再来
葵葉が神社に来なくなって、一週間が経った。
戻ってきた平穏な日常。あいつに振り回されていた時間がまるで夢であったかのように今日も静かな境内。
俺は高欄の上に胡坐をかいて、まるで抜け殻のようにぼんやりと鳥居の立つ方角を眺めていた。
「最近、葵葉さん来ないですね？どうかしたのでしょうか？」
鳥居から社を繋ぐ石づくりの参道を掃いていた師匠が、ふと手を止めてぽつりと呟く。
「・・・・・・さあな。俺には関係ない。」
「神耶。・・・・・・せっかく人間に興味を示し始めたと思ったのですが」
「・・・・・・」
俺の吐き捨てた台詞に、師匠が寂し気に呟く声と、小さな溜息が聞こえた気がしたが、俺は気付かないふりをした。
人間に興味？そんなもの、抱くわけがない。
人間なんて大嫌いだ。
だって、あいつらは自分勝手で・・・・・・
普段、俺達の存在なんて信じてもいないくせに、願いを叶えてくれと、頼む時ばかりすり寄ってくる。
あいつが俺に近付いた理由も、結局は願いを叶えて欲しかった。
ただそれだけなんだろ。
友達とかなんとか調子の良い事言っても、結局は・・・・・・
人間なんて皆同じだ。
＊＊＊
それから更に、三日経った頃--
「か～ぐやく～ん！あっそび～ましょっ♪」
「神耶、神耶！久しぶりに葵葉さんが遊びに来てくれましたよ！！行ってあげなくて良いんですか？」
俺のお気に入りの秘密の場所で昼寝をしていると、師匠が何やら騒がしく知らせに来た。
いちいち知らせてくれなくても、あいつの声なら聞こえてる。この山の八幡神社は俺の管轄なのだから、神社の来訪者の声はすべて俺の耳に入る。
それを分かってて、俺はあいつを無視してるんだ。
「・・・・・・・」
「ふ～。まったくこの子は。何をそんなに拗ねているんですか？」
それでも寝たふりを決め込む俺に、溜息をついて、諦めたように師匠は俺のもとから離れて行った。
やっとうるさい奴がいなくなったか。俺が安堵したのも束の間。暫くして、師匠は葵葉を連れて戻って来た。
「神耶く～ん！約束破ってゴメンね？ね～下に下りて来てよ～。そんなに高い所にいたら、お話ししにくいよ～」
「・・・・・・」
昼寝をしていた桜の大木。その下の方から、大声を張り上げているのだろう葵葉の声が、途切れ途切れに聞こえてくる。
「わかった！じゃあ、私がそっちに行くね？ちょっと待ってて～」
「葵葉さん、危ないですよ。本気であんな所まで上るつもりですか？」
・・・・・ん？何やら騒がしい二人。
登るって、本当にこの数メートルある高木を、人間の足で登ってくるつもりか？無茶にも程がある。
気になって桜の枝や葉の隙間から下を覗いて見てみると、本当に桜の木を上って来ようと奮闘する葵葉の姿があって・・・・・・
「っバカ！あいつ、そんな事したら・・・・・・」
“ドサっ”
何かが落ちる大きな音がした。
「っおい！」
俺は慌てて葵葉の元へと下りて行く。
「葵葉さん？！どうしました？大丈夫ですか？？葵葉さん？！」
「おい、聞こえてるか？おいっ！葵葉！！」
苦しそうに胸を押さえながら、顔中に脂汗を浮かべて・・・・・
そのまま葵葉は意識を手放した。
『俺は高欄の上に胡坐をかいて--』とありますが・・・
高欄とは、日本建築の縁や廊下についてい手すりのことです。
