第15話 リコリスとセピア
さらっと死傷者が出てきます。ご了承下さい。
ショールがフローラの元へ急いでいると、廊下の向こう側からヒスイが走ってくるのを見つけた。ヒスイはひどく焦っているようだった。
「ヒスイ、どうしたの。フローラと鈴蘭は?」
「ショールさん! 姫がいなくなったんです!」
ヒスイと鈴蘭は、ジャスピアンの襲撃の報せを受けて、フローラを安全な場所へ避難させた。しかし、次に来た報せ「カイト王子が敵に刺され、意識不明の重態」と聞いた途端、フローラはどこかへ飛び出していったのだった。
「あの鈴蘭とヒスイの包囲網を掻い潜ったってことは……フローラは王族のみが知る秘密通路から逃げたってことか」
ともかく、のんびりしている暇はない。話からしてフローラは正門の方へ向かったと思われる。
「今、鈴蘭と手分けして姫を探しているんです」
「わかった。俺も探すよ」
ヒスイと別れたショールは、来た道をもう一度戻り正門の方へ走り出した。
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その頃、正門にて。
カイト王子を刺した人物は、真っ白なローブを羽織った壮年の男だった。
騎士たちはカイトを刺されたことへの怒りと焦りから、その男へ一斉に攻撃を始めたが、何人相手であろうが男に傷一つつけられる人はいなかった。
それどころか、死人はいないもののどんどん負傷者が出てき始めたのだ。
「俺は東門にいるカルセさんたちを呼んできます。他の総合兵隊は速やかにカイト王子を城へ。そして負傷者への応急処置を」
情報部の副長になった結城が冷静に指示をする。本来なら隊長が指示をするところだが、結城の周りからの信頼は誰よりも厚い。ライトを含めた全員が力強く頷いた。
東門へ駆けていく結城を見たあと、ライトは震える手を握りしめる。
今もなお男と騎士の戦いは続いている。ジャスピアンたちも兵士たちと衝突している。別にそれが恐ろしくて震えているわけじゃない。
「あの白いローブ……」
ライトは昔、白き英雄スランに会ったことがある。スランが王都へ来た直後だ。
その時スランが――鈴蘭が――着ていた白い服に
「似てる……」
………
……
…
戦いは困難を極めていた。騎士はエリート中のエリートだ。
なのに男はいとも容易く切り伏せていく。死人は出ていない。まるで手加減されているようだった。
事実、負傷者が増えるほうが処置へ割く人員が増えるので戦力が減る。それを狙ってやっているのであれば、この男は自分たちより遥かに強い。
騎士たちは口には出さない。けれど心のどこかで諦めかけていた、その時――
「前を向け! 剣を持て! 私は諦める騎士を育てた覚えはないぞ!」
力強い、体を痺れさせ力を与える声が響いた。
その声に励まされたのは騎士だけではなく、一般兵士もだ。
声の方を向けば、強い光を持つ水色の瞳。
「私の名はカルセドナ・アリスター。近衛騎士団団長だ」
カルセドナの姿はまさしく誇り高き騎士。
そんな騎士の姿を捉えた男は、満足そうに穏やかに微笑んだ。
「やっと、いらっしゃいましたか」
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カルセドナが正門についたのと時を同じくして、鈴蘭は奇妙な少女と対峙していた。
毒々しい紫色の髪。黄色と赤色という別々の色を持つ瞳。華奢で不健康でか弱そうにみえるが、油断できない相手だと思わせる殺気を放っていた。
「キミが鈴蘭サンだネ?」
少女が口を開く。手には血が滴っている剣が握られていた。そして少女の後ろには倒れる衛兵の姿。もう手遅れだと鈴蘭は察した。
「お前は何者だ。私に何の用だ」
「ボクの名前は《ロベリア》。《なんでも屋リコリス》のリーダー、ダヨ」
反王政派の街ジャスパ。その背後で武器を与えるなどの支援を行う組織リコリス。
ショールが恐れていた、リコリスのリーダーだった。
「鈴蘭に会えて嬉しいナ。ずうっと会いたかったんだヨ」
頬を赤くして彼女は笑う。こんな状況でなけらば可愛らしいと思っただろうが、今は異質で異様でしかない。
そもそも、ロベリアなんて人を鈴蘭は知らない。
「鈴蘭、鈴蘭、戦おうヨ! どれだけキミが"弱く"なったのか、ボクが確かめてアゲル」
それは一瞬のことだった。
目の前からロベリアが消る。
咄嗟に後ろを振り返りながら剣をを振る。
甲高い金属同士着ぶつかる音に、久しぶりに鈴蘭は鳥肌が立った。
――もし少しでも遅れていたら、死んでいた。
一息つく暇も与えず、ロベリアは攻撃を仕掛けてくる。
鈴蘭もそれに対応するが、流れを相手にとられていた。
「(まずいな……)」
鈴蘭は一度空き部屋へ入って、体勢を立て直す。
ロベリアは扉をゆっくり開けて、入ってきた。その口には笑みが浮かんでいる。
「楽しいネ。久しぶりの鈴蘭との戦いダ! でもやっぱり弱くなってル。ザンネン」
「私はお前のことなど知らない。弱くなったって……私の何を知っていると言うんだ!」
するとロベリアは目を丸くしてパチパチと瞬きをする。
「昔のボクと同じこと言うんだネ。……じゃあ、昔の鈴蘭と同じことを返してアゲル。
『知らないに決まってる。だから教えて。友達になって』」
知らない。そんなこと言った記憶ない。こんな人知らない。
鈴蘭は得体の知れない恐怖を感じた。
「覚えてなくて当たり前だよ。……それより鈴蘭の剣術って、活人剣術だよネ。弱くなったねぇ、キミが守りたいものは、キミの後ろにいる人なの? キミの前にいる人なの?」
「っ!」
その言葉にドキッとしていると、ロベリアがまた攻撃をしてきた。
鈴蘭は考える。自分のすべきことを。
鈴蘭は考える。最適解を。
鈴蘭は……
「考えるから、弱くなるンダ」
迫る切っ先に、思考を放棄した。
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ショールもまた、侵入者と戦闘を繰り広げていた。
鈴蘭と違うところは、すでにショールは満身創痍になっているというところ。
「っはぁ……、強すぎでしょ」
「貴様が弱すぎるんだ。……俺は先生のところに行きたかったのに」
後半の言葉は小さくてショールには届かなかった。
ショールの相手をしていたのは、長い薄紫の髪を高い位置で結った、美しい男だった。長髪のせいか、中性的だ。
彼の名はアルフレッド。
正門で戦う壮年の男と同じローブを羽織っていた。
「そのローブ……書物で読んだことがある。もしかして君は――カラア族?」
ショールの質問に、アルフレッドは冷ややかな視線を返した。
アルフレッドは無傷、ショールは重傷。この時点で刺激することは得策でないとわかっていても、ショールはどうしても質問せざるを得ない。
カラア族。その血を引く者は何らかの能力が突出する。革命前に貴族に理由もなく村を襲われた民族。
「そうだ。俺はカラア族であり、セピアの一員。……お前たちがくだらない理由で虐げた民族だ」
怨念。アルフレッドの赤い瞳には苛烈な怨みがあった。
けれどすぐにその色は消え、虚無の冷え冷えとした赤色が戻る。
そんな冷めた視線が、初めて出会った頃の鈴蘭と重なって見えた。
「立て。俺はあくまで足止め役。退屈させないでほしい」
自分はフローラのところへ行けそうにない。
ショールは乾いた笑いを漏らした。
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フローラを探す二人が足止めされていたわけだが、それはヒスイも例外でなかった。
ヒスイの前には巨大な斧を持った少女がいた。無表情で表情筋がないのでは? と思うほど動かない。
「ひゃー。やっぱ強いッスね!」
無表情だが、言葉はテンションが高い。
少女が巨大な斧を持っている。
ちぐはぐな少女にヒスイは戸惑っていた。
「アルさんがヒスイさんの相手すればよかったッスのに。わたしには荷が思いッスよー」
嘆いているようなの声。顔は無表情だ。
ヒスイは突然攻撃を仕掛けてきたこの少女に応戦したわけだが、突然過ぎて状況が掴めていなかった。
「君は城の人じゃないよね。もしかしてジャスピアン?」
「あ、自己紹介が遅れたッス! わたしはリコリスのメンバー《ヨモギ》。以後よろしくッス」
「リコリスか。よろしくしたくないね」
話だけ聞いたことがあったヒスイは、警戒したように剣を持ち直す。
ヨモギは小手先の技なんて使わない。単純で先読みは簡単だ。けれど人間離れした怪力は油断できない。一度受け止めれば骨が砕けかねないことは、先の攻防で破壊された柱を見れば明白だった。
「熊を相手にしているみたいだ」
「レディに向かって失礼ッスよ!」
「あ、ごめんねっ。昔のことを思い出していたんだ」
極寒の地で育ったヒスイ。食料を得るためにシロクマを狩ったことも何度かある。たった一人の家族、母のために。もちろん、命がけで。
「だから少しばかり心得があるよ」
おそらく、誰よりヨモギへの相性が良い人だった。
ヒスイは挑戦的に笑みを浮かべた。
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「!!!!」
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「どこだっけ!? ええと、たしか……」
あった。鈴蘭とカイト王子が裏の英雄譚について話していた回。
――その最後に出てきたセカイのセリフだ
『役者は揃った。物語を動かすよ』
『待ってましたッス! 【英雄】を完璧な【神】にする物語ッスね!!』
どう見ても、今出てきたヨモギって人と同じ喋り方だ。
じゃあ……ヨモギはセカイのメンバーということなのだろうか。




