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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
76/98

4度目の約束

「……」

「…………」

「あなたは私にとって、大切な……大切な人だったはず。なのに……どうして思い出せないの? 私はどうしてあなたの事を忘れてるの? ねぇ、どうして……どうして………」



今目の前にいる、大切なはずの人との記憶を思い出したくて、でも思い出せなくて、もどかしさに私は泣いた。

ポロポロと涙を溢して泣いた。



「っ……え?」



すると、それまで何も言わずにただじっと黙っていた神崎君に、突然私の体は抱き寄せられて――



「思い出さなくて良い。思い出せなくて良いから、あと少しだけ……このままでいさせてくれ……」




苦しそうな声で、懇願する神崎君の声がすぐ耳元で聞こえた。


私を抱き締める腕の力は息が出来ない程強くて、まるで小さな子供が何かに怯えて、すがり付いているかのように思えた。



突然の事に、私は驚き戸惑うも、初めて見る弱々しい彼の姿に、少しでも彼を安心させられればと、私も無意識に彼を抱きしめ返していた。


そして、怯える子供をあやすようにポンポンと、彼の背中を何度も何度も優しく叩いた。


丁度その時、駅への到着を知らせるアナウンスが車内に流れ聞こえてくる。


神崎君は、俯きがちに私から体を離すと



「着くみたいだな。降りようか」



と、短く呟いて席を立った。


色々と聞きたい事はあったけど、神崎君の背中は、まるで聞かれる事を避けているような、そんな雰囲気が漂っていて、それ以上私も何も言うでもなく、彼の後に続いて立ち上がった。


そして二人、無言のままに私達以外誰もいない夜の静かなホームへと降り立った。




帰り道、神崎君は朝お兄ちゃんから借りた自転車を無言のまま押して歩く。

私もその一歩後ろを無言のままついて歩いた。


所々街灯が灯るだけの、暗く静かな道を歩く私達の元に、ふと見上げれば空から白い雪が降り注ぐ。



「あ、雪。ホワイトクリスマスだね」



二人の間に流れる、どこか気まずい空気を破るように、私が静かにそう呟くと、神崎君も空を見上げて「そうだな」と呟いた。



「クリスマス、終わっちゃうね」

「明日もあるだろ。今日はイブなんだから」

「そうだけど、そうじゃないよ。イブの今日が終わっちゃうねってこと」

「何だよ、寂しいのか?」

「うん、ちょっと寂しい。色々あって最後はみんなに迷惑かけちゃったけど、でもこんなに楽しかったクリスマスは初めてだから」

「そっか。それは良かったな」

「神崎君のおかげかな。今日誘ってくれてありがとう」

「いや、別に」

「この神崎君が一生懸命取ってくるたUFOキャッチャーのぬいぐるみも、大切にするね」

「あぁ」

「……クリスマスが終わったら、もうすぐ終わっちゃうね」

「……何が?」

「今年が。もうあと1週間もしたら新しい年になるんだよ」

「……」

「あっと言う間だったなぁ。神崎君が転校して来てからの1ヶ月は、本当にあっという間だったよ。今日でもう今年中に神崎君に会える機会はないと思うから、今のうちに言っとくね。私と友達になってくれてありがとう。来年も宜しくね、神崎君」

「…………」

「神崎君?」



それまで短いながらも返事をしてくれていた神崎君から、何故か返事がなくなった。

不思議に思って私は前を歩く彼の名前をもう一度呼んだ。


すると神崎君は不意に歩みを止めて立ち止まる。

と、こちらを振り返り、彼は真っ直ぐな視線を向けて私にこう言った。



「なぁ葵葉。12月31日、大晦日の夜にさ、一緒に初詣に行かないか? 葵葉の家の裏山にある八幡神社にさ」

「え……初詣?」



突然の誘いにキョトンとする私。



「実は俺、1月1日が誕生日なんだ。誕生日を迎える瞬間を、葵葉と過ごしたい、なんて言ったら迷惑か?」

「迷惑……じゃないけど……」



どうしてそんなに切なそうな顔をしているのだろう?

いつもならこっちの意見も訊かずに強引に約束を取り付けるのに。

やっぱり何だかいつもと様子の違う神崎君に、私は何とも言えない不安を覚えた。



「……うん。わかった。良いよ。大晦日の夜、また一緒に出掛けよう」

「本当か?」

「うん」



私の返事に神崎君はやっといつもの調子に戻って、嬉しそうな笑顔を浮かべて言った。



「よし、じゃあ約束。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲〜ます、指切った!」



お互いの小指を絡めて、また指切りを交わした私達。



「じゃあ12月31日、夜の10時にまたお前ん家に迎えに行くよ。忘れずに準備しとけよ」

「うん、分かった。31日、10時、家の前に出て待ってるね」



私達は約束を確認しながら再び歩き出す。

その後はお互い他愛のない会話をしながら、神崎君は私を家まで送ってくれた。


こうして初めて家族以外と過ごしたクリスマスは私にとって特別な、忘れられない思い出として幕を閉じた。


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