変わり行く世界
その日から少しずつ私はクラスの輪に溶け込めるようになって行った。
特に安藤さんと、安藤さんと仲の良い石川さんが私の事を気にかけてくれて――
「あぁー今日の体育最悪だったんだけど。バレーボールとかさ、腕が内出血起こして震えてるんだけど。こんな手じゃろくにペンも握れないじゃん。いいわよね白羽はいつも見学で」
体育の授業終わり、保健室から一人教室へと戻る私に廊下でバッタリ出会った安藤さんと石川さんが声を掛けてきてくれた。
「あの……えっと……ごめんなさい……」
そして謝る私の隣に並ぶと、二人は私の歩く速度にに合わせながら会話を続けた。
「だからそこは謝る所じゃなくて、逆にいいでしょ〜って自慢するくらいの返しが欲しいんだって。じゃなきゃまた私がいじめてるみたいになるじゃん。ねえ、咲良」
「え〜でも私、可奈子と白羽の凸凹コンビ結構面白くて好きだよ。ヤンキーと真面目ちゃんのその噛み合わない感じの会話がさ」
「ヤンキーって酷いな咲良。確かにあたし見た目は派手だけど、中身は結構真面目でしょ?」
「そうね。可奈子は見た目で損してるタイプだよね。意外と成績良いし」
「でしょ〜。だから白羽もそんなにかしこまらずに、もっと砕けて話して欲しいんだけど」
「そう……ですか? 」
「そうそう」
「なら……私の本音を言わせてもらえば、私は皆さんの方が羨ましいです。私も皆さんと一緒に体育の授業に参加したい。バレーもやってみたかったです。体育の授業中はいつも保健室に皆さんの賑やかな声が聞こえてきて、どうして私だけ一人ここにいるんだろう、私もあの輪の中に入りたいのにって、いつも羨ましく思うんです」
「……そっか。白羽はいつもそんな風に思ってたんだね」
私の本音に、それまでの安藤さん達の元気な声がどこかシュンとしたものに変わった。
空気を悪くさせてしまったかと私は慌てて謝る。
「ごめんなさい。こんな話をしてなんだか空気を沈ませてしまってごめんなさい。だからあまり言わないようにしてたんですけど……安藤さんの言葉に甘えて本音を語りすぎました。本当にすみません。今のは本当、気にしないでください」
謝る私に、二人はお互いに顔を見合せていた。
「そっか、だからずっと病気の事を隠してたんだね。周りに気を使わせたくないって」
「…………」
「ごめん、あたし達本当にあんたの事何も知らずに今まで酷い事ばっか言って……」
「いえ、隠してた私が悪いので」
「よし、分かった! ならさ、やろうよバレー。体育の授業みたいにがっつり試合形式のバレーじゃなくてさ、玉遊びくらいの軽いやつ。昼休みとか利用して、いつかやろうよ」
「え?」
安藤さんの提案に私はつい声を大きくして驚いてしまう。
「え? って、遊びもダメなの? 」
「……いえ、やりたいです。私もバレーやってみたいです!」
「決まりだね。じゃあ咲良と私と白羽だけじゃなくて、他にも何人かクラスの子達に声掛けてみるね」
「そだね。人数多い方が盛り上がるし」
「あ、ありがとう……ございます。凄く……嬉しいです」
「「そんな大袈裟な」」
「大袈裟じゃないです。皆でバレーなんて初めてだから……本当に凄く嬉しいです!」
興奮気味に語る私に、一瞬顔を見合せる安藤さんと石川さん。二人はどこか嬉しそうに微笑みあっていた。
「そっか、ならよかった。そろそろ次の授業始まるね。ちょっとのんびりしすぎちゃったな。あたしと咲良は更衣室で着替えてから戻るからここで」
「じゃあね、白羽」
「あ、はい。では、お先に失礼します」
ヒラヒラと私に向かって手を振る二人を見送りながら、その後私は二人より一足先に教室へと戻った。
席に着き、次の数学の授業の準備をしながら、先程の安藤さんからの誘いを思い返しては頬が緩んだ。
少しずつ、クラスの輪に溶け込めている実感が何だかくすぐったくて嬉しかった。
私はずっと病気である事を隠さなければ周りから疎まれると思って生きて来た。
いつ死ぬか分からない私なんかが、友達を欲してはいけないと思って生きてきた。
けれどそれは、人と関わる事から目を背けて、ただ病気を言い訳にして傷つく事から逃げていただけなのかもしれない。
病気である事が周囲に知られた事で明らかに何かが代わり初めている。
私が周囲に心を開けば、周りもそれに応えてくれる。
助けて欲しいと声に出せば、周りはきっと手を差し伸べてくれる。
私は、何を意地になって自分の殻に綴じ込もっていたのだろう。
たったそれだけの事で、こんなにも世界は変わるのに――