秘密がバレる時
◇◇◇
「おい、待てよ葵葉!」
「ほっとけば良いよあんな子。それより朔夜君、私と一緒に何か歌おうよ。ね、お願~い」
葵葉のいなくなった部屋の中、朔夜は葵葉を追いかけようと立ち上がる。
だが、すかさず隣に座る安藤が朔夜の腕を引っ張って、強引に座らせる。
そして自身の腕を絡ませて、甘えるようにすり寄った。
「離せっ!」
「きゃっ」
意地でも離すまいとする安藤だったが、そんな彼女の腕を力尽くで振りほどいて、朔夜は再び立ち上がった。
「悪いけど、俺、あいつ手伝ってくるわ」
「あ、朔夜君っ……」
素っ気なく、ただ一言だけ言い残すと、朔夜はクラスメイトを掻き分けて部屋のドアを開けた。
と、その時――
「きゃっ?! え? どうしたの? 大丈夫?」
「お客様? 大丈夫ですかお客様? お客様?!」
廊下から、いくつもの騒がしい声が聞こえて来る。
それらの声に、朔夜は何を思ったのか鬼気迫る表情で一瞬目を大きく見開くと、慌てた様子で声の方へと駆け出して行った。
「え……何? 何があったのかな?」
「分かんねぇけど……俺達も行ってみる?」
何かパニックが起きているかのような店内の騒がしさと、朔夜のただならぬ様子に、クラスメイト達も一体何事かと、わらわら部屋を出て行く。
それは彼、彼女等に限った事ではないようで、あちらこちらの部屋からも、多くの人が顔を覗かせていた。
騒ぎのもとへ野次馬に駆けつけたクラスメイト達。
彼、彼女らが目にしたのは、先程自分達のグラスを持って部屋を出て行った葵葉が、階段の途中でぐったりした様子で倒れている姿。
「え……何? 白羽さんどうしたの? 何で倒れてるの?」
状況を飲み込めない何人かのクラスメイト達は、他の利用客同様、驚き狼狽える。
そんな中、クラスの先陣を切って駆けつけた朔夜は、葵葉に向かって呼び掛けをしていた店員の横から割り込み、葵葉の体を抱き起こす。
「葵葉! おい葵葉、大丈夫か、しっかりしろ!」
そしてパチパチと軽く彼女の頬を叩きながら、反応を求めて何度も彼女の名前を呼び掛けた。
「あの、えっと貴女は、お客様の知り合いですか?」
「はい。一体こいつに何があったんですか?」
「僕にも分かりません。とても苦しそうに階段を降りて来られたのでお声掛けしたら、急に倒れられて……」
「こいつ、心臓に持病を持っているんです。もしかしたらまた心臓の発作を起こして倒れたのかも」
「「「えぇ?!」」」
店員と朔夜との会話に、その場にいたクラスメイト達が驚きの声を上げる。
だが朔夜は、彼、彼女等の反応になど目もくれずに店員との会話を続けた。
「すみませんが、救急車を呼んでもらえませんか?」
「は、はい、分かりました!」
朔夜からのお願いに、店員の男性は急いで救急車を呼びに向かおうと立ち上がった。
だがその後ろ姿に、苦しそうに荒い呼吸を吐きながら、葵葉から弱々しい声で待ったの声が掛かった。
「ま、待って下さい……私なら……大……丈夫……です……から……」
葵葉から発せられた言葉に、朔夜ははっと彼女を見る。
すると葵葉は、今にも消えてしまいそうな弱々しい呼吸を繰り返しながら、涙ながらに必死に訴えていて――
「何言ってんだ葵葉。早く病院に行かないと」
「大丈夫だよ……神崎君。これくらいなら……休んでいればすぐにおさまるから」
「んなわけっ」
「お願い……皆の前で……これ以上騒ぎを大きくしたくないの」
「…………ばっかやろう……」
葵葉からの必死のお願いに、ギリッと歯を食い縛りながらも、朔夜は小さくそう呟くと、葵葉の体を抱え上げ、立ち上がった。
「すみません。どこか休める場所を貸してもらえませんか」
「え、でも救急車は……」
「本人が大丈夫って言ってるんで……」
「そう……ですか?」
「はい、お騒がせしてすみませんでした」
「いえいえ、そのような事は。そうですね、今はどの部屋もお客様が使われていて満室ですので、我々スタッフ用の休憩室でよければご案内できますが」
「ありがとうございます。そこで大丈夫です」
「分かりました。では、こちらに」
朔夜と店員の男性、二人だけで進められて行く話に、周りの野次馬達はと言えば、ただただ呆然と見守り立ち尽くすばかり。
「悪い井上、こんな状態だから俺と葵葉はこのまま抜けるわ。後で俺達の荷物、持ってきてくれないか」
「あ、あぁ。分かった。それより白羽、本当に大丈夫なのか? すげぇ苦しそうだけど」
「あぁ、多分な。本人が大丈夫って言ってんだから、その言葉を信じるしかない。悪かったな、折角の楽しい場を騒がせて」
「そんなこと、全然気にすんなって。つか何で教えてくれなかったんだよ。白羽が心臓に持病抱えてるってそんな重要な事。もしかして、学校をよく休んでたのも?」
「あぁ、体調を崩してだよ」
「文化祭の時に倒れたのもそれが原因か?」
「……あぁ。こいつが、どうしてもお前らには知られたくないって言うから、言えなかった」
「なんだよそれ……どうしてそんなみずくさいこと……。知ってたらもっと何か力になれてたかもしれないのに……」
「悪い井上、今はこいつ休ませてやりたいから、話はまた今度な」
それだけ言い残して、朔夜はぐったりとした葵葉を抱き抱えたまま、店員の後に着いてスタッフルームへと消えて行った。
残されたクラスメイト達はと言えば、皆ばつが悪そうに、二人の姿を遠くに見送っていた。
◇◇◇




