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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
春物語
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思い出のヒーローは初恋の人

自身の病室に戻ってきた葵葉さんは、俺と莉乃をパイプ椅子に座らせると、自身はテレビ台の下の棚の中をガサゴソと漁りはじめた。



「えーと、確かここにしまってたはずなんだけど……あ、あったぁ!」



暫く探した後、一冊のスケッチブックを手に持って嬉しそうに立ち上がった。



「見せて見せてー! 葵葉ちゃん早く見せてー」

「ちょっと待ってね。いざ見せるとなると恥ずかしいなぁ。私が中学生とか高校生の時に描いた絵だから、へたくそだけど……笑わないでね?」

「笑わないよー。早く見せてー!」

「よーし、じゃあ、どうぞ」



そう行って、葵葉さんは莉乃にスケッチブックを手渡す。と、莉乃は手渡されたと同時にワクワクした様子でスケッチブックを開いた。


神様と言うくらいだから、いったいどんな姿形をしているのかと思ったが、そこに描かれていたのは、服装こそ神主が着ているような着物に袴の現代ではあまり見慣れない格好をしていたものの、それ意外は俺達と見た目も年齢も変わらない普通男の子。



「これが神様? 神様ってあたし達みたいな人間の姿をしてるんだね? 本当にこの人、神様なの?」

「そう聞かれると、私も困るんだけど、私が出会った神様は、そんな見た目をしてたの」



「ふ~ん」と空返事をしながら、莉乃はスケッチブックを捲って行く。

その度にスケッチブックに描かれていたのは、神様の寝ている姿ばかり。様々な角度から描かれているものの、基本的には寝ているものが多かった。



「ねぇ葵葉ちゃん、どうして寝てる所ばっかりなの?」

「それはね、神耶君は怠け者の神様で、基本寝てる事が多かったからかな。ふふふ」



神様との思い出を思い返しているのか、葵葉さんは柔らかな笑顔を浮かべていた。


更にページを捲って行くと――



「あれ? これは学生時代の葵葉ちゃん? なんかちょっと、絵の雰囲気が違う」



今度はまだ幼い顔をした葵葉さんの寝顔が描かれたページが出てきた。



「あぁ、それはね、神耶君が描いた私のスケッチ画だよ。凄く上手でしょ」

「うん。葵葉ちゃんのも上手だけど、こっちはなんか、影とかも入ってて、よりリアルって言うか、今にも動き出しそう。葵葉ちゃん、昔は髪の毛短かめだったんだね。これって15歳の葵葉ちゃん?」

「ううん、確かこの絵は、私が高校1年生の時だったから、16歳の時かな~?」

「15歳に出会って、何年くらい神耶君と一緒にいたの?」

「出会ったのは15の夏だったんだけど、さっき話した神耶君に命を助けて貰ったって話が15歳の夏の話なのね。で、その後すぐに私は、本気で病気と向き合ってみようと思って、もともと住んでいた東京に戻ったの。東京の病院で一年くらい治療に専念して、16歳の秋頃にまたこっちに戻って来た。この絵はその時の絵かな。でも再会してまたすぐに神耶君とは会えなくなっちゃったから、過ごした時間はそんなに長くないんだ」



先程の柔らかな笑顔から一転、口元は笑って見えるのに、目元はどこか悲しんでいるような、なんだか切ない表情を浮かべる葵葉さん。

その表情の変化に俺は何となく、葵葉さんはこの神様の事が好きだったのかなと思った。

莉乃も同じ事を思ったのか、「葵葉ちゃんは、その神様の事が好きだったの?」と、遠慮なく聞くものだから、俺は慌てて莉乃を制した。



「バカ、そこは心の中に止めておけって」

「え~? 何で~? お兄ちゃんは気にならないの?」

「何でって……」



会えなくなったって事は、きっと恋は成就しなかった。葵葉さんにとってはほろ苦い思い出でもあるのだろう。

なんて、子供に言っても理解できるわけないか。

莉乃の気をどうやって他へ反らすべきか俺が考えあぐねていると、葵葉さんは少し恥ずかしそうに笑いながら、「そうだね。私は神耶君の事が大好きだったよ。神耶君は、私の初恋の人」と、素直に気持ちを打ち明けた。



「やっぱり!」



葵葉さんからの返答に、莉乃は目をキラキラ輝かせながら、更なる質問を投げ掛けた。



「ねぇ、その神様とは両想いだったの? 葵葉ちゃんの恋は成就できたの? 」



何の遠慮なく興奮気味に根掘り葉掘り聞こうとする莉乃に、俺は慌てて莉乃の口を塞ごうとする。

だが、幽霊の俺では、莉乃の体を通り抜けてしまって、止める事が出来ない。

何とかして止めなくてはと思いながらも、なす術がなくオロオロするばかりの俺に代わって、予想外の人物が助け船に入って来た。



「おーい、何騒いでるんだお前ら? 廊下まで声が聞こえるぞ」

「あ、沢田先生ー! 今ね、葵葉ちゃんの初恋の人の話を聞いてたの!」

「へぇ、葵葉のねぇ。そんな事より莉乃、お前の事、服部先生が探してたぞ。今日、血液検査の予約が入ってたんじゃないのか? 」

「えぇー注射嫌い。莉乃、もっと葵葉ちゃんの話聞いてたい。だから注射はキャンセルで!」

「そんな事できるわけないだろ。いいから、お前はお前の部屋へ戻れって」



そう言いながら沢田は、莉乃を肩に担ぎ上た。

莉乃は「きゃーーー!!!」と悲鳴を上げながらも、楽しそうにはしゃいでいた。

丁度その時、看護師の女性が慌てた様子で入ってくる。



「莉乃ちゃん! やーっと見つけたー。もぉ、探してたのよ。沢田先生、見つけて頂いてありがとうございます」

「いえいえ、じゃあ、あとは宜しく」



そう行って沢田は、肩から下ろすと、莉乃を看護師さんに引き渡した。



「じゃあ莉乃ちゃん、行こうか」

「……はーい。じゃあね、葵葉ちゃん。また神耶君のお話聞かせてね」

「うん、またいつでも遊びにおいで」



そう言って、莉乃と葵葉さんは互いに手を振りあって別れた。


莉乃が去った病室内。沢田は葵葉さんのベッドに腰掛けると、先程まで莉乃が見ていたスケッチブックをペラペラめくりながら、二人で話し始める。



「お前、まーた“神耶君”の話、してたのか?」

「うん、莉乃ちゃんを元気付けようと思って。治療を頑張ってる莉乃ちゃんの事、神様は見てくれていて、本気で病気を治したいって努力し続けていれば絶対治るよって」

「あぁ、それでか。莉乃の奴が今日は素直に検査しに行ったのは。でも、医者の立場からすると、絶対なんて簡単には言いきれないんだけどな」

「だとしても、治療を受けてる本人の気持ち次第で、治療の成果に影響があったりするでしょ?」

「まぁ、確かに。それは否定しない。取り敢えず、莉乃を前向きにさせてくれてありがとな」



二人の会話を聞きながら、俺は不思議に思いながら二人の会話をすぐそばで聞いていた。

沢田も葵葉さんが神様と友達だった話を知っているのかと。それも、多分、俺なんかよりもよっぽど詳しく。

昨日も思ったが、医者と患者にしては距離感が近い二人。

その理由が気になりながらも、俺には詮索する度胸もなくて、ただ静かに二人の会話を聞いていた。



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