打ち上げパーティー
ゲームセンターを出た後、商店街をダッシュして駅まで駆け抜けた私達は、運良く停車していた列車に飛び乗り、待ち合わせ場所である学校近くの駅へと急いだ。
待ち合わせ時刻から15分程遅れて目的の駅へと到着した私と神崎君。駅から学校までの距離は目と鼻の先で、校門の前には既に大勢の人影が見える。
「はぁ、はぁ、はぁ、ごめんなさい。遅れました」
「お、来た来た。おい、朔也と白羽が来たぞ。お前等二人一緒だったんだな。なかなか来ないから心配したぞ」
「ごめんなさい井上君。皆さんも、遅くなってごめんなさい」
私達の姿を見つけて一番に声を掛けてくれた井上君に、私はまだ息の整わない荒い呼吸で謝罪の言葉を口にしながら深く深く頭を下げた。
「まぁまぁ、こうやって無事に合流できたんだから気にすんなって」
井上君の優しい言葉に恐る恐る顔を上げると、ニコニコ穏やかな笑顔を浮かべる井上君の後ろで、不機嫌な顔でこちらを睨む安藤さんと目があう。
「っ……」
安藤さんから溢れ出ている苛立ちのオーラに、私はビクンと肩を震わせながらも、そもそも遅刻したのは私のせいなのだから安藤さんが怒るのは仕方がないと、少しでも反省の気持ちを伝えようと、再び深く深く頭を下げて必死に反省の姿勢を示した。
「だから大丈夫だって白羽。もう頭あげろよ。さっき店に電話して30分予約ずらしてもらうようにお願いしたからさ。んじゃ無事に皆揃った事だし、打ち上げ会場に移動するとしましょうか」
学級委員であり、今回の打ち上げパーティーの企画者でもある井上君の呼び掛けに、皆がぞろぞろと移動を始める。
「ところで朔也、何で白羽と一緒に来たんだ? もしかしてお前ら、今まで二人でいたのか?」
「んぁ? まあな。今日一日葵葉と一緒に隣町まで遊びに行ってた」
「何だ何だ? デートか?」
「ばっ、ちげぇ! デートなんかじゃねぇって!」
「ほんとに〜?」
移動する群衆の中、先程まで私の隣にいた神崎君は、井上君と肩を組みながら、何やら楽しそうに内緒話に花を咲かせている。
私はと言えば、あっと言う間に一人群れから取り残されて、最後尾から皆の後を必死に追いかけていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
クラスの群れから離れて歩く私の呼吸は一人荒い。
ここへ来るまでの全力ダッシュが今も私の心臓を騒がしていたから。
必死に足を前に出して、歩いても歩いても、気が付けばクラスメイト達ははるか前方にいて――
学校からカラオケ店まで道のりは、私には酷く遠いものに感じられた。
(お願い、あともう少し今日が終わるまでは我慢していて――)
体の悲鳴を感じながらも、私はそう心の中で必死に願った。
カラオケ店があるのは、学校からおよそ10分程離れた場所に建つ大型ショッピングモールの一角。
クリスマスイブの今日は、ショッピングモール全体が家族連れやカップルなど、多くの人で賑わっていた。
そしてそれはカラオケ店内も例外ではなく――
店内は空室を待つお客さんでごった返していた。
そんな中でも井上君の言っていた通り、事前に予約をしていた私達は、待たされる事なくスムーズに2階の団体向けの部屋へと案内された。
クラスの皆が和気あいあいと用意されたカラオケルームへ向かう中、私一人だけはぜぇぜぇと、息をきらしながら皆から少し遅れて部屋へ入った。
私が到着した頃には、カラオケルームの中はもうすっかり賑わっていて、女子達は誰が神崎君の隣に座るのかを言い争い、男子達は誰が一番に歌うのかマイクの争奪戦を繰り広げていた。
今日初めて、カラオケボックスと言う場所へ足を踏み入れた私はと言えば、右も左も分からないまま賑やかなクラスメイト達の様子に圧倒されながら、ぼーっと立ち尽くしていた。
「白羽何やってんだよ。んな所突っ立ってないで空いてる席に座れよ」
そんな私に、入り口近くの空いていた椅子を差し示しながら、少し離れた場所から井上君がそう声を掛けてくれる。
私はコクンと頷いて、井上君に言われた通り入り口近くの椅子に腰かけた。
一人、賑やかな空気に圧倒されながらも、なるべく皆の邪魔にならないようにと隅で小さくなっていた私だったけれど、やはり慣れない環境についついソワソワ、キョロキョロと視線を漂わせてしまう。
と、少し離れた場所に、神崎君の姿を見つけた。
神崎君の隣には、安藤さんの姿があった。
どうやら神崎君の隣の席を巡る激しい争奪戦は、安藤さんが勝ち取ったらしい。
「ねぇねぇ神崎君、何か歌ってよ」
「いや、俺歌えねぇし」
「えぇ〜そんな謙遜しなくて良いのに。あぁ分かった、一人で歌うのが恥ずかしいんでしょ。じゃあ私と一緒に歌おうよ。神崎君の好きな歌教えて?」
「いや、だから、最近の歌とか知らねぇんだって」
「そうなの? じゃあ昔の懐メロとかでも良いよ? 誰か好きなアーティストとかいないの?」
神崎君の腕に自身の腕を絡ませながら、安藤さんは彼に一曲歌って欲しいとせがんでいる。
何故か私は、そんな二人の仲睦まじい姿を遠くから眺めながら、胸がチクリと痛むのを感じた。
つい数十分前まで私の隣にいた神崎君。
でも今は他の女の子と楽しげに話している。
その姿が何処だか急に遠い人に感じられて……私の胸には不思議と、寂しいと思う気持ちが込み上げていた。
同じ転校生であっても、すっかりクラスに溶け込んだ神崎君と、未だ溶け込めずにいる私。
私だけが酷く場違いな気がして、私はこの場から逃げ出してしまいたい衝動にかられた。
そんな時、私の元にひとつのコップが回って来る。
「はい、白羽さんの分」
「……これは?」
「飲み放題用のコップだよ。1Fの受付の近くに、ドリンクバーがあったでしょ。このコップを持って行けば好きな飲み物を貰ってこ来られるの」
「そうなんですか……ありがどうございます」
これはチャンスだと! ばかりに、回ってきたばかりのコップを持って、私は急いで部屋を出ようとした。
「あ、白羽さん、もしかして飲み物取りに行くの? じゃあさ、私の分もついでに持ってきてくれない?」
と、その時、先程まで神崎君と楽しそうに話していて安藤さんに呼び止められて、飲み物を持ってくるよう頼まれた。
「あ、じゃあ俺も頼んで良いか?」
「俺も俺も!」
「私も〜」
そんな安藤さんのお願いに便乗するように、次々とクラスメイト達からコップが差し出される。
「あ、はい、分かりました。皆さん何が飲みたいですか?」
「あたしアイスティーお願い」
「俺コーラ!」
「私は〜」
手に持ちきれない程のコップを渡される中、誰かがコップと一緒にお盆も差し出してくれた。
差し出されたお盆の上に次々と乗せられていくコップと、その持ち主を確認しながら、私は必死に一人一人の注文内容を頭に刻み付けて行く。
「じゃあ、宜しくね〜」
何人かのクラスメイト達に見送られながら、私は一人部屋を出た。
***
「お、お待たせしました。頼まれた飲み物を持って来ました」
「あぁ、ありがとう。そこ置いといて」
「ねぇ白羽さん、私の分もお願いして良い?」
「俺も〜俺も~」
「あ、はい。分かりました。飲み物は何が良いですか?」
頼まれた飲み物を持って戻ると、私も、俺もと、他のクラスメイト達からも更なる依頼が舞い込んで来た。
私は持って来たばかりの飲み物を配り終えると、新たな依頼分のコップをお盆に乗せて、頼まれた飲み物を記憶して行く。
けれど、今回はそこに思いがけず待ったの声を掛けられた。
「おいお前等、それくらい自分で取りに行けよな」
待ったを掛けたのは、不機嫌な顔をした神崎君。
苛立った様子の神崎君が放った一言に、一瞬目の前の空気が張りつめたのが分かった。
せっかくの楽しい場を、私のせいで壊してはいけないと、私は慌てて神崎君に訴えた。
「だ、大丈夫だよ神崎君。私、文化祭の時皆に迷惑かけちゃったし、ここで皆の役に立てるなら嬉しいから」
「でも葵葉っ……」
「じゃ、じゃあ行ってくるね」
心配してくれた神崎君に笑顔を見せながら、私は一人いそいそと部屋を後にした。
きっと私一人がいなくなれば、張りつめた空気もまた元に戻るだろう。そう、思って――




