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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
78/98

大晦日の約束

結局どんなに考えてみても、神耶君が再び私の前に姿を表した理由は分からなくて、『あと少しだけこのままでいさせてくれ』と言った、あの言葉の意味もわからないまま。


ただひとつだけ、今私の中ではっきりしている事は、再び神耶君が私の前に姿を見せてくれた、その事実が嬉しいと言う事だけ。


考えても何も分からなくて、考えた結果ただ不安になるだけなら、今再び訪れたこの大切な時間を、目一杯楽しむしかないのかもしれない。


不安を完全に拭いさる事は出来ないけれど、不安を抱えながらも私は、神崎君と交わした初詣の約束に向けて、準備を始める事にした。


服を着替え、荷物を鞄に詰め終えた所で“コンコン”と部屋の扉をノックする音がする。



「は〜い?」



私が返事を返すと、ドアが開きお母さんが顔を覗かせた。



「葵葉ちゃん、大丈夫?」


「……? 何が?」


「さっき目が赤かったから心配で、ちょっと様子を見に来たの。何かあったの? 今日約束してる男の子と喧嘩でもした?」


「ううん、違うよ」


「……そうね。どうやらそうみたいね」



私のしている格好を見て、お母さんが少し安心したような顔でそう言った。


私は足元に注がれるお母さんの視線を感じて少し照れながら尋ねた。



「……変……かな?」


「ううん、そんな事ない。似合ってるわよ」



せっかく神耶君と初詣に行くのなら、少しくらいはお洒落をしたいと、私はクリスマスの日に買ったあのフリルのついたロングスカートを履いていた。


神耶君に少しでも可愛いと思ってもらいたくて、私の精一杯のお洒落だった。


けれども、自分なりの精一杯のお洒落が本当に似合っているのかやっぱり自信が待てなくて、私はお母さんにあるお願いをした。



「ねぇ、お母さん。ちょっとお願いがあるんだけど……」


「なぁに?」


「私をもっと可愛くして欲しいの」



私のお願いに、一瞬驚いた顔をしながらも、お母さんは嬉そうに微笑んだ。



「うん、任せて! お母さんに任せて!」


「え、どうしてそんなに嬉そうなの?」


「だって、娘の髪を結んであげるのがお母さんの昔からの夢だったから、その夢が叶って嬉しいの」


「夢って、そんな大袈裟な」


「ううん、そんな事ない。だって本当に嬉しいんだもの」



心なしか、目を潤ませているお母さん。

そんなお母さんを笑いながらも、私はお母さんに身を委ねた。


お洒落をした私の姿を見て、神耶君が少しでも

ときめいてくれてら良いな。



そんな事を願いながら――




***




約束の10分前――

私はお兄ちゃんやお父さんの目を盗んで、家の前へと出て、神耶君の迎えを待つ事にした。



「じゃあ葵葉ちゃん、彼とのデート楽しんで来てね」



お母さんに見送られながら、私はうんと小さく頷く。


待っている間、鞄の中から手鏡を出して今一度自分の姿を確認した。


お母さんの手によって、結い上げられた私の髪は、後ろで小さなお団子がつくられていた。


それから短い髪が落ちてこないようにと、カラフルなピンで留め飾られいる。


髪型以外にもお母さんは、軽く化粧も施してくれて、自分の見慣れたはずの顔が、今日は少しだけ大人っぽく見えて、なんだかくすぐったい気持ちになった。


これならきっと大丈夫。

ちゃんと女の子に見えているはずだよね。と、私は手鏡を鞄へと閉まった。


と、丁度その時、少し離れた場所から「葵葉」と名前を呼ばれたきがして振り替える。



「悪い、待たせた」



片手を上げながらこちらに向かって歩いてくる神崎の姿がそこにはあった。


見慣れたはずの神崎君の姿。

なのに彼が神耶君だと改めて思ったら、妙に緊張して、上手く彼の顔を見る事ができなくて――


私はうつむきがちに「ううん」と短く返事をした。



「よし。じゃあ行くか」


「……え?……あ、うん」



いつもと違う格好、違う髪型について、何か触れてくれるかなと、心の中で少し期待していたのだけれど、別段期待したような反応は貰えないまま、一人スタスタと先を歩いて行ってしまう神崎君。



「……せっかく頑張ってお洒落したのにな……」



そんな独り言をポツリと漏らしながら、私はうつむいていた顔を持ち上げ、物欲しそうに彼の背中を見つめた。



「どうした葵葉、行かないのか?」



なかなか歩き出さない私を不思議に思ったのか、神崎君はこちらを振り向きながら少し大きめの声で私に向かってそう呼び掛ける。



「……ううん、行くよ。ちょっと待って」



私はお母さんから借りた慣れないブーツに足をとられながら、急いで彼の背中を追いかけた。




***

 


2人で歩く夜の田舎道。


先を歩く神崎君はいつもより何処か静かで、私はそんな彼の一歩後ろをついて歩いた。


ポツンポツンと、街頭があるだけ夜道は暗く、月灯りのない夜空は、いつもより星が綺麗に輝いて見える。


暗く静かな夜の道、私は前を歩く神崎君の後ろ姿をぼんやりと見つめながら、クリスマスの日に彼が漏らしたあの言葉を改めて思い出す。



――『思い出さなくて良い。思い出せなくて良いから、あと少しだけこのままでいさせてくれ……』



あと少し……あと少しだけとは……どう言う意味なの?

私が神耶君の事を思い出したと分かってしまったら、この人はまた私の前からいなくなってしまうの?


今はこんなに近く……手を伸ばせば触れられる距離にいるのに――


無意識に手を伸ばす。

と、気付けば私は神崎君のコートの袖をそっと握っていて、驚いた顔の神崎君がこちらを振り返った。



「……どうした葵葉? 」


「う、ううん。なんでもない。なんでもないよ」



彼に何かを悟られてはいけないと、掴んでいた袖を私は急いで離す。



すると神崎君は、暫くこちらを見つめた後、私が離した手をそっと握り締めてくれながら、私を引っ張るように再び歩き出した。



「……え?」



思いもしない彼の行動に最初は驚き、戸惑いながらも、神崎君から伝わってくる手の温もりをこのままずっと感じていたくて……離したくなくて……私も彼の手をぎゅっと静かに握り返した。


たったそれだけの事なのに、右手から伝わる熱に私の心臓はドキドキと暴れて――


この胸の高鳴りが彼に知られてしまうかもしれない気恥ずかしさから、何とかこの静寂を破りたいと、私は必死に会話を探した。



「ね、ねぇ神崎君。八幡神社の初詣には何か出店も並ぶの?」


「あぁ。夏祭りの時程出店の数は多くはないけどな。祭好きの大人達が有志で店を出して、毎年大晦日から1日の夜はばか騒ぎして盛り上がってるよ」


「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあさ、たこ焼きは……ある?」


「たこ焼きはどうだったかな。でも確か焼きそばはあったかな。あとは甘酒とか、フライドポテトとかもあったと思う。子供向けなら綿菓子やリンゴ飴なんかもあったと思うけど……」


「リンゴ飴! 私リンゴ飴と綿菓子食べたい!」


「あぁ、食べたいものは全部食べれば良いさ。回れる限りの出店を回ろう」


「本当?」


「あぁ。そう言う、約束だったからな」



……約……束……



会話の中、神崎君の口にした一言に私ははっとした。


私の頭の中、以前神耶君と交わしたあるやり取りが思い出されて。



――『楽しみだな~夏祭り。一緒にかき氷食べようね!たこ焼きも、りんご飴も!あ~金魚すくいもやりたいな~。それから……』


『待て待て待て。一緒にってなんだよ』


『え? だから、お祭りの日に、一緒に出店を見て回ろう。ってデートのお誘いだよ』


『はぁ~?! デート? 何馬鹿な事言って……回りたきゃ勝手に回れば良いだろ! 俺を巻き込むな!』


『え~~しようよお祭りデート! ねぇ~しようよしようよ~!!』


『あ~お前っ、何勝手に……』


『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます。指切った!』



あぁ、そうか。神耶君は、あの時の約束を果たそうとしてくれているんだ。


今までの彼の言動に、私はふとそんな事を思った。



今回だけではない。きっと文化祭の時も。

あの時一緒に回ろうと誘ってくれたのも、もしかしたら同じ理由からだったのかもしれない。


あんな私の一方的な約束を、一年以上経った今も覚えていてくれて、果たそうとしてくれていたなんて。


私は素直に嬉しいと思った。


嬉しさに、込み上げてくるものを感じた。


でも、この込み上げてくる感情を、神崎君にだけは気づかれてはいけないと思った。


だから私は神崎君の声が聞こえなかったふりをして、気付いていないふりをした。


そして出来る限り普段通りを装って、その後は他愛のない会話を交わしながら、努めて賑やに振る舞った。



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