葵葉と朔夜のゲーセンデート?
「ありがとうございました」
店員さんに見送られながら、大きな紙袋を肩にかけた私と神崎君はお世話になったアパレルショップを後にする。
つい先程までご機嫌だった神崎君が、店を出た今、何故か機嫌が悪い。
何故? と気まずさに少し距離を取って歩いていると、神崎君は拗ねたような口調で口を開いた。
「せっかくプレゼントしてやるっつったのに、何で断んだよ……ったく」
「何でって、当たり前だよ。プレゼントしてもらう理由がないもん」
「今はクリスマスなんだろ? クリスマスにはプレゼントを交換しあう習慣があるんじゃないのか」
「確かにあるけど、でもクリスマスプレゼントに貰って良い値段じゃなかったし……。だから何をそんなに怒ってるの? 怒るような事かな?」
「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ〜!」
どうやら彼の親切心を断ってしまった事が気に入らなかったらしい。一人ご立腹の神崎君は終いには癇癪を起こして、突然私の腕を乱暴に掴んだ。
「ちょっ……神崎君、痛いよ、離して」
「うっせぇ!良いから大人しく俺について来い!」
「ついて来いって、どこいくの?」
「良いから!」
半ば引きずられるようにして私は神崎君にある場所へと連れて行かれた。
神崎君にされるがまま、連れて行かれたそこは商店街の一番端に位置するゲームセンターだった。
「お前、前にこの中に入ってるぬいぐるみ欲しがってただろ。今日は俺が取ってやる。これが俺からのクリスマスプレゼントだ。ほら、何でも取ってやるから好きなものを選べ」
一台のUFOキャッチャーを前にして、神崎君が鼻息荒く、私に詰め寄る。
「ちょっ……何でそんなにプレゼントに拘ってるの? 何か怖いよ神崎君。もしかして、何か裏があったりするんじゃないの?」
「んなもんあるか。いちいちグダグダ考えてないで人の好意は素直に受け取っておけば良いんだよ! 良いから早く選べ!」
「そんな事言ったって、何か……必死過ぎて怖いんだもん」
神崎君が、何故こんなにもクリスマスプレゼントに拘っているのか、彼の真意がわからない私は恐怖すら感じてしまう。けれど、ここで断ったとしても、きっと彼は更に機嫌を悪くするだろう。それはそれで厄介だ。
まぁ、100円のゲーム1回くらい、甘えても良いか。と、私は自分を納得させて、神崎君の好意に素直に甘える事にした。
「じゃあ、あれ。あの黄色いくまの……」
「よっし、任せとけ!」
腕捲りをして、気合いを入れてゲーム機に100円玉を投入する神崎君。
ただ、気合いだけはよかったのだけれど、いざクレーン操作を始めたら――
「え? もう少し前じゃない? それだときっと触れもしないよ?」
「んなわけあるか! この場所でぴったり――」
「ほらぁ、触れなかった〜」
「はぁぁぁ〜〜〜?! 何でだよ! 何で触らないんだよ!」
ビックリするくるい下手くそで、神崎君が操作したアームは、ぬいぐるみに触れる事すらかなわずに虚しく所定の位置へと戻って来た。
「残念でした。はい、これで満足したでしょ。じゃあ、もうプレゼントは諦めて、ここを出――」
「もう一回だ!」
「えぇ〜〜〜?! まだやるの? 今の神崎君の腕前じゃ、きっと何回やっても取れないよ。ただお金の無駄使いになるだけだから絶対止めた方が良いって」
「うるせぇ! バカにすんな!!次こそは絶対取ってやる!」
私が止めるのも聞かずに、神崎君は無謀にもお金を投入して行く。
しかも一気に5枚も?!
あ〜あ、もうホント知らないからね。
と半ば呆れ顔で、私は神崎君が諦めるの待たざるを得なくなった。
「あぁ〜〜〜〜」
「何でだよ!」
「おっ、これは……よっし、やったぞ! やっと触れ……たのに、何で掴めねぇんだよ?! こいつ〜〜!!」
「だぁ〜〜〜! また掴めない! くっそ、こいつ不良品なんじゃねぇのか?!」
「あぁぁ〜〜ぜって〜〜不良品だ! さっきから何で掴めねぇんだよ!良い位置に当たってんじゃんねぇか!」
キャッチに失敗する度、神崎君から怒りの声が上がる。その声を訊く度に私の口からはため息が溢れた。
だからやめとけって言ったのに。
ホントに、どうしてそこまで必死になって景品を取りたがっているんだろう?
――――あれ?
そう言えば、どうしてだっけ?
本気で分からなくなってしまった私は、ふと記憶を巻き戻してみる事にした。
巻き戻した記憶の中、改めて考えて見れば何だか不思議な会話に気付く。
――『お前、前にこの中に入ってるぬいぐるみを欲しがってただろ。今日は俺が取ってやる!俺からのクリスマスプレゼントだ。ほら、何でも取ってやるから好きなものを選べ!』――
私は神崎君の前で、UFOキャッチャーの景品を欲しがった事なんて、あっただろうか?
ううん、なかったはず。だって神崎君とゲームセンターに来た事は愚か、一緒に出掛けたのだって今日が初めてのはずなのに。
なのにどうして神崎君はあんな事を言ったの?
……分からない。
疑問が沸き起こった瞬間、ほんの一瞬だけ、またあの不思議な感覚に襲われた。
それは、この町の駅を降りた時に感じた感覚と同じ。
クレープを食べていた時にも感じた、懐かしいような、あの不思議な感覚。
神崎君は言っていた。この感覚はデジャヴ――概視感と呼ばれるものだと。
脳が混乱して、見た事も体験した事もない出来事を、あたかも体験した事があるかのように錯覚しているだけだと。
けれど私には、何度も沸き起こるこの不思議な感覚が、単なる錯覚だなんて、まだどこか納得出来ないでにいた。
やっぱり私はこの場所を知っていて、この町を知っていて、以前にも誰かとこの場所を訪れた事があったのではないだろうか。
そしてその誰かはきっと、神崎君――
私は以前から神崎君を知っていて、神崎君も私の事を知っていて、だからこそ転校生の彼は、最初から私に馴れ馴れしくて、誰にも話したことのない、私の秘密も色々と知っていたのではないだろうか。
そう考えれば、今まで不思議に思っていた、あらゆる辻褄が合っていくのだ。
でも一つだけ、どうしても分からないのは、どうして私には神崎君の記憶がないのかと言う事。
まるで、神崎君に関わる記憶だけが、すっぽりと抜け落ちてしまったように思い出せないのだ。
どうして――?
どうして神崎君だけが私の事を知っていて、私は神崎君の事を知らないの?
何かを掴めそうで、掴めない。
でもどうしても掴みたい謎の答えを無理矢理にでも導き出そうと、今日1日で感じた概視感を再び思い出そうとする。
けれども、そのどれもが靄がかかったようにぼんやりと薄らいでいて……それ以上はどう頑張っても何も思い出す事は出来なかった。
「「「わっ!」」」
私が一人考え事にふけっている中、突然周囲から沸き起こった歓声に、私ははっと意識を引き戻された。
いつのまにやら私達のいるUFOキャッチャーの周りには、ギャラリーがたくさん出来ていて、皆が神崎君のプレイを見守っていた。
神崎君の隣には赤いポロシャツの制服を着た店員さんが立っていて、彼にアドバイスを投げ掛けかけながら、熱のこもった様子で彼を応援していた。
一体何が起こっているのかと、人だかりを掻き分けて、UFOキャッチャーの中を覗き見れば、いつのまにやら彼の狙うぬいぐるみがUFOキャッチャーの落とし口近くまで移動していて、あと少しでもアームが触れれば落ちそうなほどに傾いていた。
「良いですかお兄さん、ほんの少し、ほんの少しだけアームを前進させて下さい。僕がストップって言ったらボタンから手を離して下さいね」
「お、おう」
「いきますよ。はい、前進ストップ!」
「っ?!」
「OK。良い感じですよ。じゃあ、もう少し右にも動かしてみましょうか。はい動かして……ストップ!」
「っ?!」
「今回は良い場所で止まりましたね。これならきっと落ちる……はず」
アドバイスしながら店員さんは真剣な表情で下に降りて行くアームを見守る。
店員さんの言葉通り、アームはぬいぐるみの背中をしっかりと捉え、見事にぬいぐるみを穴へ落とした。
瞬間、わっと拍手が沸き起こり、「おめでとう」と、祝福の声が沸き起こった。
神崎君はと言えば、やりきったとばかりにへとへと顔で、その場へしゃがみこんでいた。
「良かったね、神崎君。お疲れ様」
私も拍手を送りながら神崎君の健闘を称えた。
称えながらふと自身の腕時計に視線を落とすと、時計の針はいつの間にやら5時を指し示していて、私は驚き慌てて声を上げた。
「か、神崎君大変! 大変だよ!早くしないと皆との約束の時間に間に合わなくなっちゃう!」
今日は夕方は、クラス皆で集まって文化祭の打ち上げをする約束になっいたはず。
集合時間は確か5時30分。
集合場所である学校まではここから電車で20分程かけて駅を戻らなければならない。
つまりはもう、電車に乗っていなければ間に合わない時間なわけで――
「は?別にいいだろ。少しぐらい遅れても」
「ダメだよ。ほら、立って。急いで駅に向かわないとクラスの皆に怒られちゃう」
「でも俺今、すっげ〜くたくたなんだけど。もう少し休んでからでも――」
ごねる神崎君を無理矢理立たせて、私は急いで店を出た。
「あ、お客さん! これこれ、せっかく取った景品をお忘れですよ」
店を出てすぐの所で店員さんに呼び止められて、私は袋に入れられた景品を受け取った。
そうして店を後にした私達は、まるで何かに追われるように駅へと向けて、賑やかな商店街を走り抜けた。




