第9話 守る剣に
【第五話 表と裏の英雄譚】
天真爛漫。
ジェミニカ第一王女フローラがどんな人がを一言でいうなら、それが一番しっくりくる。
奇想天外な発想と柔軟な思考を持つ彼女だが、その行動力もあって、革命以後様々な政策を打ち出してきた。
また、人を惹き付けるカリスマ性がありタイガをも上回る人気を得ている。
そんな彼女だが、世間ではある噂がひっそりと流れていた。
『フローラ姫は実は性格が悪いらしい。側近が一ヶ月続いたことはなく、次々クビにして取っ替え引っ替えしている』
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カルセドナは近衛騎士団会議の後、大きな溜息をついた。今回の議題、それはーー
「フローラ姫の新側近を認めるか否か、か。こんな会議したところでもう確定しているだろうに」
数日前の誘拐事件を思い出す。
「よしっ、決めたわ。この二人を私の側近に任命します」
そんな爆弾発言に驚いたカルセドナは必死に説得をした。
「姫! この二人は今年入隊したばかりの新人です! 本人の前ですが言わせていただきますと、王宮審査の特徴上身分が分からない者たちです。どうか考え直して頂けませんか!」
けれどフローラはにこっと微笑むだけだ。
「心配してくれてありがとう、カルセ。でも大丈夫よ、二人は私を助けてくれた人だもの。それに二人を私の元に行かせたってことは、カルセもショールもそれくらいは信頼してるってことでしょう?」
「信頼というより、優秀さを認めているだけです。……おい、ショールも何とか言ってくれ」
「んんー? 俺は別に二人が側近でもいいと思うよ」
「やったー!」
「おいぃ!!」
カルセドナの狼狽えぶりが意外すぎて、鈴蘭たちはちょっと引いた。クール硬派格好いい上司がこんな風になっていたら少なからず誰だってそうなる。
もちろん、鈴蘭もヒスイも急な展開で驚いている。新人を第一王女の側近に……なんて、突飛で騎士団長を教育係にすることよりも前代未聞のことだ。けれど、カルセドナほど取り乱さないのは少し予感があったからか。
「私、人を見る目はある方だと思っているの。鈴蘭は誠実な人柄だし、ヒスイは分別のある強い人……というのが私が持った印象。そして十分側近になる素質もある。」
フローラはキラキラと挑戦的な光を持ちながら、鈴蘭とヒスイの方を向いた。
「私はこのジェミニカを、国民が幸せに暮らせる国にしたいと思っているわ。もう革命前の荒廃を見たくない。私がこの国の未来を照らす光になる。……だから二人とも、私の支えになってほしい」
その堂々たる佇まいに、その場の皆が息を飲んだ。ただ真っ直ぐに輝かしい未来を見据えている。
二人は強い光に、ぐらりと引き寄せられた。何もかも気にせずに、この手を取って支えになりたいと……
「鈴蘭! ヒスイ!」
カルセドナの叱咤の声に、パチンと何かが弾けた。ヒスイは無闇な発言慎むように軽く頭を下げ、鈴蘭はやってしまったとばかりに苦々しく視線を逸らす。
「カルセドナ。新人ってことが心配なら、貴女ともう一人教育係を付けるわ。それでいい?」
「そういう問題じゃありません。というか、誰を教育係にするおつもりですか」
「ショールよ」
「…………俺!?」
傍観者気取りで悠々と眺めていたショール。まさか自分に飛び火するとは思ってもいなかったようで、困ったように笑う。
「そうね、別に俺はいいけど」
「教育係が私なのは分かりますが、ショールはよろしくないかと。勝手な行動ばかりする男ですよ。新人たちに悪影響を及ぼしかねません」
フローラは異議を唱えるカルセドナに苦笑する。自分を心配してのことだとわかってはいるが、フローラにも譲れないものがあった。
「うーん。前から思っていたけど、規律に重きを置くカルセとその場の行動に重きを置くショール。二人を足して二で割ったら丁度いいわよね。うん、正反対の二人が教育係なら上手くいくことでしょう!」
「ですが!」
「もう決めたの! 本人たちだって嫌がってはいないようだし。……よろしくね、鈴蘭、ヒスイ」
厳格なカルセドナには、フローラのやり方は突飛に思えてならなかった。けれどフローラの手腕は確かだ。今までも外務大臣として、大きな成果を納めてきた。カルセドナはそんな彼女を敬愛している。
だからこそ、心配するのだ。
「カルセさん、どうかしましたか?」
カルセドナに話しかけてきたのは、近衛騎士のカーナだ。気の強そうな顔だが、カルセドナの前では子供のように無垢な様子だった。
「ん、いや。何かの前兆に思えてならなくてな」
「鈴蘭たちのことですか。……会議の結論だって、またすぐにクビになるだろうってなったじゃないですか。大丈夫です。フローラ様の側近はカルセさんがなるべきですから!」
「私か? いや、私は別に」
「いえ! カルセさんは誰より優れた御方! フローラ様もすぐに『カルセドナ、貴女しか私の側近は務まらないわ』ってなります」
「いや、本当にそれに関してはこだわりはないのだが」
鼻息を荒くして熱弁するカーナに困った様子でそう言った。近衛騎士はどこかカルセドナに盲目的なところがある。カルセドナ自身も理解していたし、そこを何度も注意している。
「(だが今回ばかりは鈴蘭たちの監視に丁度いいか)」
騎士たちは、どうせまたすぐにクビになる。そう思っているようだが、カルセドナは違っていたから。
軍部大臣のカイト王子に教育係を命じられ、第一王子タイガの側近ショールが関与し、フローラ姫が側近にしようとしている。
「何者なんだろうな」
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むかーしむかし、ある国に小さなお姫様がいました。お姫様は破天荒でお転婆で、太陽のように明るく素敵なお姫様でした。
皆から愛されて、愛の中で育ってきました。
けれどそんな彼女にも悩みがありました。
それは、友達がいないことです。
たしかに貴族の子と話をすることはありましたが、肩書に囚われず、自分を見てくれる人はいなかったのです。
城下に行けば街の人と友達になれるかもしれない。
そう思って街へ行こうとしましたが、城下は治安が悪かったので誰も行かせてくれませんでした。
拗ねたお転婆お姫様は、好奇心と反抗心で、兄達から行ってはいけないと言われていた、城から少し離れた別館へ足を向けました。
見張りに見つかれば連れ戻されてしまいますし、別館の人は恐ろしいと兄達から聞かされていたので見つかりたくありません。
誰にも見つからないように、そっと隠れながら別館に入ったお姫様。
しかし、
『貴女、そこで何してるの』
ああ、見つかってしまいました。うしろを振り返ると……
そこには、美しい白の髪と燃えるような紅の瞳を持つ少女が立っていました。
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鈴蘭は一人、王宮の庭園を歩いていた。夜明けもまだな、早い時刻。花しかない空間が、鈴蘭を癒やしてくれる。
「(カイト王子から手紙が来たけど……)」
『読んだら燃やせ。指定の時間に俺の執務室へ来い』
「(相変わらずだな……。まだ指定の時刻まで時間がある。しばらくここにいるか)」
鈴蘭はフローラの側近になれることを、心から喜んでいた。
けれども手放しで喜べる状況でないことも事実だ。鈴蘭の《過去》については慎重にならざるを得ない。カイトはそれが外部に漏れることを恐れていた。
鈴蘭は不安げに息を吐きだし、少しの間固く目を閉じて俯く。とある少年の憎悪に染まった瞳を思い出し、自分が潰した多くの人々の存在しない未来を想像する。
そしてゆっくり目を開き、後ろの柱に隠れている人影に向かい自嘲気味に笑った。
「私は貴女の足枷になりますよ」
「そんなことないわ」
フローラが物陰から姿を現した。
寝間着のワンピースに見を包んだ彼女は怒ったように鈴蘭を睨みつける。しかし鈴蘭には迫力に欠けるものだった。
「姫様、このような時間に外に居ては心配されてしまいますよ。先日あんな事件があったばかりなのですから」
「もうっ、はぐらかさないで。鈴蘭、貴方に言っておきたいことがあるのよ」
「……何でしょうか」
フローラはいつだって真っ直ぐだ。時には人を策に嵌めることもある。純真なだけじゃない。けれどずっと真っ直ぐなのだ。
「鈴蘭が何者でも……皆から言われているような美しい存在じゃなくても、私は鈴蘭を見てる。鈴蘭だから選んだの。ずっと、貴女に出会った日から、友人の貴女に側近になってほしかった。ずっと、待ってた」
嬉しい。鈴蘭にとってもフローラは特別だ。
自分を見ていると言ってくれる存在がどれほど嬉しいことか。
でも、
『人殺し!お前のせいで父さんは……死んだんだ!!殺す!許さない!化け物っ!!』
頭にガンガン響く。
「(ははっ……私はつくづく愚か者だ。こんなにも囚われているのに、剣を捨てる道を選べない)」
鈴蘭はふうっと息を吐いてゆっくりフローラの手を取った。心を込めて、敬意を払って。
「フローラ姫、私は貴女の剣になりましょう。必ず貴女を守ると誓います」
「ええ。その誓い、しっかり受け止めたわ」
あの憎悪の目に囚われていながらも、剣を選ぶというのなら……せめて、大切な人を守る剣になりたいと願った。
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「あのお姫様は変わり者だけど人を惹き付ける何かがあるよね」
鈴蘭がフローラを部屋まで送り届けたあと、自室に帰る途中にそう話しかけられた。
ショールである。
「近くに人の気配は無かったと思ったのですが。話、聞いていましたか?」
「いいや。かなーり遠く、声も届かない場所から見守っていただけだよ」
君が中庭で物思いに耽っていた時からね。と、食えない笑みを浮かべた。鈴蘭はショールと対立するカルセドナの気持ちが少しわかった気がした。
その時、ふわりと優しい風が吹いた。リンと髪飾りの鈴が鳴る。
「一つ、先輩がエールをあげよう。……鈴蘭は自分に自信を持っていいくらいには優しい人だよ。あの山賊に捕まった子供に向けていた笑顔が、嘘でなければね。……と、短ーい付き合いながら俺は感じたのだよ」
「……」
「だからさ、これから一緒に働けるの楽しみにしてる。鈴蘭だけ特別に、敬語なしでおーけーだよ」
これが彼なりの励まし、エールらしい。
「(随分優しい人じゃないか)」
ふっと自分の表情が優しくなったのを感じた。
胡散臭いだけの人じゃないのかもしれない。
鈴蘭がそう思った時
「あぁそういえば、もう一つ言いたいことがあったんだった」
ショールがにやりと目を細めて笑う。
「鈴蘭って……白き英雄に似てるよね」




