長かった1日の終わり
「ありがとございます。俺、頑張ります」
「うん、一緒に頑張ろうね!」
「なーにを頑張るって?」
二人で顔を見合せ笑いあっていると、突然ベッドの回りを囲んでいたカーテンが開いて、お姉さんの主治医だというあの男が顔を覗かせた。
「二人でいったい何の企みだ?」
「別に何も企んでなんてないよ。ね、祐樹くん」
お姉さんの同意に俺はコクコクと何度も頷いてみせる。
「本当に?」
「うん。ただ、今彼がここにいるのは何か理由があるからかもしれない。だから、二人でその理由を探してみようねって、そう話していただけ」
「ふーん。ま、良いけどな。でも葵葉、お節介焼くのも良いけど、お前はくれぐれも無理しないように!」
主治医の男は嫌がるお姉さんの頭をぐりぐりなで回しながら強めの口調で念押ししていた。
「はいはい、わかってますよーだ」
お姉さんは迷惑そうに不貞腐れた表情でその行為を受け入れていた。
「所で先生、どうしてまたここにいるの? 暇なの?」
「アホぬかせ。医者の俺が暇なわけねぇだろ」
「じゃあどうして?」
「さっきそこで夕飯の配膳してたから、お前に届けついでにそこの幽霊を回収しに来たんだよ」
「え? 回収? どうして裕樹君を回収するの?」
「だってお前、そろそろ日も暮れる。飯食い終わったら患者のお前は就寝の時間だろ」
「?? それが? 就寝時間が来ても裕樹君はここにいればいいよ」
「得体の知れない幽霊を同じ部屋で寝かせるわけにはいかないだろ」
「??? どうして?この部屋には今私しかいないし、誰にも迷惑かけないよ?」
「こいつは男だぞ。女のお前と同じ部屋に寝かせるわけにはいかないだろ!」
「えぇー。そんなの私気にしないのに。せっかく話し相手ができたと思ったのに、居なくなっちゃったらつまんないよ。お願い、連れてかないでよ先生ー」
「バカ、少しは気にしろ!」
「ケチ。先生のケチー」
「ケチじゃない。俺は真っ当な大人として当たり前の事を言ってるだけだ。四の五の言わず、良いからこいつは回収して行く。ほらお前もついて来い」
「え……あ、はい」
確かに男の俺が、外も暗くなったこれからの時間、女性の部屋に居続けるのは申し訳ないと、素直に沢田の言うことを受け入れる事に。
「あ、裕樹君、本当に行っちゃうの?」
「はい。やっぱり夜遅い時間まで女性の部屋に居座るのはきが引けるので」
「……そっか。じゃあまた明日、また明日遊びに来てね?」
「明日も、来て良いんですか?」
「勿論!私達、もう友達でしょ。遠慮なんかしなくて良いから、いつでも来たい時に遊びに来てね、約束!」
お姉さんはまるで子供のように小指を付き出して言った。
「分かりました。また明日も来ます」
「うん、楽しみに待ってる」
お姉さんの小指に、俺の小指を絡めて返事をすると、お姉さんは満足そうに微笑みながら、ヒラヒラと手を振って俺を送り出してくれた。
お姉さんの病室を後にした俺と沢田は、互いに無言のまま、廊下を歩いていた。
「おい、何処に行くんだ?」
「俺達医者が普段使ってる仮眠用の部屋だ。そこに仮眠用の2段ベッドがいくつかある。お前はそこを使え」
「俺幽霊だよ? 他の人達が嫌がらない?」
「幽霊ってんなら他の奴らには見えないんだろ。お前以外誰も気にしない」
「なんだそれ、適当だな」
「文句があるなら自分で適当に寝床を探せ。ただし、あいつの病室以外でな」
「わかりましたよ。有り難く使わせてもらいますよ。……でもさ、ふと思ったんだけど、幽霊て睡眠とるのかな?」
「は? 俺が知るか」
「だよね。俺もわかんないや」
そんな会話を交わした後、仮眠室への案内し終えた沢田は、まだ仕事があるからと俺を残して一人仮眠室を出て行った。
パタンとドアが閉じる前に、気を利かせてのか仮眠室に灯っていた灯りが落とされる。
暗い部屋の中、一人になったベッドの上で、俺は長かった今日1日を振り返る。
じじいと喧嘩して、家出して、事故にあったと思ったら何故か病院の手術室で目が覚めて、気付けば周囲から姿の見えない幽霊になっていた。
しかも、急に10年以上も先の未来とか言われて、ホント何の冗談だよ。
今まで生きてきた中で、1、2を争う程目まぐるしかった1日。頭の整理も未だ追い付いてはいない。
改めて自分の体験が不可思議である事を自覚したら、どっと疲れを感じて、暗い空間も手伝ってか徐々に眠気が襲ってくる。
あぁ、幽霊でも疲れを感じて眠くなるんだなと、頭の片隅で思いながら、俺はゆっくりと意識を手放した。




