家出少年 裕樹
高校二年の秋、俺は進路の事で祖父と大喧嘩をした。
「うるせ~クソジジィ! あんたの言いなりになんか絶対なるか!あ~あ~わかったよ!こんな息苦しいだけの家、こっちから出てってやるよ!!」
「コラ、待ちなさい! 待たないか祐樹!!」
祖父の家は代々医者の家系で、岐阜のある田舎町で、町唯一の総合病院を経営している。
だが、祖父の子供には娘しかおらず、いまだ跡取りは決まっていない。
俺の母親は、この厳格な祖父のもとで育ち、親への反発心からなのか駆け落ち同然に家を出て俺の父親と結婚した。
そんな情熱的に手にしたはずの結婚生活も、順風満帆とは行かなかったようで、十数年後に二人は離婚。
俺は弟と二人母親に引き取られ、自分達の意思とは関係なく、親の都合で住み慣れた土地を離れ、去年の春に母の実家であるこの岐阜の地にやって来た。
いわゆる出戻りという奴だ。
そして祖父は、そんな肩身の狭い母の立場を利用して、母の息子である俺を、跡取りにしたがっている。
医者になれとしつこく迫られる毎日に、俺は息苦しさを感じて、この日ついに喧嘩となった。
そもそも何故俺ばかりが、大人の勝手な都合に振り回されなければならないのか。
勝手に結婚して、勝手に子供を生んで、そのくせ勝手に離婚して、親の都合で勝手に転校までさせられて、挙げ句進路まで勝手に決められるとは……
俺の人生に自由はないのか?
俺は自分の将来を選ぶ権利すら与えられないのか?
そんな振り回されるばかりの人生なんて、糞くらいだ!
長年に渡り積み重なった不満が爆発したこの日、俺は家出を決意した。
築100年近い、古く立派な日本家屋の玄関を、“ピシャン“と大きな音を経てて閉めた俺は、200坪はある広い和風の庭を横目に見ながら、早足で駆け抜ける。
屋敷の中と外を繋ぐ大きな数寄屋門を潜り、『月岡』と書かれた表札を睨み付けながら、俺は「もう2度と戻ってかるか!こんな家!」と吐き捨てた。
そして、駐車場に停めてあった黒色のスクーターに跨がり、エンジンをかけた時
「待て! 待てと言っているだろうが祐樹! まだ話は終わっていない! 早く家に戻りなさい!」
俺の後を追いかけてきた白髪混じりで、腹が大きな狸のような見た目の祖父が、俺の背中に向かって叫んだ。
振り向いた俺は、祖父にあっかんべーをして見せながら、逃げるようにスクーターを走らせる。
「ゆ、祐樹っ! コラ~、待たないか!!!」
背中に祖父の怒鳴り声を訊きながら、俺は更にスピードを上げ、暗い夜の道を宛もなく駆けて行く。
どこまで行っても田んぼばかりが続く暗い田舎道を、俺は一人スクーターで走り続けた。
ふと気が付くと、抑えきれない苛立ちが大きな叫びとなって俺の口から溢れていた。
「…………ったく、口を開けばやれ医者になれだの、病院を継げだの、医大に行けだの、ホンットに鬱陶しい!! 俺は好きで母さんの田舎に来たわけじゃない。俺は父さんと一緒に宮城に居たかったんだ。なのに、それを無理矢理連れて来られて、その上更に俺の将来にまで口をだされてたまるか! 俺の将来は俺が決める!」
『ならお前は将来何になりたいんだ? 医者に代わるお前の夢はあるのか?』
「……えっ?」
俺の叫びに、どこからともなく不思議な声が返された。
俺は驚き、急ブレーキをかける。
「だ、誰だっ?!」
右や左、前や後ろとキョロキョロ周囲見渡しながら、俺は今さっき聞こえてきた声の主を探す。
だが、こんな田んぼだらけの田舎道に、しかも夜も遅い時間に、自分以外誰の姿もありはしない。
ならいったいさっきの声は何処から聞こえてきたのか?
「………」
解けない疑問に、気のせいだったのかと首を傾げながらも俺は、再びスクーターを走らせた。
『お前の夢は? お前は未来に何を目指している? 何か明確に叶えたい夢はあるのか?』
「…………」
『何故黙っている? 俺の声は聞こえているんだろう? 黙るという事は、答えられないと言う事か?』
「……………」
『お前のその怒りは、ただ大人の言いなりにはなりたくないっていう反抗心からじゃないのか?』
だが、やはり気のせいなどではなく、誰もいないはずの公道のどこかから、確かに声が聞こえてくる。
しかも一方的に疑問符ばかりを投げつけられて、責められているかのような状況に、俺はイライラしながらスクータを走らせたまま怒鳴り声を上げた。
「うるせぇ! 黙って聞いてれば、何処の誰だかしらないが、お前に何が分かる! お前に俺の何が分かるって言うんだ!!」
『分からない。だからお前の事が知りたくて尋ねているんだ。もし将来なりたい夢がまだ定まっていないのならば、お前の未来を俺に預けてはくれないか?』
「はぁ? 何わけの分からない事を言ってやがる!」
『お前に1つ頼みたい事があるんだ。月岡裕樹、どうしてもお前に、頼みたい事が……』
「いい加減にしろ! 頼みたい事があるって言うなら、まずはちゃんと姿を現せ! 面と向かってお願いしてみせろ! 話はそれからだ」
『いるさ、お前のすぐ隣に。ただお前には見えていないだけで、俺はお前のすぐ隣にいる』
「なっ………?!」
謎の声から返された言葉に驚いて、俺は反射的に横を見た。
瞬間、俺はバランスを崩して、走らせていたスクーターごと派手に転倒してしまう。
「うっ、うわぁぁぁ~~~?!」
情けない悲鳴をあげながら、俺の体は宙を舞う。
そして次に体を地面に叩きつけられたような強い衝撃を感じた後に俺は意識を手放した。




