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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
1章 王都騒動編
18/93

第17話 優しすぎる湖色

一瞬死傷者がでます。

【第九話 ホタル】



城の地下深く。脱獄は不可能と言われるその厳重な牢獄に、フローラを斬りつけた兵士が収監された。


今回の暴動での兵士の男のスパイ行為、王女フローラに対する傷害は重大な罪とし、タイガが収監する牢獄に選んだのは王都で最も警備の厳しい牢獄だった。


裁判を行い相応の償いを行わせるとタイガは発表したが、世論は男の死刑を望んでいた。

自ら剣を持ち立ち向かったカイトや、その日のうちに迅速な対処をしたタイガ……特に、今回素晴らしい演説をしたフローラの支持率が爆発的に高まっていたからだ。


そんな暴動収束の夜のこと。




「よぉ。元気か?」


牢屋の中で蹲っていた男の耳に楽しげな声が聞こえた。


はっとして顔をあげると、格子の外には薄く口を弛めて見下すように立つ青年がいた。紫の瞳はギラギラと猛獣のように光っていて、消沈していた男にとどめを刺すほどの恐怖を与える。


「ぁあぁぁ…」


元より、鈴蘭の殺気を直に受けた彼の心は残酷なほどの恐怖で崩壊していた。男は突然現れた恐ろしい青年に、紙くずのように顔を歪ませる。


「あーあ。鈴蘭の殺気を手加減なしで受けたのか。そりゃこうなるわな」


紫の瞳にあった侮蔑に少しの同情の色が混ざった。彼は深く息を吐き出すとその場に胡座をかいてにっこりと笑みを見せる。


廊下に存在する唯一の小窓から光が差し込んできた。雲に覆われていた月が、やっと顔を見せたのだ。

その光に照らし出された青年の髪が優しく揺れる。獰猛な眼光に似合わぬサラッとした茶色の髪。


「安心しろよ。俺はリカって言うんだ。所属はリコリス」


リコリス。

その単語を耳にした途端、窶れていた男の顔に色が戻った。


「リコリス!! 俺はあんたらの言ったとおりフローラを攻撃した! なぁ、ここから出してくれよぉ!」


「おーちーつーけ。俺はお前をここから出しに来たんだ。……なんでも屋のリコリスが見ず知らず人を使うっつーのも変な話だが、まぁ、お前の嫁さんの病気の治療の件は安心してくれていいぜ。お前はフローラ攻撃に成功したからな。交渉成立だ」


悪人面の青年、リカがニカッと歯を見せて笑うと、取り乱していた男にも冷静が戻ってきた。


「そうか……そうか、よかった。……ところでリコリスのあんたがどうしてこんなところに居るんだ? ここは警備が厳重な牢獄じゃないのか?」


「へぇ、驚いたぜ。助かるとわかった途端命知らずな質問か」


「っ! わ、悪かった。聞かない! 聞かないから!」


「はっ、わかったならいい」


リカの先程の笑顔は変わらない。

それでも窶れていた男は自身の死を錯覚するような感覚さえ覚えていた。


「とはいえのんびりできる訳じゃねぇし、さっさと脱獄するぞ」


リカは嘘くさかった笑顔を潜め、懐から金色の鍵を取り出したのだった。


………

……


「……」


「……。なぁ」


「なんだ?」


「ここ、どこだ? 嫁のところに向かってるんだよな」


脱獄してからどれほど時間が経っただろう。方向感覚も時間感覚も麻痺する暗闇に二人の足音だけが響く。ずっとその調子ならば、不安に思うのも当たり前であった。


「……俺もさ、こんなの褒められたもんじゃねぇってわかってんだよ」


「……は?」


リカが突然そんなことを言い出すから男は一瞬ぽかんとしてしまった。男にはリカが何を言いたいのかわからない。


「しかもそれが鈴蘭に影響してたらと思うと罪悪感はあるんだよな。……俺はまだ、変われずにいるんだ。あいつは、変わったのに、さ」


「……なんだ? 鈴蘭?」


戸惑う男に、ただの独り言だというように笑う。そしてリカは足を止めて男に向き直った。


「なぁ。俺、あんたのこと『出しに来た』って言ったよな」


「……ああ、そうだ。だから俺を助けてくれて嫁に会わせてくれるって――」


男の希望と焦燥と、少しの嫌な予感を滲ませた言葉をリカはばっさり遮った。


「違う。俺は牢屋から出す、とは言ったが『助ける』とも『会わせる』とも言ってねぇんだよなぁ」


……嫌だ。怖い。


鈴蘭の時に感じた恐怖より、もっとはっきりした死の気配。


男は一目散にリカに背を向け逃げ出した。


「嫌だぁあ!! 俺はっ――」


男の願いの言葉は最後まで言われることははなかった。



_________




ゾッとするほど青く美しい空が広がる爽やかな朝。

街は騒がしかった。


「号外号外! 昨日の暴動についての最新記事っ!!」



[昨日の西の街の過激派による暴動。城内への侵入を許した原因は一般兵士の裏切り者によるものだったという。

そしてその男は今朝街の広場の噴水の中から遺体で発見された]



_______




「悲しいことだわ」


フローラが報告書を読んでぽつりとこぼした。

腕には包帯が巻いてある。幸い痕は残らないそうだが、婚約もまだの姫君の身体に傷が残ったとしたら大変な騒ぎになっていただろう。


「死因は喉を刃物で一突きされたことによる出血多量。……不可解な点は、現場の状況からして犯行現場は広場じゃないこと。おそらく犯人か誰かが、遺体を噴水の中まで運んだ、と。

――結城は本当に有能だな。数時間でここまで判明させるなんて」


この報告書は、今朝の通報を受けて結城が調査し書いたものだった。


ジャスピアンの暴動は収まったが、現在の状態はあまり良くない。

目を覚まし一命は取り留めたものの、重傷カイト。

傷だらけで発見されたショールの状態はカイトより酷く、今も意識不明。

カルセドナの傷も安静が必要で、今は最前線に出ることは出来ない程度のものだ。その分カーナが近衛騎士団をまとめている。


ちなみに鈴蘭も脚を動かす事を控えるように言われている。


「厄介事が増える前に回復してもらいたいところだな」


「そうだね。鈴蘭、カルセさん……たぶんショールさんも……僕たちが戦った人たちは只者じゃなかった。彼らの侵入経路も分かっていないし、今回亡くなったあの兵士がどうやって脱獄したのか、誰に殺されたのか。問題は山積みだ」


鈴蘭とヒスイが曇った顔でいると、フローラはにっこりと笑った。


「私も心配だけど……きっとすぐに真相もわかるし、カイ兄様もショールも助かるわ。実はとっても腕の良い医師を呼んだのよ」


「呼んだって……王宮医師ではないのですか?」


腕の良い医師は王宮で召し抱えられることが多い。医師にとっても、名誉と高額の給料を得ることが出来るから、必然的に優秀な医師が王宮に集まっていた。


「ええ。彼はジャスパを拠点に各地を渡り歩いている医師でね。王宮にも偶に来るのだけど私が知る中で最も優れた医師だわ」


「大絶賛ですね……。ジャスパを拠点にしているって、大丈夫なんでしょうか」


鈴蘭はフローラの包帯を見ながら尋ねた。昨日あんなことがあったばかりでは不安になる。


「タイガお兄様が認めた人だし、人柄も素晴らしい紳士なの。きっと二人も仲良くなるわよ」


そこまで言われると何とも言えない。

しぶしぶ二人は頷くのだった。



_________




それからしばらくして、例の医師が王宮に来た。フローラたちは彼に面会しに向かったが、鈴蘭はその場に行くことは出来なかった。


「……っ」


というのも、突然体調を崩し始めたからだ。目眩と吐き気。それに脚の痛みも合わさって、鈴蘭といえど苦しいものは苦しい。


真っ青になったフローラとヒスイに寝ているように言われたのでベットで横になっていたが、苦しくて眠るに眠れない。

自分よりも焦った二人の顔を思い出すと、つい笑みが溢れる。鈴蘭はシーツを握り締めて苦しさに耐えていた。


………

……


それからどれくらい経っただろう。

ぼんやりしていた鈴蘭の耳に、控えめなノック音が聴こえた。


もしかするとフローラかヒスイが見舞いに来たのかもしれない。


鈴蘭は重い頭を起こし、壁に手をつきながら脚を引きずり扉まで向かった。


「……はい」




扉を開いた鈴蘭が見たのは――




「はじめまして。ホタルと言います」




度々夢に出てきた少年に似た青年だった。




「っ!!」


突然頭に強い衝撃が走り、身体のバランスを崩した。ホタルと名乗った青年はそれを素早く抱きとめる。


「っ! 大丈夫ですか!?」


「……大丈夫」


大丈夫ではない。鈴蘭の視界は暗くなりかけていた。声もくぐもっている。

気を失うだろうな……と自覚しながら目を閉じる。


「もしかして傷薬を使ったのか……! 君は薬に弱いのに……」


ホタルの焦る声を聞いた。

どうしてか、とて心が落ち着くのを感じながら。



_________




『君はスズランの花言葉を知ってる?』


鈴蘭は夢を見ていた。どこか不思議で、安心するのに落ち着かない、そんな夢だ。


『色々あるけど、僕が特に好きなスズランの花言葉は「幸福の再来」なんだ』


少年がふわりと笑った。

蜂蜜色の髪がさらさら揺れる。


『きっとこれから辛いことが沢山起こる。悲しいことも。人を信じられなくなるかもしれない』


でもね、と彼は鈴蘭の右手を取った。

小さな手は自分のものと思えないが、たしかに自分の手だ。


『きっと君は幸せになる。少なくとも、僕は君の幸せを願っているから。隣にいるのが、僕じゃなくても』


手に何かを握らせる。そっと開いてみると、鈴蘭がずっと付けている鈴の髪飾りだった。


顔を上げた時に見えた少し寂しそうに揺れる湖色の瞳が、印象的だった。



_________




右手が温かい。


鈴蘭がゆっくりと目をあけると、綺麗な湖色があった。


「これは夢の続きなのだろうか」


「……ふふ、そうかもしれません」


綺麗な湖色が三日月型に細められた。


……だんだん意識がはっきりするに従って、鈴蘭は今の状況を認識できてきた。できるに連れて色々と気恥ずかしくなり、すっと視線を逸す。


「今変なことを言った。すみませんでした。……ホタルさん、でしたっけ。今の状況を事細かに教えてもらえると嬉しいのですが」


すると相手――ホタルは、もう一度微笑む。


「改めましてはじめまして。私はタイガ王子とフローラ姫に呼ばれた町医者です。鈴蘭さんが具合を悪くしているとフローラ姫から聞いたので、様子を伺いに来たんですが、貴女が扉を開いた途端倒れてしまったので、この部屋を借りて治療させてもらいました」


鈴蘭が視線を寝台の隣に移すと、そこには注射針や薬が置いてあった。

鈴蘭は目を見開いて慌てる。


「悪いが私は薬に弱い体質なんだ。薬というか、通常薬に使われる植物の類が駄目だ」


特に自然毒は他の人なら大したことがなくても、鈴蘭にとっては生死に関わる大問題だった。

だから今までは毒を飲んだ時、素早い解毒薬を使っていた。そう、ヒスイに初めて出会った時に渡した薬だ。


これはセピアにいた頃に鈴蘭に合わせて調合してもらった万能薬に近いものだった。カラア族は何かしらの能力が卓越する。それは天才も多くいるということで、医療や科学技術は王都よりも発達していたのだ。


「そのようですね。毒にも薬にもなるような植物に拒絶反応を起こすようです。ですから、この注射にはそういったものを含んではいません。安心して大丈夫ですよ」


鈴蘭はほっと息を吐いた。

ホタルはゆっくり鈴蘭の手を離す。

そもそもどうして手を握っていたのか疑問ではあるが、ずっと温かかったからか鈴蘭は急に物足りないものを感じてしまった。


ホタルは置いてあった紙を鈴蘭に渡しながら説明を始める。紙には鈴蘭の体質と使った薬について書かれている。


「鈴蘭さんは昨日、右下肢の切創にガーゼを当てて包帯を巻いたそうですが、王宮医師の方に確認したところ、ガーゼに薬を染み込ませていたそうです。それに拒絶反応を起こし、具合を悪くしたと思われます」


「ああ、なるほど」


王宮医師にとっては、治療を拒否する鈴蘭への気遣いだっただけなのだろう。気遣いなのだから何も言えない。


ホタルは報告を終えると、鈴蘭の顔をじっと見つめてきた。ホタルの顔は本当に綺麗で、神がつくったのではないかと思うくらいに美しい。思わず見惚れてしまうが、寝ぼけた発言といい手を握っていたことといい、鈴蘭も多少の羞恥を感じていた。


居心地が悪くて目を逸らそうとするが、白いホタルの手が鈴蘭の頬へ当てられる。


「な、なんですか」


「最近寝不足ぎみのようですね。食事も足りていないようです。稽古に励むのも大切でしょうが、寝食を蔑ろにしてはいけませんよ。女の子なんですから」


心から心配している様子に、鈴蘭はぽかんとしてしまう。女の子だから、なんて言われたのも初めてだ。鈴蘭は規格外だから何をしても大丈夫、と周りから思われている節があるせいか、寝不足なんて気にされない。

……フローラとヒスイは別だが。


「……わかった。気をつけます……ありがとう」


「はい。どういたしまして」


ホタルが優しく笑う。鈴蘭は安心して力を抜けていくのを感じていた。


優しい空気が流れていた時、突然扉が開かれた。


「薬師! 任されてた仕事終わったのー」


現れたのは、10才前後の少女だ。癖っ毛でふわふわした栗色の髪と黒の瞳。子供っぽくも知的にも見える。

服装はあまり見かけないロリータファッション。赤と茶色を基調として動きやすい程度にフリルやレースがついている。頭には紅いリボンが結ばれていて、人を選ぶ服装でありながら彼女は完璧に着こなしていた。とても似合っている。


「ルイ、鈴蘭さんが驚くでしょう。静かに入りなさい」


「はあい。お姉さん、ごめんなさいなの」


ぴょこぴょこと鈴蘭の方へ駆け寄り、ルイは小さい身体を折り曲げて謝った。


「いや、大丈夫だよ」


「優しいお姉さんなのー」


もちもちの頬が可愛らしく上がる。思わず頭を撫でたくなるような、子供特有の愛らしさがあった。


「お姉さんはくすぐったいな。私は鈴蘭。鈴蘭と呼んでくれていい」


「鈴蘭……は申し訳ないの。鈴お姉さん、はどう? あ、鈴ねぇでもいいかもなのー。あとは……」


きゃっきゃっと楽しげにあれこれ案を出してくれるが、鈴蘭はどれでもいいのだがと困ってしまう。ホタルの方へ視線をやると、彼はすまなさそうにルイを止めた。


「鈴蘭さんが困ってるよ」


「むう。薬師も鈴蘭さんなんて他人行儀すぎなの」


「そんなことないと思うけど……」


ホタルもルイには弱いようだ。


「二人は兄妹なんですか?」


ホタルは20代前半に見える。だから年齢的にそう思ったのだが……


「兄妹、ですか。……ふふ、そうか、そう見えるんですかね」


ホタルは控えめに笑いだした。

何かおかしいことを言ったのか鈴蘭にはわからなかったが、ルイも楽しそうににこにこしているから、何かおかしかったのだろう。


「ふははっ。……ああ、すみません。ルイは私の助手です。こう見えてとても優秀な助手なんですよ」


「なのなの。薬師は薬師なの。鈴ねぇは師匠いるのー? その師匠を兄と思ってる?って訊かれたのと一緒なの」


「……。ないな」


鈴蘭の師匠は昔は近衛騎士団の団長だった人だが、今はスパルタほけほけおじいちゃんだ。年齢的にも気持ち的にも決して兄ではない。決してだ。


「ところで鈴ねぇにしたのか?」


「言いやすさ重視なの! 鈴ねぇもルイって呼んで!」


「わかった。よろしく、ルイ」


ルイはぱっと笑った。

するとそこにホタルが微笑みながら入ってくる。


「ふふ、仲良くなってくれて嬉しいです。私も入れてくれますか」


「いいですが……ホタルさん、なんか近くないですか」


「そうです? "鈴蘭"のことをもっと知りたいから、ですかね」


変わった呼び方、甘く優しい声と流し目に思わず鼓動が速くなったことは、鈴蘭は自分のことながら不可解だった。




ホタルとルイとの時間は、鈴蘭にとってとても心地よいものだった。もちろん、フローラやヒスイとの時間も好きだ。ショールやライト、結城と一緒にいるのも楽しい。

けれど何となく、何かが違った。


「鈴ねぇの部屋は可愛いのー。もしかしてこのキャラクター好きなの?」


「あ、流行りの《にょろり》っていうかたつむりのゆるキャラですね。この前診察した子供からシールもらいましたよ」


「にょろりが好きな"生徒"の影響で好きになったんだ。このゆるさがたまらないです」


ああそうか。


「(二人にとって、私は何者でもないんだ)」


白き英雄でも、姫の側近になった新人でも、セピアの一員でもない。そう見られることが嫌なわけではない。


けれど何者でもないというのは、心が休まった。


「(ん、悪くない)」


しばらく三人は、状況も時間も忘れて談笑した。




※※※※※※※※※




「でた! ホタルさん!」


今現在進行中で鈴蘭とデートしているホタルさん!……まぁ、ルイちゃんも一緒なのだが。


初対面でこんなに鈴蘭と仲良くなるなんて羨ましい。羨ましい。



それにしても夢に出てきた人に似てるってどういうことなんだろう? ホタルさんも鈴蘭のこと知ってるみたい?だし、謎の一つだ。


謎欄をノートに作って、そこに書き加えることにした。

鈴蘭に人間味が出てきた感じです。


余談ですが、《にょろり》というゆるキャラ。

鈴蘭の生徒=アルフレッドです。彼は今も密かにグッズあつめをしているようです。

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