裕貴の夢探し
葵葉さんの病室を出た俺は、行くあてもなくぶらぶらと病院内を歩いた。
歩きながら、先程の葵葉さんとの会話について考えていた。
――『やっぱり夢=好きな事、なんですね。まずは好きな事を探そうかな』
『そうだね。好きな物を見つけるのが、一番の近道かもしれないね』――
「俺の好きな事………好きな事………」
ぶつぶつと口に出しながら考えてみるも、“好きな事”と言われてパッと出てくるものが俺には無かった。
昨日葵葉さんにも話した、俺が中学時代熱心に練習していた陸上の高跳びは、確かに好きなものではあるが、それで高跳びの選手を目指したいかと言えばそこまでの熱量、俺にはない。
他に熱中して取り組んだものがあるかと言えば……思い付かない。
俺なりに何かないかと、必死に絞り出そうと考えるも、やはりこれといって好きな物や熱中できそうなものは思い浮かばなかった。
気が付くと俺は、病院の屋上まで登ってきていてた。
屋上には、何人かの人の姿がありながらも、誰も俺を見る者はいない。幽霊である俺の存在に、気付いてすらいないのだろう。
そんな人々の横を通り過ぎ、屋上の端に設置された一つのベンチに浅く腰かけ、背もたれにもたれ掛かりながら、ぼんやりと屋上から見える景色を眺めた。
見える景色の中には変わらないものもあれば、見慣れない建物や看板なども確かに存在していて、ここが元いた自分の世界とは違うのだと嫌でも実感させられる。
そんな見慣れながらも、どこか違った景色を眺めながら俺は無意識にため息をこぼしていた。
「はぁ、どうしてこんな……幽霊の姿で未来にいるなんて、訳の分からない事になっちまったんだろうな。それよりなにより、どうして俺はこんなにも空っぽな人間なんだろう……」
自分が空っぽだと改めて自覚して、酷く虚しい気持ちに襲われた。
だが、自覚した所でどうする事もできない。
17年かけて見つけられなかったものが、この状況を何とかしたいと言う理由だけで、本当に見つける事ができるのだろうか?
ましてや物に触れられない、人と話す事もできないこの体で、本当に見つける事が?
このまま俺は、空っぽのまま幽霊としてこの病院に何年、何十年と漂い続ける未来しか思い描けなくて、背筋がぞっと凍りつくのを感じた。
「そんな未来……絶対嫌だ。何とかして元の時代に戻る道を探さなきゃ。たとえ元の時代に戻る事は出来なくても、せめて成仏してこの場所から解放される道を探さなくちゃ……」
だが、気持ちばかりが焦った所で、そう簡単に解決策が見つかるはずもなく、この日俺は、そのまま屋上でぼんやりと過ごすうちにあっと言う間に夜が来て、1日が終わった。
***
次の日――
男性スタッフ用の仮眠室のベッドの上で目を覚ました俺は、これといって行く場所も、やる事もない退屈な時間に、自然と足は葵葉さんの病室を訪ねていた。
「こんにちは。今日もお邪魔して良いですか?」
開け放たれていた病室の入り口から、遠慮気味に顔を覗かせた俺に、葵葉さんは笑顔で迎え入れてくれた。
葵葉さんのベッドの脇には莉乃の姿もあった。
「あ、裕樹君おはよう。昨日はあの後戻ってこなかったけど、どこに行ってたの?」
「いや、ちょっと病院の中をぶらぶらしながら、夢とか好きな物について考えてました」
「そうなんだ。それで、何か見つかった?」
「いやぁ、それが……17年も見つけられなかったものを、1日考えたぐらいじゃ見つけられるわけもなく……結局は自分の情けなさを痛感して、屋上で一人項垂れてました」
「ふふふ、そうなんだ。まぁ、焦らず行こうよ。夢は見つけるものじゃなくて出会うものだから、焦った所でどうしようもないよ」
「夢は出会うもの?」
「うん。少なくとも私はそうだったかな。子供の頃、入院してた病院で、ゆきちゃんって言う絵を描くのがすごく上手なお友達がいてね、その子の影響で私も絵を描くようになったの。その子に出会ってなかったら、きっと私は絵を描いていなかったと思うんだ」
「ねぇねぇ、さっきから二人で何の話をしてるの? 莉乃も会話に混ぜて~」
俺と葵葉さんの会話に、唇を尖らせ、拗ねた顔で莉乃が橫から口を挟んでくる。
「裕樹君のね、将来何になりたいかって夢探しを一緒にしててね、何か見つかりそうかって話をしてたんだよ」
「ふ~ん。お兄ちゃんは莉乃より年上なのに夢持ってないの?」
「悪いかよ」
「莉乃はね、いっぱい夢あるよ! ケーキ屋さんでしょ、お花屋さんでしょ、それに看護師さんにもなりたいし、あぁ、あとアイドルにもなりたい!」
「はん、ガキは気楽で良いな」
「何? 何で今鼻で笑ったの? 今絶対莉乃の事バカにしたでしょ」
喧嘩を始めそうな俺達に、葵葉さんが慌てて会話に割り込んだ。
「ゆ、裕樹君は? 莉乃ちゃんくらいの年齢の時にも、何か憧れてるものはなかったの?」
思いもよらなかった質問に俺は一瞬驚く。
「俺、ですか?」
小さい頃に憧れてたものなんてあっただろうかと、幼い頃の記憶を少しずつ手繰り寄せて行く。
あの頃俺が憧れていたのは――
そう言えばと、思い出した事柄に恥ずかしくなって頭を抱えた。
「あ、その反応、何かあったんだね? ねぇねぇ、裕樹君は小さい頃、どんな夢を持っていたの?」
「すっげー恥ずかしい事言ってたのを思い出しました。そう言えば俺、昔、子供番組の戦隊ヒーローが好きで、大きくなったらヒーローになりたいって言ってた……かも」
「ヒーローなんて、なれるわけないじゃん。そんな事、莉乃でも知ってるよ」
先程の仕返しとばかりに莉乃に鼻で笑われて、俺は更に恥ずかしい気持ちにさせられた。
「わかってるって。幼稚園くらいの時に憧れたものなんだから仕方ないだろ」
「そうかな? ヒーローは、誰だってなれるんじゃないかな? 」
「えぇ? 葵葉ちゃん、本気で言ってるの?」
「うん。だって、ヒーローって、困ってる人を助けてくれる存在の事を言うでしょ。そう考えると、世の中にはたくさん人を助ける仕事があると思わない? 警察官とか、消防士とか。私達の身近な所で言ったら、お医者さんも看護師さんも、いつも患者の私達を助けてくれて、支えてくれてる。莉乃ちゃんのもっと身近な所で言えば、お父さんだってお母さんだって、莉乃ちゃんを支えてくれてる。そう考えると、誰だって誰かのヒーローになれるんだよ」
葵葉さんの話を聞きながら、俺はもう1つ、ある過去の記憶が蘇ってきた。
確かヒーローに憧れてたのと同じくらいの時、休日に父さんとヒーローショーを見に近所のショッピングモールに出掛けた時、偶然父さんの元患者だと言う男の子とその家族に出会った。
その男の子はニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべながら、父さんにありがとうと感謝を伝えていた。
まるで、憧れのヒーローを見るかのようなキラキラした眼差しで。
父さんが病気を治してくれたから、小学校にも行けるようになって、友達もできたのだと。今は毎日が充実していて楽しいのだと。
父さんは、その子自身が治療を頑張ったからだと謙遜してたけど、心からの感謝を伝えられている父さんを見て、俺は子供ながらに誇らしい気持ちになった。
そして、いつか自分も父さんみたいな医者になって、苦しんでる人を助けたいと、そう思う自分がいた。
「どうしたの、裕樹君? 何だか難しい顔をして」
「いや、俺……ヒーロー以外にもう1つ、小さい頃憧れた職業を思い出して……」
「え?何何?」
昨日医者にだけはなりたくないと言った手前、言いにくさを感じてしまう。
けど、わくわくした顔の葵葉さんを前に、今更言わずに誤魔化すのも気が引けて、仕方なく俺は正直に過去の記憶を話す事にした。




