戸惑いの中見えた希望
「そうだよね。裕樹君の中で震災から2年も経ってないって事は、そういう反応になるよね。でもね、これが現実なの」
そう言ってお姉さんは、俺にテレビ台の上に置かれていたカレンダーを見せてくれた。
確かにそこには2024年、令和6年と書かれている。
2024年なんて、まったくピンとこない数字に頭がついていかない。
それに令和って何なんだよ。6年も前に平成の世が終わったというのか?
平成に生まれて、ずっと平成の世を生きてきた俺には自分が生まれた年号が変わるなんて想像もつかない。
「裕樹君は事故に遭って、目が覚めたらこの病院にいたって言ってたよね? でも、裕樹君が目を覚ます間に、10年近い誤差が生じてる。これっていったいどういう事なんだろ?」
「……つまりここは、俺からしたら10年あまり先の未来で、俺は10年以上もの間、目を覚まさずにいたって事……ですか?」
「ん~……あるいは、タイムスリップして来た……て可能性も、あるの……かな?」
「タイムスリップって、そんな非現実的な。それとも10年先の未来では、タイムスリップの技術が確率されたって事ですか?」
「ううん、2024年もまだそんな技術は確率されてないよ。来年開かれる大阪万博では空飛ぶ車が運用されるらしいけど」
「えぇ?スゴっ! 空飛ぶ車なんて漫画やSF映画の中だけの話だと思ってたのに、ホントに実現されるなんて」
驚きながらも、2012年には考えられない技術の進歩に、俺はやはり未来の世界を見ているのだと、現実を受け入れざるおえなくなった。
ふと、俺の頭の中に、ある記憶が甦る。
――『お前の夢は? お前は未来に何を目指している? 何か明確に叶えたい夢はあるのか?』
事故に遭う前、どこからともなく聞こえたあの不思議な声の記憶――
「そういえば……今思い出したんですけど、俺、事故に遭う前に、不思議な声を聞いたんです」
「不思議な声?」
「はい、お前は将来なにになりたいんだって。叶えたい夢がないのなら、俺にお前の未来を預けてくれないかって。誰の姿も見えないのに、声だけが聞こえてきたんです。そうだ……そうだ思い出したぞ。その声に驚いて、俺はあの時ハンドル操作を誤って事故に遭った。あの声さえ聞こえてこなければ、俺はこんな事にはならなかった……」
「ねぇ、裕樹君。その話が本当だとしたら、したらだよ、つまり君は、その声に導かれて今この場所にいるって事じゃないのかな?」
「え?」
「ただ成仏できないからこの世を漂っていたわけじゃなくて、何か理由があって君は、12年先の未来に来たんじゃないのかな?」
「……え?まさか、そんな非現実みたいな事が?……いやいやいや」
「でも、君が言ったんだよ。不思議な声を聞いたって」
「確かに言いましたけど、でもきっとあれは誰かの悪戯で……」
「悪戯にしたって誰の悪戯? 姿も見えないのに声が聞こえるなんて、私達みたいな普通の人間ができる悪戯じゃないよ?」
「それは……そうかもしれないけど……。いや……でもそんなオカルトみたいな話……」
「この世界にはね、普段は見えていないだけで不思議な存在や現象が確かに存在しているんだよ。君の存在だってそう。幽霊は確かに存在しているし、私は昔、神様と友達だった事があるの」
真剣な顔で、突然とんでもない話をしはじめるお姉さんに、俺はギョッとした顔でお姉さんを見た。
この人は、世に言う中二病というやつなのか?
「……そうだよね。良い歳した大人が神様と友達だった、なんて言ったら、普通はそういう変人を見るような目になるよね。信じて貰えないかもしれないけど、でも本当なの。本当に私は昔、神様と友達だったの」
しょんぼりと肩を落として落ち込むお姉さんに、俺は申し訳ない気持ちになって弁解した。
「ごめんなさい。そんな顔をしたつもりはなくて……まぁ、正直びっくりはしましたけど、だからってお姉さんの事をバカにしたわけでもないんです」
「本当に? 私の話、信じてくれる?」
「お姉さんが世の中には本当に神様がいて、神様と友達だって言うのなら、俺はお姉さんの言葉を否定するつもりはありません」
「? それはつまり、信じてもいないってこと?」
「んー、それも違います。いわるゆオカルトと呼ばれる現象や存在を、信じる人は信じれば良いと思うし、信じない人は信じなくても良いと俺は思います。目に見えない以上、本当にいるともいないとも誰にも断言する事はできませんから」
「そっか。信じる人は信じれば良い、か」
否定でも肯定でもない、俺の曖昧な返答に、お姉さんは何故か嬉しそうに笑っていた。
「でも、お姉さんの言葉を聞いて、俺、一つ思った事があります」
「? なぁに?」
「お姉さん自身が言ってたように、神様とか幽霊とか、多くの人の目には見えない存在を、見たことがある、友達だったと臆することなく堂々と話せるお姉さんは、凄いと思います」
「え? 私が? 凄い?」
「はい。普通周りの目を気にして、心の中だけに留めてしまうと思うから。幽霊の俺に声をかけてくれた時だってそうでした。周りの目を気にせずに、お姉さんは俺に話しかけてくれた。おかげで俺はどれだけ救われたか。本当に凄いと思います」
「そうかな?」
「はい。お姉さんは大人だけど、見たまま、感じたままを素直に口に出せる人。人の意見に左右される事なく、ちゃんと“自分”を持っていて、偽る事なく“自分”をさらけ出せる人。きっと子供みたいに純粋な人なんでしょうね」
「ん? なんか私今、バカにされた?」
「違いますよ、これは褒め言葉です。大人はみんな互いに仮面を被りあって、周囲の顔色を伺った発言しかできない人達ばかりだと思っていたから、お姉さんみたいな純粋な人もいるんだなって、感心したんです」
「やっぱりなんか、バカにされてる」
「何でですか。めちゃめちゃ褒めてるじゃないてすか」
「だってほら、高校生に上から目線で語られてる」
「そんなつもりないですって。ただ俺は、お姉さんの言う事なら信じてみようかなって思っただけです。もし本当に俺は、誰かに導かれて令和の世に来たのだとしたら、その事実と向き合ってみようかなって」
「向き合う?」
「はい。将来の夢もなく、こうしたい、こうなりたいって目標も無く、人に誇れる特技も、熱中できる趣味も無い。ただぼんやりと退屈な日々を過ごしてきたことが原因で、この時代に連れて来られたのだとしたら、もしかしたら将来の夢や目標を見つけられれば、元の……平成の時代に戻れるかもしれない。幽霊みたいな体で、今さら将来に夢とか目標を探しても、もう遅いかもしれないけど、でも幽霊みたいなはっきりしない存在のまま、訳もわからず漂っているこの状況を、打開する為の何か手がかが掴めるかもしれない。だから俺、ここで自分自身と向き合って、何か夢中になれる事、夢と呼べるような何かを探してみようと思います」
俺の決意に、お姉さんは少し驚いた顔をしてみせた後で、目元をふっと柔らかく緩ませながら優しい笑顔を浮かべて言った。
「そうだね。うん。落ち込んでくよくよ悩んでばかりいても仕方ないし、可能性を信じて何か動いてみるのも手かもしれない。大丈夫。裕樹君はきっと元の時代に帰れるよ。それにもしかしたら君はまだ、死んでいないのかもしれない。未来を諦めず未来と向き合ってみれば、もう一度君の未来は拓けてくるかもしれない。大丈夫。きっと大丈夫だよ」
お姉さんの「大丈夫」の言葉が俺の背中を押してくれる。
本当にタイムスリップして来たのか、元の時代に戻れるのかなんて、何の確証もない話だけど、幽霊みたいな存在になってしまったこんな俺にも、何か未来が拓けてくるんじゃないかって、お姉さんの言葉は俺にそんな不思議な勇気と自信を与えてくれた。




