!!」



「ひっ」



鈴蘭の短い悲鳴が聞こえた瞬間、鈴蘭はパールに抱きしめられていた。それはもう熱烈苛烈に。



「会いたかったわ!! んもう! 最近手紙くれないんだもの……心配したのよ? メイオールからは『先日鈴蘭に会ったぞ。どうだい、羨ましいだろう?』って連絡来るし!」



「それはごめっ……ぐぇ……何かと忙しくて」



「それにしても大きくなったよね! びっくりしちゃった。前会ったのは5年前だから……あらやだ! その分私も年取ったってこと!?」



「パールは十分若いだろう。というか5年前と見た目が変わってないように思うんだが……」



何という不思議現象。

パールはこれでも歳を気にしているのだと笑った。





_________






鈴蘭一行はタイガに命じられてすぐに南の街へ出発した。和気あいあいとした良い雰囲気で旅は順調に進み、何のトラブルもなく到着した。



南の街は三国の国境が重なる場所の近くだ。けれど国境の周りは樹海で、ネイコの戦火は飛んでこないし樹海を出入りする人もほとんどいない。実に平和な場所だ。



ただ、山賊の温床になっているのが問題ではあった。



パールの屋敷についた一行はメイドに案内され応接間に案内された。ちなみにホタルたちは鈴蘭たちと別れ薬草探しに樹海へ向かった。彼らは別の宿を取っているそうだ。



そしてパールと対面した場面が冒頭に当たる。







落ち着いたパールに今回の訪問の目的を果たすためにスポンサーの件を話した。何度かタイガから持ちかけられていた話なのでパールも理解しているというように頷いていた。

鈴蘭が一通り話すと、パールはキリッとした顔でフローラと鈴蘭の方を見る。



「その話、お引き受けしましょう」



意外と呆気ない了承にヒスイは驚いた。タイガから気難し屋だと聞いていたからだ。

けれど鈴蘭もフローラもそうなると予想していたようで、当然のように次の話へ進んでいくのだった。



………

……



「もう終わったね。こんなにスムーズに行くと思ってなくて驚いたよ」



詳しい王宮大会の話が終わり、今日はもう予定ない。ヒスイと鈴蘭は剣の稽古の休憩時間に話をしていた。



鈴蘭は苦笑して肩をすくめる。



「自分で言うのもあれだが、パールは私が好きだからな」



「珍しい。鈴蘭がそんな風に言うなんて」



ヒスイ的にはフローラもかなり鈴蘭が大好きに見える。けれど屋敷を訪れた時のパールの反応を見ていると、パールはもう"好き"の範囲を超えているような気もしなくもない。



「まぁなんだ。色々あったんだよ」



自分には想像も及ばないことがあった、ということはヒスイにも理解できた。

そのことも気になるが、あまり脱線しすぎるとタイミングを逃す。



ヒスイは落ち着けるように呼吸をした。



何のタイミングかって?

決めていたのだ。今回の訪問の間に鈴蘭に少しでも近づこうと。



正面から鈴蘭にぶつかろうと。



今が、チャンスだ。



「す、鈴蘭」



「ん?」



いつもは鋭い紅の瞳があどけない。最近見せてくれるようになった表情のひとつだ。強張った顔をしているヒスイの言葉を、鈴蘭は静かに待つ。



ヒスイは言葉を詰まらせた。どう言えば正解なのだろう。鈴蘭と歩み寄るためには何をすれば良いのだろう。

考えて考えた結果……



「鈴蘭、僕と戦ってほしい」



ヒスイの翡翠色の瞳には真剣な炎が燃えていた。

鈴蘭は一瞬きょとんとするが、すぐに好戦的に口の端を上げた。





_________





試合が始まって数十分。

場所は屋敷の庭。お互い木剣なんかではない、普通の剣だ。

そんな状態で数十分、拮抗した戦いを繰り広げていた。



「はぁっ!」



「遅い!」



「っ! まだだ!」



一見鈴蘭の優勢に見えるが、決着が着かないのはヒスイが決定的な攻撃を確実に避けるから。しかもヒスイの野性的な動きは鈴蘭でも予測しにくかった。



金属がぶつかり合う音が響く。いつしかパールやフローラが一階の窓から二人の戦いを見ていた。

鈴蘭たちはそれに気づいたが、目の前だけを見ているから気にならない。



「あの鈴蘭と渡り合える人間がいるなんて……」



パールの思わず零れた驚きの声に、隣にいたフローラは微笑む。当たり前だというように。



「うちの側近は二人とも優秀なの。運命のようなものなのよ。……どちらが欠けても不完全。けれど二人ともそれに気づいてないんだから、全くこっちがヤキモキしちゃう」



鈴蘭が下から斬り込むと、ヒスイはそれを真っ向から弾き飛ばし攻める。無茶な力技だが、ヒスイにはそれが出来る力と能力がある。



鈴蘭は楽しそうに笑い、力を流して背後へ回った。



「終わりだ」



ヒスイはハッとして後ろを振り返ったけれど、そこに鈴蘭の姿はない。一瞬戸惑った瞬間、後ろから剣を突き付けられた気配を感じた。



「……僕の負け」



「良い試合だった。久しぶりに楽しかった」



お互い剣を鞘に収めて向かい合う。表情はとても晴れ晴れしたものだった。

認め合っている。こんなに近くにいる。タイミングも合っている。

けれど二人は自覚していない。相手が自分の相棒なのだと。






「……鈴蘭。僕はまだ弱い。姫やパールさんほど鈴蘭のことを知らない。でも、僕は君に追いつきたいから――鈴蘭のことを教えてほしい。鈴蘭の荷物を分け合えないかな」



ヒスイは意を決してそう告げる。

認められたい。隣に立ちたい。苦しむ姿を見たくない。



剣を交えた今だからこそ言わなければと思った。



けれど途端に鈴蘭の顔が強張る。何かを恐れるように、戸惑うように。



「……無理だ」



「我儘を言っている自覚はある。でも、今のまま引かれた線の外にいるのは嫌なんだ。僕は、歩み寄りたい」



鈴蘭はますます表情を険しくする。

どうでもいい相手ならこんな風にならない。揺さぶられたからこそ、苦しい。



裏切られたら怖い。だったら最初から仲間なんていらない。それがセピアで心に決めたことだった。



フローラやパールやメイオールなんかはうっかり心を許したが、もうそれで手一杯。大切なものが増えるのは怖い。



「無理だ……」



そんな真っ直ぐにぶつかって来られると困る。頼ってしまいたくなる。裏切られるかもしれないのに。

幸せだから、心が弱くなった。

もし今何かを失えば……



「耐えきれない」



鈴蘭は顔を俯かせてヒスイの脇を通り過ぎる。

ヒスイは留めようと手を伸ばしたけれど、その前に鈴蘭はポツリと呟いた。



「ヒスイだって隠しているじゃないか」



「え?」



「騎士を怖がっていること、一番側にいる私が気づかない訳がないだろう。私はそれに触れないから、ヒスイも私に触れるな」



ヒスイの伸ばした手が震える。





けれど次の瞬間、ヒスイは鈴蘭の腕を捕まえていた。



「な……」



「そうか……歩み寄りたいなら、僕が行かないといけなかったんだ。鈴蘭を不安にさせないように」



「いや、だから――」



「いいよ、僕の隠し事なんて大したことない。僕の全部を鈴蘭に渡す。もちろん、姫にも」



「はっ!?」



あっという間に鈴蘭はヒスイに向き合わされ、肩を掴まれていた。ヒスイの目が怖い。

パールが気を利かせて人払いをして、自分も部屋へ戻っていった。フローラはすぐに庭へ出て鈴蘭たちの近くへ駆け寄った。



残されたのはヒスイと、掴まれた鈴蘭と、フローラだけ。



「鈴蘭、逃げたら駄目よ。鈴蘭は私にも言ってないことあるでしょ? 私たちは三人で完全。もう、逃げなくて良いわ」



「姫様……」



「ヒスイも頑張ってくれてありがとうね。私たちが貴方を不安にしていたのよね、ごめんなさい。でもヒスイの決意、嬉しかったわ」



「姫。……僕の勝手に付き合わせてすみません。ですが男に二言はありません。僕の隠していたことを聞いていただけますか」



鈴蘭はびくりと震えたが、これ以上の抵抗をするつもりはないようだ。






ヒスイは安心して手を離す。そして懐から黄金に輝く飾りを出した。何かの家紋だろうか。



よくよく見て、鈴蘭とフローラは同時に目を見開いた。



「ヒスイ、これは……」



「貴族の家紋ね……」



ヒスイは静かに頷いた。飾りが日の光を反射してキラキラと輝いている。けれどヒスイの顔は曇っていた。



毎日毎日目にする、昔から王家に仕えてきた騎士貴族の家紋。王宮の各所に描かれたうちの一つだった。



「僕は騎士の父親と、身分の低い召使いの母親の間に生まれた子です。ご存知でしょうか……。グリエル家という貴族の家です」






グリエル家は貴族であり騎士の家系。そして王族にずっと仕えてきた家系です。


僕の母親は身分の低い召使い。対してグリエル卿は騎士であり貴族。この時何があったのか詳しく教えてくれませんでしたが、母は僕を身籠りました。


するとグリエル卿は僕がお腹にいる母を最北端の極寒地へ送りました。誇り高き騎士の不祥事なんて王族の力が弱かった当時バレれば大変なことになったでしょうから。


僕は何も知らずに育ち、植物はあまり育ちませんから動物を狩って暮らしていました。その日暮しではありましたが、優しい母がいましたし不満はありませんでしたよ。

でも、時折父親のことが気になり、母に父親を尋ねたこともあります。そんな時は決まって


『お父さんは立派な騎士なのよ。ヒスイも素晴らしい騎士になって、自分の守りたいものを守れるようになりなさい。……私も、お父さんも、ヒスイを愛してるわ』


そう言ってくれました。


ある日、わんぱくな時期だったからでしょうか、僕は父に会いに行きたいと思い、王都へ一人で向かいました。色々ありましたが、無事に王宮まで辿り着き、騎士の詰め所の前で憧れの騎士をみつめ、誰が父親なのだろう。とうろうろしました。


すると一人の騎士と目が合い、そして直感的に彼が父親だとわかったんです。


素晴らしい立派な騎士。僕と母を愛してくれている父親。


期待したんです。他の子たちの父親のように頭を撫でられ微笑んでもらえることを。



――けれど父は僕の方へ来ると、髪を無造作に掴んで物陰に引き込み、投げ捨てました。



そこへ僕を追ってきた母が助けに来てくれ、僕を抱きしめ庇ってくれたんです。


そんな母に父は……


『子供連れてくるとはどういうつもりだっ! 金から毎月送っている。足りないと脅すために来たのかっ! やはり卑しい身分の女は心も卑しいようだな!!』


当時の僕には何も理解できなかった。けれど父が僕らを愛していないことはすぐにわかりました。

そして騎士は憧れから恐怖の対象へと変わったんです。


それから数年後、母は事情を僕に話してこの世を去りました。

一人になった僕は最後に母にもらったこの家紋の飾りを持って村を転々と渡り、大会に片っ端から参加し、ただ誰かを守れる強さを求めました。










「そして今年、王宮審査を受けたんです。僕はグリエル家はどうでもいいですし、グリエル卿も恐ろしいですが興味ありません。父親とも思いたくないですし。

ただ、やっぱり僕は誰かを守れる人になりたくて……騎士への憧れが全くなくなったわけじゃなかったから……ここへ来たんです」



ヒスイは全てを話し終えると、すっきりした顔だった。思いもよらぬ重い話に、二人は口を閉じる。グリエル家は誇り高き騎士の家系。規律を重んじ厳格でプライドが高い。そんな家系だ。



嘘のようだとは思ったが、嘘とは思わなかった。それは、証拠の飾りだけではなく、ヒスイを信じていたからだ。



「ヒスイ、ありがとう。話しづらかっただろう……」



「でも、鈴蘭を不安にさせる要素は省いたほうがいいと思ったから。……鈴蘭、これが僕が隠していたこと。鈴蘭が僕を信用できると思った時でいいから、その時は頼ってほしい」



今は無理して言わなくていいから、と言うヒスイに鈴蘭の心がギシギシと音を立てた。



鈴蘭の選択は――




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