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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
79/94

タイムリミット

「なんだか、賑やかになって来たね」



八幡神社に近付くにつれて増えて行く人の数。

親子連れから友人同士、それから私達のような男女の二人組まで様々な組み合わせの人々が楽しそうに神社へ続く坂道を登って行く。


夜の10時を過ぎているとは思えないくらい、周囲はとても賑やかだ。


神社の境内に着くと、更に多くの人で賑わっていて、参道の左右には色とりどりの出店が並ぶ。


まるで夏祭りのような賑わいに、私のテンションも自然と高くなっていた。



「うわぁ〜凄い! 凄い凄い凄い! 人がいっぱいいる! お店がいっぱい並んでる! 私、こんなお祭りみたいな雰囲気初めて!」


「いつもは誰も寄り付かないくせにな。夏と秋の祭りと、大晦日から元日にかけてのこの時だけは毎年人で賑わうんだ」



屋台に並ぶ人の群れを横目に見ながら私達はまず社へと参拝に赴く。


短いながらも伸びた参拝を待つ人の列に並びながら、私は願い事を頭の中で呟いていた。



『どうか神耶君が私の前からいなくなりませんように』と。



***



「で、葵葉は何食べたい? 何処の出店から並ぼうか?」



参拝を終えた後――

神崎君は心なしか目を輝かせながら、待ちきれない様子で私に訪ねた。



「えっとね、えっとね、あ、私フライドポテトが食べたい!」



私は悩みながらも一番最初に目についた屋台を指差し言う。


神崎君は楽しそうに笑顔を浮かべると、「了解!」と短く答えながら私の手を掴み、フライドポテトのお店へと駆け寄った。




その後もリンゴ飴、綿菓子、私達はありとあらゆる出店に並んだ。


並びながら買ったものを頬張っては、他愛のない会話を交わす。


気がつけば、いつの間にやら私達の両手には抱えられない程の食べ物で溢れていた。



「お、兄ちゃん姉ちゃん、いっぱい買ったなぁ。どうだい、お面も一つ買ってかないかい?」



たくさんのお面が並ぶ屋台の前を通った時、店のおじさんが私達に向かって気さくに声を掛けてきた。


おじさんの誘いに神崎君は、一瞬何かを考えるように間をあけた後「じゃあそこの狐のお面頂戴」と言った。



「お、兄ちゃんありがとなぁ、毎度あり!」



おじさんは嬉しそうに狐のお面をとると、神崎君の頭にそれを被せてくれた。



「どうだ? 似合ってるか?」



被せられたお面を私に見せながら、神崎君が無邪気に私に問い掛けてくる。


その姿を見ながら、私の心臓は一瞬ドクンと大きく跳ねた。



「……うん、似合ってるよ」



曇る顔を必死に笑顔で誤魔化しながら、私は一言だけ短くそう答えた。


神崎君が選んだお面は、“神耶君”がよく被っていたものと同じデザインで――


神崎君の姿が一瞬、神耶君の姿と重なった。


彼の行動に、私はある違和感を覚える。


まるで……私が神耶君に関する記憶を思い出していないか試しているかのような……そんな違和感を――



「兄ちゃん似合うねぇ、男前だねぇ。姉ちゃんの方も、一つどうだい?」



お面屋のおじさんのセールストークを遠くに聞きながら、私は頭に浮かんだ不安を払いのけようと、ブンブンと顔を横に振る。



「葵葉? どうした?」



そんな私の行動に、心配そうな顔をしながら私の顔を覗き込む神崎君。


目が合った瞬間、私はこの不安を絶対彼に悟られてはならないと、急いで彼から顔を背けた。



「な、なんでもないよ。行こ、神崎君」


「……あ、あぁ」


「兄ちゃん、姉ちゃん、ありがとねぇ」



お面屋さんの前から立ち去る私達の背中を、おじさんの大きくて元気な声で見送った。



「どうした葵葉? さっきまで楽しそうだったのに、急に不機嫌になって」


「不機嫌になんか……なってないよ」



お面屋の前を離れて暫く歩いたとこで、神崎君が静かな声音で訊ねてくる。



「そうか? でも怖い顔になってるぞ。お前、はしゃいでたから少し疲れたんだろ。そうだ、少しどっかで休憩するか」


「…………うん」


神崎の提案に、私達は人混みを離れて、神社の入り口にある鳥居の近くまでやってきた。



「ここなら人も少ないし、お前と少しゆっくり話せそうだな」


「……うん。そうだね」



と、私がそう小さく返事をした時、突然に体がふわりと浮くような、不思議な感覚を覚えた。


そして、自分の視界がゆっくりと徐々に高くなって行くのを感じた。



「……え?」



驚いて下を見る。

と私の体は宙に浮かんでいて――


鳥居の一番上の高さまでくると、不思議な力によって私の体はふわりと鳥居の上に座らされた。



「どうして……」


「……何が?」


「どうして力を使ったの? せっかく頑張って気付いてない振りをしてたのに」



今の出来事に驚くでもなく、鳥居の上、隣に座る神崎を責める私。


神崎君――ううん、神耶君は笑いながら言った。



「やっぱり、全部思い出したんだな」



嘘。私にわざと“思い出させよう”としてたくせに。


狐のお面だってそうだ。神崎君は、わざと神耶君の記憶に繋がるものを選んだ。


初詣に行く途中、たくさんの出店を回りたいと言った私に、回れる限りの出店を回ろうと言ってくれた時、『それが約束だから』と溢したあの台詞も、きっとわざだ。


神耶君の意図に気付きながらも、それでも私は意地になって気付いてないふりを続けた。



「違う。思い出してない。私は何も思い出してないし、何も知らないよ」


「もういい、もう十分だ。俺は最後に十分楽しませてもらった。ありがとな葵葉」



今、確かに神崎君が口にした“最後”の言葉に、私は意地をはるのも忘れて、今日一日ずっと不安に思っていた事柄を、すがるように尋ねていた。



「嫌……嫌だよ……やっぱり神耶君は私の前からまた消えるつもりなの?」


「あぁ、そろそろタイムリミットだ。あと30分もすれば、俺は完全にこの世から消滅する」


「タイムリミットってどう言うこと? どうして私の前から消えようとするの?」


「…………覚えてるか、葵葉。 前に話した1月1日が俺の……朔夜の誕生日だって話」



その話しは勿論覚えている。ほんの一週間前の話だ。誕生日だから祝って欲しいと、今日初詣に行く事を誘われたのだ。


けれど、その話と私の質問に、何の関係があるのか、神耶君が言わんとしている事がわからなくて私は首を傾げた。



「俺の名前、『朔夜』って言うのは人間だった頃の俺の本当の名前なんだ。俺が生まれた時に両親が与えてくれた、最初で最後の贈り物」


「……え? 」


「1月1日の、朔月の夜に生まれたから朔夜って言うんだって。だから1月1日が俺の誕生日って言うのは本当の話」



神耶君はいとおしげに月のない夜空を眺めながらそう話してくれた。



「それでさ、俺が消滅する前に師匠が言ったんだよね。最後に1つだけ、俺の願いを叶えてくれるって。今まで神として頑張ってきたご褒美だって。だから俺は願ったんだ。もう一度お前に会いたいって。葵葉に会って、お前と笑顔でさよならしたいって。そしたら師匠が俺をもう一度人間に戻してくれた。条件付きで、な」


「……条件?」


「そう。1つ目の条件は、俺の正体がお前にバレない事。そして2つ目の条件は俺がお前の側にいられるのは、12月31日の11時59分までって言う期限が設けられていた事。それが師匠から出された条件」


「そんな……」


「俺の誕生日――つまり1月1日を迎えたら、俺はこの世界から完全に消滅する。俺が存在していた事実も、俺に関する記憶も全部。だからそれまでにどうしても俺はお前との約束を果たしたかった」



神耶君は手に持っていたやきそばやらりんご飴やら、屋台で買ったものを持ち上げながら嬉しそうに言った。



「そして最後は笑顔でさよならしたかった。葵葉、“神耶”としての俺を思い出してくれてありがとう。最後に神耶として、こうしてお前と話す事が出来て嬉しかったよ。これでやっと心置きなくお前とさよならできる。いいか葵葉、これから先お前には無限の未来が待っているんだ。俺はもう、お前の隣を歩く事は出来ないけど、お前はお前の未来を歩け」


「嫌っ……嫌だよ。私は神耶君とさよならしたくない。神耶君のいない未来なんて私はいらない」


「ダメだ。未来がいらないなんて、そんな悲しい事言うなよ。せっかく繋ぎ止めた命だろ。俺はお前の未来を守りたくて今を選んだんだ。俺の存在がお前の未来を邪魔するのなら、俺の事なんて忘れて良い。だから……頼むからこの先も笑顔で生きてくれ。な、葵葉」


「笑えないよ。神耶君が隣にいないのに……笑えるわけないよ! だって私、神耶君がいたから頑張れたんだよ。神耶君がいてくれたから生きたいって思えたの。なのに、神耶君のいない未来なんて……生きてる意味がないよ」


「そんな事ない。俺がいなくても、葵葉にはキラキラした未来が待ってるから」


「嘘。神耶君のいない未来に希望なんて何もないよ。ねぇ神耶君……神耶君はどうして私の前からいなくなったの? どうして消滅なんて事になってしまったの?」


「それは……」


「それは?」



一瞬、躊躇いを見せた後、神耶君はゆっくりと語り出した。彼がしでかした過ちを――



「どうしても俺は、お前に生きて欲しくて、お前に未来を諦めて欲しくなくて……だからお前がこの先も生きていられる道はないかと必死になって探した。何度も何度も時を遡って」


「……時を遡って?」


「あぁ。お前が生を終える度に、何度も何度も過去へ戻って、お前が死んでしまう未来を変えようとしたんだ」


「……」


「でも……なかなかお俺が願う未来にはたどり着けなくて、俺は何度となくお前の死を目撃したよ。……それはもう、気が狂いそうになるくらい」



神耶君はとても苦しそうに顔を歪めながら語った。

私は、何もかける言葉が思い浮かばなくて黙ったままじっと話を聞いていた。



「でもな、その度に強くなるんだ。お前に生きて欲しい。お前が笑って過ごせる未来を見つけてやりたいって。結果として俺は、時を繰り返す中、葵葉を助けたい一心で意図せず多くの人間の未来をもねじ曲げてしまった。葵葉を助ける為には、多くの人間の協力は不可欠だったから。“個”の願いを叶える為に“多”を犠牲にする事は、俺達神の世界では禁忌とされている。俺が犯した罪は重罪だった。だから罪を犯した俺は、罰を受けなければならないんだ。これは決まった事でもう変えようのない事実だ」


「そんな……そんな……どうして私なんかの為にそんな事……」


「だから言ってるだろ。どうしてもお前に未来を生きて欲しかったって。だってお前、前に楽しそうに語ってたじゃないか。自分の夢をさ。絵に携われる仕事に就けたら良いなって。あんなに楽しそうに語る夢があるのに、未来を諦めるなんて……悲しいだろ。だからどうしても俺はお前のその夢を叶えてやりたかったんだ」


「…………バカだよ……神耶君は……本当にバカだよ。そんな、叶えられるか分からない私の夢の為に自分の未来を犠牲にするなんて」


「俺の未来なんてもうどうでも良いんだ。だって俺はもう400年もの長い時間を、ずっと生きてきたんだから。辛いこともいっぱいあったけど、楽しい事もいっぱあった。俺はもう十分人生を楽しんだ。だから今度はお前が目一杯楽しんで、この先の未来を笑って生きて欲しいんだ。病気を理由に色々な事を諦めて欲しくないんだよ」


「……」


「前にも言っただろ。 お前の未来はまだまだ不確定の事柄ばかりで、本人の意思次第でいくらでも変える事ができるんだって。お前さえ諦めなければ、この先何年だって生き続けられるし、夢だって叶えられるんだよ」


「でも私は15の歳まで生きられないって、ずっと言われて……神耶君だって、私が死ぬ未来を何度も見てきたんでしょ?」


「それは、最初からお前が生きる事を諦めているからだよ。お前は、その呪いの言葉に縛られて、生きられないって自分で自分の未来を諦めてるから……」


「……」


「だから俺はお前の未来を変える事ができなかったんだ。……でも俺は信じてる。必ず葵葉が生き続けられる未来があるって。葵葉さえ未来を諦めなければ必ず……。だから葵葉、俺の為に生きてくれ。俺が叶えられなかった願いを叶えてくれ。もう俺は、お前の側で見守る事は出来ないけれど、それでも俺は必ずお前の事を何処かで見ているから。だから頼む……未来を諦めないでくれ」



神耶君の必死の訴えに、私は涙を流しながら訊いていた。


私よりも私の未来を望んでくれる神耶くんの優しさが嬉しくて、苦しくて――


そんな私の涙を、神耶君は優しい手で拭ってくれながら、私に指切りを求めた。


躊躇いながらも私は彼の差し出す小指に、自身の小指を絡めて――


泣きながら彼と最後の指切りを交わす。



「「指切りげんまん嘘ついたら針千本の〜ます、指切った」」



ほどけた小指をいとおしそうに見つめながら、神耶君は、満足そうに微笑んで言った。



「ありがとう、葵葉。最後にちゃんと話せて良かった」


「……うん」


「あぁ、それから、一つ言い忘れてたけど……」


「……なぁに?」


「その格好、似合ってる。可愛いよ、葵葉」



思いもかけないタイミングで、神耶君から出された賛辞の言葉に、私の顔がかぁっと熱くなるのが分かって、思わず私は彼から顔を背けた。



「神耶君の……バカ……」


「何でだよ」


「このタイミングで言うなんて……ズルい……」


「最後くらいは素直になっとかねぇとと思って。ほら、残念だけど、もうタイムリミットみたいだし」


「……え?」



タイムリミットと、溢す神耶君の言葉に再び顔を上げると、彼の体はうっすら透けはじめていて――


慌てて彼の元へ手を伸ばそうとすると、私の体は急にふわりと宙に浮いて、私の体はゆっくり地面へと降りて行く。


突然体が浮かぶ感覚に驚き辺りを見回せば、参拝に訪れていた人達が皆一斉に動きを止めていた。



「じゃあな、葵葉。どうか元気で」



別れを口にする神耶君に、慌てて彼の方を振り返れば、先ほどよりも更には体が透けていて、彼の周りにはキラキラと光るたくさんの光の粒子が飛んでいた。


そしてその光の粒子は彼の元を離れるように星が瞬く夜空に向かって舞い上がって行く。



「嫌! 行かないで……お願いだから……私を一人にしないで……」



目の前から神耶君が消えてしまう!

私はすがるように彼の体に抱きついて、行かないでと懇願した。


けれど、もう神耶君の体に触れる事はできなくて――抱きつこうと彼に向けて回した私の手は空しく宙をかいた。



「…………」



そんな私の姿に神耶君はニコリと微笑みを浮かべると、今度は神耶君の方から私に向かって腕を伸ばし、体を近付けてきたかと思うとそっと私のおでこにそっとキスを落とした。


彼の行動に驚き見上げた私を、彼はとても穏やかな顔で見つめている。


そして最後に小さく口許が動いたのが分かった。



「好きだよ、葵葉」と。



「っ…………」



その言葉を最後に、神耶君の体は完全に私の前から消えた。


神耶君の体から放たれた光だけが、静かに夜空に向かって登って行った。



「私も……大好きだよ……神耶君……」



神耶が最後、残してくれた言葉に応えながら、私の頬には一滴の涙が静かに流れ落ちた。


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