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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
1章 王都騒動編
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第11話 裏の英雄譚

細やかな装飾の施されたこの部屋は、一般の人から見れば衣食住が十分出来る広さがある。飾られている絵画も造形物も、口に出来ないほどの値段であることは容易に想像できた。


ここは第二王子【カイト】の執務室であるのだから。


「お前相手とはいえ、客人をもてなさずにいるのも悪い。ワインでも飲むか?」


カイトは棘のある言い方で尋ねた。


カーテンの閉じられたこの部屋では、外では美しい朝日がでているのだろうが夜のような空気がある。


そんな薄暗い部屋では黒にさえ見えそうな濃い抹茶色の髪にフローラと同じ薄桃色の瞳、というは少しアンバランスなように思えるが絶妙に整っていた。

目つきはフローラに似ても似つかぬ三白眼。しかも額から鼻にかけて切創があり、相変わらず凄味のある王子だと鈴蘭は思った。


「朝からワインは飲みませんよ。というかカイト様、前はこんな傷なかったですよね。この4年で何があったんですか……」


「俺もそこそこの修羅場を潜ったってことだ」


「王子らしくないのは変わりませんね」


「お前も相変わらず女に見えないな」


二人の間に冷ややかな空気が流れた。

鈴蘭は外向けの微笑みを浮かべているが、紅の瞳に不愉快だと感情が出ている。

カイトの方も無理やり笑おうとしているせいで悪人面が極悪人になってしまっていた。


「……まぁ、とにかく真面目な話をするぞ」


と、冷たい空気を変えたのはカイトだ。


「ジェミニカ第二王子、カイト=ウィル=ジェムシェールが改めて挨拶する。


白き英雄、鈴蘭」


「ええ。お久しぶりです、カイト王子」




_________





「正直お前が王都に来たと知った時馬鹿じゃねぇかと思ったぞ。たった4年ぽっちで白き英雄の熱が冷めると思ってんのか」


唐突なその言葉に、鈴蘭は呆れたように大きく溜息をついた。それは王子相手にするようなものではないが、鈴蘭の立ち位置的にカイトは口を出せない。


「ええ、たしかに熱は冷めないでしょう。ですがジェミニカ追放の期間を4年と言ったのは貴方たちです。丁度修行も終わったところでしたし、英雄として戦わせておいて追放……なんてのは不満でしたからね。ちょっとした仕返しとでも思って下さい」


鈴蘭はワインの代わりに用意されたハーブティーに口をつける。洗練されたその所作は貴族の娘だと言われても納得するくらいのものだ。


カイトはこの正体不明の英雄が昔から嫌いだった。苦手で、生理的に受付けない、相性が悪い、とも言える。


「今のジェミニカを創ったのは《白き英雄》と言っても過言じゃねぇ。今もなお国民の心の拠り所でもある。先日の英雄党のことでわかっただろ、英雄はそんなヒョイヒョイ現れていいもんじゃないんだ」


白き英雄

腐敗していたジェミニカに変革をもたらした英雄。

当時最強と言われた騎士に勝利した英雄。

貴族の世を終わらせ、王族中心に国民の権利を尊重した実力主義国家を創った英雄。


けれど鈴蘭にとっては全てが偶然だったとしか言えない。英雄になりたくてなったのではない。


それにーー


「英雄なんて、大層な呼び名ですよね。私はただの罪人だ」


鈴蘭の声は僅かに震えていた。


「ふんっ。まだ対人で剣を使えないのか? そんな甘ったれたやつをフローラの側近に出来ないが」


カイトは小馬鹿にしたように鼻で笑うが、内心ヒヤヒヤしていた。

カイトは軍部大臣であり、騎士でもある。

そんなカイトでも鈴蘭の強さは誰にも超えることが出来ない……言いかえれば、これほど強力な味方もいないと思っていたのだ。


だからこそ、鈴蘭が剣を使えないというのは困る。








鈴蘭とカイトは5年前の武道大会の後のことを懐古した。鈴蘭が武道大会で優勝してから、ジェミニカを去るまでの話。



_________




鈴蘭が武道大会で優勝してから、鈴蘭はタイガとカイトに呼び出された。表向きは伝統である一つ願いを叶えるため。実際は、英雄と呼ばれ始めていた鈴蘭を王族側に引き入れるためだ。


「お断りします」


「はぁ? そんなの許させるとでも思ってんのか!」


「カイト、落ち着け」


当時鈴蘭はジェミニカの行方なんて知ったことではなかった。タイガが今のジェミニカの状況を説明し、その上での提案を鈴蘭は何の迷いもなく切り捨てる。

鈴蘭は何の感情もこもらない紅色の目で二人の王子をじっと見つめた。


「次期権力者を決める大会だったそうですが、私はただ願いを叶えてもらいたかっただけです。それが果たされた今、貴方たちに協力して私に何のメリットがありますか」


国なんて心底どうでもいいという態度に、カイトは怒りを抑えきれなくなる。


「ふざけるのもいい加減にしろよ!! 言っておくが、これは頼みなんかじゃない。責任だ!罰だ!」


その言葉に鈴蘭は少し眉をひそめた。

なぜ罰なのだ。自分は何も罪を犯していない。


ーーもう、罪を犯さないと決めたのだ。


けれどカイトは構わずに言葉を続けた。

少し落ち着いた様子で、一人の王子として。


「これはお前への罰だ。国民の感情も期待も不安も、全てを無視して英雄になったお前への罰だ」


その時鈴蘭にはわからなかった。

無視も何も、勝手に自分に期待したのは国民だ。私がこの後のことなんか構わず放置したとしても、それで失望させる義理はない。


しかし、後にカイトの言葉を理解する時が来る。







その後鈴蘭とカイトの平行線の論議は続き、それをの止めたのはタイガだった。タイガはカイトに席を外すように命じ、鈴蘭と一対一で言葉を交わした。


「見るに、スランもとい鈴蘭は"正義"を探しているようだな」


タイガはそう切り出した。鈴蘭は少し驚き息をのむ。


「なぜ、わかった」


「一応、一国の王子だからな」


タイガの態度は穏やかで寛大だ。けれどどこか冷たいような、圧迫感のある恐ろしさがある。

タイガの炎のように真っ赤な瞳が鈴蘭を捕らえる。この時初めて鈴蘭に緊張が走った。


「今、ジェミニカの国民は苦しみを抱えている。苦しませているのは貴族だ。そして正義とは、国民の幸せを守ること。……ほら、答えは明白だろう。今正義であるべきは我々王族だ。貴族を抑え、国民のための素晴らしいジェミニカにする。世界は幸せになる。だから鈴蘭には正義の味方になってほしい。英雄になってくれ」


鈴蘭はくらりと言葉に酔った。

求めていた正義を目の前に出されたのだ。

それに釣られるなんて軽いと言われるかもしれない。それでも、そうなるくらいに鈴蘭は正義に飢えていた。


「正義の味方……英雄……。わかりました。お力になりましょう」


こうして、不用意に国民に希望を与えた英雄は英雄として存在することを決めたのだった。






それから鈴蘭はタイガの直属の秘密機関《宵闇》に入れられた。宵闇は、特殊任務や困難な人質救助等を任されていた。

他にも、情報操作、偽装工作、戦略的攻撃、諜報など秘密裏に様々なことを行う集団だ。


いくら貴族が衰退してきているとはいえ、いくら国民が鈴蘭を持ち上げて革命を起こそうとしているとはいえ……確実に王族へ権力を取り戻すには、鈴蘭に内密に貴族を排除してもらうのが一番有効な手立てだと言えたからだ。


そうして、昼間は国民たちと暴動をして革命の導き手となり、夜は王族に反発する貴族の暗殺を行っていった。

これは、正義なのだと。






鈴蘭は宵闇に所属していたが、メンバーとは仲良くなかった。人と馴れ合って信頼して、裏切られる、それが鈴蘭には耐えきれないことだったから。

そんな苦しみを味わうくらいなら、初めから心を許さなければいい。


けれどそんな鈴蘭を変えたのは、フローラだった。


「私とお友達になりましょう!!」


宵闇の集会場に迷い込んだフローラを見つけた鈴蘭が声をかけると、突然そんなことを言ってきたのだ。

鈴蘭はもちろん冷たくあしらったが、毎日毎日彼女は鈴蘭のところへ通いつめた。


「どうして私にこだわるんですか。私は貴女に優しくしていませんけど」


「うん、だからこそよ。初めて私に対等に接してくれた人だもの」


わけのわからない人だと思った。けれど同時に強い人だとも思ったのも事実。


鈴蘭は宵闇では馴染まなかったが、外部に二人協力者が出来た。武道大会で一般参加していた、残りの二人だ。


その二人とフローラと一緒に過ごすうち、鈴蘭の中で何かが変わってきたのだった。そして幸せを知れば知るほど、今自分がしていることに疑問を持つようになった。


「(私の行いは、本当に正義なのか? ただ人の命を狩り取っているだけではないのか? これは……悪ではないのか)」


大会から5ヶ月経った12月25日。革命が成功し、鈴蘭は噴水広場で国民に崇められた。


ありがとう白き英雄!

革命の成功だ白き英雄!


けれど鈴蘭は喜べなかった。前のように興味がなかったからではなく、自分が英雄と呼ばれるに足る存在だと思えなかったからだ。


「(私は英雄になりたかったわけじゃない。正義を守りたかっただけなのに。期待や羨望が苦しい。重い。どうして私が英雄なんだ……!)」


この時カイトの言葉が蘇った。

何も考えず無責任に国民に希望を与えた、罰だと。


「(ああ、だからこんなに苦しいのか)」


鈴蘭はそれから一年、正義なのかを迷いながら、罪の償いのため、国民の期待に応えるために……革命後反発する人々を粛清していった。


そんな日々の中にもフローラたちの幸せが鈴蘭を癒やし、支え続けていた。





革命から役一年経ったある日。宵闇に一つの仕事が来た。鈴蘭はいつも通りに命令通りに動いたがーー



さて、このお話はまた今度にするとしよう。



ともかく、その出来事で鈴蘭はタイガの言った正義を完全に信じれなくなり、人の命を奪い続けていた自分の強さを恐れ、剣を使えなくなった。



_________




「私が剣を使えなくなったから、貴方達は私をこの国追放したのでしょう?」


「……そうだな。それに国民の神となった存在に宵闇なんて組織に入れて裏仕事させていたなんて知られたら、それこそジェミニカの崩壊が起こる。だから使えない危険物を国から出したんだ。鈴蘭が白き英雄とバレたら国は混乱する。決して知られないようにしろ。いいな」


完全にモノ扱いだ。傲慢で国とタイガのためなら手段を厭わないカイトが、鈴蘭はずっと嫌いだった。


「安心してください。フローラ姫様のことは大切ですから、王族の不利になるようなことはしません。それに追放期間中とある人の元へ修行に行ったので、昔とは違い"活人剣術"を習得しています。姫様のことは命に代えて守りましょう」


この言葉に嘘偽りはない。本気で鈴蘭は決意していた。きっと心優しいフローラは、鈴蘭の命を犠牲にすることを許さないだろうが……と思いながら。


それに、今の鈴蘭には活人剣術があるのだ。

昔のように人の命を奪う剣術じゃない。守るための、人を生かす剣術だ。


「フローラにお前が帰ってきていると知られたら厄介だと思って隠していたが……こうなった以上仕方ない。鈴蘭の言葉を信じ、フローラを任せるぞ」


鈴蘭は深く頷いた。


と、一つ気になることを思い出す。


「私が白き英雄だとバレないようにする……というのは理解しましたが、ショールに勘ぐられています。タイガ様の側近だから大丈夫かと思って否定も肯定もしませんでしたが……。彼は5年前はいませんでしたよね。一体何者なんでしょう」


するとカイトは苦虫を噛み潰したような顔になる。うーとか、あーとか言いながら言葉にするのを迷っているようだ。


「ん、ショールのことは放置しとけ。白き英雄について否定も肯定もしなくていい。ショールはーー絶対的な味方であり、最大の脅威でもあるからな」


やけに意味深長だと思ったが、気にするほどでもないというような反応でもある。


「それと、鈴蘭とヒスイは急な側近への昇進で変に目立った。今後お前らは貴族や騎士に目を付けられるだろう。……貴族はタイガが抑えておく。騎士も軍部大臣の俺が事を荒立てないよう言っておくがーー多分効果ないだろうな」


「効果ないんですか」


「こっちだって一枚岩じゃねぇからな。少なくとも、ショール、カルセ、《スラン騎士隊》隊長の【アレア】、俺の側近【ノバラ】は味方だ。……片っ端から騎士を倒して実力を認めさせようとか思うなよ?」


「そんな荒業しませんよ」


と言いつつも、最終手段として候補にはあった。


「白き英雄鈴蘭。お前の強さは異常だ。ジェミニカの騎士団を殲滅するくらい容易だろう……。人間が到達してはならない境地に自分がいること、ゆめゆめ忘れるな」


冗談の色は一切なかった。むしろ、少しの恐怖さえ滲んでいた。

恐れ知らずで傲慢で横暴。そんな彼でも自分に恐怖を抱いているのだと鈴蘭は再認識した。


彼もまた、自分を怖がる人の一人なのだと。


ーーこうして鈴蘭の、二度目の王宮生活が幕を開ける。



_________



「役者は揃った。物語を動かすよ」


「待ってましたッス! 【英雄】を完璧な【神】にする物語ッスね!!」


喜ぶ者、淡々としている者、その場に集まった六人が各々反応を示す。

その中でリーダーに当たる人物が大きな声で宣言した。


「【セカイ】始動!」


鈴蘭の物語が動く時ーー


それは鈴蘭を主人公とする私達が世界の歯車を動かしている時でもあるのだよ。





ねえ、読者の君たち?



※※※※※※※※※



「っ!!!」


バタンッ!


今までで一番大きな音をたてて本を閉じてしまった。本は大切にしろと今は亡き父に言われていたが、今回ばかりは許してほしい。


……ゾッとした。


「最後の、見られてるみたいだった……」


そうだ、この本の筆者はセカイ。鈴蘭を主人公にして物語を書くように世界を動かすなんてことを言っている、イカれてるやつなんだ。


……んで、どうやら六人グループらしいな。


ちょっとこの回は俺にとってショックが大きかった。最後の文しかり。

鈴蘭が英雄なのも察してたけど、実際言われると衝撃的だし。

何より、王族が白き英雄を宵闇なんて組織に入れていたことだ。


結局のところ、タイガ様やカイト様は白き英雄に……鈴蘭に暗殺をさせていたってことだろ。

俺もそうだが、ジェミニカの人にとって白き英雄は崇拝の対象だ。当時は普通に英雄と見られていたけど、絶妙なタイミングでの失踪が神話性を増長させた。


そんな白き英雄になんてことを……。


「……」


いや、白き英雄スラン。スランは元から……何か他の人と違った。


俺は昔、スランに会ったことがある。圧倒的な強さを持っていて、俺はそこに憧れた。

けれど英雄になる前から、スランは人間離れした恐ろしい空気を纏う人だった。

宵闇での仕事くらい、淡々とやってのけていただろう。


「だからこそ、今の鈴蘭に似てる気がしても……鈴蘭に似てないんだよなぁ」


でも、スランは怖かったのに、優しくて格好良かった。強さが羨ましかった。尊敬した。例え宵闇で血に染まっていたとしても、その尊敬は変わらない。


そして鈴蘭が白き英雄だったとしても、審査の日倒れた俺を心配してくれた優しい穏やかな鈴蘭が……憧れで、目標で、好きなんだ。

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