第14話 反王政派の街ジャスパ
【第八話 暴動、騒動、始動】
ライトは素振りを一旦止め、汗を拭って結城の方に話しかけた。
「どうだった?」
「振りが弱い。それと初めは姿勢を保てていたが、後半は前屈みだ」
「ありがとっ」
穏やかな時間はあっという間に過ぎ去る。初夏の風が心地よい7月。フローラの誘拐事件以後、大きな問題もない。
ライトは結城にチェックしてもらう、ショールに教えてもらう、トレーニングする、などをして鈴蘭やヒスイに追いつくべく努力を重ねていた。
「ライト、そういえばそろそろショールさんが帰ってくる時期だったな」
「本当だ。帰ってきたら稽古付けてもらおうっと」
ショールは王都の案内をした日以降、何かと忙しく働いていた。そしてタイガからの任務ということで王都を離れていたのだ。
「(だが、第一王子の側近たるショールさんが王都を離れるなんてそうそうない。何か起こったんだろうな。……もしかすると……)」
結城は自分が予想した厄介事に表情を険しくした。
その予想が当たっているかを答える人は、そこにはいなかった。
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その夜、王都に戻ったショールは何より先にタイガの元へ向かった。いつもの余裕はなく、どこか落ち着きがない。
「報告します。今回ジェミニカ西部の街、《ジャスパ》の視察へ向かったところ、王都襲撃の計画が始動していることが判明しました」
ショールの報告に、タイガは僅かに目つきを鋭くする。慈愛に溢れる真っ赤な瞳は、同時に恐ろしくもあった。
「一足遅かったか……。《リコリス》の動きはどうなっている」
「ジャスパの人々に武器を配布したそうです。それに、俺の感覚ですが、王都の人口が急に増えた気もしますね」
「武器を持った《ジャスピアン》がクレアノトに紛れ込んでいるということか」
ジェミニカ西部の街、《ジャスパ》。そこは反王族、反貴族をスローガンに掲げる人々が集まる街だ。度々王都へ来てデモや暴動を行っている。ジャスパに住む、特に過激な人々のことを地名から取って《ジャスピアン》と呼んでいた。
しかし、国の方針に反発する人々がいるのはどこにでも存在する。当たり前だ。
にも関わらずジャスピアンが特に危険視されるのは、背後に《なんでも屋リコリス》という組織が存在するからであった。
その名の通り、リーダーが認めたものであればどんなことでも受け付けるなんでも屋。どんなことでも行うその活動の内容から、リコリスは指名手配されているが、未だ捕まえることができていない。
「なぜリコリスが事あるごとにジャスピアンに加担するかはわからない。それに、騎士を動かしてもリコリスのメンバー一人さえ捕まえることができないという事実は不名誉だ。……いいか、今回は逃すな」
「努力するよ」
報告が終わった途端、ショールは口調を崩した。仕事のオンオフが激しいショールたが、タイガも特に気にした様子はない。慣れている、というより重大なことでもないと思っているようだ。この主従関係は難しい。
「はあ。仮にも私の側近だろう。その自信のなさはなんだ」
「んんー。リコリスのリーダーとか、俺が不死身なったとしても絶対勝てないだろうよ。カルセもきっと敵わない。……よかったね、やっと可能性のある人が現れたよ」
それは暗に鈴蘭のことを示していた。
自分は鈴蘭の正体を知っている、と仄めかすように。
「……まったく、お前は掘り起こすのが好きだな」
「えぇ。それが仕事ですから」
「趣味だろう」
そしてタイガはふっと微笑を浮かべる。王らしい態度は、ショールでさえ息を吐くほど圧倒的だ。
ーー誰もそれが努力によってつくられたものなど気づくわけがない。
「で、俺は何をすればいいかな? ジャスピアンが暴動を起こす前に捕縛しておこうか」
タイガはゆったりと頭を横に振った。
「お前は何もしなくていい。……もうじき王都は混乱に巻き込まれる。上手く利用させてもらうくらいせねばな」
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ヒスイは唸っていた。
目の前には得意げに笑う第一王女フローラだ。高価な宝石のように透明で魅惑的なピンクの瞳が爛々と輝いている。
「……ここにします」
「ふふ、チェックメイト! 私の勝ちよ」
卓上のチェスボードは、白のクイーンが黒のキングを追い詰めていた。負けたヒスイの黒の駒はナイトとビショップしかいなかった。
「姫はチェスが得意なんですね。鈴蘭にも勝ちましたし、これで30連勝でしたよね」
「チェスは楽しいわ。次は噂の結城とやってみたいわね。王宮に来て三ヶ月で総合兵隊情報部の副長に就任した奇才、でしょ」
そう、結城は先日異例の昇級をしたのだ。
鈴蘭やヒスイといい、今年の新人はどうなっているんだ、何か裏で取引してるのではとかなり騒がれたが、何をしたのか総合兵隊全員が結城を擁護し始めてすぐに騒ぎは収まった。
もっとも、擁護というより『結城の実力は本物だ。だから変に騒いで結城を刺激しないでくれ! もし怒らせたら……社会的に死ぬぞっ』と怯えながら言っていたそうだ。
「(結城は総合兵隊で何をしたんだ……)」
聞いても誰も口を割らないのだから、ある意味ホラーだ。
「姫様チェスで唯一敵わないのはタイガ様でしたよね」
鈴蘭がお茶の用意をしながら尋ねる。ヒスイも何も言わずに準備をしだすのだから、もうすっかり立派な側近である。
馴染んできた二人を温かく見守り、フローラは頷いた。
「タイガお兄様は本当に尊敬しているわ。頭も良く剣も嗜んでいらっしゃる。私とカイ兄様を足してやっとタイガお兄様に追いつけるかどうかってくらい」
王になれるのはただ一人。そして今最も王に近いのがタイガだ。
「ですが、姫様たち三兄妹が揃って、今の平和があるんです。姫様は十分立派ですよ」
「もう、鈴蘭はおだてるのが上手なんだから」
頬を薄く赤らめる姿は、なんとも可憐で可愛らしい。姫という言葉がこれほど似合う人もそういないだろう。
そんな穏やかな時間はーー
外からの爆発音と阿鼻叫喚によって崩された。
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城の正門で爆弾が爆発した。
外へ出ていたショールは、その報せを聞いて急いでタイガの元へ戻った。
城までの道には、武器を持ったジャスピアンがいる。一般人には手を出していないようだ。とはいえ街の人たちは、突然の爆発音と暴徒達の登場に怯えているようだ。
すると、再び爆発の轟音が響いた。
今は城へ戻ることが先決と考え、その場を通り過ぎる。
ジャスピアンは一般人には手を出さない。けれど自分の主人は命を狙われているのだから。
「……っ」
チクリと心臓の痛みに気づかないふりをして。
………
……
…
正門まで来ると、カイト第二王子を筆頭に機動隊と総合兵隊が騎士が門に押しかけるジャスピアンを抑えているところだった。カイトは王子でありながら軍部大臣でもあり、騎士でもあるのだ。
そこにいた兵士を一人捕まえて事情を訊く。二回目の爆発音は東門からだったらしく、カルセが人員を割いてそちらに向かったとのことだ。
ジェミニカの最高軍事力のスラン騎士隊が、丁度また国境付近まで遠征に出ている。ショールは小さく舌打ちした。
「タイガの考えがわからないな。どうして何もしなくていいなんて……」
ショールはすっと城へ入り、タイガを捜した。幸いすぐに見つかったが、タイガは外が大騒動になっているというのに動じた様子はない。
「やっと来たか、ショール。命令だ。フローラの護衛に当たれ」
「主人を放置して? タイガってシスコンだよね」
「私はいいんだ。それより、フローラをこんなところで危険に晒すわけにはいかん」
ショールも彼の側近だ。タイガとカイトがどれだけフローラを大切にしているか知っていた。
ある時から「私は側近にする人をもう決めているの」と言って側近をすぐに辞めさせていたフローラを守っていたのは、ショールだった。
「了解しました。我が主」
何を考えているのかわからない主人の、唯一のわかりやすい単純な想いを叶えないわけにはいかないではないか。
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その頃、ライトは正門でジャスピアンを抑えていた。正門の近くで爆発が起こったものの、門に損傷はない。とはいえ何かの拍子に門が開いてジャスピアンが城に入ったら大変だ。
「でもジャスピアンも一応一般人だからなるべく傷つけないように……って、中々注文多い」
賊や犯罪組織相手ならともかく、一般人暴徒相手の戦闘は難しい。
それでも兵士たちの士気が高かったのは、先頭で戦うカイトの存在のおかげだ。王子も剣を持って守ろうとしているという姿は、直接的で身近で、胸に響きやすかった。
自分も頑張らなくては!
そう思ったのと同時にーー
「がはっ!!」
周りに衝撃がはしる。
誰も対応できなかった。誰も気づかなかった。
そう、騎士でさえも。
ライトの目に写ったのは、剣に貫かれたカイトの姿だった。




