葵葉と朔夜の買い物デート?
クレープを食べ終わった後、私達はぶらぶらといくつかのお店を見て回った。
おしゃれな服が並ぶアパレル店や、可愛い小物が並ぶ雑貨屋さん、神崎君は様々なお店へと私を連れて行った。
始めは節操なく振り回されているようにも感じていたのだけれど、神崎君が選ぶお店はどれも女の子が好みそうな可愛いお店ばかりで、実は私に合わせてお店を選んでくれているのだと気付いた。
「お、葵葉、お前この服好きだろ」
「え? 痛っ……」
ふと、突然にある店先で立ち止まった神崎君。
彼の一歩後ろを歩いていた私は彼の背中に鼻先をぶつけてしまう。
ぶつけた鼻を擦りぬがら、神崎君が指差す先へと視線を向けると、そこには一体のマネキンが立っていて、そのマネキンが履いているヒラヒラのレースが沢山ついたロングスカートに私は目を奪われた。
「な、可愛いだろ?」
神崎君の言葉にはっと我を取り戻した私は、心とは裏腹に慌てて否定を示してみせた。
「た、確かに可愛いけど、べ、別に私は好きじゃないよ。私、普段スカートとかはかないし、そもそも絶対あんな女の子らしい可愛い感じのデザイン似合わないし」
私みたいなショートカットでボーイッシュな見た目の女が、実はフリフリの女の子らしい可愛い服装が好みだなんて知られたら、きっと笑われるだけと、私は必死に心の内を隠してみせた。
「嘘つけ、本当は好きなくせに。普段ズボンばっかはいてるけど本当はスカートとかはいてみたいって思ってるんだろ? そんな男みたい格好して実はヒラヒラした可愛い系の服とかすっげー好みなんだろ?」
「な、ななな何で知ってるの?!」
誰にも話した事のない私の秘密をグサグサ言い当てられて、驚きのあまり本音が漏れてしまた私。
「……って、いやいやいや違う、今のなし! 別に好きじゃないもん! 本当に本当に好きじゃないもん!」
再び慌てて否定を示してみたものの、あからさまに嘘だとわかる私の態度に、神崎君はニヤニヤと嫌味な笑み深めていた。
彼のその顔が素直になれない私を余計恥ずかしい気持ちにさせて、私はその場から逃げ出してしまいたい衝動にかられた。
けれども私が逃げるより先に、神崎君に腕を捕まれた私は、強引にそのスカートが展示されていたお店の中へと連れて行かれてしまう。
「すみません、外のマネキンがはいてるスカート、こいつに試着させてもらえませんか?」
そして私の意見も聞かないままに、勝手にお店の人と試着の交渉をはじめてしまった。
「え? ちょ、待って。私、着ないよ? 絶対絶対着ないからね?」
「まぁまぁまぁ、ぐだぐだ言ってないで、一回試しに着てみろって。意外に似合うかもしんねぇじゃん。ほら、試着させてくれるっつってんだから」
「え? え? え? ちょっと待って――」
必死の抵抗も虚しく、神崎君の強引さにあれよあれよと言う間に試着室へと押し込まれてしまった私は完全に逃げ場を無くし、彼の強引さに根負けする形で大人しく神崎君の見立てたスカートをはくことととなってしまった。
――
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――――――
試着室の中、着替えを終えたばかりの自身の姿を鏡で見ながら、私は大きくため息を吐いた。
予想通りと言うべきか、やはり似合わってはいない。
いや、壊滅的に似合わない。
この一年間、髪を伸ばしていたとは言え、まだまだ肩につくかつかないかのショートに近い髪型では、まるで男の子がスカートをはいているように見えてしまう。
この姿を本当に人前に晒して良いものか、自分の中だけで留めておくべきなのではないかと、そんな葛藤からなかなか試着室のカーテンを開けられずにいると、カーテンの外から痺れをきらした神崎君の声が聞こえてきた。
「お〜い葵葉〜、まだか〜??」
「……あっと……えっと……一応着てはみたんだけど……」
仕方なく恐る恐る返事をすると
「なんだよ。ならとっとと出てこいよな」
何の断りもなく、突如試着室のカーテンが開け放たれて神崎君の顔が目の前に現れた。
「えぇ? ちょっ、何急に開けて……」
驚きのあまり私は思わず大きな声を出してしまった。
「何だよ大きな声だして」
「だって急に開けるから。まだ着替えてたらどうするつもりだったの?」
「は? だってさっき終わったっつったじゃん」
「確かにそう言ったけど、そう言う問題じゃなくて!」
人目も気にせずわぁわぁ言い争う私達に、神崎君の隣に立っていた店員さんが、クスクスと声を溢して笑い始めた。
「ふふふ、お二人はとても仲が宜しいんですね」
「「よくないです!!」」
店員さんからの言葉に、私達は全く同時に全く同じ言葉で力強く否定する。
奇しくもハモった形となってしまった私達の返答に店員さんは更に声を大きくして笑っていた。
「ところで、着心地やサイズはいかがですか?」
やっと笑いがおさまった後店員さんは、目尻に溜まった涙を拭いながら私に試着の感想を尋ねた。
店員さんからの質問に、やっと私は今自分がしている格好を思い出して、人様に見られてしまった事実に顔を赤く染めた。
「あ、あの、サイズは丁度良いんですけど、でもやっぱり私には似合わなくて……」
「そんな事ないですよ。とてもよくお似合いです」
「で、でも私、髪が短いから、こういう女の子っポイ服は昔から似合わなくって……」
「そうですか? 私はとってもよくお似合いだと思いますけど。ねぇ、彼氏さんもそう思いません?」
「はぁ?!」
店員さんが口にした聞き慣れない単語に、酷く驚いた様子を見せた神崎君。その後で神崎君は物凄い形相で店員さんを睨みつけた。
「え? 私、何かまずい事言いました?」
わけもわからず突然に神崎君に睨み付けられた店員さんは、戸惑った様子で私にこそこそと彼の機嫌の変化の理由を訪ねた。
「あ〜多分、彼氏って言われた事に驚いてるんだと思います。私達別にそんな関係ではないので」
「そうなんですか? とても仲が良かったので、私てっきりそう言う関係なのだとばかり。早とちりをして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、謝る必要ありませんよ。と言うかこちらこそ態度悪くてすみません。でもあまり気にしないで下さい。彼のあの顔は別に怒っているわけではなく、ただ照れている時の顔なので」
明らかにこちら側が悪いのに、謝られている事が申し訳なく思えて私は、そろそろ話題を元に戻す事にした。
「それよりやっぱり私には、この服は似合わないので諦めようと思います。試着までさせてもらったのにすみま――」
「べ、別に……似合ってなくも……ない……ぞ」
私が購入を断ろうとした時、私の言葉を遮って突然神崎君が口を開いた。
神崎君の顔は真っ赤に染まり、視線は明後日の方角へと漂わせている。
私と店員さんは思わず顔を見合わせ驚いた。
その後で、クスクスと笑いをこぼしながら、何かを納得したように店員さんが言った。
「なるほど照れて、ふふふ」
神崎君のあからさまな照れ隠しに、先程の言葉は彼なりの精一杯の賛辞なのだと分かって、何故だか今度は私までもが恥ずかしさを覚えた。
「お友達だちの太鼓判も頂けたことですし、気に入ったのなら諦める必要はないと思いますよ」
「でも……」
「髪型を気にされているのなら、髪型を少し変えてみてはいかがですか?」
「え?」
「例えば、髪の毛を後ろで結んでみるとか。髪をアップにしてお顔を出すだけでもぐんと女の子らしさが増して、更に可愛くなりますよ」
そう言って私を鏡の方へと振り向かせると、店員さんは私の後ろ髪を持ち上げて見せてくれた。
確かに店員さんの言った通り、たったそれだけでまるで魔法にかかったかのように、鏡の前には十分立派な女の子が立っていた。
似合わないと思っていたはずのフリフリのスカート姿も、何だか急に違和感が薄れて見え始める。
神崎君も、私と同じ事を思っている様子で、目と口をポカンと開けながら驚いている顔が鏡越しに映って見えた。
「……本当だ……たったこれだけで?」
「はい。お顔立ちが可愛らしいので、化粧をしたり、髪型をもっと工夫すれば、もっともっとこちらの服を可愛らしく着こなす事はできると思いますよ。女の子にとってなにより大事なのは、可愛くなりたいと探求する心。自分には似合わないからと最初から諦めてしまっては勿体ないです。まだまだお若いのですから、是非色々と試してみて下さい」
店員さんのアドバイスに勇気を貰って、気が付くと私は「はい」と返事をしていた。
そんな私の返事を、神崎君は笑うでもなく、バカにするでもなく、どこか嬉しそうな表情で見守ってくれていた。