第18話 内通者
【第十話 疑いと不安】
話を聞くと、ホタルはショールやカイトなど重傷の人の治療をしてからここに来たとのことだった。
「二人とももう大丈夫です。他にも負傷した兵士も治療しましたよ」
鈴蘭はホタルの優秀さに改めて感心した。この短時間で重傷患者二人を救ったのだから。
フローラが絶賛していた理由も分かるのいうものだ。
「ですがショールの怪我はもう少し様子を見ないといけませんね。しばらく私は王都にいるので、鈴蘭も何かあれば呼んでください。……何もなくても歓迎ですけど」
恥ずかしそうに遠慮がちに言うのあたり、彼なりの気遣いなのだろう。ショールも似たことを言いそうだが、受ける印象の違いは何故か。
「私も鈴ねぇとお話したいから、暇があれば相手してほしいのー」
微笑ましいルイの頼みも加わり、鈴蘭はわかったと返した。名残惜しさは無くもないが、そろそろホタルたちは仕事に戻るそうだ。
「ありがとうございました」
「いいえ。今大変な時期だけど、今日はしっかり休息をとってくださいね」
働いていてもフローラに止められるだろうと思いつつ、鈴蘭は言葉に従って休みを取るのだった。
_________
翌日、昨日の不調が嘘だったかのように調子が良くなっていた。鈴蘭は昨日行けなかったショールの見舞いに行こうと思ったが、王子の見舞いを後回しもしくは行かないとなると外聞が悪い。
渋々カイトのところに顔を出し、少し言葉を交わしてお互い機嫌が悪くなってきた頃に退出した。
「お互い馬が合わないのに顔を合わせないといけないって大変だねぇ。……で、俺のところに来てくれたってことは、嫌いじゃないってことでいいのかな?」
ベッドの上でで包帯ぐるぐる巻きにされて痛々しいショールは、いつもと変わらない調子で言った。昨日まで意識が戻らなかった人とは思えない。
けれどこれも安心させるために無理しているのだろうな、と分かるくらいにはショールの根が真面目なことを知っていた。
「……そういうところは嫌いではないな」
「えっ。鈴蘭がデレた。変な物でも食べた?」
「姫様はもちろん、ヒスイもライトも結城も気に入ってはいる」
ショールはいよいよ大変なことが起きているとばかりに驚いた顔をする。失礼だなと思うが、普段顔にも態度にも出さないから仕方ない。
「ショールはもうこんなに話してもいいのか? かなり重傷だったと聞くが」
「まぁね。腕の良い医者が治療してくれたし」
にこにことしているショールの顔が、一瞬曇ったように見えた。けれど次の瞬間元に戻っていたから、気のせいかとスルーしてしまった。
「ホタルさんだな。……とても親切な人だった」
「だろうね。あの人、基本的に善意の塊だし。……でも善意や自分の正しさのために他のものを手に入れたり排除できる……フローラに少し似てるかも。会いたくなかったな」
ショールの表情がまた沈む。これは見間違いではない。鈴蘭が声をかける前に、ショールは手を叩いて話を打ち切った。
「ま、いいや。そういえば今日結城が今回の兵士の脱獄についての検証結果を報告するらしいよ」
「……結城が?」
「鈴蘭も暴動の日のこと訊かれたでしょ? 色んな人から情報を集めて現場検証も行って、繋ぎ合わせたんだって。本当にすごいよ、結城は。それでいて努力家だ」
眩しいものを思うように目を細める。
きっと純粋に尊敬しているのだろうが、どこか傷ついた様にも見えた。
「(暴動のときに何かあったのか?)」
実際、ショールはアルフレッドの戦いから劣等感という感情に蝕まれていた。弱った心と身体では、どんなことさえ刺激だった。
「よくわからないが、落ち込んでないで早く治してくれ。ショールがいないと困るんだ」
鈴蘭は昨日倒れるまでの間にこなしていた仕事を思い出す。
ショールは公の機関に属していないが重役という立ち位置の特殊さから、ありとあらゆる仕事を任せれていた。
表の仕事から、暗殺まではしないものの裏の仕事まで。情報収集、地方視察、貴族との連携、複雑な雑務は殆ど……
昨日ショールが倒れているとき、それらが一気に鈴蘭たちに回ってきたのだった。
「一日二日なら捌けるが、ショールがいなくなれば王政は混乱するだろうな。ショールが必要なんだ。これからは私も手伝うようにするから、早いこと帰ってきてくれ」
仕事大変だから戻ってきて――なんて、かなりひどいことを言っている気もしたが、鈴蘭は自分が思っていたことを正直に言った。本当にショールがいないと仕事が円滑に進まくて困るのだ。
いつもショールが周りに暇そうだと思われていたのは、その大量の仕事を要領よくこなしていたからに他ならない。
「……鈴蘭はヒーローみたいだね」
黙っていたショールが鈴蘭に目を合わせて笑った。
素朴で、安心したような……よく笑うショールの初めて見るタイプの笑顔だった。
「俺がいないと困るのか。必要なのか。……うん、これは早急に回復しないと」
そこにはもう悲しそうな影はなかった。
_________
「目がすわってる」
ライトは結城を見て心配になった。一昨日の暴動の後は副長としてジャスピアンに事情聴取に付き添い、昨日は脱獄し殺された兵士についての現場検証と報告書作成。今日はそれら一連のことを確認しまとめ直して……
「結城、寝てないよな」
「寝てない。コーヒーが俺の相棒だ」
「カフェインじゃ太刀打ちできないこともあるんだぞ」
ライトは有志で結城の手伝いをしていたが、普段から多忙な上にショールの仕事の一部が結城の方に流れてきたとかで休む暇がなかった。
「って言っても、今から王子と姫の前で検証結果報告だしな。……そういえばお前は、カラア族のことを――」
「結城副長。時間です!」
結城の言葉を情報部の一員が遮った。結城は仕方なさそうに息をついて返事をして立ち上がる。
もう続きを言うつもりはないようだ。
「ほら、ライト行くぞ」
「はいはい」
_________
結城たちがタイガの執務室についた時、既に主要メンバーが揃っていた。
タイガ、フローラ、カルセドナ、ヒスイ、鈴蘭だ。
「お集まりいただきありがとうございます。総合兵隊情報部副長の結城です」
「気を張らなくてもいい。要点をまとめて説明しろ」
タイガはゆったり腰掛けながら言った。一応礼儀として格式張った物言いをしていたが、結城はそんなに緊張していない。それよりも隣のライトの方がカッチカチだった。
「では遠慮なく。
一昨日の暴動……ジャスピアンによる襲撃は《なんでも屋リコリス》が背後にいた」
なんでも屋リコリスは指名手配中の犯罪組織。ジャスパ絡みのものが多いが、それ以外の仕事もしている。
予め配布されていた資料に簡潔な説明が書かれていた。
「現在判明しているリコリスのメンバーは、ロベリア、ヨモギ、リカの三人。特にロベリアは高い戦闘能力を有し、過去多くの騎士が彼女に命を奪われている。わざと急所を外していたぶるなどの残虐性もあるようだ」
鈴蘭はロベリアとの戦いを思い出した。最強の存在である白き英雄の鈴蘭でもロベリアには苦戦を強いられた。引き分けという結果になったが、力は拮抗していてどちらが勝ってもおかしくなかった。
と、鈴蘭はもう一度資料に目を落とす。
「(……あれ、リカ?)」
「ヨモギは人間離れした怪力の持ち主で、正面衝突は危険だというのが騎士やヒスイの見解だ。
そして最後にリカについて。彼は騎士とリコリスの戦闘に姿を現すことは滅多にない。だがリカと戦った人の情報から推測するに、彼は戦闘狂だ」
一見大人しいように見えるが、突然自分の負傷を厭わずに捨て身の攻撃をしだす。
ロベリアとは真逆で、即死の致命傷を一突きという戦闘スタイルが多い。
ヒスイが口を挟んだ。
「急所を一突きって……脱獄した兵士の遺体にあった傷と同じ?」
「俺もそう思う。おそらくリカの仕業だ」
鈴蘭は黙ってそれを聞いていた。
実を言うと、リカは元々セピアの一員だったのだ。
「(リカがリコリスに入った……? どうして……)」
「と、ここまでがリコリスの情報だ。
次はセピアについて。ショールさんからの情報で、今回カルセさんとショールさんが戦った相手はセピアだと判明した」
セピアはジェミニカの少数民族カラア族が組織した武装集団。革命前のカラア民族掃討作戦で当時の騎士と激しい激突があった。
「セピアについては情報がかなり少ない。掃討作戦ではセピアとぶつかった騎士が全滅したということもあって生きた目撃情報もない。
今回判明したメンバーはクローリアとアルフレッドだ」
この時、鈴蘭が内心ヒヤヒヤしていたのは言うまでもない。白き英雄になった頃もタイガやカイトにセピアのことを隠していた。バレずに乗り切ったのに、手を切った今更バレて糾弾されたくなかった。
「まぁ、つまりセピアについてはわからない。とにかくセピアとリコリスが手を組んだことは事実だ」
カルセドナが右手を上げて口を開いた。
「リコリスとセピアについてはわかった。だが私が注目しているのはそこじゃない。殺された兵士についてだ。リコリスのリカというやつが殺害したという推理は聞いたが、あの監獄はリコリスとはいえ入れるものじゃない。
……それに暴動時、あの兵士はずっと正門にいた。リコリスとセピアの侵入方法についても気になるところだ」
街で配られた新聞には例の兵士が敵を招き入れたと書いてあったが、その兵士は正門にずっといた。それに正門は厳戒態勢だった。侵入者たちがそこから入った可能性は限りなく低い。
となると、別の場所から入ったと考えられる。
――しかも兵士以外の内部の人間が手引をして。
「カルセドナさんは、王宮に内通者がいると考えているんですか」
ライトはカルセドナの考えを汲み取り、確認する。内通者がいるとなれば、王宮も王都も混乱するだろう。
「あくまで可能性の話だが、そのとおり。それも地位がそれなりの人物。……内部協力者がいなければ脱獄なんて無理だ。その点、結城はどう思う?」
現場の証拠。東門での爆発。侵入経路。当時の警備状況。兵士が収監された牢獄。殺害現場。噴水の広場。
結城の中で既に目星はついていた。けれど犯人の特定はできていない。
「カルセさんの言うとおり、おそらく兵士の男は王宮への侵入の際は関与していない。
そして侵入経路は東門だ。当時の東門の警備状況は二回、一瞬人がいなくなった空白の時間がある。そこを狙ったと思われる」
脱獄についても、その内通者がリカを手引して脱獄させ殺したのだと予測できる。
結城はそこまで言うと、「だか……」と猜疑心を込めた視線をカルセドナに投げかけた。
「内通者の候補にはカルセドナさん、あんたも含まれてるんだぜ」
フローラの顔が驚きに変わる。タイガは予測していたのか、特に変化はない。
けれど、たしかにこの場の空気が変わった。
「……なるほど。爆発音がしたあと、私は確かに東門へ行った。その時なら門を開けてリコリスたちの侵入の手引を行えたかもしれない。
……しかしそうなると、結城、お前も内通者の候補に挙がるぞ。なんせ私を東門まで呼びに来たのは結城だ。私が正門に向かった後、門を開いた可能性だってある」
カルセドナは自分が内通者の容疑者だとしても、平然とした態度だった。そこには、絶対に裏切るような真似はしていないという確固たる意志が表れている。
結城も結城で想定内だというように、動じた様子はない。
王宮に内通者がいる。
脱獄不可能と言われる牢獄から兵士が脱獄した、そして殺されたという事件は、犯人の目星をつけることはできなくても、『内通者がいる』という可能性は容易に想像させた。
街の人々も日を経るにつれ、その可能性に気づく人が増え、王都クレアノトに猜疑心が蔓延し始めたのだった。




