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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
80/95

小さな変化

“ピピピ ピピピ”


目覚まし時計の音で目を覚ます。

時計を見ると、朝の7時を示していた。

ベッドの上、ゆっくりと体を起こす私。

と、頬には一雫の涙が流れ落ちた。



「……え?」



どうして涙なんて?

何か悲しい夢を見ていたのだろうか?


頬を伝った涙に手を触れながら、私は今朝見た夢をぼんやりと思い起こした。

けれど、見た夢の内容も、涙の訳も思い出せはしない。


まぁ良いかと、私は涙の意味をさほど気に止める事もなく着替えを始めた。

着替えながらふと机に目をやれば、そこには一冊のスケッチブックが無造作に置かれていた。



「あれ、このスケッチブック、何だっけ?」



見覚えのないスケッチブックに小首をかしげながら捲って見ると、そこには何も描かれていない真っ白なページが並んでいた。



「何も描いてないや。こんなのいつ買ったかな?」



そんな微かな疑問を呟きながら、でもやはりさほど気に止めずに私はそのスケッチブックを机の上の本棚へと閉まって居間へと降りた。



「あ、葵葉ちゃん、明けましておめでとう。もうお雑煮の支度できてるからね。手を洗ってきて準備手伝ってくれる?」

「うん、分かった。お母さん、明けましておめでとう。今年も宜しくお願いします。おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんもお兄ちゃんも、明けましておめでとうございます」



今日は1月1日。一年の始まりの日だ。

私より先に居間へと集まっていた家族に新年の挨拶を交わしながら、私は洗面所へ向かった。


洗面所で手を洗い、ついでに顔も一緒に洗う。

水に濡れた顔をタオルで拭いた後、鏡に写る自分の姿を見ながら私はぼんやり考える。

迎えられるとは思っていなかった16歳の私。

今年はどんな年になるのかな?

私はあと何年生きられるのかな? と。


毎年元日を迎える度に、私は私に残された残りの時間を強く意識させられる。

特別な日だからこそ、余計に意識させられるのかもしれない。


新しい年が始まる事への期待と不安を抱えながら、鏡に映る私自身にも「今年も宜しくね」と挨拶しながら、私は再び居間へと戻った。




年の瀬は嫌でも忙しくなる。

初詣に、親戚同士の新年の挨拶まわり。学生の私達には冬休みに課せられた宿題も終わらせなければならない。


一年の始まりを特別なものだと感じながらも目まぐるしく過ぎて行く毎日に、あっと言う間に時間は流れ、いつもと変わらない日常の生活が戻って来た。


そう、新学期、学校の始まりの日が――




「おはよう」と、「明けましておめでとう」

2つの挨拶が飛び交う賑やかな新学期の校舎の中、私は誰とも挨拶を交わす事なく無言のまま教室を目指す。


私が教室へと入るなり注がれたのは、以前にも増して鋭く刺すような冷たいクラスメイト達からの視線。

私を見ながらひそひそと内緒話する声も漏れ聞こえている。


皆の反応も無理はない。私は24日のクリスマスイブに、クラスの文化祭打ち上げ会場で皆の前で発作を起こして倒れたのだから。

倒れて以来初めてとなる登校日なのだからこの反応も仕方がない。


私は注がれる視線を別段気にする事はないと、努めて平常心を保ちながら自分の席へと座った。

座りながら小さなため息が漏れた。


あぁ、またこの日常が始まる。

この何もない退屈な時間が――



「お、おはよ。白羽」

「…………?」



何もない、退屈だと思っていたはずの日常に、今日は朝から少し違う事が起こった。

クラスメイトの安藤さんが、わぞわざ私の席まで来て挨拶の言葉を投げ掛けてくれたのだ。


私は少し驚きながらも無表情のまま、視線を安藤さんの元へと上げる。

と、安藤さんはキッと鋭い眼差しで私を睨みつけながら、たどたどしい様子でこう言葉を続けた。



「あのさ……24日の事なんだけど……」

「……はい」

「あの後、あんた大丈夫だったの?」

「……はい、大丈夫です。皆さんにはご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「いや、別に迷惑なんて一言も言ってないし、別に謝ってほしかったわけでもないんだけど……」



口ごもる安藤さんに、私は彼女が言わんとしている事が分からず、小さく首を傾げた。



「だ、だからあれは、私達も悪かったってあんたに謝りたかっただけ……」



安藤さんの謝罪の言葉に、それまで傍観していた数人の生徒達も私の元へと寄って来たかと思うと、一人また一人とこちらに向けて頭を下げていた。



「……え?」

「悪かったわよ。ごめんなさい」



皆を代表して、ツンと顔を背けながら、態度とは裏腹な言葉を口にする安藤さんに、私はポカンとしながら彼女を見た。



「おいおい安藤、何だよその態度。謝るならちゃんと謝れよな」



異様な空気の中、私の前の席に座る井上君が、一人だけ明るい声で会話に割り込んで来る。



「な、何よ井上、うっさいわね。外野は黙ってなさいよ」

「おぉ怖ぇ」

「ったく。だから……えっと……今までの事も、全部謝るわ。貴方の事、何も知ろうとせずに酷い事ばっか言ってごめんなさい」

「……いえ。別に気にしてませんので」



安藤さんやクラスの皆が私の事を嫌う理由も何となくは理解できていたから、別に謝られる事はない。

そんな思いから無表情に返した私に、安藤は少しムっとした様子で今度は怒るようにこんな言葉を返された。



「でもあんただって悪いんだからね。何も言わないから、こっちだって何もわからなかったじゃない。良い、これからは体が辛かったり、しんどい時はちゃんと声に出して伝えなさい。じゃなきゃこっちだってどうして良いのかわからないんだから!」

「は、はい……ごめん……なさい」



安藤さんの突然の説教に圧倒される私。

そんな私達のやりとりに、また井上君から横やりが入った。



「白羽、こいつ言い方悪いからなかなか伝わりにくいんだけどさ、安藤も安藤なりにすげぇ白羽の事心配してるんだよ。それだけはわかってやってくれ」

「うっさいわね。あんたは余計な事は言わなくて良いのよ!」



顔を真っ赤に染めて怒る安藤さんは、パシンと井上君の頭を叩いた。



「何すんだよ。お前のフォローをしてやったのに。可愛くねぇ女だな」

「だから余計なお世話よ、井上のくせに!」



私の目の前で喧嘩を始める二人の姿に周囲からは笑いが起こる。

私は一人ぽかんとしながらも、初めて見た安藤さんのツンデレな一面に思わずクスリと笑いが溢れた。



「おい、見たかみんな、今、白羽が笑ったよな?」

「ちょっと白羽、何笑ってんのよ!」


私の溢した笑いに、驚く井上君と怒る安藤さん。

急いで私は安藤さんに向けて素直な感想と謝罪を口にした。



「いえ、すみません。安藤さんがなんだか可愛くて」

「か、かわい……」



私の素直な感想に安藤さんは再び顔を真っ赤にして硬直してしまう。

ふとそんな彼女の姿が、一瞬誰かの面影と重なった。

そんな気がして私は無意識のうちに隣の席へと視線を向けていた。



「何? どうかしたの?」

「……いえ、別に。……あの……この席って……どなたの席でしたっけ?」

「席?」



私の疑問に、安藤さんと井上君、それに他のクラスメイト達も私の指差した先を見ると、不思議そうに首を傾げていた。



「そう言えば、何でこんな所に1つだけ空席つくってるんだろうな」

「空席?」

「あぁ。この席には誰も座ってなかったはずだぞ」

「…………そう……ですよね」



井上君から帰って来た言葉にそう返事をしながら、私は何だか納得ができなくて、胸の中に何か小さなしこりのようなものを残した。


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