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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
春物語
90/98

無愛想な男

“コンコン”


俺とお姉さんの自己紹介が一段落した所で、まるで見計らったかのようなタイミングで、外から病室のドアを叩く音がした。


お姉さんはベッド脇のテレビ台の上に置かれた時計に目をやると、「あぁ、もうそんな時間かと」独り言を呟く。と、その後で、俺に向かって「ごめんね、主治医の先生が来たみたい。ちょっと待っててくれるかな」と説明した。


俺がコクンと頷くと、お姉さんは病室の外に向かって「どうぞ」と返事をした。


ドアが開く音がした後で、ペタペタとサンダルをずるような、何処かだるそうな足音が病室内へと入って来る。


診察の邪魔をしては行けないと、それまでいた場所から、俺は反対側の、窓際へと移動する。

と、丁度移動を終えたタイミングでカーテンが開かれて、白衣を纏った若い男が気だるげに姿を現した。



「おぉ、今日は大人しく病室にいたか。偉い偉い」



医者らしき男は、さほどお姉さんと歳も変わらない見た目をしている。だというのに、患者であるお姉さんの頭を何とも馴れ馴れしくワシャワシャと撫で付けて、俺は思わずギョッとした顔で男を見た。


お姉さんはと言えば、迷惑そうに「先生、痛いよ」と返していた。

お姉さんから「先生」と呼ばれた男を改めてまじまじと見ながら、俺は一人顔を歪める。


この男が本当にお姉さんの主治医?

だとしたら、何と頼りない医者だろうかと。

医者と言うにはあまりにも若すぎる。そのくせ髪は、男のくせに肩につくだろうかと言う長髪を、豚のしっぽの如く後ろで一つに結んでいる。

口元には無精髭をはやして、白衣の下のYシャツは皺だらけ。しかもズボンからだらしなくはみ出してるし。


ふと胸元に視線を落とせば、「沢田」とかかれた名札がつけられていて、そこには研修中の文字が名前以上にでかでかと書かれかていた。


あぁ、成る程、この男、研修医か。

どうりで見た目が若いわけだと俺は妙に納得した。


……にしても、汚ならしい。

医者のくせにその髪と髭はありなのか?

こんな奴がお姉さんの主治医なんて、本当に大丈夫なのか?


そんな疑心暗鬼を抱きながら、じろじろと医者の男を観察していると、突然に視線が絡まって、ギロリと睨み付けられてしまった。


一瞬怯んでビクンと肩を跳ねあがらせるも、ふと自分が今、置かれていた立場を思い出して、恐怖心をすぐに解いた。


そう言えば今の俺は幽霊だ。人から姿の見えない幽霊が、人から睨み付けられるわけはないか。

睨まれたと思ったのはきっと気のせいだと納得しかけた時、「おい、お前」と低い声が俺に向かって飛んできて


「……え?」

「いつまでそこにいるつもりだ?」


迷いのない視線でしっかりと俺を捉えながら、医者の男は俺にそう問いかけた。


「え? 沢田先生見えてるの?」


俺の驚きを代弁するかのように、俺より先にお姉さんが声を上げる。


「あ? 何が」

「だから、そこにいる男の子」

「は? 当たり前だろ」

「いや、実はそれ、当たり前じゃなくて――」


そこまで言ってお姉さんは、俺が幽霊である事を医者の男に語り始めた。

男は別段驚いた様子もなく、「ふ~ん」と対して興味もなさそうに聞いていた。


「幽霊だろうが人間だろうが別にどうでも良いが、俺はこいつを診察しに来てんだよ。お前がそこにいたらいつまでたっても診察できねぇだろ」


医者の男の乱暴な物言いに、驚きも忘れて俺がムッとしていると、お姉さんが間に入って助け船を出してくれた。


「え? どうして? 別に裕樹君いても構わないんじゃ」

「構うだろ。お前裸見られても恥ずかしくないのか?」


医者の男の言葉に、お姉さんの裸を想像してしまった俺は、一瞬にして顔を紅く染めながら狼狽えた。


「あぁ~、成る程。それは流石にまずいかな。ごめんね裕樹君、ちょっとの間外で待っててくれるかな?」


お姉さんからのお願いに、俺はコクコクと何度も頷いて、まるで逃げるように病室から出て行った。


診察が終わるのを病室の外で待っている間、二人の楽しげな話し声が途切れ途切れに聞こえてくる。

俺はお姉さんの話し声を聴きながら、何か悪い事をしているような気持ちになって、また一人顔を紅く染めながら、何故かそわそわ落ち着かない気持ちで診察が終わるのを待ち続けた。




「裕樹君お待たせ。もう入ってきて大丈夫だよ」


やっと終わったのか、カーテンの開く音と同時に、お姉さんが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

俺は恐る恐る開け放たれたドアから病室内へと顔を覗かせると、二人が並んでこちらをみていた。



「お前、何顔赤らめてんだよ。まさか待ってる間、一人でこいつの裸想像して興奮してたのか?」

「な、違っ!?そんなんじゃ」

「でもな、残念ながらこいつの体は興奮する程の色気はねぇぞ。だってこいつ、絶望的にぺたんこだからな」

「ちょっと先生酷い!それセクハラ!」


沢田の発言に、お姉さんはぷうと頬を膨らませながら奴の背中をバシバシ叩きつけていた。


「悪い悪い。でも本当の事だろ」

「だとしても、わざわざ裕樹君の前で話す事ないでしょ!」

「それもそうか。悪かったな。じゃあ俺は行くから。お前は大人しくしてろよ」


去って行く沢田の後ろ姿に「べぇ!」と舌を出してみせながら、お姉さんは再び俺を迎え入れると、乱暴にカーテンを締めた。


「ごめんね裕樹君。嫌な気分にさせちゃったよね」

「いや、俺は別に……。それより、仲良いんですね。あの医者と」

「ん? まぁ、先生とは長い付き合いだから」


まだ医者になりたての研修医と長い付き合い?

お姉さんの発言を不思議に思いながらも、気にとめる暇もなく話題は俺の事へと移された。


「さてと、じゃあさっきの話の続きに戻ろうか。裕樹君が成仏できなかった理由。君は何が心残りで成仏できないのかな?」


お姉さんからのど直球な質問に、俺自身が首を傾げてしまう。


「……さぁ? 改めて訊かれると……何だろ?」


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