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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
春物語
91/98

成仏できない理由を探して

「生きてた頃に、何か真剣に打ち込んでた事とかあったのかな? それが絶たれた事が心残りで成仏できないとか?」


「……いや、これといって特には……」


「じゃあ、将来なりたかった夢、とかは?」


「……特にありません」


「そっかぁ。じゃあさ、大好きな彼女とか、片思いしてる子がいて、その子の事が気がかりで、とかは?」


「いや、別に俺、彼女もいないし、好きな子もいませんでしたよ」


「そうなの? 裕樹君、カッコいいからモテそうなのに」


「いや、特にモテた経験は……。てか俺、中学の時に友達と同じ子を好きになって、恋愛にはちょっと苦い経験があるんで、恋とか暫く良いかなって思ってましたし」


「えぇ? 友達と同じ子を? それはいわゆる修羅場ってやつだね。あ、もしかしてその時の恋愛と、友達との関係が心残りになってるって事はない?」


「いや、あれは俺の一方的な片思いだったんで、最初から勝ち目はないってわかってたし、今もそいつとは良い友達関係続けてるんですよ。あいつの恋も今は心から応援してるし」


「へぇ~そうなんだ。裕樹君には素敵な友達がいるんだね」


「はい。あいつにもう二度と会えないのかと思えば、少し心残りではありますが……」


「じゃあ、その子と会えたら成仏できるのかな?」


「いや、多分違うと思います。そいつとは、もう2年近くは会ってませんから」

 

「え?仲の良い友達なのに?」


「俺、2年前に高校上がるのと同時に宮城から岐阜のこの町に引っ越して来たんですよ。だから物理的に会えなくなったっつうか。でもよく連絡は取り合ってて、お互いに些細な事でも近況報告し合ってました」


「へぇ、裕樹君はもともと宮城に住んでたんだね。じゃあ、昔住んでたその町に心残りがあるって事はない? 裕樹君にとっての故郷に帰りたいって思いが心残りになってるって事は、ないのかな?」


「まぁ、なくはないですよ。でも俺にとってはそこも故郷じゃないんで」


「え? そうなの?」


「はい。俺、中学でも一度転校してるんです。宮城にも3年くらいしか住んでませんでした。思い出は勿論あるけど、俺にとってどうしても帰りたい場所かと聞かれると、多分違う。帰りたいと思う場所もありません」


「そっか。それも違うとなると……じゃあ、あれかな。やっぱり家族の事が気がかりなのかな?」


「まぁ、確かに家族の事……特に年の離れた弟の事は心配ではあります。でも家族とさよならできたら成仏できるなんて、そんな単純な理由なんですかね? そんな事言ったら、幽霊になったみんな成仏できなくないですか? 俺、そんなに家族ラブ! な人間でもなかったと思うんですけどね。と言うか、自分勝手な都合で俺の人生振り回してきた両親には腹も立ってたし、正直少し恨んでる所もありましたよ」


「裕樹君は親御さんと仲悪かったの?」


「別に仲は悪くないです。けど……めちゃくちゃ良くもなかったですかね」



俺の発言にお姉さんの表情が一瞬曇ったのが分かった。

初めて会う人に本音を語りすぎてしまったかと、慌てて発言を撤回しようとした時、俺より先にお姉さんが気まずそうに口を開いた。



「……ねぇ、裕樹君。もしかして、ご両親との関係に、君が成仏できなかった理由があったりしないかな? 聞いちゃいけない事だったらごめんね。無理には話さなくて良いよ。けど、もし聞かせてくれるなら、私聞いておきたい、君の事。君が心に何を抱えているのか。君を成仏させてあげられる、何かヒントが隠れてるような、そんな気がするから」


「……いや、別に俺、何も抱えてないと思いますけど……」


「そうかな? 友達の話をしてたとき意外、裕樹君ずっとつまらなそうな顔してた。自分の事なのに、どこか他人事みたいな、そんな顔」


「……」


「裕樹君は事故にあう前、何か夢中になれるような事、本当になかった? これが好きって、胸はって言えるようなもの、本当になかった? じゃあ君は、何を楽しみに日々の生活を送ってたの?」


「…………」



お姉さんの質問に、俺は言葉に詰まった。

改めて考えてみると……これが好きだとはっきり言えるものも、何かを必死に頑張った経験も、俺にはない。

ただ何となく毎日を過ごして、何となくこの歳まで生きて来た。

将来への夢もなく、目標と呼べるようなものもなく、これだけは誰にも負けないって特技もなくて、真剣に打ち込めるような趣味もなかった。


じゃあ俺は17年間、いったい何をして過ごしてきたんだ?

過去を振り返った時、俺は初めて気付かされた。

俺には何もないという事を。

人に誇れるものも、人に好きだと語れるものも、何もない。


その事実に気付かされて、俺は俺自身が酷くつまらない人間に思えてきた。



「確かに俺には何もありません。好きだと言えるものが、何一つ思いつかない」



初めて気づかされた俺の空っぽな人生に、一人項垂れていると、ふと一つの光景が頭に浮かんだ。

中学3年、陸上部として参加した夏の大会の記憶が。



「……あ、一つだけ……あったかも。頑張って打ち込んでた事」


「え? 何々?」


「俺、中学時代に陸上部で高跳びやってたんです。で、中学最後の夏の大会、市内大会で優勝した事があって、中学時代は陸上部の中で誰よりも朝早く行って練習して、帰りも誰よりも遅くまで残って練習して、その結果が最後の大会で発揮できた。あの時受けた歓声と、見えた景色は今思い出しても熱くなるものがあります」



俺の話に、お姉さんはニコニコしながら聞いていた。



「え?どうしてそんなに笑顔なんですか? 俺、何か変な事言いました?」


「ううん。裕樹君がニコニコ楽しそうに笑ってるからつられてるの。きっと物凄く高跳びが好きだったんだろうなぁって伝わってきて」


「……好き?……そうですね。高跳びは俺、好きだったかも。その時の記録がきっかけで、俺、市内の高校の推薦も貰ってたんですよ」



「そうなんだ。推薦貰えるくらい頑張って練習してたんだね。……あれ? でもさっき、高校に上がると同時に転校してきたって言ってなかったっけ?」



お姉さんが口にした疑問に、俺の視線は下へと下がる。



「……はい。親の都合で、引っ越す事になって……。実はうちの親、俺が小学生の時に離婚してるんです。で、俺は一度父親に引き取られて、弟は母親に引き取られました。けど、訳あって中学三年の時に父親は俺を手放して、俺も母親のもとで暮らす事になりました」


「え? 高校まで決まってたのに? わざわざ転校させてまでお母さんが裕樹君を引き取ったの?」


「……はい……。実は俺が中学を卒業する前日、俺達が住んでた地域に大きな地震が起こって」


「……え? 」


「母はその当時、福島に住んでたんですけど、地震による原発事故があって……」


「ちょ、ちょっと待って裕樹君、大きな地震って、もしかして東日本大震災の事?」



驚いた様子のお姉さんの問いに、俺はコクりと小さく頷いた。



「それで母は弟を連れて俺達の住む宮城に逃げてきたんです。けど宮城も津波の被害が大きくて、仕方なく母は祖父を頼って母の田舎であるこの町に越してくる事にしたんです。父はそのまま宮城に残りました。本当は俺、父と一緒に宮城に残るつもりだったんですけど、母がどうしても残る事を認めてはくれなくて……」


「…………」



俺の話に、お姉さんは言葉を失っていた。

震災を経験したと言うと、多くの人がお姉さんと同じような反応をする。

気まずそうに顔を歪めて、哀れんだような顔で見られる。

だからこの事はあまり話したくなかったんだけど……



「ねぇ、裕樹君、君が交通事故にあったのは高校生の時、なんだよね?」


けれどお姉さんからは、少し変わった反応を返された。何だか困惑してるような、そんな反応。


「え?あ、はい、俺、今は高校2年です」


「地震があったのは、中学校三年生の話、なんだよね?」


「え? はい、そうですけど、それが何か?」


「君の中では地震から2年しか経ってない?」


「正確に言うと、1年半ですかね。事故にあったのは夏だったんで」


「……ん~~?どういう事なんだろ?」



腕を組んで考え込むお姉さんに、俺は首をかしげた。お姉さんはいったい何を不思議がっているのだろうかと。



「??? 何が『どういう事なんだろう』なんですか?」


「うん、実はね、今ってあの震災から、10年以上は経ってるはずなんだよね。今は2024年の3月。年号も令和に変わって6年目になるの」


「…………は?令和?」



聞き覚えのない言葉に俺は目が点になる。

年号が令和? 何だそれは?



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