第2話 囚われの懺悔※
⚠グロテスクな描写があります⚠
【第二話 鈴蘭の罪】
鈴蘭の剣は血に染まっている。
鈴蘭の過去は血塗られた過去だ。
誰かを守りたいと思ったはずの刃は、誰かを傷つけるものに変わっていった。
少女が剣を拒否する物語。
13歳の夏、鈴蘭はとある目的のためにジェミニカ武道大会に出場することになった。鈴蘭はそこで見事優勝し鈴蘭の望みを叶えることができたが、優勝には大きな代償がついてしまった。
絶望の中現れた白き英雄という存在にジェミニカの全国民が希望を見出したのだ。……鈴蘭はそれに答えざるを得ない状況となる。
それからはタイガ直属の機密部隊【宵闇】で、王族の敵となる人を殺していった。しかし鈴蘭と宵闇のメンバーとの関係はあまり良いものではなかった。というのも、鈴蘭が彼らとの関わりを拒んでいたから。
代わりに鈴蘭に力を貸していたのが、メイオールとパール。二人は、その知識とコネクションと権力を鈴蘭のために提供した。
そうして宵闇での仕事に慣れてきた頃。鈴蘭はフローラと出会う。鈴蘭をお気に召したフローラは一方的に友達宣言し、鈴蘭の後を付いて回るようになった。鈴蘭は初めはそれを煩わしく思っていたけれど、純粋に慕われて嬉しくない訳がない。
いつしか、鈴蘭はフローラに気を許していくようになった。
「鈴蘭! 今日もお茶しましょ!」
「はぁぁ、フローラ姫様。またこんなところに来たんですか」
「いいじゃないの! 私は鈴蘭と友達になりたいもの! というか、私のことはフローラでいいのよ。前はそう呼んでたじゃない……」
「それは、姫だと知らなかったからです。……そんな、しゅんとしないで下さい。呼び方は変えませんが……私で良ければお茶しましょう」
「ほんと!? ありがとう鈴蘭! ……あ、パールとメイオールも呼びましょうよ。お兄様たちにバレたら怒られちゃうから、ナイショで!」
鈴蘭とよく一緒にいるパールとメイオールもフローラとの交流を深めていた。
フローラがあまりに眩しい笑顔を向けるものだから、鈴蘭は首を縦に振ってしまうのだった。
………
……
…
「ふふ。姫君直々の招待だなんて、光栄でございます」
と、メイオールが茶会の席で微笑む。
子供の頃のフローラは、自分の立場を理解していなかった。姫という肩書と、フローラという人格の区別がついていなかったのだ。
だからこそナッチメイルの公爵のメイオールを簡単に無断の茶会に招待できた。子供の我儘のようなものだ。
「メイオールもパールも、鈴蘭と同じお友達だから!」
ふふん、と得意げに胸を張る姿にパールがぎゅっと抱きつく。
「フローラちゃん可愛い!! さっすが大天使鈴蘭の友達ね!」
「パール、何度も言うがその呼び名やめてくれ」
「鈴蘭がそういうなら……マイフェアリー鈴蘭、はどう?」
「おやおや、甲乙付け難いな。我としては前者を推すけれど」
「どっちも嫌だっ」
鈴蘭は気づいていなかっただろう。こうして4人で集まるとき、自分が満面の笑顔を浮かべていることを。
それを見た3人が嬉しそうにしていることを。
ちなみに、パールはジェミニカとネイコとナッチメイルの三国の国境近くのジェミニカ領を治める辺境伯である。
とあることがきっかけで、鈴蘭ファンになった女性だ。
パールのお話はまたの機会に。
ともかく、こうして鈴蘭は束の間の和らぎを得ていた。
――けれどそれは太陽のあるうちだけ。
月が夜を支配する時刻、【宵闇】は動く。
鈴蘭は昼間の幸せが嘘のような夜の世界に戸惑いを感じるようになっていた。
ずっと似たような環境にいた。にも関わらず、今になって何かわだかまりが出てきたのだ。
「(私の仕事はジェミニカの英雄として、ジェミニカに安定をもたらすこと。そのための犠牲は……必要だ。…………、なのになんで……)」
フローラが笑顔でいるためには王族の世を創らなければいけない。でもあの心優しい姫様は犠牲を経た権力なんて欲しくないのだろう。
そう鈴蘭は思いながらも手を血に染める。
人の痛みを自分の痛み以上に悲しむフローラだから、そんな彼女の近くにいるせいで……鈴蘭には自分の行いがわからなくなっていた。
「私は……何がしたいんだ。」
また一人始末する。
「私の行いは……正義だろう?」
英雄ともてはやしたのは国民だ。その国民が支持する王族の指示に従って裏の仕事を行っているのだ。
「私は【セピア】の頃のような“過ち”はしていない。」
敵の認識した騎士を全滅させた、あの壮絶な世界を、もう見たくはない。
_________
疑問を持ちながらも懸命に英雄として活躍し、革命は成功した。
けれどまだ英雄の役目は終わらない。
まだ抵抗する貴族はいたし、貴族を支持する一般人も一定数した。そういう人たちは総じて過激な活動を繰り返していたのだ。
それは革命から1年後の、寒くなってきた頃のこと。
タイガから指示が来た。
『反王族派貴族を支援する商人の組織がいる。その組織が王都で火を放つ計画をしているらしい。恐ろしい計画が実行される前に食い止めるように。……全員抹殺。禍根を残さないよう、一人残らず』
いつも通りだと思った。
流石に単独行動は不可能の作戦のため、宵闇メンバーと協力することにはしたものの、いつも通り。
宵闇は会合に潜入して静かに襲撃を始めた。
組織の人々は宵闇の暗殺術の前に無抵抗に、残酷なまでに呆気なく死んでいった。
残った人々の阿鼻叫喚が彼らの秘密基地に響く。しかしその叫びも死によって止まる。
部屋がおぞましい赤で染まる頃、部屋の生存者は宵闇メンバーと、組織のリーダーと、……
「(子供…?)」
子供がいた。鈴蘭より少し年下だろうか。
部屋の隅に、鈴蘭たちを恐れて震える少年がいた。彼は存在がわからないほどひっそりとそこにいた。
そして鈴蘭たちから追い詰められ、壁に張り付くリーダーの男。二人の顔を見て、この少年はリーダーの息子なのだと理解した。
「どうしてこの会合の場所がわかったんだ。」
「……」
男は努めて冷静でいようとしているようだが、瞳孔は収縮して恐怖を身体が表していた。強がりの質問に鈴蘭たちは答えない。
声はなるべく出さない。
身を包むローブを剥がされて正体がバレてはならない。
……一応宵闇にも決まりはあるのだ。
「っ!!」
すると、男は突然少年に向かって走り出した。変な真似をする前に始末しようとしたが、男が少年を捕まえるのが早かった。
そしてーー
「この子供がどうなってもいいのか!!」
男は少年の喉元にナイフを突き立て鈴蘭たちを脅し始める。いや、突き立てるどころではない。少年の首にはナイフが食い込んで既に切られていた。
ドクドクと少年の首から血が流れ出し、彼は苦痛に顔を歪ませた。
鈴蘭たちの頭に、実の息子ではないのか?どうして?と疑問が浮かぶ。
しかしそれも一瞬のこと。
任務は変わらない。組織の全ての人間の抹殺が命令なのだ。鈴蘭は一歩踏み出し……
「……ぇ?」
ぐしゃっと何かが断ち切られる音が部屋に響いた。小さく声を漏らしたのは人質になっていた少年。
鈴蘭の剣が視認出来ない速さで男の首を刎ね飛ばしたのだった。
「……ぁぁ…」
男の頭は、何が起こったのかわからないといった顔で転がっていた。体の方は、ゆっくり膝から崩れて倒れた。
……その一連を理解できないように見ていた少年は、また小さく呻き声を漏らす。
その声に混じるのは、ただただ恐怖。
それと、
「……やっと……」
少年は目玉が零れ落ちそうなほど開いて、何かを呟いた。
そしてみるみるうちに、ぐしゃぐしゃと負の感情に満ちた表情になり、力が入らなくなったのか男の血溜まりに座り込んだ。
「…ぁあぁ……あああぁぁっ!!」
少年は狂ったように叫ぶと、這いつくばりながら刎ね飛ばされた男の頭の元へ向かう。それを拾うと、頭を強く抱きしめてまた叫んだ。
「あぁぁああぁ!!! 父さんっ! 父さん!!」
少年は頭を体に持ってきて繋げようとするが、もちろん繋がることなどない。
見苦しく必死で痛々しい光景に、鈴蘭は恐れを抱いた。
「……鈴蘭。この子供も殺せ」
宵闇のリーダーが鈴蘭に静かに命令する。
けれど、鈴蘭の心情はそんなこと出来る状態ではなかった。
「………。この子供は組織メンバーに書かれていなかった。そして私たちの任務はメンバーの抹殺。なら、この子供を手にかける必要はないだろう」
「同情したか? だが、お前がいくら子供を憐れんでも父親殺しはお前だ。恨まれる矛先もお前だ。ならばお前にとっても不穏分子は取り除くのが得策だろ」
「私たちは任務を忠実にこなさなければならない。だからこれは任務にない事項だと言ったまでだ」
こうして鈴蘭たちが言い合っていた時、少年がふらふらと立ち上がった。宵闇は少年に向き直り隙無く構えた。けれど少年に抵抗の意思はない。魂が抜けたように佇むだけ。
「……絶対に許さない。…………復讐してやるっ……お前をっ、殺してやるっ!!」
そして鈴蘭を見る眼差しには殺意と憎しみが込められていて、鈴蘭はゾッと背筋に何かが駆け上がる感覚を覚えた。
正しいことをしていたはずだ。
たしかに、心の何処かでそれを正しくないと思う自分もいた。
それでもこの行いは犠牲者を出しても救われる人の方が多くて……未来のために必要だった。
この組織だって王都に火を放うなんて暴挙にでようとした極悪組織で……。
でも……。
「っ……」
改めて周りを見渡せば、暗い部屋には血がべっとりとついていた。もちろん、鈴蘭の血ではない。
「(私は人の命を、こうも簡単に奪った――)」
それを拒んで王都へ来たというのに
「私は、同じことを……していた……?」
こんな時代、生きていくには戦いが必要で、剣を振るうのは当たり前だ。
もしも戦いのない平和な時代なら、こんなことは異常でおかしいのとだろう。
しかし、ここはこういう世界。疑問を持った時点で、その人は剣を持つことなど出来なくなる。
けれど、鈴蘭は疑問を持ってしまった。
「人殺し! お前のせいで父さんは……死んだんだ!! 許さない! 化け物っ!!」
少年の憎しみの中にある悲しみが心を抉る。
セピア時代の過ち。
『次剣を振るう時は正しさの為に』と願ったのに。
あの日から目指したのは……
フローラの眩しさに憧れて共に見据えた未来は……
――こんな子たちのいない世界だったのに。
「鈴蘭、その子を始末しろ」
「…………いやだ」
「……そうか。ならば私がする」
化け物。
自分勝手で。
誰の未来も創れず。
ただ破壊するだけ。
こんな化け物なら、いっそ……
「……鈴蘭、どいういうつもりだ」
鈴蘭はリーダーが少年に振り下ろした剣を受け止めていた。明確な理由はない。気づいたらそうしていただけだ。
「任務は終了だ。大火を防いだのだからもう良いだろう」
「……総員、子供を始末しろ。私が鈴蘭の相手をする」
「ふん、貴方達全員が相手でも私には勝てないだろうがな」
鈴蘭は鼻で笑って剣を振るう。
しばらく撃ち合いが続いたが、鈴蘭はその言葉通り少年に指一本も触れさせずに守りきった。宵闇のメンバーは鈴蘭の実力を正しく理解していたからこそ、狭い部屋で動くことを躊躇っていた。
下手に動けば、殺される。
しかし、中でもそんな鈴蘭を手こずらせる人がいた。その人こそ、宵闇のリーダー【ガーネット】。
「ふん、やはり一筋縄ではいかないか。流石リーダー」
茶化すようにガーネットを睨むが、彼は涼しい顔で流した。
「お前にはやはり敵わないのだな。宵闇が恐れる唯一の人物。共に任務を遂行してきたが……お前は一体何者だ」
「私も知らないよ」
そして鈴蘭は後ろを振り返り少年に声をかけた。
「逃げろ」
「は……? 何だよ。お前らは俺を殺すんだろ!!? どうして逃がすんだよ! 意味がわからない!」
「私に復讐するんだろう? 殺すのだろう? だったら今死ぬ訳にはいかないじゃないか」
そう言いながら鈴蘭は前を向いた。少年は鬼のような形相だったが、鈴蘭は少年の様子なんてわからなかった。
いや、わかりたくなかった。
「……同情か罪滅ぼしか知らねぇけど、俺はお前を許さない! お前を絶対に殺しに行く!! だから忘れるな!! 絶対に忘れるな!」
そして彼は部屋を抜けて森の中へ姿を消した。
何故か安心した鈴蘭は、ガーネットに再び向き合う。
こうなった以上何もなしにいれるはずがない、と覚悟したが、ガーネットは意外にも宵闇に剣を戻すように指示した。
「もういい。こんなところで仲間同士戦ったところでメリットなどないからな」
「……」
「鈴蘭。何のつもりか知らないが、最近様子が変だったな。もしも剣を握れなくなりつつあるのなら組織を抜けろ」
「……私は自らここに来たわけじゃない。タイガ王子に言われてやむなくだ……。もし抜けることが出来るならとっくにしてる」
「それは本音だとは思えないな。まぁいい。今日は撤退だ」
それから数週間後、鈴蘭はタイガから4年間の王都追放を言い渡された。この数週間で、自分の行くべき道、過ち、罪悪感、剣を持つ意味を考えた結果、鈴蘭は剣を持てなくなっていた。
人を傷つけたくないと思っていたのに、また間違った。
もう、何もかもわからない。
鈴蘭は追放を粛々と受け入れ、フローラに何も言わず城を去った。
その時悟られたパールとメイオールにはその後も連絡をとっていたが、心の何処かに消えない罪悪感がこびりついて離れずにいた。だからこそ、二人が自分の元へ来てくれという申し出も断り、放浪を選んだのだった。
そして辿り着いた村は、最強にして最凶と謳われた元騎士団長アンモルの隠れ住む村で、鈴蘭はそこで活人剣術を学ぶことになるのだが、それは別のお話。
_________
「私は……皆が思うような立派な人間じゃない」
フローラが、ペリドットが、ライトが、ショールが。他にも色んな人が鈴蘭を仰ぎ見る。鈴蘭に対してでなくとも、白き英雄に対する周りの捉え方なんて神と等しい。
結城には言えない過去だ。けれど回想すれば、これくらいの愚痴を言いたくもなる。
「私はいつだって自分のために動いてる、最低な人間……いや、化け物なのに」
「……」
許さないと叫んだ声が離れない。
離れてはいけない。
忘れてはいけない。
いつも私は勝手だから。
「……当たり前だろ」
「え?」
結城の声が少し不機嫌だ。何に怒っているのかと驚いてしまった。
「自分のために動くって普通だろ。皆そうしてるし、俺もそうしてる。……人のために動けって言う人だって、自分の意見を人に押し付ける自己中野郎だ」
「んんん……それは言いすぎじゃ……」
「何でもいいけどあんま考えんな。さらっと流しとけ」
いつもと変わらぬ仏頂面だけれど、結城なりの励ましだと今更ながら気づく。
鈴蘭は思わず口をもとを緩ませた。自分も含めて、周りには不器用な人が多い。
「ははっ、ありがとう」
「礼を言われるようなことは言ってねぇ」
きっと結城は鈴蘭に、羨望も尊敬も一目置いてもいない。それは決して馬鹿にしているわけじゃない。鈴蘭を鈴蘭と受け入れてる。それだけだ。
ただシンプルに受け止めるだけ、それが珍しくて、つい弱音を吐いてしまったのだと鈴蘭は思った。




