素直に甘えて
「……ん」
見知らぬ部屋の中、ソファーに横になっていた私。
「お、起きたか、葵葉」
少し離れた位置からした聞き慣れた声に起き上がる。
「……神崎君。ここは?」
「まだカラオケボックスだよ。お前が倒れて気を失ったからスタッフルームに案内してもらった」
私が体を起こすのを、すぐ側まで来て手を貸してくれながら、神崎君は短い言葉でそう説明してくれた。
私が……倒れた?
神崎君の説明に自分自身驚きながら、私はぼんやりとした記憶を手繰り寄せて行く。
確か、クラスの子達の飲み物を取りに部屋を出て――
そうだ。息苦しくなってしゃがみこんだんだ。
それで店員さんに声をかけられて――
あぁ、そうだ。思い出した。
確かに神崎君の言う通り、私は大勢の人の前で倒れたんだ。
その後、ちょっとした騒ぎになって、クラスの皆まで集まってきちゃったんだ。
その時の会話まで全てはっきりと思い出して、私は膝に突っ伏した。
「どうした葵葉?まだ苦しいのか?」
「違うの。皆に知られてしまったことが悲しくて……」
「……」
私の落ち込みを察したのか、神崎君は私の隣に腰掛けると、慰めるように頭を撫でてくれた。
「悪かった。でも、今回の事でクラスの奴らにお前の病気が知れて、俺は良かったと思うよ」
慰めるような優しい声。
でも、発せられた言葉は全然優しくなんかなくて
「酷い……どうしてそんな事言うの? 他人事だと思って適当な事言わないで」
「他人事だなんて思ってないさ。俺は心の底からお前を心配してんだよ。だからこそ、良かったと思うんだ。周りがお前の体の事を知った事で、きっとこれから気にかけてくれる」
「私はそれが嫌なの! 気を付かわれて、まるで腫れ物扱い。私は皆と違うんだって、嫌でも思い知らされる……」
「皆と違うなんて当たり前の事だろ。何をそんなに気にしてんだよ」
「なっ……」
「だってこの世の中には、誰一人として同じ人間はいないんだから。お前はただ人より体が弱い。それだけの事だ」
「それだけの事なんかじゃないよ! 体が弱いせいで、皆と同じ事が出来ないんだよ。今だって、ちょっと体が疲れただけで、息があがって発作を起こしちゃう」
「なら、無理しないように、自分自身でコントロールすれば良いじゃないか。今日お前が倒れたのは、周りに気を使って、辛い時に辛いって言わなかった事が原因だ。どうして言わなかった?」
「それは……皆に迷惑かけたくなくて」
「でも結果的にかけたじゃないか」
「……」
「病気の事を、誰よりも腫れ物扱いしてるのは、葵葉自身なんじゃないのか?」
「……え?」
「お前は生まれた時から体が弱い。それはお前にとって短所なんかじゃなくて、個性なんじゃないかな。葵葉は体が弱かった分、人の痛みや苦しみが分かる。だから周りの空気を読むのも上手いんだ。それは葵葉だからこそ身に付いた特技なんじゃないかな。他の奴らだっておんなじだよ。健康に生まれて来た奴にだって得意な事、苦手な事は誰しもが必ずある。全て完璧な人間なんて何処にもいないさ。だからこそ、互いに苦手な事を補いあって、助け合って生きているんじゃないかな」
「……」
「だからさ、助けて欲しい時は素直に甘えれば良いんだよ。助けて貰った分、お前はお前に出来る事を頑張れば良いんだ」
そう言いながらポンポンと私の頭を撫でてくれる神崎君。
彼のその優しさに、何故だか無性に涙が溢れて来て、私は神崎君の優しさに甘えるように、そのまま彼の胸に顔を埋めて泣いた。
神崎君は、私が泣き止むまでただずっと、静かに頭を撫でていてくれた。
「少しは落ちたいたか?」
「……うん」
「よし、じゃあ帰るか。ほら」
「……え?」
帰るかと言いながら、私に向かってしゃがんで背中を見せる神崎君。
「え、じゃねぇよ。ほら、乗れ。おぶってやっから」
「え……何で? どうして? 私、歩けるよ」
「何言ってんだよ。ついさっきまで発作起こして倒れてた奴が。ほら、早く乗れって」
「でも……私、もう歩けるよ。だから大丈夫だよ」
「嘘つけ。お前の強がりなんてお見通しなんだよ」
「でも……」
「でもじゃねぇ。もっと周りに甘えろって、さっき言った事もう忘れたのか」
「……」
この場合、甘えろとかそう言う問題ではなく……ただただ恥ずかしいのだけれど……
私が躊躇っていると、神崎君は私の手を掴んで強引に彼の背中へと引き寄せた。
引き寄せたられた瞬間、ふわりと体が宙に浮く。
思わず「きゃっ」と漏れた声を無視して、神崎君は私をおんぶしたまま、部屋の隅に置いてあった私達の荷物を待って部屋を出た。
「あ、目を覚まされましたんですね。良かった」
部屋を出てすぐ、私達をスタッフルームへ案内してくれた店員さんとばったり出くわし、声を掛けられた。
「すみません。ご迷惑をおかけしました。俺達このまま帰ります。会計は……」
「いえいえ。とんでもないです。お会計はお連れの方々がお二人の分もお支払するとの事で承っておりますので大丈夫ですよ」
「え?」
「あぁ、それからこれ。当店の割引券になります。また元気になられたら、いらっしゃって下さいね」
「……ありがどう……ございます」
店員さんが差し出してくれた割引券をじっと見つめた後、神崎君はお世話になった店員さんに一礼して、私達は店を後にした。