語らい
「……どうしてと訊かれても、自分でもわかりません。自分でも知らない間に人から見えない姿になってて、もしかして俺は死んで幽霊になったのかって思ったら、無性に泣けてきて……」
「君は自分が死んだ事を覚えていなかったの?」
「はい。俺、祖父と大喧嘩して、家を飛び出したんですけど、それでその勢いのままスクーターに乗って、行く宛もなく夜道を走って、なんか派手に転んだ所までは何となく覚えてるんですけど……気付いたら病院着を来て病院の手術室にいて……」
「もしかして、その時の交通事故で貴方は命をおとした?」
「……多分、そうなんだと思います。人に話しかけても無視されるし、人の手が俺の体すり抜けるし、人に俺の存在は見えていない。この病院から出ようとしても、何か見えないバリアみたいなものが邪魔をして出られないし」
俺の話に、お姉さんはうんうんと相槌をうちながら訊いてくれた。
その相槌が俺から再び涙を誘った。
「俺……死んだんですよね? 自分でも気付かない間に死んじゃったんですよね?」
「…………」
俺の問い掛けに、困ったように顔を歪めているだけで、お姉さんからの返事はなかった。
この人を困らせたかったわけじゃない。
そう思いながらも、心の奥底から沸き上がってくる悔しさや情けなさ、そんなマイナスの感情を止められなくて、俺はお姉さんに向かってそれ等の感情をみっともなく吐き出してしまっていた。
「まさかこんなにも突然、自分が死ぬなんて……思ってもいなかったから……自分がこの歳で交通事故に遭って死ぬなんて……考えてもみなかったから……俺、この先どうしたら良いのかわからなくて……どうして俺は……死ななくちゃならなかったんだ。死にたくなんてなかったのに……どうして俺が!」
「……そっか……そうだよね。何の覚悟もできていないまま、突然命をたたれたら辛いよね。受け入れられないよね。どうして良いかわからなくなっちゃうよね……」
そして気が付くと何故かお姉さんまで目にたくさんの涙を溜めていて、俺と一緒になって悲しんでくれていた。
「……どうして貴女が泣くんですか?」
「ごめんね。君の気持ちを考えたら……どうしても涙が止められなくて……」
「俺の気持ち?」
「うん。突然命を奪われた恐怖を思ったら……辛くて……悲しくて……。だってまだまだやりたい事だっていっぱいあったでしょ。将来叶えたい夢だっていっぱいいっぱいあったはずだよね。それなのに、突然未来を奪われたて…………悲しくないわけないよね。苦しいくないわけないよ」
俺の為に、俺以上の悔し涙を流してくれるお姉さん。
そんなお姉さんの涙をぼんやり眺めていると、お姉さんは何故か俺に向かって両手を伸ばして来て、次の瞬間、俺の体をギュッと優しく抱き締めてくれていた――
「……え?」
体中に感じるお姉さんの体温に、少しずつ俺は平静さを取り戻して行く。
何故、お姉さんだけが俺の事が触れられたのか?
そんな疑問が一瞬頭を掠めたが、そんな事、今はどうでも良い事に思えて、俺もお姉さんに甘えるようにお姉さんの背中へと腕を回した。
ポンポンと、子供をあやすかのように俺の背中を優しく叩いてくれながら、今度はお姉さんが俺にこんな話を聞かせてくれた。
「私ね、小さい頃からずっと体が弱くて、いつ死んでもおかしくないって言われてきたの。だから、死への覚悟って言うのかな、そう言うのをずっと持って生きてきたの。そんな自分の運命を恨んだ事もあったけど、今考えると私は、ある意味で恵まれていたのかもしれないな」
お姉さんが語る、重たいはずの話。
けれどお姉さんの声音は、どこかあっけらかんとしていた。
加えて《《恵まれていた》》と語った、その言葉の真意が分からなくて、俺の口からは「え?」と声が漏てれいた。
「だって、私の人生は先が短いって分かっていたから、いつも覚悟を持って日々を過ごしてこれた。この先後悔しないようにって、一瞬一瞬を全力で生きてこられた。けど……今まで気付いていなかっただけで、死は誰の側にもあるものだったんだよね。たとえ健康な人でも突然の事故に巻き込まれて命を奪われる事がある。未来に夢や希望を持っていた人が、突然それを奪われるのって、きっと私なんかよりずっと辛くて悔しいはずだよ」
「……」
「私にはきっと、君の悲しみを一緒に理解してあげる事はできない。そんな私がどう励ましたって、君に辛い想いをさせるだけかもしれない。けどね、君の為にどうしても何かしてあげたいって思うの。この先君が笑顔で成仏できるように、何かお手伝いがしたいって、そう思ってしまったの。この気持ちだけは嘘じゃないよ」
「……」
「一緒に探してみない? 君がこの先、笑顔でこの世からさよならできる方法。自分の死をちゃんと受け入れて、少しでも未練をなくして成仏できる方法。その為のお手伝いを、私にもさせてくれないかな?」
自分の思いを押し付けるわけでもなく、母親が子供に寄り添い、優しく語りかけるかのように、そんな提案をしてくれたお姉さん。
お姉さんの優しさに、ふと涙が零れ落ちそうになった。
と同時に、俺はある疑問を投げ付けてしまっていた。
「……どうして……」
「……え?」
「どうして……そこまでして、幽霊の俺なんかの事を、気にかけてくれるんですか?」
俺の質問にお姉さんはにっこり微笑むと、さも当たり前のようにこう続けた。
「言ったでしょ。泣いてる子は放っておけないって」
「……本当にそれだけの理由で?」
「ん~……まだ他に理由があるとすれば、似てるから、かな?」
「似てる?」
「そう。私の知ってる人と君が、どことなく似てるから、放っておけないのかもしれない」
「……」
「とにかく、一緒に探してみようよ。君がこの世から成仏できる方法を」
お姉さんはそう言って、俺に向け手を差し出したかと思うと握手を求めてきた。
俺もお姉さんの手を取って、握手に応じた。
「……ありがとう……ございます。宜しく……お願いします……」
「ふふ、宜しくね。そうだ、もう私達、晴れてお友達になったわけだし、君の名前を教えて貰っても良いかな? ずっと“君”って呼ぶのも、何だか他人行儀だし」
「……友達?」
「そう、友達」
お姉さんから見れば、10近くも歳下であろう俺なんかを友達と呼ぶなんて……
それ以前に幽霊が友達なんて、やっぱりどこか変わった人だなと思いながらも、俺は自分の名前を素直にお姉さんに教えた。
「……裕樹。月岡……裕樹」
俺の名前を訊いて、何故かお姉さんは一瞬「えっ?」と驚いたような顔をした、そんな気がした。
でもまたすぐにニッコリと優しい笑みを浮かべながら、今度は自身の名前を教えてくれた。
「私の名前は白羽葵葉。改めて宜しくね、裕樹君」
「?」
お姉さんの教えてくれた名前に、俺は何処かで聞き覚えのあるような、そんな錯覚を覚える。
けれど、何処で訊いたのかは、暫く考えてみた所で思い出せなくて、俺も改めて「宜しく」と言葉を返した。