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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
84/98

君がくれたもの

――3か月後

桜が綺麗に咲く季節がやってくる。

私は無事2年生に進級した。


新学期初日、今日から私の新しいクラスとなる2年3組の教室。

その扉の前で私は深呼吸を繰り返しながら緊張した面持ちで立っていると、ふいに後ろから声を掛けられる。


「ねぇあんた、そこ邪魔なんだけど」

「あ、ごめんなさい!」


入り口の扉を塞いでしまっていた私は慌てて声の主に謝罪をしながら振り返る。


「げ、あんた……」


振り返った私の頭上からは、何だかとても嫌そうな声が聞こえてきて、私は「え?」と顔を上げた。

するとそこにはどこか見覚えのある、懐かしい人物が立っていて。


「……え……えぇ? 先輩? えっと確か……月岡佑樹先輩!」


胸元につけられた名札をチラリと見ながら私はその人の名前を呼んだ。

その人は去年の秋、まだ私がクラスに馴染めなかった頃に何度かお世話になった1学年上の先輩で、階段から落ちかけた私を偶然にも助けてくれた人だった。


「え?どうして先輩が2年の教室に?」

「どうしてって……見りゃ分かるだろ。ここが今日から俺のクラスだからだよ」

「えぇ?!どうしてですか? だって先輩は先輩のはずじゃ……」

「るっせーな。留年したからに決まってんだろ」

「えぇ~留年?!」

「バカ、大声だすな」


恥ずかしそうに周りをキョロキョロ見ながら月岡先輩は慌てた様子で私の口を塞ぐ。


「ご、ごめんなさい。でも、どうして留年なんて?」

「単位が足りなかったんだよ。去年秋に事故にあって、今までずっと入院してたからな」

「えぇっ?! そうだったんですか。それは大変でしたね」

「哀れんだ目で見るな。むかつく。それよりあんたは? その後どうだったんだよ。まだいじめられてるのか?」

「あ、そのせつは色々とお世話になりまして――」


私が先輩に近況を報告しようとした丁度その時、後ろから声を掛けられ振り返る。

そこには安藤さんと石川さんの姿があった。


「ちょ、ちょっと葵葉?! そのイケメン誰?!」

「あ、安藤さん。おはようございます」

「あれ、こいつ、お前のこと階段から突き落と――」


先輩が言いかけた言葉を何となく察して、今度は私が先輩の口を両手で塞いだ。


「どうしたの、葵葉?」

「いえ、何でも」


突然の私の行動に驚いた顔の二人に軽く咳払いしてみせながら、私は先輩と安藤さん達お互いの自己紹介をした。


「えっと、お二人にご紹介しますね。こちらは月岡佑樹先輩と言って、前に何度かお世話になった方なんです。で先輩、こちらは安藤さんと石川さん。今日から先輩のクラスメイトになる方達ですよ」

「ど、どうも。私達この子の友達で安藤可奈子って言います」

「私は石川咲良です。宜しく~」


二人が月岡先輩に向けて自己紹介している内容を聞きながら、私は不意に自分の顔がかぁと赤くなるのを感じた。

安藤さんが口にした“友達”の言葉が嬉しくて。

そんな私の姿を見ながら、先輩は何かを察したようのに「ふ~ん」と溢しながら私達を交互に見比べていた。


「なるほどね。案外楽しそうじゃん、今のあんた。良かったな」


そしてそれだけ言い残すと先輩は、私の頭をポンと一度叩きながら、教室へと入って行った。


「ちょっと葵葉、今の何? ねぇ、葵葉はあの人とどんな関係なの?」


先輩が去った後、何故か安藤さんは興奮したように私を廊下の隅へと引っ張って行くと、矢継ぎ早にそんな質問を投げ掛けてきた。


「え? ……関係と聞かれましても、前に何度かお世話になった事があるだけと、さっき説明した通りの関係で、別にそれ以上の大した関係は……」

「嘘嘘、じゃあさっきの何? 頭ポンって何?!」

「ただ単に子供扱いされただけだて思います。前にも先輩に小学生だとからかわれた事がありますし」

「本当に? 本当にそれだけの理由?」

「……あの石川さん……安藤さんはいったいどうされたのでしょう? 何をこんなにも興奮なさっているのでしょうか??」


安藤さんからの質問攻めに、微かな恐怖を覚えながら私は石川さんに助けを求める。

――と石川さんは、慣れた様子で安藤さんの制服の襟首を掴みながら私から彼女を引き離してくれた。


「ごめんねぇ、この子イケメン好きだからさ、イケメンとの出会いにちょっと興奮しちゃってるみたい。それより葵葉、2年もまた同じクラスだね。今年も一年宜しくね」

「は、はい。宜しくお願いします、石川さん!」

「そう言えば聞いたよぉ。県主催の絵画コンテストで特別賞取ったんだって? おめでとう葵葉」

「え?何それ、あたし知らないんだけど。何で咲良知ってんの?」


私と石川さんの会話に、正気に戻った安藤さんが横から会話に混ざってくる。

石川さんも掴んでいた安藤さんの襟首を解放してあげながら会話を続けた。


「さっき職員室行ったときに偶然見たんだよねぇ、葵葉の名前が入った賞状と盾を。そしたらなんか今日の始業式で皆の前で表彰されるって数学の高橋が教えてれて」

「え、何それ、凄いじゃん葵葉!」

「いえ、そんな……大した事は……」

「大したことあるって。ねぇ、咲良!」

「うん。十分自慢して良いレベルだよ。ホント凄いよ葵葉」

「ねぇ、どんな絵描いたの?」

「それは……あの、えっと、私にとってのヒーローを……」


私の返しに二人は互いに顔を見合わせる。


「何それ。葵葉にとってのヒーローって誰?」

「それは……内緒です!」

「えぇ~何で内緒なの? 隠されると余計気になるんですけど。ねぇ教えてよ、葵葉のいじわる」


言葉を濁す私にしつこく食い下がってくる安藤さん。

それでも頑なに首を振る私に、石川さんがある提案を提示した


「だ~い丈夫だって可奈子」

「?何が大丈夫なのよ咲良」

「だって、実際に見に行けば良いんだから」

「え?咲良それどういう事?」

「これも高橋から訊いた話しなんだけどぉ」

「うんうん」

「なんか今ね、県の美術館で受賞作品を展示してるらしいよ。だからさ、今週の日曜日にでも一緒に見に行ってみない?」

「マジ? 勿論行く行く!」


まさかの提案に私は一人呆けていると、突然背後から聞き覚えのある声で私達の会話に割って入って来る人物が現れた。


「はいはいはい、俺も行きた~い」

「げ、井上。あんたどこから沸いて出たのよ。ってか何であんたがここにいんの?」

「げって安藤、お前酷いな。俺もまたお前等3人と同じクラスになったからだよ。クラス替えの掲示板にも載ってただろ。2年3組に俺の名前がさ。ってわけだから、また宜しくな白羽」

「はい。宜しくお願いします」


井上君から差し出された手を取って、私達はお互いに宜しくの握手を交わす。


「ってわけだから安藤、石川、俺も一緒に行くぞ」

「だって、可奈子」

「えぇ~。何で井上と一緒に?」

「いいんじゃない。この際皆で一緒に行けば」

「井上はいらないよ」

「そう? でもさぁ――」


井上君の同行に否定的な安藤さんの耳元で、なにやらこそこそと内緒話を始める石川さん。

すると、みるみるうちに安藤そんの顔がぱぁと華やいだかと思うと


「わかった!良いよ井上。あんたも連れて行ってあげる!」


嬉しそうに意見を180°変えた。

そして何故か安藤さんは突然嬉しそうに教室へと駆け込んで行ったかと思うと、教室で一人外を眺め座っていた月岡先輩の元へと駆け寄って行く。


「何やってんだあいつ? 石川お前、あいつに何吹き込んだんだ?」

「え? 月岡君を誘ってみたらって言ったのよ。男のあんたがいれば誘いやすくなるんじゃないって」


石川さんが、そう井上君に状況説明していると、安藤さんがこちらを振り向いて頭の上で大きく丸をつくって見せた。


「交渉成立したみたいね。ってなわけで、今週の日曜日、皆で美術館行き決定ね。葵葉も予定空けておいてよ」

「え?私も一緒に言って良いんですか?」

「勿論、そのつもりで誘ってたんだけど?」


まさか、そのお出かけの仲間に私も入っていたとは……思いもかけなかったお誘いに、私の胸は高鳴った。

だって休日に友達とお出かけするなんて初めての体験で。


「はい、わかりました! 日曜日、楽しみにしています!どうぞ宜しくお願いします!!」


気合いを入れて返事をした。


「ふふふ。私も楽しみにしてるよ」


――こうして私の2年生の一学期は賑やかに幕を開けた。

転校してきたばかりの頃は、私に友達と呼べる人ができるなんて思ってもいなくて、友達と休日に遊びに行く日がくるなんて思ってもいなくて、今こうして毎日がとても楽しくいと感じられる日々を送れている事が、まるで夢のようだと思った。

そんな夢のような幸せを噛み締めながら私は、その日の帰り道、久しぶりに八幡神社へと足を向けていた。

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